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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二十八話 カッテラ都市からの使者

 俺はマルクトから提出された品種改良ランム鳥シンクについての報告書を読んでいた。

 シンクの肉質等を決定する遺伝子の性質についてはおおかた判明している。

 遺伝の仕方が分かったため、シンクの純血種と呼べる個体も複数生み出された。

 現在、マルクトはシンクの繁殖を進めてくれている。

 シンク専用の飼育小屋もタカクス村第二の枝の上に建設が終わっており、事業展開に移れる状態ともなっていた。

 マルクトからの報告書には純血種のシンクが現在四十羽、卵を産み始めているという。


「リシェイ、いま宿に客は来てる?」

「えぇ、カッテラ都市から敬老会の旅行客が来てるわよ。七名の団体客ね」


 カッテラ都市に住んでいる団体客とは、都合がいい。


「シンクを提供するよう若女将に伝えよう」

「いよいよ、売り出すのね?」


 リシェイが笑みを浮かべる。

 シンクの繁殖体制は整っている。タカクス村にやって来る客に提供する分なら十分に確保できるはずだ。


「さぁ、忙しくなるぞ」




 シンクに対する反響は凄まじかった。

 観光客が一時的に二倍を超え、タカクス村の宿だけでは足りずに旧キダト村の宿さえ埋まるほどとなった。


「シンクはまだ輸出できません。現在繁殖中なので」


 ここ数日、幾人もの行商人を相手に伝えた台詞を今日も繰り返す。


「そこを何とかなりませんか?」


 拝むように頼みこんでくる行商人に繁殖中だからと繰り返して帰ってもらう。

 ようやく静かになった事務室で、俺はため息を吐いた。


「予想はしていたけど、それでも毎日商談が舞い込んで正直疲れるな」

「仕方がないわよ。シンクがそれだけ評価されているんだから、喜びましょう」


 リシェイの言う通り、喜ぶべきだろう。実際、γ系統より二割高く販売しているシンクはそれでも飛ぶように売れている。

 世界樹北側はγ系統しか食べたことが無い者も多い。タカクス村が飼育を始めるまでランム鳥を食べたことのない若者だっていた。

 俺たちがランム鳥を輸出していった事でγ系統種のランム鳥の味に慣れていた北側の人たちにとって、シンクは一種の驚愕を持って受け入れられたのだ。

 それほどまでに、シンクは美味い。


「β系統との食べ比べをしてみたいという声もあるようだけど、どうするの?」

「いまの飼育員の数だとβ系統まで面倒を見きれないな。飼育員の数を増やせるよう募集をかけてみるのもいいかもしれない」


 どちらにしても、もうしばらくはγ系統とシンクの繁殖を進めるべきだろう。

 リシェイが帳簿を開く。


「今月は玉貨五枚の利益が出てるわ。来月は旧キダト村の休耕地の活用もしていきたいわね」

「人手が足りないからな」


 旧キダト村の住人は高齢化により体力が落ちたため、休耕地が目立っている。土はあるため人手さえ確保できればすぐに活用できるだろう。


「せっかく土があるんだから、第三の枝のタコウカ畑の計画を練っておくのもいいかもしれないな」


 タカクス村と旧キダト村の間にある第三の枝ならば両村の取水場を利用する事が出来る。タコウカの栽培に必要な堆肥も飼育小屋がある隣の枝から運び込む事ができる。

 旧キダト村に作るよりは若者が多く住宅予定地も余っているタカクス村から近い第三の枝の方が休耕地の運転再開に都合が良い。

 リシェイも同じ考えなのか、キダト村の村長からもらったキダト村の備品目録を書棚から引っ張り出した。


「土の量は十分にあるわね。木枠は新調した方がいいと思うけれど、人手が集まったら考えましょうか」

「それじゃあ、手始めに十人くらい募集をかけてみようか」


 カッテラ都市か、もう少し先の都市で募集を掛ければすぐに集まると思う。

 シンクの噂を聞いた観光客がひっきりなしに来てくれている今ならなおさらだ。

 運営について話し合っていると、玄関からメルミーが顔をのぞかせた。


「二人とも、カッテラ都市とヨーインズリーからお客さんだよ」

「来たか」


 先日、ヨーインズリーの虚の図書館長より、遺伝子説の講演を開いたことに対する感謝の手紙が届いていた。

 同時に、カッテラ都市からはタカクス村とキダト村の合併を祝福する手紙と共に、町への昇格に関しての話があると連絡があった。

 両方からの使者が同時にやってきたのも、偶然ではないだろう。

 俺はリシェイと視線を交わしてから、メルミーに使者を通してもらう。


「こちらへどうぞー」


 メルミーに案内されて応接室に入ってきた使者の二人は初めて見る顔だった。

 一礼した二人がソファに着くまで待って、リシェイがハーブティーとフランス菓子のカヌレに似たお茶請けを持ってくる。

 ヨーインズリーの使者はお茶請けを見ても反応を示さなかったけど、カッテラ都市の使者は興味深そうに一つとって口に運んだ。


「これ、美味しいですね。なんていう名前ですか?」

「シークと言う焼き菓子です。この辺りでは卵が手に入りにくいのであまり一般的ではないかもしれません」


 世界樹の北側以外の地域では割と一般的に食べられている焼き菓子だから、ヨーインズリーの使者にとっては珍しい物ではない。

 カッテラ都市の使者がシークを知らないと聞いて少し驚いているくらいだった。

 だが、ヨーインズリーの使者はシークに卵が使われている事から世界樹北側におけるタカクス村の立ち位置がどういうものなのか、察したらしい。


「事前に聞いてはおりましたが、タカクスは世界樹北側で重要な地位を占めているようですね」

「卵とランム鳥の生産を行っているのはうちだけですからね」


 タカクスが存在しなければ、世界樹の北側ではシークを始めとしたいくつかの料理が食べられなくなる。

 頷いたヨーインズリーの使者が口を開く。


「本日お訪ねしたしたのは遺伝子説に関する講演を行ってくださったことに対する謝礼を届けに来たのともう一つ、タカクスを町に昇格させる事についてお話をさせてもらうためです」


 ヨーインズリーの使者はそう言って、鞄の中から謝礼金を取り出した。


「どうぞ、お納めください」

「確認いたします」


 リシェイが謝礼金の枚数を数え、受領する。

 そして、本題に移った。


「タカクス村を町へと昇格させる件については、カッテラ都市の方からお話しさせていただきます」


 村が町へと昇格する場合、その村に最も近い町長会合の開催都市が承認する。

 タカクス村に最も近い開催都市はカッテラだから、カッテラ都市の使者から話すのが筋だとヨーインズリーの使者は判断したらしい。


「タカクス村がキダト村と合併したことにより、人口は五百人を超え、食糧生産面での不安も特に見受けられません」


 カッテラ都市の使者が調査票のようなものを取り出して読み上げ始める。町への昇格条件を確認しているのだろう。


「ランム鳥の飼育による肉類の確保、キダト村合併による耕作地の大幅増加と栽培技術の伝播、燻製施設も新しい物が稼働していて保存食も自作できています。宿屋も経営状態はかなり良好のようですね」

「……いつの間に調べたんですか?」

「ほとんどは聞き込みです。タカクス村は観光客も多いので調査は簡単でしたよ。後程、実際に視察させていただきます」


 老若男女を問わずたくさん来てるから、聞き込み主体で調査を行うのは確かに楽だろう。タカクス村を出た観光客がアンケートに答えていたって俺たちにはわからないのだし、調査方法としても優れてる。

 しかし、一体いつから調査が始まっていたのだろうか。シンクを提供し始めてから一カ月ほど経っているものの、調査期間としては短すぎるから橋の開通前だと考えるのが妥当だろうか。

 カッテラ都市の使者は調査票をさらにめくる。


「治療院と湯屋も稼働していますね。医療面での不備はなし。ランム鳥を飼育しているとの事で悪臭などの問題が発生しているかと思いましたが、ほとんど臭いませんし、衛生面でも不備は無いようで」


 ヨーインズリーの使者が一言断りを入れて調査票を覗き込み、俺に視線を移した。


「キダト村との合併で施設を得たとはいえ、できて十年の村としてはかなり整ってますね」

「ランム鳥で資金を稼げたのが大きいです」


 これからはシンクもあるし、さらなる利益も見込める。

 調査票を読み上げ終えたカッテラ都市の使者が口を開く。


「明日以降、治療院や湯屋を視察させていただきますが、まず問題なく町への昇格が認められます。それを踏まえて、少々お話をさせていただきたい。財政担当者の同席をお願いします」


 お茶の準備でキッチンに行っていたリシェイを呼ぶと、すぐに戻ってきて俺の隣に座った。

 カッテラ都市の使者はハーブティーを飲んでシークを一つ摘まんだ後、話を続ける。どうやら、シークを気に入ったらしい。


「近日中に町長会合が開かれます。その議題の一つが、タカクス村のランム鳥についてです」


 使者の話によると、年々市場へ流れる量が増えているタカクス村のランム鳥により、比較的高価なコヨウ肉の売り上げが落ちているという。

 これを受けて、コヨウ肉の販売を行う基金に参加する町や村からの反発があり、町長会合の議題として挙げられたそうだ。


「おそらく、ランム鳥の輸入に際して関税をかける町や村が出てくると思います」


 リシェイが眉を寄せた。

 ランム鳥だけで稼いでいるわけでもないけれど、タカクス村の主要産業なのもまた事実だ。

 今までコヨウを育ててきた町や村が産業保護に動くのは当然だし、それに異を唱えるつもりもないけれど、経営にダメージが入るのは間違いない。

 リシェイの表情から反発されると思ったのか、カッテラ都市の使者は慌てて付け加える。


「カッテラ都市上層部は関税を掛けない方針です。タカクス村のランム鳥事業の規模拡大をお願いした責任もありますので、今まで通りに取引させていただきたいと思っています」

「いえ、関税を掛ける動きが出るだろうとは思っていましたので、その点で不満はありません」


 穏便に済ませようと考えたらしく、リシェイは出まかせを言った。

 ほっとした様子の使者に、リシェイが質問を投げかける。


「関税を掛けようとしているのは、コヨウの飼育基金を立ち上げた町と、出資している村々であっていますか?」

「おそらく、そうですね」


 リシェイが沈黙する。関税をかけてくるだろう村や町の取引規模を試算しているらしい。

 考え込んでいるリシェイに代わり、俺は使者に質問する。


「一方的に関税を掛けられるのは納得がいきませんから、見返りを求めても構いませんよね?」

「そういうだろうと思ったので、タカクスを早期に町へ格上げして町長会合へ参加できるように取り計らいます」

「ありがとうございます」


 新興の村の件もあるから、どっちにしろタカクスを町に昇格させるつもりだったろうに、見事に恩に着せられた。


「アマネさん、参考までにどのような見返りを求めるつもりなのか、お聞きしても構いませんか? こちらとしても、双方の意見調整に動いておきたいものですから」

「そうですね……」


 さて、どうしたものか。

 対抗してコヨウ肉に関税を掛けると言い出したところで、タカクス村の後に続くところはない。

 効果的なのは、タカクス村からのランム鳥の持ち出しに税をかけてしまう方法だったりする。世界樹北側の貴重なタンパク源であるランム鳥の肉や卵が値上がりすれば、ダメージを受けるのはカッテラ都市のような人口密集地だ。必然的に、コヨウの飼育基金を運営する町や村とタカクス村の間を取り持たざるを得なくなるだろう。つまり、カッテラ都市をこちらに引き込めるというわけだ。

 だが、露骨な値の変動や輸出規制は反感も持たれる。長期的にみると確実にマイナスだろう。

 状況を整理する。

 発端は市場に流れるランム鳥がコヨウ肉需要を押しのけている点だ。

 これにより、産業保護の観点から町や村がランム鳥に関税をかけて事実上の値上げを強制させる。

 この際、ランム鳥の差額は町や村に税として入り、コヨウの飼育産業に充てられるだろう。タカクス村の利益は一切ない。

 この構造でタカクス村が利益を手に入れるとすれば、発端に立ち返ってランム鳥を市場に流さずタカクス村の中だけで流通させてしまうのが手っ取り早い。タカクス村の中で流通するランム鳥に関税なんてかけられるはずもないのだから。

 ならば、タカクス村内のランム鳥需要を拡大する必要がある。

 手っ取り早いのは移住者を募り、人口を増やして食料消費量を増やす方法。これはどうせやる事になるから、見返りとして要求するモノとしては弱い。

 どうせ要求するのなら、今まで手が回らなかった事を外の力でやってもらいたい。

 例えば――


「タカクスとカッテラ都市の間の道路整備を行うので、資金提供を見返りに求めます」


 俺の言葉を聞いた使者は二人して意図を探るような目をした。

 リシェイが笑みを浮かべて、俺の意見に同意する。


「観光客を呼び込みつつ、カッテラ都市との連携を強化して難民発生時の対応力を高めておく策ね。喫緊の課題ではないけれど、後回しにするのも躊躇われる。他所の資金でやってもらえるのなら、ありがたいわ」


 俺の考えを読み取ったリシェイが追認してくれた以上、こちらからの見返り要求は道路整備で本決まりだ。


「カッテラ都市としても悪い話ではないと思いますけど、どうです?」

「そうですね。道路整備をすれば割れて廃棄される卵の数も減るでしょう。わたしには権限が無いのでカッテラ都市へ持ち帰らせていただいても構いませんか?」

「お願いします。町長会合までには答えをください」


 そういえば、町長会合っていつだろう。

 カッテラ都市の使者に訊ねると、彼は予定帳をポケットから出してめくった。


「次回の町長会合は二十日後になります」



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