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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第二話  事務所の新築

「事務所を新築しましょう」


 リシェイがそんな事を言いだしたのは、夕飯にするランム鳥のレバーパテを作っていた時だった。

 裏ごししていたレバーパテを片手に、テテンがリシェイを振り返る。


「……こ、断り、たいと思う」


 断言しないのか。

 おそらくは夜にGL小説を読み聞かせる相手がいなくなるのが嫌なんだろうけど。

 そんなテテンの横で、俺はレバーの臭みを取るのに使っていた世界樹の葉やハーブをごみ袋に捨てつつ、リシェイに賛成する。


「手狭になったもんなぁ」

「そう、すごく狭いのよ」


 リシェイが頬に手を当てて事務室を振り返る。

 道路工事を一時中断して冬を迎えた今、タカクス町の総人口は九百人にまで跳ね上がっていた。

 世界樹の西や東の方から料理人、手工業者、大工職人、家具職人、魔虫狩人などの手に職を持つ人々が大量流入したためだ。

 今まで、タカクス町は農業主体でやってきたため専門職が少なかった。

 既存の職人達との競争が起こりにくい事を知って、独立したばかりの職人たちが自分の工房を持つ夢を胸に秘めてやってきた。

 魔虫狩人は職人の護衛としてやってきた者達だ。タカクス町の魔虫狩人が十人そこら、しかも俺を含む全員が兼業と知って移住してくれた。

 おかげでタカクス町内で出来る事が増えたけれど、事務所は住人の名簿その他の管理書類が所狭しと置かれてしまっている。


「――おーなかーをへーらしーた、めるみーさーんは」


 適当な歌を口ずさみながら事務所に帰ってきたメルミーがひょっこりとキッチンに顔を出した。


「みんなで集まってどうしたの? リシェイちゃんがこの時間にキッチンに立ってるとメルミーさんは怖くてしょうがないよ?」

「リシェイが、事務所を新築したいってさ」

「いいね。寝る時にインクの臭いがして困ってたんだよ」

「三対一だな。テテン、悪いけど事務所は新築する方向で話を進めるぞ」

「ぐぬぬ……」


 そんな親の仇みたいにレバーに八つ当たりしなくてもいいだろ。そんなにGL小説を読み聞かせたかったのかと。

 出来上がったレバーパテとランム鶏肉とマトラのアヒージョ、最近タカクス町に引っ越してきた腕のいいパン屋で買ったカリカリのトウムパンを夕食に、新築する事務所について話す。


「参考資料を置く部屋とタカクス町の経営資料を置く部屋の二つがまず欲しいわね」

「キッチンと応接室も欲しいね。タカクスも町になったんだから、いつまでも事務室に応接室を内包しちゃうのはよくないよ」

「事務室、作業部屋も必要か」

「……寝室、みっつ」


 意見をまとめてから、どこに建てるかの話になる。

 都市や摩天楼では創始者一族や古参住人が住むのはより高い位置にある枝と相場が決まっている。これは、町全体を見下ろせるようにすることで雪揺れなどの災害時にいち早く対応できるようにという意味がある。

 けれど、タカクスはまだ町であり、枝も雲下ノ層に四つあるだけだ。枝の高さはさほど変わらない。


「来客があることを前提に建てないといけないのだから、第二の枝とキダト村のある第四の枝は除外しましょう。第三の枝は整備中の町の入り口からの直通になるけれど、タコウカ畑を含むデートスポットとして整備するから用途が別の建物は建てない方がいい。この第一の枝に建てるのが順当ね」


 リシェイが消去法で枝を決める。俺もメルミーやテテンも反対意見は出さない。

 キダト村は限界荷重量も近いため、今後移住者に休耕地の再生をしてもらう事を考えると余計な建物を建てたくない。

 第二の枝は町の入り口から二重奏橋の片方と矢羽橋を渡ってこないといけないため、些か遠すぎる。

 第三の枝はリシェイの言う通りデートスポットにする予定だから、あまり事務的な建物を作って雰囲気を壊すのは避けたい。


「決まりだな。この枝に建てよう。場所もまだ大分余っているし、どこに建てようか」

「私は事務所での仕事が主だから希望はないわ」

「メルミーさんは公民館寄りが良いかな。現場仕事が無いときは公民館で家具を作ることになるし」

「……燻煙施設、方面」


 俺も特にどこがいいという希望はない。


「燻煙施設に近い所に建てよう。あの辺りは煙を嫌って誰も家を建てたがらないし、テテンは冬場の雪が降る時期こそ外に出る頻度が多くなる。仕事場の燻煙施設が近い方が負担も少ないだろう」

「来客の事を考えると、煙が届く場所は適さないわよ?」

「十分に離してはおくよ。町のみんなが施設を遠巻きにしすぎるだけで、煙が届かない場所はまだまだ余ってるんだよ」

「……まさに、煙たがられる。ふふ」


 微妙に自虐が混ざっているテテンの言葉を捨て置いて、デザインの話に移る。

 メルミーが手を挙げて希望を口にする。


「あのれんがだっけ? 孤児院の壁の塗り方」

「直方体を積んだように見せる塗り方ね。変わった外観になるけれど、アマネが考案した外壁装飾だから事務所の壁に採用するのも良いわね」


 この世界では装飾になってしまうけど、本来は一般的な壁の資材なんだよ……。


「……重さと明るさが、同居する感じ。好き」


 意外とテテンも高評価をくれるらしい。

 外壁はレンガ風に塗る事で決まり、他にもいくつかの細々した事を相談しあった。

 夕食を食べ終えた俺は作業部屋に直行する。

 製図台を起こし、ペンを持って設計図に向き合った。


「総二階にするのもいいけど、安っぽく見えるのがなぁ」


 ヨーインズリーから虚の図書館長が訪ねて来た事もあるくらいだし、あまり安っぽい外見にするのはまずい。せっかくのレンガ風塗りでもある事だし、凹凸感を出すべきだろう。

 そんなわけで一階は凸字型、二階部分は右翼部分をルーフバルコニーとして活用し、俺が育てているハーブの植木鉢を置いて緑化する。

 一階部分には応接室とキッチン、事務室、経営資料室、作業部屋を用意。二階部分は経営とは直接関係ない俺たちが仕事で使う資料を置く資料室、寝室は――


「三つだな」


 必要な部屋数を書いたメモ帳を見て、部屋割りを考える。

 階段の側に配置するのは資料室でいいだろう。基本的に資料は事務室なり個人の寝室なりへ持ち出して読むから、足音は気にならない。

 反対に、応接室は階段からある程度離した方がいい。応接室は普段使わないから、隣に作業部屋を配置すれば音で集中を乱される心配もない。

 キッチンは食事もできるようにダイニングキッチンの形にする。料理の匂いが届かないように応接室からは最も離れた場所に配置する必要がある。


「凸型だから両翼に離しておけばいいな」


 ダイニングキッチンの上がルーフバルコニーとなる。ルーフバルコニーは屋根の上を直接人が歩くことになるため、下の階に足音が響きやすいが、下の部屋がダイニングキッチンであれば特に問題はない。

 反対に、応接室と作業部屋の上が俺とテテンの寝室になる。来客への対応は基本的に俺がすることになるし、テテンはいてもいなくても静かなモノだから応接室の上から物音が聞こえる、なんて事態にはならない。

 階段下に掃除道具などを入れる物置スペース、階段隣に資料室、その隣に事務室を設置。


「こんなものか」


 最近は移住者からの依頼で家を設計する事が多かったから、自分が使う建物を設計するのは久しぶりだ。

 おかしな所はないかと見直して、ふと違和感に気付く。

 なんかおかしい。どこがとは言えないけど、何かを忘れているような気がする。


「なぁ、テテン、どこかおかしい気がするんだけど、分かるか?」


 作業部屋の隅で布団を敷いて、書き上げたばかりのGL小説を読みふけっていたテテンに声を掛ける。

 テテンが素直に立ち上がり、俺が描いた設計図を覗き込んだ。


「……大丈夫、なんら、問題ない。ばっちぐー」

「そうかな?」


 絶対何かを忘れてるんだ。何か大切な物を……。

 今の事務所にある部屋は一通りそろっている。という事は、追加した部屋で何かが足りないという事だ。


「リシェイとメルミーに訊けば何かわかるかな」

「お姉さまたち、寝てるはず。忍び込むのは、許さぬ……」


 機敏な動きでドアの前に立ちふさがり腕を水平に広げるテテン。


「別に今すぐに訊く事でもないし、明日にするよ」

「……訊いてくる」

「寝ている二人のところに俺が行くのも不味いけど、テテンが行くのも駄目だろ。今日は大人しく寝てろ」

「……ぐぬぬ」


 まったく、油断も隙もないな。



 翌朝、俺は事務室で机を拭いていたリシェイに設計図を見せる。


「……確かに、何か足りないわね」


 リシェイにも分からないのか、難しい顔で首をかしげる。


「――なになに? メルミーさんにもお話聞かせておくれよ」


 朝食を作っていたメルミーがキッチンから出てくる。


「何か足りない気がするんだよ。なんだと思う?」

「間違いさがしじゃないんだからさー。昨日の夜にみんなで考えた部屋数通りなら良いと思うよん」


 どれどれ、と設計図を見たメルミーはざっと見て笑顔になった。


「メルミーさんにもわかんないね。このまま進めても生活は出来ると思うよ」

「そういうわけにもいかないだろ」


 建てた後で問題が起きたら困る。新築を建て直しなんてしたくはない。

 ふと、先ほどから何も言わないでいるテテンを見る。

 静かにしているのはさほど珍しい事ではないけど、普段はリシェイやメルミーの動きを追っているテテンの視線が俺に向けられているのが気になった。

 俺と目が合うと、テテンは何事もなかったかのように視線を逸らす。


「なぁ、テテン」

「……な、なんでござろう?」

「俺が訊きたいよ。なんで緊張してるんだ?」

「……男に声を、掛けられたから?」

「いまさら俺を相手に緊張するはずないだろ」


 あれだけ毎晩赤裸々に性的嗜好を暴露しておいて――


「おい、テテン」

「……なに、かな?」

「昨晩、部屋の数を三つって言ったのはお前だな?」

「記憶に、ない」


 こいつ、部屋三つにして自分は誰かの部屋に転がり込む気だったな。

 リシェイかメルミーの部屋に入れればそれでよし、俺の部屋を当てられてもGL小説を読み聞かせて感想を貰える。個室だと得がないどころか俺の感想を貰えないから損になる。そんな風に考えていたんだろう。


「部屋は四つでいいな」


 元々二人部屋という事で大きく取っていた俺とテテンの寝室を二つに割る。

 一本線を入れただけで、リシェイとメルミーは納得した。


「あぁ、そこ書き忘れじゃなかったんだ」

「わたしも書き忘れだとばかり。足りないって話だったから何か別の用途がある部屋を入れ忘れているのかもと思っていたわ」

「メルミーさんとしては、なんでアマネとテテンちゃんがこの部屋割りで納得していたのかを知りたいよ。アマネはテテンちゃんを何だと思ってるのさ」

「何って――友達?」


 ずっと友達でいましょうねって奴だ。




 新しい事務所が完成したのは三週間後の事だった。

 メルミーを職長として、移住してきた職人たちと一緒に建てた事務所兼自宅を前に俺はふと気付く。


「――事務所に四人で住む意味ってあるのか?」


 結局、事務所暮らしからの脱却は遠いようだ。



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