第十八話 交流会
冬の到来と共に、俺は数人のタカクス村住人と一緒にキダト村へ交流会に来ていた。
燻製卵やランム鳥の肉をキダト村の公民館へ持って行くと、おばあちゃんたちに大歓迎された。
「昔は何羽か飼っていたんだけど、冬になると死んじゃうからいつの間にか育てなくなったねぇ」
「最後に見たのは、三百年前くらいかね?」
「百五十年前に隣の子があんまりねだるから飼い始めていた覚えがあるよ」
ランム鳥の思い出話に花が咲くと、平均年齢六百歳前後の厨房おばあちゃんズから次々とランム鳥の話題が飛び出してくる。
産業レベルでは育てていなかったものの、各家庭が適当に飼っていたりしたらしい。
種類も群れ飼いに適さないβ系統だったらしく、何人かは筆まめだから飼育記録を書いて公民館の書庫に放り込んでいるかもしれないという。
「――マルクト、待て。交流会を終えてからにしろ」
書庫に駆け出そうとするマルクトの首根っこを摑まえる。
厨房を後にして、キダト村長が村人と一緒に準備してくれた交流会の会場へ足を運ぶ。
「改めて、ようこそ、キダト村へ」
キダト村長が俺たちを歓迎し、会場を手で示した。
少し古びた落ち着いた色合いの木の丸テーブルがあちこちにある。休憩用のベンチにキダト村の高齢者が早くも座っているのは御愛嬌。
丸テーブルの上には厨房から次々に料理が運ばれてくるらしい。
キダト村は五百年前から存在するだけあって土を多く所有しており、多数の作物を育てているという。
会場に散らばっていくタカクス村住人を見送って、俺はキダト村長の下へ歩く。
「広い村ですね」
タカクス村に比べて家屋も多いけど、畑が面積を多く取っている。
今は住人の高齢化が進んで畑仕事がきつくなったとかで休耕地も多いけれど、五百年間整備されてきただけあって小さな貯水槽が耕作地のあちこちに置いてあり、水遣りを楽にしていた。
キダト村長は嬉しそうに目を細める。
「限界荷重量も近い村ですが、支え枝をしてありますのでこれだけのモノが乗っております」
「後程、亡くなったという建築家さんが残した測量結果を読ませていただいても構いませんか?」
「はい、もちろん。公民館に置いてありますので、宿に届けさせましょう」
「お手数をおかけします」
キダト村との合併の話に関わる事だけあって、あっさりと了承を貰えた。
今回の交流会はタカクス、キダト両村の合併に先駆けたものだ。
キダト村長の話やカッテラ都市、コマツ商会の調査の結果、キダト村の資金繰りはかなり順調で土を始めとした各種資産が存在する。施設は多少古いものの、まだまだ現役だ。
赤字と黒字を行ったり来たりしているタカクス村よりも経営状態が良いくらいです、とコマツ商会の代表者に苦笑交じりで伝えられた。
ただ、順調とはいえ高齢化により黒字が縮小傾向にあるそうで、早期に人手を入れないと二、三十年で解散する事になるだろうとの話だった。
「橋を架けるにはやはり、支え枝が必要になりますか?」
キダト村長がタカクス村の方角を見て呟く。
今日は少し霧が出ているため、タカクス村の方は見えない。
「そうですね。途中にあるあの枝の測量を秋に実施したんですが、高さの問題があります。下の方から適当な世界樹の枝を選んで、支え枝を伸ばし、橋を支える構造になりますね」
支え枝の数は三本。かなり大きな橋になる。
「建造費は折半するとしても支え枝の上に橋を乗せる形になるので、支え枝が成長するまで工事に取り掛かれません。橋そのものの施工開始は二年後か三年後と考えてください」
支え枝の完了までにかかる時間を利用して、俺たちも橋の建造費を稼ぐことになる。
タカクス村の収支としては月に玉貨一枚、結婚事業が稼働した月には上乗せ玉貨一枚の黒字を叩きだしているため、二年あれば橋の建造費を稼ぐくらい十分に可能だ。
キダト村長が腕を組む。
「二年か、三年ですか……」
「長いですか?」
「いえいえ、支え枝に時間がかかるのは存じてます。施工開始までは定期的に交流会を開きましょう。タカクス村の方にこちらへ来ていただく形になり、恐縮ですが」
キダト村は高齢者が多いため、タカクス村までの四日間の旅は厳しいものがある。俺たちとしても、ご老人にそんな無理してもらいたくはない。
キダト村長が交流会場を見る。
つられて目を向けると、マルクトを中心に数人の若者の小グループに分かれたタカクス村の参加者がキダト村の参加者たちに話しかけている姿が見える。
タカクス村を出発する前に人見知りをしない性格の者を選抜してきただけあって、みんな溶け込むのが上手い。
キダト村の参加者は平均年齢八百歳ほど、タカクス村側は平均年齢百歳ほどなため、もっとジェネレーションギャップでぎくしゃくするかと思っていた。
キダト村長も安心したように会場を眺めている。
「仮に合併が叶わなくとも、交流会を申し込もうと思っていたのです。やはり、この村を継ぎ、維持してくれる世代がいないと張り合いがないのか、村の皆も暗い顔が目立ちましたからね」
高齢化に伴う悩みみたいなものはタカクス村ではまだ感じられない。
ただ、前世における日本のそれよりもこの世界における高齢化は深刻なのだろう。子供が授かりにくいため、少子化はそう簡単には解消しない。
「冬の間は雪で交通が断絶しますから、次の交流会は春になると思います。できるだけ早く開催したいですね」
「そうですね。村の者も春を待ち遠しく思えるでしょう」
キダト村長と話をしていると、小柄な老人が歩いてくるのが見えた。肩で風を切る堂々とした歩き方ながら、嫌味な印象は受けない溌剌としたご老人だ。
「村長、風呂の用意が整いました。そちらがタカクス村の村長さんかい?」
ご老人が俺を見て片手を挙げて挨拶する。気安い態度だ。
「若いなぁ。でも、鍛えてる。おうおう、細い体型に似合わず良い筋肉じゃないの。建橋家だと聞いていたが、魔虫狩人もしてるんだって? 武勇伝の一つも――」
あ、この距離感。この人、熱源管理官だ。
バシバシ俺の背中を叩いてくるご老人をキダト村長が苦笑気味に止める。
「やめなさい。失礼だろう」
「おう、すまんすまん」
両手を挙げて害意がない事をアピールしたご老人は軽い調子で謝ってくる。
キダト村長がご老人を俺に紹介してくれる。
「この者はキダト村の湯屋を仕切っている熱源管理官でして、古参住人の一人でもあります」
やっぱり熱源管理官だったか。
湯屋の主はきらりと白い歯を見せてくる。一本の欠けもない上に歯並びが凄く綺麗だ。
「今日の湯は特別にハーブを入れてある。熱くなるぜぇ?」
「冬も到来して寒いですし、ありがたいです」
「がはは、向こうの優男も良い体格してるな。若いもんはこうでなくちゃな。ちっと声をかけてくらぁ」
交流会に戻って行く湯屋の主が向かう先にはマルクトがいる。ランム鳥飼育小屋付き生体暖房マルクトである。
しかも、瞬時に意気投合していた。
キダト村長が頬を掻きながら、マルクトと湯屋の主を眺めて首をかしげる。
「タカクス村にも濃い者がおりますね」
「ウチの古参なんですけど、あぁ見えて機転の利く良い奴なんです」
濃いのは否定できないけどね。
交流会が終わり、俺たちは湯屋に案内された。
魔虫素材で火災に備えたその湯屋は、男女別にそれぞれ三十人まで余裕を持って入れる大きさだ。
カッテラ都市で学んだという湯屋の主だけあって、設備はかなりしっかりしている。
湯屋の後ろにはハーブ園が存在し、湯屋の主が管理しているそうだ。特別な日の入浴剤に使うらしい。
脱衣所で服を脱ぎ、タオルを巻いて中に入る。
「風呂なんて久しぶりだな。マルクトは入ったことあるのか?」
「何度か、故郷の近くにある都市で入った事がありますよ」
村では水かお湯で体を拭くだけで、風呂はない。
テテンがいるため、常設でなければ作れない事もないのだけど、テテンの作業量が多くなりすぎるため却下した経緯がある。
風呂はいわゆる蒸し風呂だ。
「広いですね」
「三十人が定員って聞いていたけど、かなり余裕がありそうだな」
二部屋に分かれた男湯は片方が入り口に近くやや低い温度、その奥にあるのが熱めのそれらしい。
躊躇する他のメンバーを置いて、俺はさっさと熱い蒸し風呂へ直行する。
「おぉ、なかなか良い温度」
元日本人としてはやっぱりお湯を張った風呂の方が好きなんだけど、贅沢はいわない。
湯気の中で足元を確認すると、耐火性魔虫素材の上に世界樹製の板を敷き詰めてあった。
「ん? みんな、来ないのか?」
振り返ってみると、マルクト達は入り口側の部屋で足踏みしていた。
「自分たちはこちらにいます」
「そうか。水風呂は外にあるから、湯あたりしない様に気を付けてくれよ」
みんなに注意して、俺は扉を閉めた。
嬉しい事に貸切状態である。しかも広い。凄く広い。
鼻歌交じりに部屋の隅に置かれている焼け石を確認し、脇の水鉢から水を汲んで少量かける。
水鉢には様々なハーブを刻んで入れた袋がいくつか沈められていた。湯屋の主が言っていた〝熱くなる〟やつだろう。
焼け石に水を掛けた瞬間、複雑な香りが湧きあがって部屋に充満した。月桂樹っぽい香りがベースだけど、他にも何種類かの香りが混ざっている。
この配合も多分、燻製の製法と同じで秘伝なんだろうなぁ。
部屋の壁際にある椅子の座面を水でざっと流していると、部屋の扉が開いた。
「――お、いたいた」
湯屋の主だ。当然のごとく全裸である。隠すものなど何もない男の生き様が垣間見えた。
さっさと扉を閉めた湯屋の主は部屋の様子を見て顎を撫でる。
「入り方を教えようと思ってたんだが、大きなお世話だったみてぇだなぁ」
タオルを肩に引っかけて、湯屋の主は俺の座っている椅子から一つ開けて座った。一緒に入るつもりらしい。
「みんな第一の湯にいるから、熱すぎたかと思ったんだが、タカクス村長はどうだい?」
「ちょうどいい湯です。この香りもいいですね」
「がはは、特別配合だからな」
腕を組んで自慢そうに笑った湯屋の主は椅子を叩いてにやりと笑った。
「男が熱い湯に入ったんだ。タカクス村長も男なら、分かるよな?」
「我慢比べですか? 体に影響がでない加減は心得ていますよ」
「そうこなくちゃな!」
湯屋の主は俺の答えに気を良くしたのか、膝を打って笑う。
「こんなところでなんだが、タカクス村長とはちっとさしで話したいと思ってたんだよぉ」
不意にまじめな顔になった湯屋の主は腕を組んだまま壁に背中を付ける。
この手の蒸し風呂は、壁もかなり熱い。それでも平然と背中を預けるあたり、湯屋の主としての威厳みたいなものさえ感じられた。
「キダト村の平均年齢は聞いてんだよな?」
「七百五十歳だそうですね」
「おう。古参の住人も何人かは息子なり娘なりを遺して逝っちまってな。いま村にいる比較的若ぇ連中は先だった古参共の忘れ形見だ」
湯屋の主も古参だから思うところがあるのか、少し声のトーンが落ちる。
「四百歳以下の若ぇ連中はいま、七十人に満たないくらいか。儂の息子含めて何人かはカッテラ都市に学びに行ってる」
「息子さんは熱源管理官に?」
「おう。カッテラ都市の熱源管理官養成校に在学中だ。この湯屋を継がせようと思ってな。だが……」
湯屋の主は言葉を切り、頭をガシガシと掻いた。
「こんなしなびたいつ解散するとも分からねぇ村だ。この湯屋を残すためだけに息子を縛り付けるってのは、心にちっと咎めるもんがあんのよ。この村にいたんじゃ結婚もできねぇかもしれん。カッテラ都市に移住したいと息子が言えば、認めるのもやぶさかじゃあねぇ」
高齢化した、先行き不安な村だ。
畑があろうが湯屋があろうが、若者がほとんどいないこの村はどれほどこだわって住み続けても三百年ほどで廃墟が目立つようになる。
そんな場所に息子さんを残すのは、心に引っ掛かるものがあったのだろう。
湯屋の主はため息を吐く。
「儂と似たようなこと考えている子持ち孫持ちは何人もいる。子を授からなかった連中も、ここまで必死に支えて大きくしてきた村が無くなるかもしれないってのは、今までの人生や努力を否定されたような気がしてつれぇのよ。子や孫でなくともいい。せめて村を残したいってな。自己満足だと分かっちゃいるから、誰も口にはしねぇけど」
湯屋の主が言う、子や孫がいない住人の気持ちをエゴだと断言するのは簡単だ。
だが、エゴだと切り捨てるのは、あまりにも心無い。
「タカクス村が合併に向けて動いてくれると聞いて、村の連中が一気に明るくなった。ありがとうな」
湯屋の主がニカリと笑い、それにしても、と言葉を繋ぐ。
「タカクス村長さん、ずいぶん耐えるなぁ」
「そうですか?」
まだ入ったばかりじゃないか。汗もかいてはいるけど、もう少し入っていたい。
「湿っぽい話をしていたから、冷えたのかもしれません。もう少し入ってますよ」
「おう、言うねぇ。じゃあ、仕切り直しと行こうか」
ガハハ、と豪快に笑いながら、湯屋の主は立ち上がって焼けた石に水を掛けた。