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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二十三話 品種改良種

「デカい仕事だ。気合入れていくぞ!」


 木籠の工務店の店長が号令をかけると、職人たちが一斉に応じた。

 タカクス村とキダト村を繋ぐ橋架け工事の開始である。

 この日のために準備しておいたバードイータースパイダーの糸で作ったロープが持ち出される。


「それじゃあ、まずは木籠から始めるぞ」


 店長さんの指示で職人が二つの組に分かれた。


「メルミー、木籠を作成しろ。他はロープを張る」

「はいはい。さぁ、皆の衆、メルミーさんの指示に従いたまえ」


 メルミーがいる組が木籠を作るために木材に向かっていく。工事中に支え枝との間を行き来するための木籠だから、凝った物にする必要はない。

 俺はメルミーに木籠を任せて、店長さんと一緒にロープを張るための準備に移る。


「アマネに飛ばしてもらった方が早いか。届くだろ?」

「支え枝の根元になら十分届くと思いますよ。風もないですし」


 愛用の弓を持って弦の張りを確かめ、俺は紐のついた矢を番える。

 俺がいるのはタカクス村のある枝。矢で狙う的は俯角五十度、水平距離六百メートルほどの場所にある支え枝の根元。

 店長さんが俺から離れて、支え枝の根元にいる職人達へ合図を送る。

 磨いた金属板で光を反射させ簡単な意思疎通をした後、店長さんが腕を上げ、振り降ろした。

 店長さんの合図を受けて、俺は矢を放つ。

 放物線を描いて飛んで行った矢は正確に支え枝の根元に突き刺さった。


「相変わらずの正確無比だな……。おい、ロープは繋いであるだろうな?」


 店長さんに問われた職人がロープと紐の結び目を掲げる。

 俺は店長と一緒に結び目を調べる。


「店長さん、合図を」

「おうよ」


 店長さんが支え枝の根元にいる職人へ合図を出す。

 すると、支え枝の根本にいた職人たちは矢に括り付けられた紐を手繰り始めた。当然、紐と結ばれたバードイータースパイダーの糸製ロープも紐の後を追うように支え枝へと引っ張られていく。

 順調に引き寄せられたロープが支え枝の根元の職人の下に渡った。


「よし、ロープを張ってくれ」


 職人たちがロープの端を足元の世界樹の枝に固定し始める。

 支え枝の方でも、ロープを張り始めていた。

 ロープが張り終わる事には、メルミーたち木籠製作班の仕事が一段落していた。


「いつでも使えるよ」


 メルミーが親指を立てて笑いかけてくる。時間が余ったのか、木籠の正面にはデフォルメされたランム鳥が浮き彫りにされている。

 飛べない鳥のランム鳥も空中散歩ができるわけだ。

 張り終えたロープに木籠を掛けて、試運転を行う。安全に対する配慮から、木籠の下には落下防止用のネットが張られている。


「無事、向こうに渡れたみたいだな」


 店長が支え枝の方に送った職人達の合図を見て呟く。

 これで、木籠を使った支え枝との行き来が可能になった。

 支え枝の方にいる職人たちが簡易の資材置き場を建て始めるのを横目に、俺は残った職人たちに声を掛ける。


「向こうへ材料を運びます。指示通りの順番で木籠に積み、送ってください」


 まず最初に送り出すのは店長さんといくつかの図面、工具の類と命綱に使用するロープだ。

 店名に木籠を冠するだけあって経験豊富な店長さんは俺が指示を出す前に準備を終えていた。


「じゃあ、行ってくる」

「お願いします。資材置き場が一つ完成する頃には俺もそっちに行けますので」


 店長さんを送り出し、次に運ぶ予定の材料を指示する。

 送り出すのは衝撃や揺れを吸収するための魔虫素材だ。雪虫の毛で作ったクッション材やバードイータスパイダーの液化糸と魔虫の甲殻で作った構造材、さらに、ブランチミミックの甲殻。

 一つ一つが大きい上に数も多いため、まとめて送る事は出来ない。


「クッション材から送ります。準備してください」


 支え枝から、店長の代わりの職人が木籠を動かして戻ってくる。

 メルミーを始めとした職人たちがバトンリレーの要領で木籠にクッション材を放り込んでいく。

 クッション材を満載した木籠が支え枝を目指して進み始めるのを見送って、俺は構造材の準備を始めるよう指示を出す。

 今回の橋は世界樹製の木材とこの構造材を併用して作る。

 構造材は液化糸に水と甲殻を混ぜて強度を非常に高めたもので、この世界では橋に使用する一般的な素材だ。

 材料を送っていると、支え枝に近付く数台のコヨウ車が見えた。

 コマツ商会に発注しておいた建材だろう。木籠で送れないような大型の物は直接コヨウ車で運んでもらう手はずになっている。

 予定より一日早いけれど、ご愛嬌だろう。

 コヨウ車から降りた行商人、ルシオが俺を見上げて手を振ってくる。


「注文の品が揃ってるかどうか見てくる。メルミーは指示出しを代わってくれ」

「オッケー。メルミーさんにお任せだよ。誰か、事務所に行ってリシェイちゃんに資材が届いたって伝えてきて」


 メルミーに後を任せた俺は、材料を乗せた木籠に乗って支え枝に移動する。

 下に落下防止用のネットがあるとはいえ、その下は世界樹の根元まで枝一本もない。かなり心臓に悪い光景だ。

 支え枝に到着した俺を待っていたルシオは明るい笑顔で荷台へ手招いてくる。


「ご注文通り、持ってきましたよ。七台のコヨウ車でキャラバンを組んだ経験がなかったもので、予定が前後してしまいました。すみません」


 受け入れ準備整ってませんよね、とルシオが建設中の資材置き場に視線を移す。


「お察しの通り、まだだね。一日滞在してもらえるかな?」

「えぇ、大丈夫です。ここで野営ですかね?」

「申し訳ないけど、そうしてくれ。ランム鳥を振る舞うからさ」

「お、噂の品種改良したやつですか?」


 好奇心を宿した商売人の眼で、ルシオが俺を見てくる。


「いや、普通のγ系統だよ。改良種はまだお披露目してないんだ。まぁ、一羽潰す予定の奴がいるから、売り物にはできないけど、ここで食べていく分には構わないよ」

「そうなんですか。ヨーインズリーでも商売人の間で少し噂になってるんですよ。虚の図書館長を追い返して研究しているって」

「え、そんな噂になってるんだ」


 追い返したんじゃなく、そっぽを向かれたんだけどな。

 事情を話すと、ルシオは頬を掻いた。


「学説で対立ですか。ヨーインズリー界隈じゃたまに聞く話ですね」

「対立するつもりはなかったし、いがみ合っているわけでもないよ。御縁がなかったということでってやつだ」

「でも、虚の図書館長から液状伝達説でしたっけ。その学説で研究してほしいとか言われたんでしょう。なんで断ったんです?」

「事前の実験でちょっと思うところがあったからだよ」


 ハーブを使った事前の実験で遺伝子の存在をある程度確信していたからこそ、液状伝達説をのけて遺伝子説にこだわったのだ。

 話をつづけながら、俺は荷台に積まれた資材の類を確かめる。

 コマツ商会とルシオなら粗悪品なんて間違っても掴ませないだろうけど、こうしてきちんと確認するのも礼儀だ。

 数も種類もきちんと揃えてある。いくつかはヨーインズリーの規格適合品であると証明書が付いていた。


「検査もしてくれたんだ?」

「橋の資材ですからね。半端な物を持って来れませんよ。アマネさんはそこん所かなり厳しいですし、魔虫素材を見る目は専門の職人並みとか言われてますよ?」

「一般的な魔虫狩人相応の眼だよ。買い被りすぎだ」


 そりゃあ、じっちゃんに経年劣化するとどうなるかとか教えてもらったけどさ。


「事務所に行こう。代金はリシェイが用意してくれている」

「明後日で構わないですよ。今日一日は引き渡しができないんですし、こちらで責任を持った方がいいでしょう。この荷台が片付いたらタカクス村に直接お邪魔して、マトラの燻製ってのを仕入れたいんです」


 テテン秘蔵のマトラ燻製か。ここ二年で売り上げが大分伸びていると思ったら、ヨーインズリーにまで届いてたのか。


「在庫がどれくらいあるか分からないけど、準備させるよ」

「ありがとうございます」


 話をしている内に支え枝への材料の搬入が終わったようだ。

 俺は最終確認をしている店長さんの下へ歩く。


「桁の作成を始めましょうか?」

「そうだな……。昼を先に食ってからにしよう」


 職人たちが店長の言葉を聞いて、早くも休憩モードに入った。

 腹を空かせているらしい職人たちに苦笑して、俺は店長さんの提案に頷いた。




 昼食を終えて、工事を再開する。


「いまは何をやってるんですか?」


 行商のルシオが物珍しそうに職人たちの作業を眺めながら訊ねてくる。


「第一班は資材置き場の建設、第二班は支え枝に仮設足場を作っていて、第三班は橋桁の組み立て」

「同時並行で進めていくんですか。混乱しませんか?」

「最初の頃は何が何だかわからずに大変な思いをしたよ。いまは作業工程も頭に入っているし、木籠の工務店とは付き合いも長いので作業手順は大体共有できてるから、混乱はしないね」


 確認が必要なところではきちんと呼んでくれるし、木籠の工務店は橋を架け慣れているだけあってスムーズに作業が進むのだ。

 時刻を確認する。もう後一刻ほどで日が沈むだろう。

 全体でみると、資材置き場が一つ完成し、支え枝の足場は完成。橋桁はまだまだ時間がかかりそうだけど、本来の予定では橋桁の作成は明日からの予定だったから問題はない。


「みんな、そろそろ作業を終わりにして、タカクス村へ移動して」


 両手を打ち鳴らして職人たちの注意を引き、作業の終了を告げる。

 タカクス村とを繋ぐ木籠には人数制限があるけれど、一刻もあれば職人たちを全員タカクス村に送り届けられるだろう。

 店長さんを置いて、俺は一足先にタカクス村へ戻る木籠に乗り込んだ。

 ロープを手繰ってタカクス村のある枝に乗りつけた俺は、木籠を降りて事務所へ向かう。

 もう作業はないので、職人の移動は店長さんに任せればいい。

 事務所に戻った俺をエプロン姿のテテンが出迎えた。


「……メルミーお姉さまは?」

「もうすぐ戻ってくる。リシェイは?」

「公民館……」

「先に夕食の指示を出しに行ってくれたのか」


 木籠の工務店の職人たちは公民館の食堂で夕食を食べることになる。リシェイはそろそろ俺たちが作業を切り上げる頃だと考えて、公民館の厨房に夕食作りの指示を出しているのだろう。

 リシェイ本人は料理ができないから、すぐに戻ってくるはずだ。

 作業部屋で着替えをしていると、リシェイが帰ってくる物音がした。

 作業部屋の扉を開いたリシェイが俺を見つけて深刻な表情をする。


「アマネ、早く着替えた方がいいわ」

「もう着替え終わる所だけど……何かあったのか?」

「――嵐が来るわよ」


 嵐?

 今日は快晴だったし、湿気もなかった。嵐の気配なんてどこにも――

 リシェイに問い返そうとした刹那、事務所の外からマルクトの大声が聞こえた。


「村長おぉおお!」


 魂の籠ったシャウトである。マルクトがあのテンションになる理由なんて一つしかない。

 チリンチリンと何度も鳴らされる呼び鈴を聞きながら、俺は玄関へ向かう。かつてないテンションだ。一体何があったんだろ。


「そんっちょうおおおおぉおおお!」

「どうかしたのか?」


 どこの怪鳥かと思うほどの奇をてらった呼び声に平静で返す。

 というか、あまりの異常さにテテンが怯えてるんだけど。

 恐々とキッチンから様子を窺うテテンは完全に腰が引けていて、初対面の引き籠りモードを彷彿とさせた。

 リシェイがテテンをキッチンへ戻す。


「後はアマネに任せておきなさい」


 任されました。

 俺は玄関扉を閉じて、外でマルクトに応対する。


「それで、どうかしたのか?」

「はい、どうかしました。いまにも頭がどうにかなりそうですよ。これをご覧ください!」


 マルクトが俺の前に掲げたのはランム鳥の肉だ。まだ生である。

 だけど、何の変哲もない、とは言えなかった。

 マルクトが掲げた生肉は深紅に染まっていた。特別施設で育てている改良種は肉が紅いのが特徴だが、それでもこれほどの深い紅色はしていなかったはずだ。


「これは?」

「行商人のルシオさんに出す予定だった特別施設のランム鳥です。見てください、この紅色を」

「近づけるな。見ればわかる」


 生肉にキスしそうになったわ。


「しかし、これはちょっと食べてみた方がいいな。味がいいか悪いか分からないまま商人のルシオに食べさせて失望されると今後の取引に影響が出かねない」


 ルシオはコマツ商会とも取引をしているやり手の行商人だ。品種改良が上手くいっていないと判断されるとどんな影響が出るか分からない。誠実な奴だから取引を断ったりはしないと思うけど、こちらも誠意をもって応対するべきだ。


「ちょっと中に入れ。キッチンでその生肉を調理して食べてみよう」


 マルクトと一緒に事務所に入り、キッチンにいたリシェイとテテンに場所を譲ってもらう。

 マルクトが持ってきた深紅の鳥肉にリシェイとテテンは不思議そうな顔をする。


「このランム鳥は肉質グループの個体だよな?」


 肉質、卵、脂の三種に分けて品種改良している特別施設の中で、卵を産めなくなっていたのは肉質グループの一羽だけだったはずだ。

 マルクトが頷く。


「肉質グループの第七世代です。第七世代を〆るのは今回が初めてですね」

「後継は?」

「若鳥が八羽ほど。孵化前の卵が十個存在します」


 マルクトに質問しながら、俺は深紅のモモ肉に包丁の刃を通す。

 適度な抵抗を伴いながら、刃がすっと肉を通る。いつものランム鳥と手ごたえからして違う。

 薄く切ったもも肉にフライパンで火を通すと、もも肉から脂が染みだしてきた。

 フライパンの上で脂を出しながら熱で変化していくもも肉を見つめる。本当に火が通っているのか心配になるほど紅いままだ。若干白くなり始めてはいるけど。


「他に何か変わったところはあったか? 飼育中、気性が荒かったとか」

「気性はいたって普通です。産卵回数がやや多い傾向がありましたね」

「飼育に不都合はないのか」


 菜箸で肉をつついて火が通ったことを確認する。

 皿に盛って事務室のテーブルに運び、俺とマルクト、リシェイとテテンの四人で囲む。


「これ、火は通っているのよね?」


 リシェイが心配そうにもも肉を見る。湯気が出ているから炒めたのは分かるけれど、深紅の色合いが変わらないから不安なのだろう。

 調理した責任者の俺が最初に一切れ食べてみる。マルクトもすぐに一切れフォークに刺して口に運んだ。

 口に入れたランム鳥の肉はしっとりと柔らかかった。細かい肉の繊維は容易に噛み切れるにもかかわらず、ちょうど良い歯ごたえがある。

 ただ柔らかいだけの肉ではない。細かい肉の繊維を噛み切る度に旨味と甘味を満載した肉汁が溢れ出してくる。

 ただ火を通しただけでこの美味さ……。

 リシェイとテテンもそれぞれ食べて、驚いた顔をしている。そういえば、二人はランム鳥の中で最もうまいとされているβ系統を食べたことがなかったはずだ。

 俺はβ系統を食べたことのあるマルクトと視線を交わす。


「……β系統種と同等だと俺は思う」

「旨味のある主張の強い肉質が特徴のβ系統とは方向性が異なりますが、間違いなく同等です」


 マルクトは感動さえも通り越したらしく冷静に分析する。


「今すぐ特別施設に戻り、このランム鳥の後継を隔離します」

「そうしてくれ。残りの肉はルシオに出すけど、構わないよな?」

「そうしてください。いま食べたら、満足して何も手につかなくなりそうです」


 そう言いつつ、マルクトは断腸の思いなのか未練がましく皿の上の肉を見て立ち上がった。


「そうだ、村長がこの系統に仮称をつけてください。名前がないと不便だと思いますので」

「そうだな。なら、シンクで」

「シンク、ですか。何かと名前が被ったりもしていませんし、それでいきましょう」


 帰って行くマルクトを見送り、俺は皿の上の深紅のモモ肉を見る。

 これを量産できたなら、品種改良は成功と言って良いだろう。



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