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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第一話  道路工事

 タカクス町第三の枝は変化に富んだ枝だ。

 おおむね、空へと向かって伸びていくものの、途中にはがくんと地上へ向かって下がる部分があり、崖のようになってしまっている場所さえある。

 枝の幅はおおよそ四百メートル。崖の部分は落差約七メートル、角度は約六十度。

 俺は事務所の作業部屋で製図台を前に腕を組んでいた。

 部屋の隅で膝を抱えていたテテンが顔を上げる。


「……その枝に、こだわる、意味は?」

「この枝からカッテラ都市まで道路を敷くのが最短距離になるんだ。多少、工事費用が上乗せされるとしても、観光客を呼び込むとなればこの枝の他に道路を敷く選択はあり得ない」


 合併前のタカクス村からカッテラ都市までの距離が徒歩二日、コヨウ車でも一日がかりだった。この距離は観光業のネックになっており、ブライダル事業においても到着した来賓者が疲労を蓄積してしまい満足度が下がる要因になっていた。

 キダト村との合併による副産物の一つが問題の第三の枝だ。

 落差七メートルの崖は手付かずだったものの、この崖をもう一つの崖共々攻略した際の利便性を考えたところ、カッテラ都市までの距離を徒歩一日に短縮、コヨウ車を使えば半日とちょっとにまで縮めることができると判明した。

 観光、ブライダル事業の活性化を促すにはこの崖を攻略し、交通の利便性を良くするべきという意見はリシェイとメルミーからも支持を得ていた。

 だが、この崖が思いのほか厄介な物だった。


「カッテラ都市との最短距離になる以上、この崖がタカクス町の入り口になるんだよなぁ」


 あまり貧相な見た目にはできない。それだけではなく、カッテラ都市から歩いてきた人のために休憩場も必要だ。


「崖を登ってきてすぐに目に入る何か、タカクス町への期待を煽るような入り口……うーん」


 衣擦れの音が聞こえてきて視線をやれば、テテンが薄ら笑いを浮かべてにじり寄ってきていた。


「……像が、良い。女同士、絡むやつ。おねろり、求む!」

「却下」

「なぜ」

「デートスポットになる枝にそんなもん置いたら逆効果だろうが」


 そうでなくても置くつもりはないけどさ。

 へそを曲げてむくれたテテンが俺の側で膝を抱えて丸くなる。


「……門でよくね?」


 あからさまにテンション下がったな。


「崖を登りきったところに門があると、高い位置まで登ったっていう達成感が無くなるからあまり良くないと思うんだ」

「なら、植物園……」

「それは考えたんだけど、荷物を運搬するコヨウ車がすれ違えるだけの道幅を確保する必要があるんだ。植物園だとそれが難しい」


 崖を登り切ったら一面の花畑というのも良いとは思うんだけど、同じ枝にタコウカの畑も作り始めているから用途が被ってしまう。


「……広場」

「妥当だと思う。視界を広く確保しつつ、交通を妨げずに疲れた観光客を休ませる場所になるからな。問題はデザインだ」


 これが案外、曲者だったりする。

 広場はただ開けた空間だけど、裏を返せばその部分を広場として切り取っているのだ。

 今回は視界を確保しなければいけない関係上、建物を配置して切り取る事が出来ない。

 では、何を持って広場という空間を演出し、切り取って見せるか。

 地図を睨む。

 広場入り口を仕切るのは、崖だろう。これは問題ない。

 では、残りの三面をどうするか。

 入り口である以上、タカクス町を見渡せるのが望ましい。案内板を設置して四本の枝のどれに目的の施設があるかも把握できるよう、配慮するべきだ。

 背の低い柵などで囲む方法はいまいち面白みに欠ける。

 前世なら、小川などを配置して仕切りにするやり方もあったけれど、世界樹の上でそれをやろうとすると限界荷重量の問題や渇水時の見た目の変化などが常に付きまとう。


「生け垣を使うか」


 背が低い柵という意味で、生け垣は見た目にも柔らかく閉塞感が塀などより少ない。

 設計図に生け垣の配置図を書き込んでいく。


「……種類は?」

「キスタにするよ」


 一年を通して葉っぱを付けている低木キスタは秋から冬にかけて葉が紅く染まる。落葉せずにそのまま冬を過ごして春になると葉が緑色に戻って行く面白い植物だ。


「世界樹北側は雪が積もるから、雪の白に映える紅い葉は町の入り口を飾るのに適してるし、雪かきをする時にも視認性が高い紅さは生け垣を傷つける心配を減らせる。落葉しないから掃除も楽だ」


 テテンが俺が座る椅子の肘掛けに両手と顎を乗せ、設計図を覗き込んでくる。


「……広すぎ、と思う」

「昼間は屋台なんかを展開できるように広く取ってあるんだ。長旅で疲れたお客さんが一息つけるように、屋台と一緒にベンチを置こうと思ってる」

「……中央に、女性の裸像」

「置かねぇよ」


 こだわるなぁ。


「……洗脳、足りてない、のか」

「百合ワールドにこれ以上浸かってたまるかよ」

「めくるめく、世界へ、いざ」

「行かねぇよ」

「……むぅ」


 会話を切り上げて、設計図を書き込んでいく。

 生け垣を使ってコヨウ車と歩行者を分離。コヨウ車は広場の外周を通るようにして二重奏橋に向かう道を整備する。

 作業を進めていると、テテンが妙に大人しい事に気が付いた。

 横を見ると、テテンが床に置いた紙に何かを書いている。

 また百合物の小説でも書いているのかと覗いてみれば、かなり生々しい絵を描いていた。


「おい、男の隣でなんてもの書いてんだよ」

「……春画」

「名称を聞いてるんじゃないことくらいわかってるだろう?」

「……百合エロが嫌いな人類はいません」

「まるで練習したかのように滑らかな発音で言う台詞がそれか」


 とにかくリシェイ達が帰って来る前に隠すように指示をした矢先、作業部屋の扉が開かれた。


「アマネ、設計図の調子は――何をしているの?」


 お茶の乗った木のお盆を片手に扉を開けたリシェイが訊ねてくる。

 反射的に春画にテテンの頭を押さえつけていた俺は、訝しげな顔をするリシェイに笑いかけた。


「いや、テテンが落書きしながら寝落ちしたみたいだから起こそうと思ったんだ。まぁ、気持ちよさそうに寝ているし、そっとしておいた方がいいかもしれない。悪いけど、毛布か何か持ってきてくれない?」

「それは構わないけど、横で寝られると気が散るでしょう?」

「毎晩隣で寝てるんだから大丈夫だよ。むしろ、起こすと文句を言われそうだ」

「そう。分かったわ。ちょっと待ってて」


 リシェイがお茶の乗ったお盆を置いて作業部屋を出て行った。

 すかさず、俺はテテンの頭の下から春画を引き抜き、丸めてポケットに放り込む。証拠隠匿完了だ。


「……見事な、助太刀、でござった」


 突っ伏して寝たふりを継続しながら、テテンが小声で感謝の言葉を口にする。未だに緊張が持続しているのか、言葉遣いが怪しかった。


「焦らせんなよ。まったく」


 それはそうと、この春画はどうしよう。




 道路工事のノウハウを持つヘッジウェイ町から職人集団が派遣されてきたのは秋ごろだった。


「冬の間は一度帰らせていただきますので、今年の内に町の入り口から少しずつ工事を進めていきましょう」


 職長さんに予定表をもらい、冬までの予定をざっと考えてから工事の説明に移る。

 町の入り口に当たる広場の工事はメルミー率いるタカクス町の職人達で行うため、ヘッジウェイ町の職人には今年中に崖の整備を行ってもらう事にした。


「崖に作る坂道は道路勾配三パーセントに収めたいと思っています」


 コヨウ車が登れる勾配がおおよそ七パーセント。長い坂であれば途中で休憩が必要になる。

 三パーセントの道路勾配であれば、コヨウ車でも休まずに四百メートルくらいはらくらく登ってみせる。

 今回の崖は七メートルあるため、二百五十メートル弱で登り切る坂にすれば道路勾配三パーセント以内に収めることができる計算だ。

 職長さんが設計図を見て頷く。


「途中にちゃんと休憩所もあるし、これなら大丈夫だろう」


 カッテラ都市から荷車を引いてきたコヨウは疲れが溜まっている事もあるため、坂の中で立ち往生しない様に休憩所を設ける必要がある。

 俺の設計図では崖の中腹にコヨウ車が五台ほど乱雑に止められるスペースを設けてあった。観光客が増えるようなら給水ポイントとしても活用するため、そこそこ頑丈に作る予定だ。

 空中回廊の要領で崖に坂道の土台を組んでいく。

 休憩場を起点に切り返す二つ折りの坂道は、角度六十度の崖に沿って作られる。幅はおおよそ十五メートルあり、コヨウ車二台が余裕を持ってすれ違える。

 土台を確認しつつ、時々崖の上に作られている入り口広場の様子を見に行く。

 メルミーとキダト村出身の造園家によってつくられていくのはキスタの生け垣だ。高さは一メートルほどで、広場を囲む様に円形に植えていく予定である。


「枠組みは完成したから、土入れを始めるよー」


 メルミーが手を振ると、土の入った袋を担いだ職人たちが木枠の中へと土を入れ始めた。

 キスタは木であるため世界樹に差し木するやり方もできるのだが、世界樹からの栄養供給を受けると成長が早くなってしまう。頻繁に手入れが必要になるよりも畑と同じように土を用意して植える方が後々の整備が楽だ。

 後々、この広場を改装する際にも土に植える方が手間が少ないという判断もあった。

 メルミーが俺に気付いて駆け寄ってくる。


「見ての通り、作業は順調だよ」


 キダト村の造園家の協力もあり、進捗状況は予定よりも良いようだ。

 メルミーは土を運び入れている職人たちを見る。


「ほんの少し前まで、こういう力仕事には必ずビロースさんがいたのにね」

「宿の仕事が忙しいから、仕方がないさ」


 ランム鳥の肉や卵に関税がかけられた影響でヘッジウェイを始めとしたいくつかの町や村からタカクス町へ観光客が訪れるようになっていた。

 食べようと思っても割増しになってしまったし、どうせ高い金を払うのなら直接タカクス町で評判のシンクを食べてみよう。そう考える観光客により、小さな流行が起きているらしい。

 おかげで、宿の主をしているビロースは毎日忙しそうに働いていた。旧キダト村の宿にも観光客が泊まりに来ており、タカクス町全体の収支は大幅な黒字が見込める。

 この流行が終わる前にカッテラ都市との交通網を整備したいところだ。


「そういえば、さっきリシェイちゃんが来たよ。作業が落ち着いたら事務所に来てほしいってさ」

「分かった。もうすぐ昼休憩にしようと思ってたんだ。メルミー達も土入れが終わったら昼食にしてくれ」

「あいさー。おなかペコペコだよ」


 メルミーが職人たちに伝えに行くのを横目で見つつ、俺は崖下で作業中の職人たちに作業を切り上げてお昼休憩を入れるように伝える。

 職長さんが了解して、職人たちの作業状況を見てから一人ずつ声をかけていく。仕事がのっている職人のやる気をそがない様にしているのだろう。

 俺は職長さんに後を頼んで、一足先に事務所へ向かった。

 事務所で待っていたリシェイが俺を見るなり事務机を指差した。


「たくさんお手紙が来てるわよ」

「そのようで……」


 事務机の上に二十通ほどの手紙が置かれていた。

 試しに一枚取ってみると、タカクス町で屋台を出したいという料理人からの手紙だった。


「これは移住希望者、って事でいいのかな?」

「そうみたいよ。他の手紙もほとんどが屋台を出したいって手紙ね。数通、来年の春に結婚式を挙げたいという手紙も来ているけれど、そちらはアレウトさんと話をしておくわ」

「了解。でも、なんでこんな急に屋台を出したいなんて人が殺到してるんだろ」


 今までにも移住希望者はいたけど、ほとんどが畑仕事に従事している。

 リシェイは結婚事業に関する手紙を集めて中身をチェックしながら、建設中の入り口広場の方角を指差した。


「タカクス町は、ランム鳥を食べに来る客がいてまだ料理屋の数がそこまで多くない。しかも、入り口には屋台を出すことを前提にした広場が設けられる。ここまで好条件が揃ったら、店を出したい料理人も多いって事でしょうね」

「そんなモノかな。まぁ、人手は多いに越したことがないけど」


 屋台を出したいという希望者には現在の工事状況を伝えて、受け入れを来春の終わりごろにしたいと書いて返信した。



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