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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第一章  下積み時代
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第四話  初仕事と大仕事への招待

 建築家資格はあっさりと取れてしまった。

 拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

 許可証なんか情緒もへったくれもなく流れ作業で渡された。

 目的は果たしたのに不完全燃焼なんだけど、なんなのかな、この気分は……。

 よし、頭を切り替えよう。


「ご褒美タイム、ご褒美タイムっと」


 雲上ノ層の斜張橋を見に行くのだ。

 試験会場を出ると、リシェイが入り口の壁に背中をつけて待っていた。

 つんつんした頭の男性に声を掛けられている。リシェイは興味なさそうにしながらも相槌だけは打っている。

 傍目に見るとリシェイの態度が悪いけど、試験前の五日間での交流でリシェイが意味もなく不躾な態度を取るような子ではないと知っている。

 俺は悪いと思いながらも二人の会話に聞き耳を立てながら近付いた。


「――だから、虚の図書館の司書見習いとして働いてみないか? 君が幼い頃から纏めてくれている歴史書の愛読者もいる。君にはうってつけの仕事だと思うんだ。君が数字に強いのは知っているし、それを生かした仕事をしたいというのも理解できるが、いまになっても就職先が決まっていないのだろう?」

「ですから、今日その就職先が決まるんです」

「例の男の子かい。言ってしまっては悪いが、建築家の資格は二十歳程度の子が取れるような簡単な物ではないよ。それに、合格したとしてもその後仕事を上手くこなせるかはまた別問題だ」

「現実論は結構です。それを踏まえた上で、一緒に働きたいと思ったんですから」


 かなりまじめな話をしていた。ナンパでもされているのかと思ってました、すみません。

 それにしても、ここで声をかけてもいいのだろうか。二人の話が一段落してからの方が良いのかな。それとも、俺も加わってあの男性を説得して安心させるべきだろうか。

 これからリシェイの雇用主になるのだから、安心させてしかるべきだろう。そうだろう。


「リシェイ、待っててくれたんだ。ありがとう。そちらの方は?」


 声を掛けると、リシェイ達は俺に気付いたらしく会話を切り上げた。

 リシェイがつんつん頭の男性を手で示す。


「虚の図書館で司書を務めている方よ。司書見習いにならないかって誘われてたの」

「へぇ、具体的に、司書見習いって何するの?」

「蔵書の整理とか掃除とか。後は来館者の案内もするみたい。給料は司書さんの半額だけど」


 半額って聞くと酷いけど、虚の大図書館の司書というからには結構貰っていそうだし、見習いなら妥当なのかもしれない。


「ゆくゆくは司書の道が開ける、とか?」

「百年もすればそうじゃないかしら。その前にどこかの都市に図書館が作られれば派遣されるだろうけど」

「そういう可能性もあるんだ。図書館ってヨーインズリーでしか聞いた事が無いけど」

「ここ数年、創始者一族が他所の都市に図書館を作らないかって働きかけてるの。知識の収集はいいけど、保全を考えると分散させた方が良いもの」

「気付いたら貴重な資料がカビてました。予備はありません、じゃ話にならないって事か」


 リシェイは俺の言葉に頷いてから、俺が首から下げているメダルに気付いたようだった。


「合格したのね」

「うん。案外簡単な試験だった。教えてもらっている時は意識しなかったけど、割と師匠は厳しく教えてくれていたみたいだ。後でお礼の手紙を書かないと」


 リシェイは男性に向き直る。何故か少しドヤ顔だった。


「そういうことですから、司書のお話はお断りさせていただきます。代わりといっては何ですが、私と同じ施設の子でミカムって子がいます。私のお勧めですよ」

「……譲るために、にべもなく断っていたのか。リシェイさんの推薦なら大丈夫だろうけど、面接くらいはさせてもらうよ」

「どうぞ。私よりもずっと性格が良い子ですよ」


 男性は苦笑して、俺を見た。


「リシェイさんを泣かせないようにしなさい。孤児院の子たちのお姉さん代わりだから、泣かせたら大変なことになるよ」

「肝に銘じておきます」


 男性は俺の返答に満足した様子で踵を返し、虚の大図書館へ歩き出した。

 俺はリシェイと一緒に雲上ノ層に架かる橋に向かって歩き出す。


「本当に司書見習いの話を断って良かったの? 安定収入なのにさ」

「いいの。ミカムは引っ込み思案だから、こうでもしないとずっと就職先が決まらないだろうし。私と一緒に何度か図書館に行ってるから司書の人とも面識あるしね」


 ちなみにリシェイの二つ年下らしい。俺とリシェイは同い年だから、俺から見ても二つ下の十七歳だ。

 成人が十五歳。すぐに仕事が決まる世界ではないと言っても、孤児院ならそんなに余裕はないだろうし、良い機会だったのだろう。

 話を受けるかどうかはミカムっていう子自身が決めるんだし。


「事務所は構えるの? いくつか目ぼしい物件には目をつけておいたけど、まだ建築家としての名前が売れているわけでもないから魔虫狩人と両立していくんでしょう?」

「両立はしていくつもりだけど、最初の数年はヨーインズリーから建築家としての仕事が斡旋されるらしいんだ。ちなみに事務所はまだ構えるつもりがないけど、相場はどうなってる?」

「年に一回の支払いで鉄貨三百枚から」

「ブランチイーター三匹分か」


 安宿で生活していれば年に鉄貨三百五十枚くらいだけど、最低限というか最底辺というかの食事は出してくれる。片や事務所を構えた場合は建物だけで三百枚、二人分の食事も併せて考えると四百枚以上になるだろうか。

 切り詰めれば安宿と同じく三百五十枚くらいまで抑えられるだろうけど、しばらくはヨーインズリーを留守にして他所の町や村で仕事をする機会も多いだろう。そうなったら事務所の維持費が完全に無駄だ。出張先で安宿に泊まる事を考えればなおさらである。


「俺を指名して依頼してくれる人が居れば事務所を構えた方が良いだろうけど、まだ当分は必要ないね」

「そうよね。しばらくは切り詰めて生活する事にもなるだろうし」

「自炊できる?」

「……出来ない事もないわ」


 不安になる回答だった。事務所を構えても俺が台所を担当した方がよさそうだ。


「それにしても、ブランチイーターって魔虫よね。命がけで一匹討伐しても鉄貨百枚しかもらえないの?」

「緊急性にもよるけど、討伐依頼での相場は鉄貨百枚だね。食害は深刻だけどブランチイーターそのものは何の役にも立たないからお金にはならないんだ。これがバードイータースパイダーみたいに素材になる魔虫だと金額が跳ね上がるよ」

「巣の糸を利用したり、体内に蓄えている液状化している糸を建材に利用するのよね?」

「そうそう。ほら、雲上ノ層にかかっている斜張橋のロープがバードイータースパイダーの糸をよって作った物だよ。それに、転落防止のネットにも使われたりするね」


 転落した人を受け止める程度なら別の糸でもいいのだけど、何らかの事故で空中回廊が崩落した場合には下の建造物にまで二次被害が及ぶのを避けるためにバードイータースパイダーの糸を使った安全ネットを配置するのだ。このネットが景観を損ねると苦情が来ることもたびたびで、建築家や建橋家にとっての悩みの種でもある。

 前世日本でいうところの電線みたいなものだ。俺はあの電線と電柱が並ぶ景色も日本の町並みとして馴染んでると思う派だけど、嫌がる人は一定数いる。


「最初の仕事は決まってるの?」

「許可証を貰った時に仕事の斡旋を受けるかどうか聞かれて、受けるって答えたらその場で貰えたよ。斡旋した手前、後は任せたってわけにもいかないから最初の数回は先輩の建築家さんとの合同で仕事することになるみたいだ。顔合わせは明後日の予定」


 どんな仕事も信用を築かないと始まらない。信用を築く土台は実績と人柄だと前世で先輩に口を酸っぱくして言われたものだ。

 てなわけで、しっかり実績作りに邁進しよう。



 建築家としての初仕事の現場はヨーインズリーに野菜などを供給する周辺の村の一つだった。

 息子さんが結婚するため家を出るのにあわせ、家を建て替えるそうだ。


「それでは、子供部屋はなくしてその分を物置と台所の確保に当てるという事でよろしいですね?」

「えぇ、そうしてください。台所は二人で料理できるくらいの大きなものでお願いしますね」


 人のよさそうな奥さんが言うには、娘が欲しかったそうで、一緒に料理を作るのが夢だったとの事。息子のお嫁さんとの関係は良好で、血は繋がっていなくとも娘みたいなものだから一緒に料理をしてみたいらしい。

 物置スペースの方は旦那さんがあれこれ木細工を作っては溜め込むらしく、作品を保管しておくために必要らしい。俺には理解できない形状の作品を見せられたので曖昧に笑っておいた。日本人の愛想笑いスキルは異世界でも通用することが証明された。

 予算を聞き出して、俺とリシェイ、これから工事に参加する職人さんの給料を導き出し、ご夫婦の要望を叶えるためにあれこれと知恵を巡らせる。

 簡単な依頼ではある。だからこそ腕の見せ所だ。


「旦那さんが少し足を悪くしているのが気になるな」


 日常生活に支障はないという話だったけど、年を取るにしたがって顕著になるだろう。

 あまり入り組んでいたり高低差があるような家はダメだ。これから息子夫婦が孫を連れて遊びに来ることだってあるだろうし、家が原因で怪我でもしたら大変だ。

 手摺りまでは必要ないだろうが、家の中での部屋の行き来を簡単にした方が良い。

 イメージが固まってきたところで、製図台に向き合う。


「アマネ、先輩の建築家さんが職人さんを連れてきたよ」

「あぁ、いま行く」


 リシェイに返事をして、立ち上がる。

 振り返った時、リシェイの碧眼がすぐ目の前にあった。

 思わず硬直するが、リシェイの眼は俺ではなく設計図に向けられているようだ。


「物置に傾斜を作るの?」

「出入り口を二つ作るんだ。家の外と中、どちらからでも物置に入れるように。ただ、外から埃が入るのはよくないから傾斜をつけておく。旦那さんの作品も小物中心だから、壁側の棚を使えば十分だ。奥さんも整理整頓が好きなのか、さっき家の中を見せてもらった時も物置はかなり片付いてた」

「傾斜してるのは中央の通り道だけみたいね。でも、両端から出入りするとその分空間を余分に使っちゃうと思うよ」


 部屋空間においてドアの前は物を置くことができないデッドスペースになる。物置に両端から出入りするという事は単純にドアが二つになるわけで、その分のデッドスペースが増える。


「それはそうだけど。家の中におが屑があったのは見た?」


 問いかけると、リシェイは首を横に振る。

 あの奥さんが俺たちという来客を招き入れるに当たり家の中を掃除しなかったとは思えない。おそらく、掃除しても旦那さんが作品を運び込む際におが屑を中へ持ち込んでしまうのだ。

 それなら、旦那さんがおが屑をつけた状態で動き回る距離が短くなるよう設計した方が良い。これは夫婦にも提案して、同意を得ている。

 あの旦那さん、一つ作品を作ると舞い上がってしまって物置に運び込んだ後ニヤニヤ眺めるらしい。奥さんの談だが、旦那さんの反応を見る限り間違いではないだろう。


「依頼にあった空間の確保よりも優先して、家の中へおが屑を持ち込まないように工夫したって事ね。職人さんにもそれを話した方が良いかも」

「これから話すよ」


 この仕事の間だけ借りている安宿の部屋を出て、一階に向かう。

 先輩の建築家さんと、職人らしき二人組が茶を飲んでいた。一人はひげを蓄えた中年の男性、もう一人は俺やリシェイと同い年くらいの少女だ。


「お、新米建築家さんだ。ハロロース!」


 先輩建築家さんと中年職人さんの会話をつまらなそうに聞いていた少女が俺たちを見つけて立ち上がり、聞いたこともない挨拶を投げかけてくる。両手をブンブン振って自分の存在を主張していた。

 黒髪ボブカットの見るからに活発そうな少女だ。肘も膝も見えるくらい服の布面積が少ないのだが、色気が全くない。胸もそれなりにあるのは両手を振る度に揺れているから間違いないはずないのに……。

 小学校で男子と一緒にドッジボールに参加して最後まで残った挙句に高笑いする系女子だな。もっと端的に言うと元気っ子って奴だ。


「ハ、ハロロース……」


 リシェイが戸惑ったように右手を軽く振り、聞こえるか聞こえないかの声で言葉を返す。

 ついでに俺も、ハロロース。

 なんだこれ、語感が良いな。


「ノリ良いね! それにしても若いね。新米って言っても建築家さんだから二百歳とか三百歳とかの人を想像してたよ。同い年くらい? 二十? 十九?」

「揃って十九歳だ、ハロロース」

「おぉ、タメだね。わたしはメルミーって言うんだよ、ハロロース」

「俺はアマネだ、ハロロース」


 メルミーと一緒にリシェイを見る。リシェイは俺とメルミーを珍獣でも見るような目で見ていたが、自己紹介の流れには逆らえなかったらしく口を開いた。


「リ、リシェイよ……ハロロース」


 顔を真っ赤にしながらもか細い声で付け加えたリシェイの肩を、俺はメルミーと一緒になって叩く。


「リシェイ、ハロロースはもっと熱い気持ちを込めて言わなきゃダメだって」

「元気に言ってこそだよ、リシェイちゃん」

「くっ……」


 拳を握ってプルプルしてらっしゃるリシェイを置いて、俺はまじめな顔を取り繕って先輩建築家さんと中年職人さんに向き直る。


「今回の工事責任者を任されました、建築家のアマネです。これが初仕事なので、至らないところも多々あるかとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 頭を下げると、俺の変わり様についていけなかったらしい先輩建築家さんと中年職人さんが面食らった顔でコクコクと頷いた。


「切り替え早っ!」


 唯一ついてきているメルミーがすかさずツッコんできたかと思うと、中年職人さんの後ろに回って俺と先輩建築家さんに頭を下げる。


「摩天楼ヨーインズリーから今回の仕事を受注しました。木籠の工務店です。よろしくお願いします」


 メルミーも切り替え早いな。ハロロースとか言ってた声とは違ってきっちりした声も出せるんじゃないか。


「……なんぞ、若いもんのノリに付いて行けてないのは歳食ったからか」

「ウチのバカ娘が申し訳ない。これでも腕はそこそこなんだ」


 先輩建築家さんと中年職人さんが互いを目線で慰めあったところで、リシェイが新しいお茶を用意して机の上に四人分おいてくれた。リシェイ自身はテーブルを囲む事はなく、俺の後ろに控える。

 リシェイは料理がからきしだけど、お茶を淹れるのだけはなぜかうまい。メイド服を贈ったらセクハラになる不自由な世の中に反抗してみたくなるくらいにうまい。


「それでは、仕事の話を始めましょう。まずは依頼人のご注文から確認させていただきます」


 話を仕事方面に持って行くと、先輩建築家さんも中年職人さんも頭を切り替えたのが目つきから分かった。

 話を終えた頃には最初の空気はどこかへ霧散していた。


「アマネさんの設計は分かったが、費用の方はどうなる?」


 最初に質問を挟んできたのは中年職人さんだ。木籠の工務店の店長さんであるらしい


「詳しい見積もりは明日にでも提出します」


 今回はヨーインズリーが新米の建築家に経験を積ませるために用意した仕事でもあるため、ヨーインズリーから依頼人夫婦や職人へ最低限の礼金が送られる。

 だが、それはそれだ。仕事として手掛ける以上、依頼人に満足してもらうのは当然として利益もきっちり上げなくてはならない。

 幸い、木材はこの村で確保できる。世界樹の上に住居が作られるこの世界において、木材の費用はほとんどが運搬費用だ。削減できるのは非常に大きい。

 いい仕事を回してもらえたものだと思う。



 三日後から工事が始まった。

 運搬に必要な期間も短縮できるのはありがたい。釘などはヨーインズリーから取り寄せてある。

 この世界の職人の例にもれず、木籠の工務店の職人の動きは凄まじかった。メルミーとその父親らしい店長さんの他に職人が四人、分担作業していたかと思えば流れ作業していて、いつの間にか柱を立てている。正直、確認が必要なところに気を配るだけで精いっぱいだった。先輩建築家さんがいなかったらとんでもないミスをしていたかもしれない。ぞっとする。


「初めは誰でもそんなもんだ。むしろ、必要なところで職人たちを止めてでもきっちり確認できてるんだから優秀なくらいだ。自分が新米の頃は混乱して確認作業もできなかったからな」


 先輩建築家さんにそう励まされたりしつつ、工事は十五日という驚異の早さで終わってしまった。取り壊しの期間を含めても二十日である。

 建材から出るおが屑などの廃棄物も少ない。細かい木片まで無駄なく使っているからだろうと思っていたら、依頼人の旦那さんがちょろまかしていた。木細工の原材料にするつもりだったらしい。

 書類上、木材の購入者は依頼人さんなのだから、言ってくれれば渡したのに。

 そんなわけで、工事が終わると同時に依頼人さんに住宅を引き渡し、確認してもらう。

 事前に設計図も見せてあったし、工事中でもたびたび様子を見にきてくれていたから満足してくれた。


「こういった工事はなんだかんだと予定金額を超過する物だと聞いてましたけど、大丈夫だったんですね」


 依頼人の奥さんが言う通り、予定されていた金額内に収まっていた。


「天候に恵まれましたし、立地も良かったので工事がはかどったんですよ」


 俺は依頼人の旦那さんを見る。


「物置はどうでしょうか。ご満足いただけましたか?」


 一応、物置に旦那さんの過去の作品を運び込んである。物があるとないとでは受ける印象が全く異なるものだ。


「うむ、まぁ良いんじゃないか。床の傾斜も角度を言われただけではピンとこなかったが、実際に足をつけてみると悪くない」

「それはよかった。一応、溝を彫って滑り止めにしてありますから、雨の日に物置側から家に入っても大丈夫だとは思います。外に水が流れるようにもなってますしね。でも、雨の日は外で作業せず、玄関からの出入りをお勧めします」

「そうしよう」


 依頼人に満足してもらったところで、今回の工事の参加者に満足してもらう時間だ。いわゆるお給料の話である。

 俺は先輩建築家さんと中年職人さんに声をかけ、安宿の一階で机を囲む。


「利益に関しては鉄貨千三百枚。これを契約通りに分配する形になります」


 先輩建築家さんに加え、木籠の工務店は店長さんとメルミー、職人の四名、さらに俺と工事関係者での分配だ。

 先輩建築家さんには鉄貨二百枚の礼金、木籠の工務店さんは千枚、俺の手元には百枚だ。ここから各自の諸経費を引くことになるのだが、それは契約外の話である。

 俺の場合、手元の百枚からリシェイに分配することになる。

 ただ、今回の依頼は建築家としての初仕事であり、そもそも利益を上げるのが難しい類の依頼だったりする。あくまでも先輩建築家さんに仕事のイロハを教えてもらうのが最大の目的として設定されているのだ。

 経験は金銭に変換できない財産である。


「ふむ、初仕事にしてはかなりの成果だな」


 先輩建築家さんが褒めてくれた。

 先輩建築家さんの時は赤字こそ出さなかったものの、自分の分の利益を出せずに困ったらしい。ヨーインズリー側もそうなる事を予想して斡旋する仕事を取っておいてくれていたそうで、食うに困る事はなかったとか。

 先輩に教えてもらいながら実績を作れるのが最大利益だと割り切れ、とも言われたらしい。

 こうして、俺の建築家としての初仕事は無事に終了した。

 ――のだが、


「住宅区の開発計画、ですか?」


 先輩建築家さんの言葉に聞き返す。

 先輩建築家さんは腕を組んで頷いた。


「何でも、若手の建築家に依頼したいという先方の意向らしくてな。詳しくは分からないが、参加を画策している商会からいい若手はいないかと声を掛けられたんだ。アマネ君、参加してみないか?」

「いくらなんでも大規模な計画はまだ無理ですよ。家を一軒建てるだけでもテンパってるんですから」

「何も今すぐという話じゃないさ。一年か、二年か、まぁそれくらいはかかるだろう。アマネ君の実力次第では商会から直接打診されるかもしれない。いまはそんな話があるという噂話くらいに考えておきなさい」


 そう言うのをフラグっていうんだ。

 ――などというおおよそ一年前のやり取りを思い出して、俺は手紙の差出人を見る。


「コマツ商会……知らないなぁ」


 初仕事から一年間、建築家としてあちこちで仕事をして、ついでに魔虫を狩ったりして資金を稼ぎ、先日このヨーインズリーに構えたばかりの事務所あてに届けられた手紙である。

 もう、フラグの匂いがビンビンする。


「手紙を見つめて何を考え込んでいるの?」


 リシェイがクッキーを摘まみながら聞いてくる。

 一年間、リシェイは事務兼会計として俺を支えてくれている。メイド服を贈る機会は未だに来ない。メイド服が存在している事だけは確かめたのだが、非常に高価なのだ。

 この世界、風に煽られて空中回廊から転落したりしない様に裾が広がる類の服はあまり好まれない。ほとんどの服が裾へ行くほど生地が分厚く重くなるように工夫がされ、前を止めるボタンが複数存在する。

 風に煽られやすいスカートやマフラーも少数ながら存在するのだが、錘を兼ねた装飾が随所に凝らされる事から都市以上の規模における創始者一族などのごく限られた富裕層が身に着ける高級品だ。

 摩天楼を目指す理由がまた一つできた。メイドさんが欲しい。


「ねぇ、手紙を早く開けてしまったらどうなの?」


 リシェイがせっついてから、最後のクッキーに手を伸ばす。

 しかし、リシェイの指先が触れる寸前に横から延びた手がすかさず最後の一枚をかすめ取った。


「――あっ」


 リシェイが小さく抗議の声を上げるが、クッキーをかすめ取った犯人は流れるような動作で最後の一枚を口いっぱいに頬張った。

 リシェイが横眼で睨む。


「メルミー、あなたはここの従業員ではないでしょう」


 抗議を受けてもメルミーはけろりとした顔で肩を竦めた。


「ほら、お客だし」

「お客なら仕事の話の一つでも持ってきてよ」

「いやいや、アマネはこの一年ろくに休みも取らずに働いてるでしょ。メルミーさん的にはここにいるだけで彼の癒しになれればと、一肌脱いでいるわけだよ」

「癒し枠は私一人で十分よ」

「ついさっき、仕事を作ろうとしたのに?」


 言い負かされたリシェイがむくれる。金髪碧眼のビスクドールみたいな彼女がそんな子供っぽい表情をするものだから、ちょっとシュールな光景だ。

 メルミーは楽しそうにリシェイの頬を指先でつついている。

 仲の良い二人を横目に、俺は手紙の封を切る。

 中から出てきたのは案の定、大規模な住宅区の作成計画への参加打診だった。


かっとばせー 時・系・列!

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ぶっちまかせーチャー・シュー・麺!
[一言] ヒット!一年時間が進みます 千年生きる種族だからね、まだ子供だしどんどんかっ飛ばせー!
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