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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第三話  新事務所

「またお前は俺の部屋に忍び込んできやがって!」

「……新作が、できた。聞け」

「俺は明日早いんだよ」


 問答無用でテテンの頬を摘まむ。

 せっかく寝室を分けたというのに、テテンは数日に一度の頻度で俺の部屋に忍び込んできていた。

 忍び込んでくる理由は、百合小説を読み聞かせるためである。

 相変わらず暗号文で書かれたテテンの小説は原文で読める者がテテンしかいない。すなわち、俺への読み聞かせを止めた途端にテテンの小説は誰にも顧みられなくなる。


「いい加減に同好の士を探したらどうだ?」

「……性癖が特殊なのは、理解してる。バレるのは、怖い」

「分からないでもないけどさ」


 暗号文で書いてるのもばれるのが嫌だからだろう。実家の湯屋を継げなかった原因も嗜好の問題だし。


「かといって、俺の安眠を妨害していい理由にはならないんだからな? せっかく、部屋を分けたことでテテンの百合小説音読が無くても寝られるようになってきたんだ。俺はこのまままともな生活に戻りたい」

「そうは、いかない……。アマネ、戻ってこい!」


 そんな決意の篭った目をして小説を広げるなよ。


「タカクスの住人も九百人を超えてるんだし、どこかに同好の士がいるだろ。湯屋で探したら?」

「……刺激が強すぎる故、空いてる時にしか、行けない」

「なんで肝心なところで初心なんだよ」


 無策のまま話をいくら続けても結論は出ない。

 急がば回れの言葉通りにテテンの音読を聞くのが結果的に早く寝られそうだと判断して、俺は部屋のテーブルを指差す。


「もうわかったから、そこの椅子に座れ。聞いてやる」

「……アマネ」


 すだれの様な茶色の前髪からテテンの澄んだ瞳が覗く。


「あんたも、すきねぇ……」

「あのなぁ……」


 ツッコむ気力さえなくなっていく。

 いそいそと椅子に座ったテテンが自作の小説のページをめくった。

 ストーリーはとある都市に住む女の子が世界樹の天辺にいるという神話の二人が変じた比翼の鳥を探す旅に出るというものだった。

 途中でバードイータスパイダーの糸に絡め取られて衣服をはぎ取られて云々というテテンの業が垣間見えるシーンを挟みつつも、大筋は王道そのものだ。

 途中で合流した魔虫狩人で建橋家で村長という肩書盛りすぎなツンデレ少女のモデルについては問うまい。

 ふと、テテンが音読を止めて顔を上げた。


「……遺伝子は、途中で、変わる?」

「どういう意味だ?」


 要領を得ない質問に問い返すと、テテンは天井を指差した。


「比翼の二人、元は人間」

「あぁ、生まれ持った遺伝子が変化する事はあるのかって事か」


 ない事もない。悪性腫瘍とか典型例だ。

 だが、人が鳥になるなんて話はさすがに聞かない。


「流石に、鳥にはならないだろうな。神話なんだから、真剣に考えるだけ無駄だろ」


 テテンは少し考えた後、今度は床を指差した。


「……根元に、怪物がいる、のは?」

「長い時間をかけて進化したんじゃないのか? ランム鳥を品種改良してシンクが生まれたみたいにさ」

「でも、神話には……」

「そういえば、突然跋扈するようになったと書いてあったな」


 何か、突然変異を促すような事態が起こったのだろうか。

 天を衝くような世界樹が実在する世界なのだから、深く考えるだけ無駄か。


「突然変異したと考えるより、人間の生存圏の外から侵入したと考える方が自然な気がするな」

「……どこ?」

「そこまでは分からない」


 世界は広い。世界樹の上でしか生きていけないこの世界の人類が想像できないほどに、広い。

 もしかしたら、世界樹は俺が足で踏んでいるこの一本だけではなく、別の場所にもあるかもしれない。そこには俺たちとは別の人類が別の文明を築いているのかもしれない。

 けれど、この世界の人間に世界樹の根元と呼ばれる地上には怪物が跋扈しており、俺たち人類が出歩く事など叶わないのだから、別の世界樹があったとしても俺たちに知るすべはない。

 それこそ、鳥にでもなって空を飛ばない限りは。


「それにしても、テテンが遺伝子みたいな現実を気にするなんて珍しいな」


 いつも煙みたいに掴めもしない夢を見て、小説まで書き始める癖に。

 テテンがむっとした顔をした。


「……現実くらい、見てる」

「どの程度?」

「これくらい」


 テテンは何かを摘まむように親指と人差し指をくっつけてから、少しだけ離す。

 すくないな、おい。


「続きを読む」

「いや、そろそろ寝かせろよ」


 せっかく切りが良かったのに。

 結局、それから半刻ほどテテンの百合小説を聞かされるのだった。




 翌朝、目覚めた俺は畑への水やりを終えて事務所に戻った。

 凸の字型の新築事務所は遠目から見ると白や灰色のレンガで作られたような外壁をしている。スタッコ技法を用いた浮かし彫りでレンガ積みの微妙な凹凸感を出しており、化粧漆喰の耐久性も合わさって長持ちする仕上げ方だ。

 屋根は袴屋根。フランス積みにしたレンガ壁を模した綺麗な模様と重量感に袴屋根のやや丸みがかったフォルムが建物全体を穏やかに見せていた。

 ルーフバルコニー部分が存在する為、二階はL字型になっている。

 玄関口から二階を見上げると、廊下の窓に明るい金髪が見えた。

 二階の廊下の窓を開けたリシェイがまだ結っていない金の髪を耳にかけながら俺を見下ろした。


「アマネ、いま帰ってきたの?」

「あぁ、これからルーフバルコニーの植木鉢に水をやるとこ」

「そう。テテンはまだ寝ているみたい。起こす?」


 昨夜、ずっと音読してたから寝坊してるな。


「朝食の用意を始めてからでいいよ。メルミーは起こしておいて」

「分かったわ」


 リシェイが窓から離れた。廊下に面しているメルミーの部屋に行ったのだろう。

 事務所の玄関を潜る。すぐ正面に経営資料室があり、階段はその右横だ。

 俺は玄関扉を閉めて階段に向かう。廊下の突き当たりにある階段の横の窓を開けると冬の冷たい外気が入ってきた。


「晴れてはいるんだけど、冷たい風なんだよな」


 窓を半開きにして入り込む空気の量を調節してから階段を上る。

 踊り場の窓は華麗にスルーして切り返しの階段を上って二階へ。

 リシェイが開けた窓から冷たい空気が入り込んできていた。一瞬だけ悩んで、半開きに調整する。

 一階廊下とは違い、二階廊下はL字になっている。廊下の端にある階段から、資料室、メルミーの部屋、リシェイの部屋と続き、ルーフバルコニーへ向かう廊下があるのだ。

 ちょうど、メルミーの部屋からリシェイが出てきた。


「二度寝を始めてるわ……」


 俺と目が合うなりそう言って、リシェイは苦笑する。


「下でハーブティーを淹れておくから、植木鉢に水をやったらメルミーを起こしてあげて」

「了解」


 階段を下りていくリシェイを見送って、俺は廊下を進む。

 リシェイの部屋と廊下を挟んでいるテテンの部屋から物音が聞こえた。


「……おはよう」

「おはよう、テテン。一階でリシェイがハーブティーを淹れてくれてるぞ」

「のむ……」


 寝惚け眼を擦りながらドアを開けて出てきたテテンはフラフラと階段の方へ向かって行った。

 俺はテテンの部屋の隣にある自分の部屋を素通りし、廊下を曲がる。

 サンダルを履いてルーフバルコニーに出ると、身を切るような風が吹き抜けた。

 あまり長く外に出ていると風邪を引きそうだ。

 ジョウロを片手に植木鉢へ水をやる。

 遺伝子の存在を確かめるために育てていたこのハーブたちも、すでに資料をまとめ終えてしまって惰性で育てている。それでも、いくらか育ったこのハーブを摘んで乾燥させ、ハーブティーにしているリシェイの嬉しそうな顔を思い出すと水遣りは欠かせない。

 水遣りを終えた俺はサンダルを脱いで室内に戻る。

 ジョウロを定位置に置いて廊下を曲がり、メルミーの部屋をノックした。


「メルミー、そろそろ起きろー」


 返事はない。未だ就寝中のようだ。


「はいるぞ」


 扉を開けて中に入る。

 部屋の隅に置かれたベッドの上で丸まっている毛布お化けがもぞもぞとうごめいた。


「メルミーさんはあったかくなるまで寝ると決めたんだよー」

「冬眠する気か」


 させないけど。

 毛布をはぎ取ると、諦めたメルミーが体を起こす。


「アマネに乱暴されたー」

「誤解を招く表現は止めろって。早く着替えて降りて来いよ」

「乱暴された後だもんねー。着替えないとだよねー」

「抗議しているつもりだろうけど聞く耳は持たないぞ」


 再利用できない様に毛布を畳んでベッドの端に置く。

 着替えを始めるメルミーを寝室に残して、俺は廊下に出た。

 換気は十分だろうからと窓を閉めて階段を下る。

 階段を下り切ってはす向かいにある玄関扉の横、半開きに開けていた窓を閉じる。

 一階の廊下は直線で、玄関扉と向かい合う資料室の扉の先には左に二つ、右に一つの扉がある。左側の扉二つが応接室と作業部屋、右側が事務室だ。

 俺は廊下を進んで事務室の扉を開ける。微かにハーブの香りが漂ってきた。事務室の奥の扉の先、ダイニングキッチンからだ。

 事務室はダイニングキッチンの料理の匂いを廊下や応接室に届けないようにここに配置されている。

 事務所への来客の動線は玄関、一階廊下、応接室へと延びているため、事務室をダイニングキッチンとの衝立代わりにしているのだ。

 ダイニングキッチンではリシェイが淹れたハーブティーを寝起きのテテンがちびちびと大事そうに飲んでいた。

 俺とメルミーの分のカップを棚から出しているリシェイと目が合って、俺は口を開く。


「メルミーは着替えてから降りてくる。淹れておいて」

「分かったわ」


 リシェイとすれ違い、俺はキッチンスペースに立った。

 燻製ランム鳥のささ身を太めに割いて、ミッパと一緒に炒める。

 トウムの実を押し潰して乾燥させたオートミールっぽい物を少し硬めの粥にする。薄い層をいくつも重ねて船型の容器状に焼いたトウムパイに粥を入れ、味も見た目もキイチゴに似たミノッツという野菜をスライスして加える。

 トウムパイは昨日作った物だし、調理時間はほとんどかからない。

 着替えを終えたメルミーが椅子に座ってハーブティーを片手に落ち着いた頃、朝食が完成する。

 朝食の用意ができたことに気付いたリシェイがハーブティーの入ったポットを片付け、料理を置くスペースを作ってくれた。


「さぁ、食べようか」


 空いた席に座って、全員そろって朝食を食べ始める。


「今日の予定は?」

「私は五日後の会議に備えて資料作りをするわ。税金の話ね」


 リシェイの言葉に、メルミーが首をかしげる。


「何それ、メルミーさんは初耳だよ?」

「昨日、アマネと話し合ったのよ。メルミーが公民館に掲げる予定の透かし彫りのデザインを考えていたときね」

「あぁ、あの時に」


 二重奏橋が完成してからもあれこれと忙しかったメルミーは、交通網がマヒして暇になる冬の間に公民館を飾る透かし彫りを完成させると息巻いていた。

 事務所の作業部屋に籠っていたから、事務室で話していた俺とリシェイの声は聞こえていなかったのだろう。

 燻煙施設にいたテテンも同じようで、無言のまま首を傾げている。


「……税を、取る?」

「その予定だ。タカクスも町になったし、町の中に店もでき始めて経済活動が行われるようになったからな」


 キダト村は合併前から税を取っていたようだけど、タカクス村は人口百五十人ほどだったため、物々交換が主流だった。村で必要な物資は相談の上、村の野菜などを売った積立金でカッテラ都市から買い付けていたのだ。

 これからは個人レベルでタカクス町の店から物を買い、あるいはモノを売って個人が自己判断でモノを手にする形になる。


「積立金はどうするの?」

「その分配に関しての話を会議でするのよ。税を取るにしたって、旧タカクス村の住人はほとんどお金を持っていないから経済活動なんてできないもの。積立金を個々人に分配して、経済活動に参加できるようにするわ」


 元々、タカクス村の住人のほとんどは畑を持っている。つまり、食べていく分には困らない。

 例外は教会司教のアレウトさんや医者のカルクさんだけど、この二人はある意味専門職だから心配がいらないし、手持ちのお金もある。


「……もめそう」


 テテンの呟きに、リシェイが深刻な顔で頷く。


「もめるでしょうね。だから、ぐぅの音も出ないように各人の供出した野菜などを資料にまとめているの」


 資料魔リシェイさんの本領発揮とばかりに、昨日は資料室で関係書類を引っ張り出していた。過去十年分、誰がどんなものを出していくらで売れたのかを詳細にまとめたものである。


「メルミーの作った家具とテテンの燻製はかなりの売り上げを記録しているし、ビロースさん達魔虫狩人も稼ぎ頭ね」

「野菜はどうしても少額での売却になるから、副業が無い人はどうしても配分が少なくなるだろうな」

「配分されるお金が生活できないほど少ない人ってどうするの?」


 メルミーがパイ生地をスプーンでサクサク崩しながら聞いてくる。


「畑があるから餓死しないって言っても、皆が買い物している中で自分だけ畑で採れた作物しか食べられないって寂しいでしょ?」

「第三の枝のタコウカ畑を世話してもらうつもりでいる。あれはタカクス町の公共畑だから、世話をする者にはタカクス町の運営資金から給料を出せる」

「その運営資金はどうやって稼ぐの?」

「基本的には税金だな。半年に一度、住民税という形で取る。タコウカ畑の職員には月に一度の給料日を設ければ大丈夫だろう。そんなに出せないけど、自分の畑の世話と両立させればそれなりに稼げる」


 ふむふむと頷いたメルミーは、人差し指を立てて左右に振った。


「最初の徴税まではどうやってお給料を出すのさ。積立金は分配してなくなるんでしょ?」

「俺の財布だ。もっとも、徴税が行われたら給料として出した分を引かせてもらうけどな」


 この辺りの説明も会議の時には必要だろう。


「会議の参加者にキダト村の村長と最古参住人を参加させておこう。税率を含め、キダト村にとっては変化がない事も説明して納得してもらわないといけない」

「分かったわ。後で参加者を一覧にしておくわね」

「俺がやるよ。いまはちょうど暇だし、資料作りも手伝う」

「助かるわ」


 リシェイも一人で片付けられる仕事量なのか不安だったのだろう、ほっとしたようにため息を吐いた。


「なんだか、目まぐるしく変わっていくよね。十年前までこの枝の上には何もなかったのにさ」


 メルミーがしみじみというと、俺もリシェイも頷いて、当時を知らないはずのテテンもまた頷いた。


「……税が、払えない? なら、身体で……くふふ」


 頷いたんじゃなかった。こいつ、妄想に入り始めやがった。



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