第二十七話 面倒くさいやつ
講演会の翌日昼に予定通りタカクス村とキダト村の合併を祝う交流会が開催された。
同時に橋の開通を祝うため、タカクス村とキダト村の間にある枝が会場として定められた。
俺はリシェイ、メルミー、テテンの三人と完成したばかりの橋を渡る。
「一面吊りだから道が左右に分断されてるのね」
リシェイが隣の誰も歩いていない側を指差す。
「あちらがコヨウ車用の道でいいのかしら?」
「将来的にはそうなる。当面はわざわざ分けるほど交通量もないから気にしないけど」
雲下ノ層にある橋は食品等の運搬を行うコヨウ車が多く利用する事になるため、事故防止のために歩行者と完全に分けてしまう予定だった。
まだ村から町になるかどうかという状態の今のタカクス村だから、コヨウ車もそんなに多くない。
「歩行者は向こうの橋の側面が見れるのもいいわね」
「……すっきり、してる」
テテンがキダト村から伸びる橋の側面を見て、呟いた。
等間隔に並んだ斜めのワイヤーが規則的かつ鋭角な美しさを持っている。
シャープなデザインで空間を引き締めるよう気を使ったのだ。
「……キリッと、生真面目な、感じ?」
テテンが両手で自らの細い眉を持ち上げ、キリッとした顔を作る。
テテンの顔を見たメルミーが堪えきれなくなったように吹き出した。
「かっこいい、かっこいい。テテンちゃん美人だから、眉を持ち上げるだけで頼りがいあるように見えるね」
「……頼ってくれて、良い」
調子に乗り出したテテンがメルミーの側に行く。
メルミーとテテンがふざけ合う姿をほほ笑んで見守っていたリシェイが俺を見た。
「一面吊りにすると聞いた時は頼りなさそうに見えないか不安だったけど、大丈夫だったわね。細身だけど頼りになる素敵な橋だと思うわ」
「ありがとう」
事前に聞いた村のみんなの反応も上々だったし、いい仕事ができたようだ。
ほっと一安心したところで橋を渡り終え、キダト村との境にあるタカクス村第三の枝に到着した。
リシェイが橋を振り返る。
「この橋、なんて名前にするの?」
「二重奏にしようと思ってる」
タカクス村から伸びる橋とキダト村から伸びる橋の二つが互いを引き立てるように架かる、ハープ状にワイヤーを張ったこの橋にはふさわしいと思う。これから先、タカクス村とキダト村が協力して一つになっていかなくてはいけないという意味もある。
説明すると、リシェイは柔らかく笑った。
「良い名前ね。デートスポットにもふさわしいわ」
「決まりだな」
後でキダト村長に提案しよう。
橋を渡り切った先ではすでに交流会の準備が整えられていた。
タカクス村とキダト村の住人がほぼすべてそろっているため、会場には五百人以上の老若男女が散らばっている。
「――アマネさん、こちらに」
俺はキダト村長に手招かれて壇の上に立つ。
壇から見下ろせば、会場のみんながこちらに注目していた。
こういうの苦手なんだけど、やらないわけにもいかないか。
俺は深呼吸を一つして、口を開いた。
「かねてより進めていたタカクス村とキダト村の合併は今日、この日をもって成りました。こうして橋が架かったとはいえ、未だ二つの村の間の繋がりは薄いと思います。この交流会が皆さんを互いに近付ける一助になれば幸いです。では、完成した橋と私たちの未来に、乾杯!」
会場のみんなが一斉に杯を掲げ、俺に続いた。
「乾杯!」
短いスピーチを終えた俺はキダト村長と一緒に壇を降りる。いつまでもこんなところに上がっていたら、みんなくつろげないだろう。
「キダト村長、橋の名前ですが、二重奏橋にしようと思います」
理由を説明すると、キダト村長は目を細めて橋を見た。
「良いね。ちょうど弦楽器のようだと思っていたんだ。二重奏橋でいこう」
「決まりですね。交流会の終わり頃に発表します」
キダト村長と分かれて会場に入った俺はすぐに湯屋の主に捕まった。
肩をバンバン叩いてくる湯屋の主はキダト村の方に顎をしゃくる。
「せっかく橋も完成していつでも行き来できるようになったんだ。風呂に入りに来いよ。営業時間は昼過ぎから日没までだ」
「日中は忙しいのでなかなか足を運べなさそうですけど、日没の終業前は混みますか?」
「そうさな。村の連中は日没前には上がっちまうから、案外空いてる日が多いな」
「それじゃあ、日没頃を狙ってみます」
「そうかそうか。待ってるぞ。そんじゃあ、ちいとばかし宣伝してくらぁ」
湯屋の主は手をひらひらさせると、マルクトの方へ歩き出す。
本当にグイグイくる嵐みたいな人だな。
湯屋の主とも話したことだし、キダト村の古参の方々とお話しするとしようか。
合併後のタカクス村は基本的に俺とリシェイ、メルミーの三人を筆頭にビロースやマルクトなどのタカクス村古参の面々で運営し、旧キダト村運営陣は引退する事になっている。
キダト村の運営陣は高齢で、意見を求められたときにのみ口を出す形で留めるそうだ。
タカクス村は俺を始めとした若者ばかりで運営されて発展しているため、この若い活力を高齢のキダト村運営陣が押さえつけてはいけないという判断らしい。
とはいえ、キダト村にはキダト村のやり方がある。タカクス村のやり方を全てにおいて優先させればいいというものではない。
なにしろ、キダト村は高齢化を止められなかったとはいえ、四百人もの人口を支えて五百年間村を存続させてきたのだ。
そのノウハウは俺が持っていないモノだし、キダト村長たちの豊富な人生経験から導き出される答えには純粋に興味がある。
旧キダト村の運営陣を回って挨拶がてらに話を聞いていると、服の背中側を引っ張られた。
あまりにも弱弱しい力だったので気のせいかと思ったけれど、振り返ればそこにはゆるいウェーブが掛かった長い茶髪頭があった。
「……酔った、助けろ」
テテンである。
ちょいちょいと俺の服を引っ張っているテテンに遠慮して、話をしていた旧キダト村の職長さんが一礼して去って行った。
俺は職長さんを見送ってからテテンに向き直る。
「酔ったって、酒は出してないはずだぞ」
「……男、多い。むさきめぇ」
「人混みっていうか、男に酔ったのか」
両手で俺の服を掴んで会場の端へ引っ張ろうとするテテンだが、人混みに酔って弱っているのは事実らしく、まったく力が入っていない。
仕方なしにテテンを連れて会場を離れ、二重奏橋のたもとに向かう。
たもとに辿り着くと、テテンは力尽きた様に手摺りに体を預けた。干された布団みたいな脱力具合だ。
「……お姉さま成分、至急、求む」
「諦めろ。リシェイ達はいま交流会の仕切りで忙しい」
リシェイは俺の代わりに運営陣と話してるし、メルミーは旧キダト村の料理屋の女将さんと一緒になって料理の手配を仕切っている。
俺は脱力状態のテテンの背中をさすってやる。
「とりあえず、空気を吸って落ち着いておけ」
「……うむ。そうする」
テテンは青い顔で素直に深呼吸した。
「あまり深く吸うと逆効果だから、ゆっくり気分を落ち着かせるように息をしろよ」
テテンの隣で手摺りに肘をつき、会場を見下ろす。
タカクス村とキダト村の住人は喧嘩もせずに談笑しているようだ。ビロースがキダト村のベテラン魔虫狩人と一緒に弓矢で曲芸をしている。
放っておいても大丈夫だろう。
「というか、テテンよ。俺も男なわけだが、大丈夫なのか?」
「……一応、が、抜けてる」
「あぁ、俺も一応は男なわけだが――一応ってなんだよ」
付け加えてから違和感に気が付いた。
「俺はどこに出しても恥ずかしくない男だろうが」
「……煮え切らねぇ、くせに」
「すいませんでした。認めます。一応は男です」
それを言われると弱い。
テテンはぐったりしたまま俺を横目で見てくる。
「アマネは、むさくない。だから、無問題……」
「そうか。なら体調が戻るまでいてやるよ」
「よろ」
テテンはなおもぐったりしていたが、顔色は徐々に良くなってきている。
このままテテンの体調が戻って動けるようになったら、医者のカルクさんのところへ連れて行こうか。
会場内にいるはずのカルクさんを探してみると、キダト村の医者と話をしているのが見えた。医学書の交換をしているようだ。
会場内を走ろうとしている子供をアレウトさんがとっ捕まえて大人しくさせている様子も見受けられる。
タカクス村も大きくなったものだ。
「……アマネ」
呼ばれてテテンに視線を戻す。
テテンは会場の方をぼんやり眺めていた。
「……キダト村の、熱源管理官、優秀?」
「あぁ、夫婦で湯屋をやってるよ。息子さんもそろそろカッテラ都市の養成校から帰って来るそうだ」
具体的な日付は聞いていないけれど、カッテラ都市に永住する気はないらしいと手紙をもらった湯屋の主が言っていた。
テテンが唇を引き結ぶ。
「どうかしたのか?」
「……迷惑、かけてばっかりで、ごめん」
「おい、まじでどうした?」
悪いモノでも食ったのか。頭がおかしいのはいつも通りだけど、輪をかけておかしくなってるのか。
テテンが手摺りに突っ伏した。
「まともな、熱源管理官がくる。陰気な引き籠りは、お払い箱……」
そういえば、テテンが引き籠ったのは熱血漢な熱源管理官ばかりが求められる世の中に根負けしたからだった。
「お前、追い出されるとでも思ってるのか?」
「迷惑かけてる、面倒くさい性格、だし……。ここ追い出されたら、また行くとこなくなる……」
「今がまさに面倒くさいわ」
手摺りに突っ伏したままのテテンの側頭部にデコピンをかます。
「ぉう……」
デコピンを受けた側頭部を両手で庇いながら、テテンが仰け反った。
「迷惑なんか俺だってあちこちにかけてるっての。そもそも、誰が毎晩お前の寝物語を聞いてると思ってるんだ。あれは安眠妨害という意味での迷惑以外の何物でもないだろうが」
その口で百合百合しい小説ばかり音読しやがって。
テテンの柔らかほっぺをつつきまくって反論を封殺しつつ、俺は続ける。
「あの毎晩繰り返される迷惑行為に順応しすぎて、いまさら止められたら続きが気になって逆に安眠できない始末だよ。他人を百合・ザ・ワールドに引きずり込みやがって責任とれよ。続き期待してますよ、先生」
うりうりと抉り込むようにしてテテンの頬に人差し指を押し付ける。
「第一、テテンは熱源管理官としてやるべきことをきちんとやってるだろ。俺やリシェイ、メルミーにはない消極的で後ろ向きな視点で意見をくれるから、助けられてもいる。暑っ苦しい熱源管理官にテテンと同じことは出来ないだろ。引き籠りだって事に自信を持てよ」
テテンがきょとんとした顔で俺を見てくる。
「……引き籠りに、自信?」
「あぁ、そうだ。しっかり持っとけ」
テテンは吟味するよう視線を下に向けて考え込んだ後、上目づかいで俺を見上げた。
「……アマネになら、お姉さまを取られても、ゆるせる」
「俺はテテンにリシェイ達を取られたら許せないな――って、痛っ!」
蹴りいれてきやがった、こいつ。
「なにすんだよ!」
「……しるか!」
テテンが怒った振りをしながらタカクス村へ走り去る。
本当にアイツは演技が下手だ。
「なに笑ってるんだか。まったく面倒臭い奴だな」