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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二十九話 町長会合

 タカクスを町として認めるという知らせと共に、町長会合への出席を要請する手紙が届いた。

 そんなわけで、俺はリシェイと共にカッテラ都市を訪れていた。

 準備しておいた礼服や書類を持って、宿の一室に入る。


「リシェイと一緒に宿に泊まるのも久しぶりだな」

「建橋家時代以来かしらね。十年ぶりくらいだし、久しぶりというのは少し大げさな気もするわ」


 寿命千年ですもんねぇ……。

 久しぶりのカルチャーショックである。

 リシェイが悪戯っぽく笑いかけてくる。


「二人きりになるのがそんなに待ち遠しかったのかしら?」

「タカクス町だとなかなか二人きりになれる機会もないからな」

「……素直に認められると、どう返していいか困るわね」


 照れたような顔をしたリシェイは、切り替えるように旅行鞄から自分の礼服一式を出す。

 バードイータースパイダーの糸で作ったシルクのような手触りの上等な礼服は、丈が長めのワンピースと、それに合わせて仕立てたすっきりしたラインのエプロン型ドレスだ。どことなくブルガリア辺りの民族衣装に近い気がする。

 エプロン型のドレスには幾何学模様や植物の刺繍が施され、裾に錘を兼ねた飾りが八つぶら下がっている。ワンピースの手首まで届く袖は清潔感のある白で、袖口は狭い。

 こういった礼服は裾、袖口が広いものほど上等な物とされている。風に煽られるような生活をしていない証だからだろう。

 一般的に、町長会合にはあまり上等すぎる礼服は身につけて行かない。

 町程度の規模ではタカクスのような村に毛が生えた規模から都市に匹敵する人口を抱える規模まで様々なため、規模の小さな町が委縮しないよう、少しカジュアルさが必要になる。

 俺も自分の礼服を引っ張り出していると、リシェイが肩を叩いてきた。


「隣の部屋で着替えるわね」

「あぁ、分かった」


 隣の寝室へ消えていくリシェイを見送って、俺は着替えを始める。

 男性用の礼服もブルガリアっぽい。シャツと腰帯、上着にズボンといった組み合わせで、上着には刺繍が施されている。

 袖の長いシャツは白。暗い色のズボンは袖口が広く、くるぶし辺りに錘を兼ねた飾りが位置するようになっている。錘に加えて生地そのものが厚いせいで見た目以上に重たい。太めの腰帯は青色で、端には飾り紐と錘が付けられていた。


「えっと、帯は余りを残して腰に垂らすんだったか」


 ネクタイの結び方並みに垂らし方にもいろいろと種類があったはずだけど、今回はオーソドックスに右側に両端を重ねて垂らす方式にする。

 後は上着を羽織るだけだ。落ち着いた風合いの刺繍が特徴のこの上着は留め具が存在しない。飾りボタンさえついていなかった。

 腰丈の上着は風に煽られても背後に抜けるよう、背中側に二本の切れ込みが入っているため、錘も必要ない。


「マフラーはどうしようかな」


 心情的には着けて行きたい。せっかくリシェイとメルミーが作ってくれたマフラーだ。

 しかし、外はそこまで寒くない。

 どうしようかな。

 マフラーを片手に悩んでいると、寝室から着替えを終えたリシェイが出てきた。


「マフラーは着けなくても大丈夫だと思うわ」

「そうかなぁ」


 突然寒くなったりしてくれないかな。

 なおも悩んでいると、リシェイにマフラーを没収された。

 リシェイはワンピースとドレスで二重になったスカート部分を揺らして旅行鞄に取り上げたマフラーを仕舞い込む。


「リシェイってそういうひらひらした服も似合うんだな」

「似合うように仕立てたのよ」


 それはそれで凄いと思うけどね。

 リシェイの艶やかな髪が背中に金の滝を作っている。それはそれでいいと思うのだけど、今回は髪を上げた方がいい気がする。

 俺の好みの問題で。


「リボンはないのか?」

「ない事もないのだけど、つけるかどうか迷っていて……」

「よし、つけよう」


 今すぐつけよう。

 リシェイの金髪を青いリボンでポニーテールにする。完璧である。白いうなじとか完璧である。

 どこに出しても自慢できる。むしろ自慢する。


「じゃあ行こうか」


 いざ、町長会合へ。




 町長会合の会場はカッテラ都市が町だった頃まで使われていた公民館だった。

 雲下ノ層と雲中ノ層の二つに跨るカッテラ都市は、雲中ノ層に大きめの公民館を新築した。そのため、雲下ノ層にあるこの町時代の公民館は町長会合などで貸し出されるようになったのだ。

 町時代に作られたというだけあって老朽化しているものの、掃除は行き届いている。備品も多少古いだけで壊れているようなこともない。

 二階にある会議室へリシェイと共に入室する。

 すでに何人かの町長とその側近らしき人が席に着いて談笑していた。下は五百歳から上は七百歳を越えていそうだ。

 先客の一人、ケーテオ町の町長が俺を見て立ち上がる。


「おぉ、アマネさん、お久しぶりですね」

「お久しぶりです」


 握手を交わして、ケーテオ町長に勧められて隣の席に座る。リシェイは俺の後ろにある側近用の椅子に座った。

 ケーテオ町長が俺を頭のてっぺんからつま先まで眺めて頷く。


「似合っていますね。何より、若々しさが良い。町長会合なんて年寄りの寄合みたいになっていたから、新鮮な気分ですよ」

「――ケーテオさん、あっしも若い方ですよ?」


 長机を囲んで俺の向かい側に座っていた五百歳ほどの髭の男性が笑いながら口を挟んでくる。

 机の上に置かれているプレートから、ヘッジウェイ町の代表者だと分かった。

 世界樹北側にある小さな町ヘッジウェイはコヨウの飼育基金の発起人たる町だ。

 ヘッジウェイ町長が俺を見て笑いかけてくる。


「タカクス町長、お会いできて光栄だ。話には聞いていたが確かに若いね。ずいぶんなやり手だってのも聞いているよ」

「いえ、まだまだ若輩者で、こうして先達がお集まりする場に同席できて光栄です。勉強させてもらいます」

「そうかい。先輩として立ててもらえるのは嬉しいが、心苦しいね。この会合でタカクス町のランム鳥に関税を掛けようと提議したのウチなんだ。すまないね」


 まさか向こうから話を振って来るとは思わなかった。

 ヘッジウェイ町長が俺の表情から何かを読み取ったのか、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「やっぱり知ってかぁ。あんな大人げない提議をしておいて立てられるとおじさんも困っちゃうよ」

「いえ、産業保護は当然だと思うので」

「理解があって助かるよ。代わりというのもなんだけど、見返りの道路工事、うちから玉貨二枚を出させてもらおう」

「玉貨、ですか?」


 工事費用は大体玉貨七枚かかると予想されている。枝の隆起でちょっとした崖のようになっている場所もあるため費用が少し高くなっているのだ。

 玉貨二枚も出してくれるのは、見返りとして十分だといっていい。

 ヘッジウェイ町長が机に両肘をつく。


「ウチはタカクス町の重要性もきちんと理解しているつもりだ。その発展を阻害するつもりは一切ない。しかし、コヨウ肉の販売量が落ちるのは見過ごせない。そういうわけで、タカクス町とカッテラ都市の間の道路整備には賛成の立場だよ。他の町も似たようなものじゃないかな」


 いつの間にか到着していた他の町の代表者たちの何人かがヘッジウェイ町長の言葉に頷きながら着席する。

 ケーテオ町長は席が埋まったのを確認して、立ち上がった。


「では、町長会合を始めよう。ヘッジウェイ町長、関税の話を」

「あいよ。タカクス町長も立ってくれ。まとめて話した方がいいだろう」


 ヘッジウェイ町長に促されるまま、俺も立ちあがる。

 へッジウェイ町長が机を囲む町長たちを見回して口を開く。


「事前の通達通り、タカクス町のランム鳥に関税を掛けたいと思っている。この関税は各町が自主的に判断する物で、掛けなくても構わない。ただし、掛ける場合にはこれからタカクス町長が話す事業へ無償協力を行うことを前提とする」


 一方的に不利益を被る町が出ない様に話を持って行く土壌を作ってから、ヘッジウェイ町長が俺に話を譲ってくれた。

 俺はヘッジウェイ町長の話を引き取る。


「こちらも事前に通達しましたが、何分急な話でしたのでカッテラ都市との調整に手間取り、連絡が届いていない方もいらっしゃると思います。一から話をさせていただきますね」


 前置きをしてから、俺はタカクス町とカッテラ都市の間にコヨウ車二台が十分にすれ違える幅の道路を敷設する計画を告げる。

 この計画にはカッテラ都市の同意もある。

 計画の概要を話し終えると、この場で最年長らしい町長が腕を組んだ。


「実に分かりやすい話だった。だがね、タカクスさん、遠慮しちゃいけないよ。こういう時はふんだくるもんだ。ほれ、そこのヘッジウェイさん、あんたのところは道路工事の技術を積み重ねてきてるだろう。無償で技術供与ぐらいするべきじゃあないかい? 今後、タカクス村のランム鳥へ恒常的に関税を掛けるのなら、それくらいの見返りがあってしかるべきだ。玉貨二枚? 金だけ出して終わりにする話じゃあないだろう」


 技術供与を受けられるのならありがたいのは確かだ。

 ヘッジウェイはコヨウの飼育事業を周辺の村と共同で運営している。

 主に放牧する形になるコヨウの飼育では、世界樹の葉を食べさせるために広範囲を移動する必要があり、転落防止のための道路整備も広範囲に行われている。

 この道路網はコヨウの毛を利用する染色、紡績、織物産業の発展と村や町ごとの分業制の成立に寄与し、それらの村と町を繋ぐ行商人の増加と貨幣の循環を後押しし、ヘッジウェイを中心とした経済圏を成立させているほどだ。

 ゆえに、ヘッジウェイ町は道路工事の優れたノウハウを持っている。

 ヘッジウェイ町長が苦笑気味に頭を掻いた。


「関税を掛けたいと言い出したのはうちだからな、それくらいのことはするべきか。タカクス町長、ウチは技術供与の用意をしよう。かまわないか?」

「はい。お願いします」


 ヘッジウェイ町の他に三つの町がランム鳥に関税を掛ける旨を宣言し、課税率は一割から二割となった。

 また、タカクス町とカッテラ都市の間の道路整備への提供資金は総額で玉貨八枚、ヘッジウェイ町からの技術供与が追加された。

 不満はない。むしろ得をしたくらいだろう。

 話がまとまってほっと一息ついていると、ヘッジウェイ町長が水を向けてきた。


「タカクス町は品種改良したランム鳥が人気になってるそうだが、そっちも輸出していくのかな?」

「いえ、いましばらくはタカクス町の中だけで観光客向けに提供するつもりです。まだできたばかりで繁殖中なんですよ」

「今までのランム鳥とは比較にならない美味さって話だから、タカクス町によって土産に買おうかと思ってたんだが、無理か?」

「土産物としての販売もまだしていないので」

「そうか。それじゃあ、次の会合を待つとしよう」


 その後も町同士の交流企画などが話し合われる。

 特に大きな懸念事項なども存在しないため、俺にとって初めての町長会合は滞りなく終了した。

 公民館を出た俺はリシェイと一緒に宿近くの料理屋に入る。

 ホウレンソウに似た野菜であるミッパをコヨウの乳とバターで作ったクリームにパスタとランム鳥の肉を絡めた料理をリシェイが頼む。


「カッテラ都市だと付近の町や村から食材が届くから、こんな料理も作れるのね」

「タカクス町だとコヨウ乳が手に入らないからな」


 カッテラ都市との間の道が整備できればもう少し変わってくるかもしれない。

 元々タカクス村とカッテラ都市は別の枝にあったのだけど、キダト村との合併時に架けた二重奏橋の中間地点に当たる第三の枝はカッテラ都市への最短ルートになる。

 今までは二日かかっていた道のりも、徒歩一日に短縮できるかもしれない。


「俺はこの料理でお願いします」


 卵黄とクリームとチーズを使ったパスタだ。この料理屋のオリジナルらしい。

 運ばれてきたのはどう見ても昔懐かしのカルボナーラでした。本当にありが――美味い、だと?

 前世で味わった事のないレベルで美味い。ベーコン代わりに使われているランム鳥の燻製肉がとくに美味い。流石は熱源管理官養成校を有するカッテラ都市というところか。

 リシェイも美味しそうにクリームパスタを食べている。


「無事に会合が終わってよかったわね」

「町長会合はもっと殺伐としたものだと思っていたから、意外だったな」

「事前調整もあるから、あまり喧嘩にはならないそうよ。ケーテオ町長の奥様が話していたわ」


 会合が始まる直前、隣に座っていたケーテオ町長の秘書である奥さんからいろいろと話を聞いたらしい。


「歴史の長いケーテオ町の秘書をしているだけあって、会合の情報が色々と得られたの」

「そうか。俺たちは新参者で何かも手探りだから、情報はありがたいな」


 今後も出席する事になるだろうし、もしも新興の村が経営破綻でも起こして難民が発生するようになったら受け入れの話し合いが行われるはずだ。

 上手く意見調整できるように今の内から慣れておかないと。


「……もう、町になったんだよなぁ」

「十年経ってないのにね。あっという間だったわ」


 パスタをフォークに巻きつけながら、リシェイが呟く。


「アクアスも町になったんでしょう?」

「人口六百人だとさ。ケインズの方も、難民発生時に対応させるために昇格させられたんだろう」

「なかなか、先を越せないわね」

「そうだな。追い付きつつあるようだけど」


 次の目標は都市への昇格。

 まぁ、それはおいおい考えるとして、


「町への昇格を祝う祭りも開かないとな」


 帰ったら早速企画しようと心に決めながら、俺は食後のハーブティに手を伸ばした。



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