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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二十六話 遺伝子についての講演会

「――これにて、遺伝子説に関する講義を終わります。ご清聴ありがとうございました」


 拍手の中で、助手をしてくれていたリシェイと共に受講者へ一礼する。


「以後、この公民館を開放しますので、おくつろぎください」


 研究者同士で議論したりもするだろうと公民館の宴会場を開放する旨を伝えて、俺は講壇を降りる。


「アマネさん、ちょっとよろしいですかな」


 さっそく来たか。

 笑顔を向けると、声をかけてきた研究者は隙のない目で俺を観察しながら口を開いた。


「アマネさんはこういった研究は初めてだとお聞きしています。液状伝達説についてはどこまでご存知でしょう?」

「遺伝情報を伝える液体が存在し、それが混ざり合う事で子に形質が遺伝するというのが液状伝達説の基本的な考え、ということまでは理解しています」


 研究者はうんうんと頷いてから、配布した資料をめくる。


「このハーブを使った実験ですが、液状伝達説を否定できる内容ではありませんよ」

「と、言いますと?」


 研究者は資料の内、葉っぱが割れるか否かを調べた結果のページを開き、結果部分を指し示した。


「この葉っぱの実験手順では葉が割れたモノ、ないしは割れなかったモノを意図的に排除していった結果、世代を経るごとに画一化されていっている。この方法では意図的に親の遺伝形質を取捨選択した結果、そのグループ内での遺伝液が画一化されていると見ることができる。つまり、この実験は液状伝達説を否定できる実験ではありませんよね?」

「その通りです。その実験単体では液状伝達説の否定根拠になりえません。ですが、その次の実験、遺伝の優劣を調べた結果をご覧いただければ、遺伝形質を伝える液が混ざり合って両親の特徴を折半した子が誕生するという液状伝達説を否定できます」

「……ではこのハーブの花についてはどうなのでしょう? ここでは中間雑種と呼ばれていますが、これはまさしく両親の特徴を折半した子ではないでしょうか?」

「その子供同士を掛け合わせた場合、色は同一の孫になるはずですが結果は先祖返りが起きています。これは両親の特徴が液体として伝わって完全に混ざり合うという液状伝達説を否定する事になります」


 俺の答えに研究者はふむ、と頷いた。


「では、花と葉の関係についてはどのようにお考えですか?」


 やっぱり突っ込まれたかぁ。

 ハーブの実験において、俺とマルクトは葉っぱと花色をそれぞれ別々に研究していた。ここまではメンデル法則に従っていた。

 けれど、両者の純正の花を交雑させた際、ちょっと面倒な結果になった。

 このハーブは花の色である赤と白、葉っぱの特徴である先割れと割れないものが同時に遺伝する事が分かったまではよかったのだけど、その後実験を続けると頻繁に遺伝子の乗り換えが起こることが判明したのだ。

 研究者が俺をじっと見つめてくる。


「遺伝を決定するモノが固体ならば、このような雑種は出てこないはずでは?」

「両手で握手しましょうか?」

「――は?」


 俺が両手を差し出すと、研究者は疑問符を浮かべながらも俺の手を握る。

 俺はすぐさま握手した両手を交差させ、左右の手を入れ替えるように握手し直した。


「固体だからこそ、このように乗り換えることができます。おそらくは千切れやすく繋がりやすい遺伝子があるのでしょう」

「それこそ、液体である証では?」

「液体であれば、雑種が生じる前の者は何故、見かけ上は純正のままなのでしょう?」


 言葉を返すと、研究者は静かに唸った。


「この実験に使ったハーブの種子を分けてもらう事は可能でしょうか? 追試を行いたい」

「えぇ、準備してありますので、のちほど公民館の入り口にてお配りします」


 話をしていると別の研究者がやってきた。


「この実験、少々単純化しすぎでしょう。遺伝形質一つ、または二つにのみ的を絞って観察している。葉っぱの枚数、花弁の数、草丈、根の張り方など、遺伝というのはもっと複雑なものだ」

「――いや、待ちたまえ。偶然で片付けるにはあまりにも規則性がはっきりしている。多少の例外も記載されてはいるが、結果資料が正確か、公正かという点を先に検証するべきだ」

「そんなモノは後で追試をすればはっきりするだろう。その追試の結果を何年も待つのか? 建設的な意見を口にしたつもりだろうが、この場での判断材料はアマネさんの実験結果だけなのだから、この結果を土台に話をするべきだ」


 横やりが入ってからは研究者が集まって喧々諤々の議論が始まってしまった。

 無論、俺もリシェイと一緒に引っ張り込まれる形になる。


「そもそも、遺伝子説はタコウカの実験で完全否定されているだろう」

「いや、先ほどアマネさんが手振りで説明してくれたハーブの葉と花色の関係を参考にすれば解決するかもしれん。花の色を決定する遺伝子が一つではなく複数存在し、乗り換えが頻繁に起こる可能性だ」

「液状遺伝の方が単純に説明できるだろう。タコウカに複数の発色が認められる事例は両親の遺伝液が水と油のように分離するからだ」


 収拾がつかないな。

 虚の図書館長が頭を抱えていたのはこれか。

 さんざんに議論を繰り返す研究者たちの輪からそっと離れる。


「すみません、配布用の種子の準備をしないといけないので、私たちはこれで」


 研究者たちに断りを入れ、俺はリシェイと共にその場を後にした。

 その足で公民館の共用倉庫に向かうと、ラッツェ率いる若者組が待っていた。


「アマネさん、講演は終わりましたか?」

「何とかな。予想通り、種子の配布を求められたから、手筈通りに頼むよ。会場の片づけは研究者が部屋に戻ってからでいい」

「わかりました」


 ラッツェ達に後を任せて、公民館を出ると、どっと疲れが押し寄せた。


「終わったぁ」


 前世の大学で卒論発表した時以来の緊張感だった。専門ではないからなおさらだ。


「リシェイもありがとう。本当に助かったよ」

「どういたしまして。それにしても、疲れたわね」

「今日は事務所でのんびりしよう。明日には橋の開通祝いがあるし、今のうちに体を休めておいた方がいい」


 事務所へ歩きながら、強張った筋肉をほぐすため腕を伸ばす。

 橋はいま、メルミーと店長さんが他の職人たちに指示を出しながら欄干を作っているはずだ。

 今日の内に終わらせる事も出来たのだけど、俺が研究者相手に講義をするからと昨日は早めに作業を中断したため、開通が明日にずれ込んだのである。

 事務所に到着した俺とリシェイはさっさと着替えを済ませて事務室のソファに体を預けた。

 脳の普段動かしてない部分でも使った気分だ。身体以上に頭が疲れている。

 何か気晴らしになる事がしたいと思っていると、リシェイが編み棒と毛糸玉を取り出した。

 気晴らしがしたいと思っていたのはリシェイも同じようだ。


「それって、マフラー?」

「そうよ」


 編み棒を器用に動かしながら、リシェイが俺に見えるように編みかけのマフラーを掲げる。


「いまから仕事の合間に編めば、冬までに作り終えるでしょう?」

「三カ月くらいか。十分間に合いそうだな」


 リシェイが編んでいるマフラーは雪虫の毛を使ったものだ。


「キダト村と合併したらアマネは町長になるのだし、上等なマフラーの一つもあった方がいいでしょう?」


 この世界、マフラーやスカートのような風に煽られる衣類は社会的な立場のある者か儀式でしか着ることが無い。

 世界樹の上に住んでいる関係上、強風にあおられやすい衣類は転落事故につながるし、何より歩きにくいのだ。

 そのため、風に煽られてもなびいたりしないように錘としての装飾品を付ける。この装飾品の高価さもあって、マフラーなどは一般的にはあまり身に着けないのだ。

 安物であろうとマフラーのような煽られやすい防寒具を持っているのは、吹雪の中で活動せざるを得ない魔虫狩人やコヨウ飼いくらいだろう。

 それはさておき、いま聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするんだけど。


「――いまリシェイが編んでるそのマフラーって俺の?」

「そう言ったでしょう? 飾り錘はメルミーが作ってくれるそうよ」


 合作とは有り難いやら照れるやら。

 お返しに何を贈ろうか。


「キダト村との合併後はしばらく調整のために村を行き来する事になるだろうし、冬場はこれを着けて行ってね」

「ありがたく使わせてもらうよ」

「悪い気はしないけど、そんなに嬉しそうな顔されると照れるわ」


 顔に出ていたらしい。右手で頬の辺りをマッサージしてきりっとした顔に戻す。

 うん、戻らないな。


「でもそうか。町長になると服とかも仕立て直さないといけないな」

「町長会合なんていうものもあるそうだから、少し良い服を買うべきだと思うわ」


 町長会合とは、都市を中心にした周辺の町長が定期的に集まって行う会合の事で、基金の設立や町規模での取引などを話し合うほか、難民発生時の受け入れ人数の相談、強力な魔虫の出現に対処する連合討伐隊の編成などを話し合う。

 俺も話には聞いているけれど、雲上ノ層、雲中ノ層、雲下ノ層の三層の内一層しか有していない人口密集地を村、規模が大きくなれば町というあいまいな基準であるため、人口何人で町という規定はない。大体五百人前後とは言われているけれど、施設なども考慮しないといけないため明確な基準はないのだ。

 実際、ケーテオは人口が三千人に届いてから町と呼ばれるようになった。それまでは施設に何か足りない物があったのだろう。


「タカクスは町になると思うか?」

「なるわよ。人口は少ないかもしれないけれど、著しい発展をしているし、四本の枝を持ったことで伸びしろもある。何より……」


 リシェイは言葉を切り、編みかけのマフラーを膝の上に置いた。


「カッテラ都市を含む周辺の諸都市は早くアマネに社会的な責任を負わせておきたいはずよ」

「なんだ、その怖い話」

「冗談ではなくて、本当の話」


 断言したリシェイは俺の方に体を向ける。つられて俺も姿勢を正す。


「タカクス村はランム鳥を飼育する、世界樹北側の重要な肉類生産地。村長のアマネは建橋家資格を持っていて、魔虫狩人としての腕も評価されているから村の防衛面も心配がない。反面、アマネは単独でも贅沢できるだけの財産を築き上げられる能力があるでしょう?」

「単独だと無理かな。リシェイとメルミーがいれば暮らしていくことはできると思うけど」

「それでも十分よ。ともかく、周辺都市にとってはせっかくの肉類生産地であるタカクスは恒久的に存続することが望ましい。だから、村長のアマネをタカクスに縛り付けるために社会的な責任を負わせる必要がある、というのが一つ」

「え、まだあるの?」


 リシェイが頷いた。心なしか先ほどよりも深刻な表情だ。


「話題になっている新興の村が破たんして難民が発生する危険性よ」

「あぁ……」


 話が見えてきた。


「規模を村に据え置いていると町長会合に俺を引っ張り出せない。そうなると難民の受け入れ先を話し合う場に俺がいないから、タカクスに難民を受け入れる余力があっても相談しにくい。だから町に昇格させる事で難民を受け入れさせる口実を得たい、と」

「そう。ただ理不尽に押し付けてくることはないと思うけれど、受け入れの準備だけはしておいた方がいいと思うわ」


 そうすぐに破たんする村が出るとも思えないけれど、冬に雪揺れ被害が出たりすると一気に傾く恐れがある。

 今後は村の外の情報を積極的に拾っていくべきだろう。



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