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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第十九話 冬の小話

 キダト村の交流会からタカクス村に戻ってきた翌朝、俺は布団から上半身を起こして眠い目を擦った。


「寒っ」


 布団の中に戻ろうかな。

 温かい誘惑に負けそうになりながら、布団をはねのけて後戻りできなくする。

 布団を畳みながらふと隣を見る。

 テテンの布団は畳まれて部屋の隅に置かれていた。


「テテンはもう起きたのか」


 いつもは俺の方が早いのだけど、キダト村から四日かけて帰ってきたのが昨日の事だから、疲れていつもより長く寝ていたらしい。

 窓の外を見ると、雪が降っていた。寒いはずだ。

 おそらく、テテンは燻煙施設にいるだろう。第一回ランム鳥クッション燻しの準備をしているはずだ。

 テテンが畳んだ布団の横に自分の布団を置いて、俺は寝室にしている作業部屋を出る。


「おはよう、アマネ」

「おはよう、リシェイ」


 事務室でお茶を飲みながら本を読んでいたリシェイとあいさつを交わす。


「良く寝ていたから、起こすのはしのびなくて寝かせていたのだけど、余計だったかしら?」

「いや、心遣いに感謝していたところだ。ありがとう」

「そう。よかった。お茶にする? それとも朝食?」

「とりあえず、お茶で」


 リシェイがお茶を淹れ直す間に、顔を洗うため外に出る。

 冷たい水で顔を洗って、タオルで拭う。

 タオルで水滴を拭いながら、ふと思い出して事務所の壁際に置いているハーブの鉢植えを見た。葉に水滴をつけてキラキラと輝いていた。土の方も程よく湿っている。


「水遣りもしてくれたのか」


 畑の方はビロース辺りが手伝ってくれたんだろう。

 礼を言う理由が増えたな、と思いながら事務所に戻る。


「そう言えば、メルミーは?」

「孤児院の子供たちと一緒に雪合戦するそうよ」


 子供か。

 まぁ、子供は大事にしないとな。キダト村に行った後だからか、なおさらそう思う。

 リシェイが淹れてくれたお茶を飲みながら、俺がキダト村に行っていた間の報告を聞く。

 特に変わった事はなかったけれど、名残雪が解けた頃に結婚式を行いたいとの手紙が届いたらしい。


「話は受けておいたわ」

「最近、結婚式が多いな」


 ブームなのかな。


「それだけ、タカクス村の教会が有名なのよ。ヨーインズリーやビューテラームの教会でもタカクス村教会が評価されてるそうよ」


 はい証拠、とリシェイが出してきたのはコマツ商会長と木籠の工務店の店長から来た手紙だった。

 中には、ついに建橋家として一皮むけたかという主旨の文がつらつらと書き連ねられている。

 ヨーインズリーとビューテラーム、教会を束ねる二つの摩天楼の大教会が発表した総評により、タカクス村教会は結婚式を挙げるのに縁起がいいと噂が広まっているらしい。

 神話に関する言い回しがいくつもあり、その神話も男女関係や家族にまつわるモノだけあって、この世界の人たちは結婚式にも縁起を担ぐ傾向にあるようだ。

 タカクス村としても、結婚事業は稼ぎ頭。

 一回で宿代土産代なども含めて玉貨一枚に届くことさえある。一度の来客が多いと、村に落としていく金額も増えるのは道理だ。


「キダト村との合併が成立したら、向こうの宿屋と湯屋を利用してもらう事もできるから、今までお断りしていた規模の結婚式も受けられるわね」


 親族や友人等の参加者が多い結婚式は今まで、タカクス村の受け入れ可能人数の問題で断らざるを得なかった。

 キダト村にある宿などを利用可能なら、この問題はすぐに片付くだろう。

 他にも、キダト村まで橋を架けると、タカクス村は四本の枝を持つことになる。枝が増えた分、交通ルートが増え、他の村や町、都市との行き来が容易になる。

 つまり、結婚式を挙げるためにカッテラ都市からコヨウ車で丸一日揺られるという強行軍をせずに済む場合も増えるのだ。

 これは非常に大きい。

 話をしながら一息つき、俺はキッチンを指差す。


「リシェイ、朝食はどうした?」

「メルミーとテテンは食べて行ったわ。私はアマネが起きるまで待とうと思って、遠慮したけどね。一人で食べるのは寂しいでしょう?」


 確かに寂しい。


「じゃあ、待っていてくれたお礼に例の卵料理を作ろうか。ちょうど二人きりだし」


 ソファから立ち上がった時、リシェイが一瞬だけ嬉しそうに笑うのが見えた。


「もしかして、最初から期待してた?」

「……さぁ、どうかしら」


 素知らぬ顔で言って、リシェイは何事もなかったようにカップで口元を隠す。

 まぁ、目元を見ればわかるんだけど。

 キッチンへ行き、食材が揃っているかをチェックして料理を始める。

 例の料理こと茶巾卵はコツがいるけれど、調理時間はそれほどとられない。

 フライパンで薄焼き卵を作り、具材を包み、皿に盛る。

 作り置きのトウムパンのうち、甘めの物を取ってバケットに入れた。


「おまたせ」


 事務室に運ぶと、リシェイがテーブルの上を片付けてくれていた。

 一々どちらが何をやるなんて打ち合わせをしなくとも、この程度は以心伝心である。


「いただきます」


 テーブルに料理を並べて食事を始める。

 嬉しさを隠しきれなくなったのか、リシェイが口元に笑みを浮かべながらスプーンで茶巾卵をつついた。


「いつみても可愛い……」


 今日も気に入ってもらえたようで、何よりです。

 素朴な甘さが優しいトウムパンを齧って頭に糖分補給をし、茶巾卵が浸かっている鳥ダシのスープを飲む。パンを小さくちぎって浸しても美味しい。


「少し、雪が強くなってきたわね」


 リシェイの視線を追って窓の外を見ると、強くなった風に合わせるように雪の降りも強くなっていた。

 吹雪とまでは言わないけれど、そろそろ屋外で遊んでいる子供たちが孤児院に逃げ込み始める頃だろう。

 食事を終えて、食器を重ねる。


「俺はキッチンでお湯を沸かすよ。洗い物もしておく」

「なら、私は着替えとタオルの準備ね」


 目的を話さなくても伝わっているようだ。

 俺は重ねた二人分の食器を持ってキッチンへ向かった。

 火にかけた薬缶からお湯を少しだけ取って食器を洗いつつ、薬缶の中の水が沸騰するまで待つ。

 沸騰した薬缶から湯たんぽに湯を注ぎこみ、蓋をして厚手の布袋の中へ入れた。

 洗い物を再開していると、玄関扉が開く音がした。


「メルミーさんが帰還したよー! それはそうと、タオル――」

「はい。タオルと着替え」

「リシェイちゃん、ありがとう! アマネはまだ寝てるの?」

「キッチンで洗い物をしてるわ。アマネ、湯たんぽの準備は出来てるかしら?」

「できてる」


 手を拭いて、湯たんぽを持ってキッチンを出る。

 玄関にずぶ濡れのメルミーがいた。


「酷い格好だな」


 雪の中で走り回っていたとはいえ、ここまでになるとはさすがに考えにくい。

 メルミーは水が滴る上着を脱ぎながら、苦笑する。


「雪合戦で子供たちの策略に嵌まっちゃってね」


 参った、参った、とメルミーは笑いながら服をどんどん脱いでいく。相当冷たいだろうから、早く着替えたいんだろう。

 リシェイに湯たんぽを渡して、俺はキッチンへ戻った。

 メルミーも俺がいたら着替えにくいだろうし。

 洗い物を終えて事務室に行くと、着替えを終えたメルミーが湯たんぽに足を置いて暖を取っていた。


「酷い目にあったんだよ。アマネも聞いてよー」


 ソファに座った俺に、メルミーが訴えてくる。


「メルミーさん他大人五人組と、孤児院の年長十人組、年少十人組の三つ巴で雪合戦したんだよ。そしたら――」


 雪合戦開始早々、年長組と年少組が連合して大人組五人へ二十人がかりの集中砲火を浴びせたらしい。

 エグイ。


「まぁ、当然やるわよね」


 何故か平然と受け入れているヨーインズリー孤児院出身者が一人。

 メルミーはリシェイの反応に微妙な顔をしつつ、その後の展開を話す。


「大人組の奮闘むなしくメルミーさん一人を残して壊滅したらね、年長組が三人の別動隊を年少組の後ろに回り込ませてたらしくて、いきなり標的を大人組から年少組に切り替えて十字攻撃しだすの。さすがのメルミーさんも仰天だよ」


 年少組は直前まで味方だった年長組からの攻撃を受けて半壊、統率がとれないまま散発的な攻撃を繰り返すもむなしく全滅したらしい。

 ちなみに、メルミーは年長組からの攻撃に狼狽えながらも初志貫徹を志した年少組の子たちにより討ち取られたそうだ。

 なんという仁義なき戦い。


「使い古された手よね。年少組にしか通じないわ」


 リシェイ戦略顧問が分析している。

 雪合戦はこの世界でも冬の定番みたいな遊びだし、子供が集まる孤児院ならば何度も遊ぶ。

 当然、リシェイもヨーインズリーで何度となく戦い抜いたのだろう。あの白銀の弾丸飛び交う真白雪に覆われた戦場で。


「まだ雪も降り始めたばかりだし、防御陣地も作っていなかったのでしょう? 大人ならもう少し粘りなさいよ」

「まさかのダメ出し!? アマネーなぐさめてー」


 嘘泣きをしながら飛び込んできたメルミーの頭を撫でてやりつつ、リシェイを見る。


「防御陣地って、雪で作るのか?」

「そう。高さと厚みは範囲を決めておいて、横幅は無制限ね。後で雪かきしやすいように高さも厚みも抑えておくのが鉄則よ」


 半解けにして凍結の硬さを狙うのも駄目らしい。理由は、後で雪かきをするときにスコップが刺さらないと面倒くさいからだそうだ。


「雪合戦は遊びじゃないのよ」


 眼がマジだった。


「冬と世間の冷たさと厳しさを味わい、工夫一つで楽になる事を学ぶ。人生の教材なのよ」


 リシェイが悟りきったようなセリフを言うと、メルミーが上半身を起こして天井へ拳を突き上げる。


「雪のように無垢な子供たちに愛の玉をぶつけるんだね!」

「そうよ。白とは染まる事と見つけたり」

「世間の黒い部分が詰まった愛の水玉模様に!」


 世知辛い話だなぁ。

 というか、雪合戦の話をしてなかったっけ、俺達。


「そもそも、さっきの理屈で言うと真っ黒に染められたのはむしろメルミーじゃね?」

「メルミーさんはアマネ色に染まっているから無効ですー」


 メルミーは胸の前で腕を交差させてバッテンを作る。

 さいですか。


「それに、メルミーさんは踏まれるといじけて弱るけど、子供たちは踏まれて強くなるんだよ」

「雪と同じで踏み固められるものね」

「まだその話を続けるのか?」


 突っ込み所が多すぎて目移りしちゃうぞ。


「冬は、人生を語るのに長すぎず短すぎない日の長さですもの」

「でも、春になったら何を語ったかもどうでもよくなるんだよね」

「恋にうつつを抜かすからね」


 目移りしすぎて見つけられなくなってきた。

 はっ、まさか、これが恋は盲目という現象……ないな。

 なんて会話をしていると、小さな音が玄関から聞こえてきて、事務所で一番盲目的な恋をしているテテンが帰ってきた。


「お昼、食べたい……」

「あぁ、燻煙施設の火は消したのか?」

「うむ、火は沈み、日は昇り切った」

「上手いこと言ったような顔してんなよ。いまからお昼を作るけど、みんな何か食べたいものあるか?」

「パスタ、辛め……」

「おう、わかった。人生の辛さを練り込んだ真っ黒い奴な」

「……人生?」


 テテンが首をかしげる。

 詳細はそこの二人に聞きなさい。冬の間だけでも恋が冷めるといいね。



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