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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二十二話 橋架け準備

 タカクス村がある枝から徒歩一日の何もない枝の上。

 俺は、タカクス村とキダト村とを繋ぐ橋を架けるのに必要な支え枝の成長具合を確認しに来ていた。


「大分成長したな。メルミーの意見はどう?」

「もう橋の建設に入っちゃってもいいんじゃないかな」


 測量をして、支え枝の強度を試算する。

 強度は十分だ。今すぐにでも建設に移れることだろう。


「他の支え枝も問題はなかったし、木籠の工務店に橋架けの依頼を出そうか」


 タカクス村に帰るべく世界樹の幹の方へ歩き出しながら、メルミーの実家へ出す手紙の文面を考える。

 メルミーは鞄を背負い直して俺の隣に並んだ。


「今回の橋は、デザインのやり直しさせられないと良いね」

「斜張橋だから、やり直しは難しいな」


 途中にある世界樹の枝を経由した二本の橋はどちらも斜張橋になる予定だ。

 支え枝を主塔にして、ハープ状にケーブルを伸ばして橋を支える構造になる。


「一面吊りだっけ?」

「そうだ。橋桁の中央をケーブルで支える」


 橋を側面から見た時に二面吊りではケーブルがダブって見えてしまうから、どこか煩雑な印象を受ける事がある。橋を渡っている時には左右のケーブルが安心感を生み出すので良し悪しだけど、今回は一面吊りだ。

 今回は二本の橋を架けることになっている。橋はくの字に配置され、片方を渡っている時には必ずもう片方の橋の側面が見えてしまう。

 この事から、側面から見た際にすっきりと見えるように橋のデザインを考えた結果が一面吊りの斜張橋だったのだ。

 かつしかハープ橋のようにI字主塔を持ち、くの字に曲がった橋というやや特殊な形状ながら、この世界は橋が至る所に架けられているため施工事例がそれなりにあったりする。

 かつしかハープ橋はS字の道路面の優美な曲線とハープ状に張られた四十八本のケーブルが組み合わさり、すっきりとした美しさがある。二本の主塔はまっすぐで、ケーブルと同じく橋の直線要素となり、安定感を与えている。

 スイス辺りにも一面吊りの斜張橋でI字主塔を持つシオン斜張橋があるのだけど、こちらは主塔が上に行くほど幅広になっている。ケーブルの配置もあって、やじろべえっぽいあの橋もユニークさでは好きだけど、今回俺が架ける橋はくの字に配置される奇天烈さがあるため、不安定感が増すから却下した。

 メルミーが背後を振り返って支え枝を指差す。


「あの支え枝を主塔にするって事は、橋桁もあの支え枝の周りを囲むように作るんだよね?」

「一面吊りだからそうなるな。タカクス村、支え枝、中央の枝の三つを起点に橋を作っていく形になる。職人の数さえ揃えれば比較的早く架橋が終わるだろうな」

「そうなったら、キダト村の人たちとの交流も活発になるね」


 橋が架かれば、今まで四日かかったキダト村との行き来が一時間ほどに短縮できる。いままでの比ではない。


「さぁ、張り切って橋架け、いってみようか」




 タカクス村に帰った俺を待っていたのはランム鳥の卵や燻製肉をよく買っていく行商人だった。


「アマネさんに手紙を預かってきているんですよ。南のアクアス町のケインズさんからです」

「お手数おかけします」


 行商人の伝手を使って届けられたその手紙を受け取り、事務机に置く。行商人との商談が終わってから読めばいいだろう。

 行商人はソファに座ってお茶を飲みながら、世間話を振るように俺に声をかけてきた。


「橋架けは順調ですか?」

「えぇ、支え枝も成長したので、工事に入ろうと考えています」

「おぉ! では、キダト村との行き来もだいぶ楽になりますね。行商をやっている身としてはありがたい限りです」


 移動時間が短縮できるという事は、その短縮した分だけ足の早い商品を売り込む先が増えるという事だ。行商人としてはありがたいのだろう。


「最近は世界樹北側にも小規模な村が乱立して、行商人の間で競争が起こっているんですよ」

「誰が御用商人になるか、ですか?」


 リシェイが合いの手を入れると、行商人が大げさに頷いた。


「その通りです。そして、私は運よくタカクス村さんと取引がありますので、世界樹北側で肉類を扱える数少ない行商人なんですよ。というわけで、ランム鳥の干し肉を多めに仕入れたいのですが、どうでしょうか?」


 世間話兼、商談前の枕詞だったらしい。

 カッテラ都市の要請もあり、タカクス村ではランム鳥の飼育規模拡大を図っているため、肉や卵も増えている。

 どれくらい売れるかと言われれば、去年の今頃と比べて二割増しくらいの数を売り出せる。

 しかし、交渉担当のリシェイはそんな事実をおくびにも出さず、考える振りをした。付き合いの長い俺だから演技だと見抜けるけど、行商人には多少無理をしてでも数を揃えて売り出そうと考えているように見えるはずだ。


「ランム鳥の卵を二百個と肉を二十羽分でどうでしょう?」


 リシェイが提案すると、行商人は驚いた顔をした。


「そんなに出してもよろしいのですか?」

「えぇ。その代わりと言っては何ですが、土と肥料を買って行ってください」

「ほう、タカクス村さんの方から言い出すのは初めてですね」


 行商人が裏を読もうとするような目になる。


「先ほど申し上げた通り、世界樹北側でも若者たちの村作りが流行っていますから、土も肥料も売り先はたくさんあります。商品単体として売り込む事も十分以上に可能だというのに、駆け引き抜きでリシェイさんから言い出したのはどうしてです?」


 ランム鳥と抱き合わせに近い形で販売したいと言い出したことに不審感をもたれたようだ。

 とはいえ、リシェイはわざと不審感を持たせたのだろう。

 その証拠に、リシェイはすぐに切り返した。


「困るんですよ。その新しくできた村が経営破綻してしまうと、私たちのところにも飛び火しかねません。キダト村との合併後に色々と調整している最中、難民が発生してしまうとどうなるかは分かりますよね?」

「あぁ、タカクス村さんは土地が広いですもんね。肥料も自作できるから、難民を押し付けられるかもしれない、と」


 リシェイは行商人の予想を肯定するように深く頷く。

 行商人は顎を撫でて思案すると、口を開いた。


「都市運営陣並みの視野ですね。……カッテラ都市から何か言われましたか?」


 なかなか鋭い。

 耳ざとい商人だけあって、カッテラ都市とケーテオ町からタカクス村に使者が出向いた事も噂を聞いているのだろう。

 リシェイはありのままを話した。


「ランム鳥の飼育規模を拡大してほしいとの要請は頂いていますし、前向きに検討しているところです。しかし、土と肥料に関しては私たちの独断です」

「では、カッテラ都市が別口で肥料を輸入してばら撒く可能性はあると?」

「だからこその、抱き合わせです。鉄貨五百枚でどうでしょう。容量はいつもと同じで」

「買います」


 即決だった。

 この思い切りの良さは正直見習いたいところだ。


「売却先に要望はありますか?」


 行商人が身を乗り出してくる。

 俺はリシェイの後ろに立って、行商人に答えた。


「ケーテオ町を中心にした新興の村を重点的にお願いします」

「ケーテオ町ですか。人口が増えて苦しんでいますから、周辺に農地ができればケーテオ町も助かるでしょうね。アマネさんはやはり、商人向きだと思いますよ」


 にやりと行商人が笑う。

 ケーテオ町は雪揺れ被害に遭った難民を受け入れたことで人口が増えてしまい、食糧生産が追い付いていない。いまのところは食品を輸入してごまかしているが、貿易赤字が膨らむ一方だ。

 ケーテオ町の近隣に食糧生産地ができたなら、運送費用が削減されることにより安価に食品を輸入できるようになり、ケーテオ町の経営が上向く。なおかつ、食糧生産地はケーテオ町に輸出する事で資金を稼ぐことができ、ケーテオ町の余剰労働力を吸収して発展する余地が生まれる。

 そして、行商人は新興の村とケーテオ町の食品流通に噛む事で儲けが出るし、世界樹北側で唯一の堆肥生産地であるタカクス村から肥料を持ち運んで売ることができる。

 みんなに利益が出る形だ。もっとも、新興の村がこの動きに乗ってくれるかは未知数だ。

 行商人も分かっているのだろうけど、自信ありそうに笑みを浮かべた。


「新興の村は若い方が多く、独立気風が強いと聞いています。カッテラ都市が肥料を売り込みに動いても拒絶される可能性が高い。その点、同じ若くて新興の村でもあるタカクス村からの肥料だと触れ込んで売りに行けば、商機はあります。お任せください」

「頼もしいですね。では、よろしくお願いいたします」


 行商人は取引成立の握手を俺とかわして、早々に契約書を作成すると言って宿へ戻って行った。

 卵や肉を先にカッテラ都市へ運んで売りさばいたのち、一度こちらに戻ってきて空の荷台に堆肥や土を満載し、ケーテオ町に向かう計画だという。

 行商人を見送って、俺は事務机に座り、ケインズからの手紙の封を開けた。

 行商人の予定を考えると、明日の朝までに返事を書いて持って行ってもらう必要があるだろう。


「なんて書いてあるの?」


 メルミーがコップなどを片付けつつ聞いてくる。


「近況報告だよ」


 人口五百人となったアクアス村が町へと昇格し、雲下ノ層に三本目の枝を有するべく橋を架ける動きがある。要約するとそんなことが書かれていた。


「町への昇格は先を越されたけど、新しい橋を架けるのはタカクス村の方が先になる」

「勝負事ではないけれど、先を行けたのは少しうれしいわね」


 リシェイがコップのお茶を飲み干して立ち上がる。

 メルミーと一緒にキッチンへ行くリシェイを見送って、俺は便せんを用意した。


「……ケインズって、誰?」


 部屋の隅っこから声が聞こえて振り向けば、テテンが膝を抱えてこちらを見ていた。


「俺と同じ若手の建橋家だよ」

「話だけ、聞いてる。……顔は?」

「言っておくけど、男だぞ」

「……イケメンの側に、美女あり」


 確かに、カラリアさんは美人だけど。


「その理屈で言うと、俺もイケメ」

「例外もある……」

「最後まで言わせろよ」


 しばき倒してやろうか。

 睨んでやると、テテンは唇を片側だけ持ち上げて偽悪的な笑みを浮かべた。


「……身の程、わきまえろ」

「ほう、良い度胸だ」


 俺は椅子から立ち上がり、テテンの前でしゃがみこんで顔を覗き込む。


「この俺の顔がイケメンではないとでも?」

「……では、問う」

「おう、何でも聞いてみろ」

「わたしがここにいる。……それでも、イケメンと言い張る?」

「……っく」


 テテンは美少女だ。

 でも、テテンは恋愛対象外だ。

 だが、テテンは美少女なんだ。

 けど、テテンは恋愛対象外だ。


「ぐぁあ、ジレンマで頭が割れる!」


 こいつを美少女と認めてしまったら、GLワールドに引きずり込まれた気がして納得いかない!

 テテンの浮かべる表情が偽悪的な笑みからニヒルな笑いに移る。


「……認めよ、されば救われん」

「むしろ救いのない世界に片足突っ込む気がするから認められないんだろうが」


 抗議する俺の肩をテテンが優しく叩いてくる。


「……認めれば、リシェイお姉さまとメルミーお姉さま、どちらか選ばずに、すむ」

「やばい、ちょっと揺れた」


 そしてそんな自分が嫌いだ。


「よし、こうしよう。俺はそこそこのイケメンという事にしよう」

「妥協、か……」

「妥協で結構。話を戻すけど、ケインズはイケメンだと思うぞ。カラリアさんって美人の秘書もいるし」

「詳しく」


 気迫のこもった目で俺を見てくるテテン。


「眼鏡をかけてて、前髪が長い、ちょっと鋭い目つきの人だったかな。リシェイと同じヨーインズリーの出身で学術試験では何時もリシェイを押さえて一位を取っていたとか」

「……作業部屋、使う。今夜は楽しみに、しておけ」


 なんかインスピレーションを刺激したらしい。

 作業部屋に紙とペンを持って篭りに行くテテンを見送り、俺がケインズからの手紙に向き合った。

 今夜は眠れない夜になりそうだ。



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