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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第七話  公民館完成

 旧キダト村公民館にて行われた空中市場建設の是非についての会議では、いくつかの懸念事項が俎上に上げられた。

 その一つが、光源の問題である。


「市場の商品搬入が夕方から夜間に行われるのは避けられないのですね?」


 キダト村長の問いに首肯を返す。

 営業時間である日中でも多少の商品搬入は行われるけれど、まとまった量を搬入するならば客がいなくなった営業時間外、夕方から夜間を使う事になる。


「では、その間の光源が必要となります。タコウカでは光の量が足りず、商品の詳しい検分ができません。しかしながら、火を起こすのは避けてほしいのが我々住人の希望です」

「歳を取ると夜が早くてね」


 笑いながら一人が言うと、同意するようにその場の老人たちが笑った。

 タコウカでは道の両脇に植えて足元を照らす程度の光しか確保できない。火を使うと火災が起きた際に市場の下に位置する旧キダト村の住人達が逃げ遅れる可能性が高い。


「どうするの?」


 リシェイが横目で俺に訊ねてくる。

 市場では商品の検分を行うため、また防犯の観点からも光源を設置しない選択肢はあり得ない。

 光源として他に思い浮かぶものとなると……。

 俺は初夏の気配漂う外の景色を窓越しに見て、思い出す。


「そろそろ、ウイングライトの出現時期か」

「ウイングライトか、懐かしいな!」


 旧キダト村住人の一人、高齢の魔虫狩人が膝を打つ。周囲の者もさすがに年の功というべきか、ウイングライトを知らない者はいないようだ。

 ウイングライトは翅に蓄光の性質を持つ魔虫だ。その能力は非常に高く、日中に日の当たる所に置いておけば、一晩の間周囲三メートル以内で本を読む事ができるほどの明かりを放ち続ける。

 冷光として非常に優秀なその翅はしかし、極めて高額で取引される。

 ウイングライトは蛍に似た形状の全長二メートルほどの魔虫であり、出現期間は夏の間のごくわずかな期間。成虫の寿命はおそらく十日だというのが定説で、幼虫は発見されていない。

 しかも、雲中ノ層以上にしか出現しない上、雨の日、特に雨雲の中に潜むという発見しにくさ。雷だと思ったらいつまでもひかり続けているからウイングライトだと気付いたという話がある。

 需要はあるが供給量が少ないため高価な代物だけど、ヨーインズリーの虚の図書館にはこのウイングライトの翅が光源として大量に設置されており、ヨーインズリーの財力と知識欲を内外に知らしめている。

 そんな虚の図書館に入り浸っていたリシェイも当然ウイングライトの翅について知っているため、不安そうに俺を見た。


「狩れるの?」

「やってみる価値はある」


 これがダメなら、空中市場とは別の場所に商品格納用の倉庫みたいなものを作り、そこで火を焚いて明かりを確保しつつ商品の検分をすることになるだろう。維持費が滅茶苦茶かかるけど。

 旧キダト村の魔虫狩人が面白がるように笑みを浮かべて立ち上がった。


「この辺りに住んで長いが、ウイングライトはそう見かけるもんじゃない。過去の目撃情報を引っ張り出してやっから、アマネ町長はちょっと待っとけ」


 大物狩りだ、血が騒ぐ、と魔虫狩人が公民館の資料室へ走って行った。

 キダト村長が苦笑しつつ魔虫狩人を見送る。


「光源の問題を解決すれば、他の懸念事項は騒音ですね」

「ブランチミミックの甲殻を用いた防音装置の導入を考えています」

「弾力を利用するモノだね」


 ヨーインズリーで研究開発された防音装置の機構は洗練され続け、材料さえ確保すればかなりの効果が認められるほどとなっている。

 もっとも、ブランチミミックは狩るのが難しい魔虫である。ウイングライトとは違って発見するのはさほど難しくないけれど、その性質上、強弓を誇るビロースのようなパワー型の魔虫狩人には狩りにくい相手だ。

 俺にとっては得意な相手だから、ウイングライトの討伐がてら見つけて狩っておこう。

 キダト村長は最後の懸念事項を口にする。


「後は、市場を利用する客の誘導。住宅街へ迷い込まないようにする措置ですね」

「案内板を設けることも考えていますが、町の入り口から空中回廊を利用して市場へ直通させるので、迷う心配はあまりありません」


 旧キダト村の入り口と二重奏橋の二つから空中市場への直通回廊を設ける計画で、これがタカクス町最初の空中回廊にもなる。

 キダト村長が頷く。


「いま話し合えるのはこれだけですね。詳細は設計図ができてからにしましょうか。どれくらいかかりますか?」

「狩りに出ることも考えると、夏の半ばあたりになりますね」

「了解しました。楽しみにしていますよ」


 会議の終了を告げると、住人たちがぞろぞろと会議室を出ていく。

 俺はリシェイやキダト村長と一緒に会議室の片づけを始めた。


「最近は、淀んでいた空気が動き始めた実感がありますよ」


 キダト村長が唐突に言いだす。

 机の拭き掃除をしていた俺は、キダト村長の言葉に首を傾げた。


「空中市場の話ですか?」

「それもありますが、変化が乏しかったこのキダト村地域に市場ができるだなんて思いもしなかった。見慣れすぎて、飽きもきていた光景に新しい何かが出来上がるというのが楽しみなんです」

「ご期待に添えるような市場を設計します」

「ぜひ、お願いします。完成したら、買い物にも行ってみたい」


 ふと気付いたように、キダト村長が俺を見る。


「市場にはタカクス町の住人も店を出していいのでしょうか?」

「えぇ、許可制ですから、俺かリシェイに申請してください。売り上げに応じて税もかける予定なので、制度関係が決まり次第ご連絡します」

「そうですか。シンクの販売などもされるのですか?」

「旧キダト村側での土産物販売所という形で開設しようかとは考えています」


 旧キダト村側には当然ながらランム鳥の飼育小屋は存在しない。もちろん、販売所もだ。

 旧キダト村側から来る観光客にも、ランム鳥の販売所を作ってほしいとの要望が寄せられていた。二重奏橋を渡る四キロの道のりを歩いて旧タカクス村まで来ないといけないのが現状だ。

 市場の開設にあわせて、タカクス町の土産物を取り扱う常設の店を出せば、市場の賑やかしにもなって一石二鳥という判断である。


「――アマネ町長、ウイングライトの目撃談を集めた資料だ。昔、カッテラ都市の魔虫狩人ギルドからウイングライトを狩りに来た一団の記録があった」


 旧キダト村の魔虫狩人が持ってきたのは全部で四回のウイングライト討伐作戦の記録だった。

 いずれも雲中ノ層へ遠征し、三回目と四回目ではウイングライトを実際に討伐している。


「儂は参加しとらんので詳しくは知らん。だが、五回目で問題が起きたと聞いたな」

「五回目ですか?」


 ここには四回分の記録しかないけど。

 魔虫狩人は顎を引くと、天井を指差した。


「五回目が行われたのはかれこれ五十年ほど前だったはずだ。死者や怪我人こそ出ていないが、ウイングライトを喰うバードイータースパイダーの変種が目撃された」

「変種というと、どんな?」

「巣網を投げるらしい。飛行中のウイングライトがそいつの網を投げつけられ、簡単に捕えられる様子を魔虫狩人たちは見たそうだ」


 投げ縄蜘蛛かよ。体長二メートルのバードイータースパイダーにそんなことされたら、逃げ場がない。

 けれど、五十年前となると、目撃された個体は間違いなく死んでいる。後継がいないとも限らないから気を付けた方がいいだろうけど。


「その変種に関しての調査は?」

「行われてないな。変種の影響でウイングライトの狩場としては適さなくなったという判断で、以後、この周辺の雲中ノ層以上は放置されとる。儂らはキダト村周辺の安全確保で手いっぱいだったから、上には手出しをしとらん。気を付けた方がいいぞ。どうなってるか、想像がつかん」


 下から見上げる限りは特に問題が起きているようには見えないんだけどな。

 五十年放置されたのなら年を経た魔虫の類が闊歩している可能性がある。


「この先、タカクス町が都市化するとなれば雲中ノ層へ橋架けも必要になるし、軽く調査をした方がいいかな」


 ブランチイーターあたりに枝を食い荒らされているかもしれない。

 会議場の片づけを終えて、俺はウイングライト討伐作戦の記録を借り受けて、リシェイと一緒に事務所へ帰る。


「万全を期して雲中ノ層へ向かった方がいいな」

「カッテラ都市から行くの?」


 リシェイの質問に頷く。

 カッテラ都市は雲下ノ層と雲中ノ層に枝を持つため、雲中ノ層へ登る橋がある。


「そうなると思う。カッテラ都市のギルドにも当時の記録が残っているだろうから、そっちの資料も読ませてもらおうかな」


 メンバーは俺とビロース、経験の豊富な二人を加えて、荷物持ちも一人か二人、カッテラ都市のギルドで募集を掛けていくことになる。

 五十年放置された狩場となると、ブランチイーター程度でも大きく硬い個体が出てくる可能性があるため、俺のような手数で牽制できるタイプとビロースのような一撃必殺の威力を持つタイプがいつでも戦闘に移れるよう警戒しながら進む事になる。

 準備するようビロース達に言っておかないとな。

 二重奏橋を渡って事務所のある枝に到着する。


「ちょっと公民館に寄ろう。ウイングライト討伐に必要な物を揃えておきたい」

「わかったわ」


 リシェイと並んでタカクス町公民館へ向かう。

 初夏の清々しい風に吹かれながら歩き、公民館の玄関をくぐる。

 警備員室に詰めていた魔虫狩人に声をかけてウイングライト討伐遠征を計画している事を話し、共有倉庫へ向かった。


「おや、二人してどったのさ」


 共有倉庫の床に座り込んで木板に彫刻を施していたメルミーが俺たちに気付いて首をかしげる。


「メルミーさんに会いたくなったのかな? 寂しがりだなぁ。メルミーさんも寂しかったんだよ、横に座って、ほらほら」


 メルミーが自らの横をポンポンと叩く。

 俺はメルミーの横にしゃがんで作りかけの彫刻を見る。


「ウイングライト討伐に必要な物資があるかの確認に来たんだよ。彫刻の方は順調みたいだな」


 メルミーが彫っている神話の後半部分を描いた木板は食堂の入り口を飾るモノだ。木籠の工務店の店長であるメルミーの養父が残して行った透かし彫りと対をなす彫刻である。

 屋内に飾られることを想定してか、夜間の暗くなった室内でも読み取りやすい図案をそのまま彫り抜いているらしい。かなり大胆に削ったところもあるけれど、曲線などが細やかに処理されている。

 神話の最後を飾る比翼の鳥の部分は菱形と六角形の細かな穴を不規則に穿って、風に流れる羽毛を一つ一つ表現していた。

 リシェイもメルミーの透かし彫りを見て、感嘆する。


「細部に注目してしまうと、風の流れを追ってしまうわね」

「どうやって飛んでいる様子を再現しようかって悩んで、目に見えない風の流れを可視化できないかなって考えたんだよ」


 自慢そうに言うメルミーの言う通り、不規則に穿たれたように見える菱形や六角形の流れを追っていくと、不思議と風のような自然な流体を表現している事に気付いた。この柔らかな流れはメルミーだからこそ出せるのだろう。


「もうほとんど完成だな」

「今日の夕方までは掛かるけどね。物資の確認だっけ? 済ませてきちゃいなよ」

「おう、頑張れよ」


 メルミーを応援して、俺は共有倉庫の壁際を見る。

 備品として確保してある鉄の矢の本数、遠征に使用するテントの状態などを検分し、紙にまとめた。



 夕方、宣言通りにメルミーの透かし彫りが完成し、公民館が本来の意味で完成した。


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