第十五話 雪虫狩り
吹雪の中を進む。
公民館で素人君に聞いたところでは、野営地はタカクス村から一刻以上進んだ先だという。
ふらふらと村を探して歩き回っていたというから、そこまで離れてはいないはずだ。
「それにしても、ど素人は怖いっすねー」
魔虫狩人の一人が周囲を警戒しながら肩をすくめる。
「雪虫狩りなんて、装備を万全にしたうえで拠点になる村や町へいつでも駆け込めるようにしてから始める仕事でしょうに。迷彩服なんか着てないでしょうね?」
「荷物の中には迷彩服はなかったな。遭難する可能性は頭にあったみたいだし、大丈夫だろ」
ただ、この吹雪のせいで方向は完全に見失っていたようだし、救援を呼びに出た二人を待ちきれずにふらふらと出歩いている可能性もある。
もしも出歩いていたら、枝から足を踏み外して行方不明という可能性もあり得る。
ランタンを左右に振って周囲の反応を見つつ進んでいると、道の先に黒っぽい物が見えた。
「テントだな」
「酒の用意しておけ」
ビロースの指示を聞きながら、俺はテントに近付く。
中を覗いてみると男が二人倒れていた。
「吐いてるな」
「食中毒らしいからな。このまま酒を飲ませると脱水で死ぬかもしれない」
アルコールは体内の水を引っ張ってしまうから、気付けで酒を飲ませるのも躊躇われる。
水筒からお湯を出して飲ませ、持ってきた服やマフラーで防寒対策を整える。
「テントは放置でいいよな?」
「荷物も置いとけ。弓と矢くらいは持って行ってやるとしても、今は人命優先だ」
口々に話しながら、遭難者を担いでテントから引っ張り出し、村へと戻る。
雪の降りが強くなり、視界が悪い。
「はぐれるなよー」
先頭のビロースが何度も振り返りながら確認してくる。俺は最後尾で周囲の警戒だ。
魔虫を見かけたら潜伏、やり過ごして村に戻る。戦闘は極力回避という方針。
冬の、それも雪が降る最中だけあって、雪虫のような特定の魔虫しかいないだろうけど、要救助者を運んでいる最中に魔虫と一戦交えるつもりはない。不用意に暴れて枝の上に積もった雪が雪崩でもしたらまずい事になる。
しかし、懸念されていた魔虫との遭遇もなく、俺たちは無事に村に到着した。
そろそろ日も落ちる頃合いだったため、公民館には心配そうに俺たちを待つ村のみんなの姿があった。
「無事に帰ってきたみたいだね。遭難者は?」
「意識がない。テントの中にいたから体はそこまで冷えなかったみたいだけど、食中毒で吐いた跡があった。カルク先生、お願いします」
カルク先生に救助した二人を任せる。
ひとまず、後は最低限必要な人手を残して、皆には休んでもらおう。
「みんな、手伝ってくれてありがとう。いったん解散して体を休めてくれ」
やりかけの作業だけを終えて家に帰って行くみんなを見送り、俺はリシェイとメルミー、テテンを見る。
「俺たちはここに残ってカルク先生の手伝いだ。テテン、燻煙施設の火は落としたよな?」
「……当然」
熱源管理官のテテンが火元を離れるわけないか。
「それなら、公民館の厨房を担当してくれ。まだお湯が必要になるかもしれない。メルミーはテテンと一緒に厨房へ行って、俺達とカルク先生に夜食を用意」
「……分かった」
「簡単につまめるものでいいよね。遭難したあの四人組の食事は?」
メルミーが訊ねると、カルク先生が口を開く。
「野菜を煮崩したスープがあると良い。ハーブなんかは入れないでね」
「まんま病人食だね」
テテンと一緒に厨房へ歩いて行くメルミーを見送って、俺はカルク先生に四人の容体を聞く。
「それで、大丈夫ですか?」
「凍傷は軽度だし、切断するようなことにはならんよ。食中毒の方が厄介なくらいさね。脱水症状を起こしている。あまり重篤なものではないようだけども」
カルクさんが俺に振り向き、村の入り口に倒れていた二人の方を指差す。
俺たちが仲間二人を救助してきたのを見て安堵したのか、いまは眠っているようだ。
「あの二人が言うには、ヨーインズリーからやってきたそうでね。食料もヨーインズリーで買ったものらしい」
「ヨーインズリーで買った時点で在庫処分で放出されていたとなると、相当悪くなってたでしょうね」
「偶にあるんだ。成り立ての魔虫狩人が遠征費用をケチって行き倒れる。この四人組もその口だ」
なかなか冷たい言い方だが、ヨーインズリーを拠点に周辺の村を回っていたカルクさんはこの手合いが転がり込んだせいで貴重な村の備蓄を放出せざるを得なくなった村を見たらしい。
「見捨てるわけにもいかないが、この手合いは命綱をケチるくらいに金がないから、間違いなく赤字になる。その癖、薬も必要だしで迷惑な輩だよ、まったく」
文句を言いながらもその手はしっかり遭難者の手足をマッサージして血流を良くしている。
俺もマッサージに参加する。
マッサージはじっちゃん相手に良くやっていた事もあり、コツは分かっている。
俺を見たカルクさんがにやりと笑った。
「しかしまぁ、村長さんがこの手合いを見捨てようなどと全く考えず、迅速に動くのを見られたから、そこだけは感謝しようかね」
「なんでそんなことに感謝するんです?」
「なに、医者なんてやっていると、どんな馬鹿者でも見捨てるわけにはいかなくなる。見捨てるような村長がいるところに籍を置いておくわけにもいかんのさ」
放浪医者の頑固さだよ、とカルクさんは肩をすくめる。
そんなものかと納得しつつ、俺はカルクさんからの評価に訂正を加える。
「二次遭難の危険性が高ければ、容赦なく見捨てますよ。村のみんなを危険にさらすわけにはいきませんから」
「そこは村住まいを決めた時にわきまえているとも。とはいえ、その時になれば数週間はイライラするかもしれんがね」
「お互い、立場の頑固さに振り回されますね」
苦笑し合っていると、カルクさんがマッサージしていた茶髪の男が目を覚ました。
カルクさんと目が合うと、すごい勢いで跳ね起きる。
「仲間がいるんです!」
「隣で寝とるよ。三人ともな」
ほれ、そこだ、とカルクさんが指差した先で寝息を立てる仲間を見て、茶髪の男は「よかった」と呟き、泣き出した。
「馬鹿者なりに仲間の事を真っ先に考えたところは評価して、説教は治ってからにしてやる。いまは寝ときなさい」
カルクさんに言われて、茶髪の男は寝転がり、疲れが抜けきっていなかったのかすぐに眠り始めた。
「心配するくらいなら、ケチらなければいいもんを……」
呆れたようにため息を吐きながらも、カルクさんは口元に笑みを浮かべていた。
二日後、遭難者四人組の体調が戻り、事情聴取をすることになった。
大方の予想通り、四人組はホワイトエーフィッドを狙ってヨーインズリーを出発、食中毒を起こしたために狩りを継続できなくなり、カッテラ都市へ救援を呼ぶため二手に分かれたという。
「カッテラ都市って、丸っきり反対側だぞ。しかも、お前らの野営地から二日、あの雪を考えると三日はかかる。野営を始めた時点で自覚もなしに遭難してやがったろ、お前ら」
ビロースが机に頬杖をついて四人組をぼろくそに言う。
「俺とかみさんが見つけなかったら死んでたぞ。魔虫狩人ならしっかりしろ」
「か、返す言葉もないです……」
ビロースの威圧感に素人の四人が敵うはずもなく、比較的温和そうに見えたのか俺の方へ助けてほしそうな視線を向けてくる。
視線に気付いたビロースが片眉を上げた。
「言っとくが、こいつは村長兼魔虫狩人兼建橋家だ。カッテラ都市の魔虫狩人ギルドから金巻き上げた悪名高きタカクス村のアマネだぞ? 俺より怖いと心得ろ」
「おいこら、人を勝手に悪者にするな。良心的な額しか巻き上げてないって」
失礼しちゃうね、まったく。
カルクさんが顎を撫でながら呟く。
「巻き上げたことは否定せんのかな」
「双方に利益が出る程度ですよ」
きちんと訂正しつつ、俺は四人組を見る。
「それで、なんで雪虫なんて狩ろうと思い立ったんだ?」
装備を見た感じ、素人ながらにおぼろげながら狩り方は知っていたように見える。
雪虫は全身を覆う長い毛に阻まれて通常の矢が効かない。
そのため、無数に返しのついた矢を撃ち込み、矢羽に付けた細く強靭な紐を思い切り引っ張って引き寄せ、捕獲する。
吹雪に漂う雪虫は本体が五十センチほどで極めて非力。噛む力すら弱く、人相手に有効な攻撃手段すら持っていない。
狩るのは難しいが手元に引き寄せてしまえば簡単に生け捕り出来てしまう変わった魔虫だ。
しかしながら、狩猟方法はややマイナーな部類で、素人が知っているとはちょっと思えない。
一体どこで知ったのかも気になる所だ。
「ヨーインズリー周辺で防寒具の値段が高騰してるんです」
四人組のリーダーらしき黒髪君が言うには、この冬の寒さでヨーインズリー周辺地域の防寒具が高騰し、魔虫狩人向けに雪虫狩りのレクチャーが行われたらしい。
ただし、ギルド員の中でも二百年以上活動している者に向けたもので、素人君たちはそのレクチャーを受けていない。
「ギルドの受付に張り込んで他のギルド員の会話を聞いて、狩り方を一から組み立てたんです。冬場は魔虫がいなくて資金稼ぎができなかったから、いい機会だと思って……」
「いらんところで根性を発揮したもんだなぁ」
ビロースが苦笑した。
「だが、今回の件で準備不足がどんな結末を生むかは身に染みて分かっただろ。そもそも、いまのお前らじゃ装備を整えても雪虫に矢を届かせられねぇよ。まずは体作りをして、体力をつけろ」
吹雪の中で矢を射るのだ。返しが付いているから当てさえすれば毛に絡まって捕獲できるけど、この四人では引き寄せるどころか風で吹き飛ばされる雪虫ごと空中遊泳する羽目になる。
「どうせ春までお前らはタカクス村に釘付けだ。鍛えるついでにいくつか教えてやる」
なんだかんだで面倒見のいいビロースが言いだすと、四人組が反応した。
「ありがたいですけど、その、お金とか……」
「持ってないことくらい知ってるっての。春先の魔虫狩りを手伝え。それでチャラにしてやる」
「雪かきもさせよう。体力付くぞ」
「それはアマネが楽したいだけだろうが」
小突かれた。
良い案だと思うんだけどな。
結局、四人組は冬の間ビロースの預かりとなり、筋トレをしながら魔虫の生態と狩り方について講義を受け、必要な知識を身に付けさせることが決まった。
授業代として春先の魔虫が活発になる頃に狩りを手伝う事が決まる。
それはそれとして、
「雪虫、狩って見せるか?」
「そうだな。こいつらもどんな無茶をしたのか、まだ実感できてないみたいだしな」
雪虫の毛はフェルト状にすれば断熱性に優れた建材にもなる。この機会に何匹か狩って来よう。
狩りは三日後に行うと決めて、一度解散になった。
三日後は天候に恵まれて、雪の気配もなかった。
「あの、雪が降ってないのに出るんですか?」
素人四人組のリーダー黒髪君が不思議そうに訊ねてくる。
俺はビロースと並んで先頭を歩きつつ、黒髪君の質問に答える。
「雪の日に出たら遭難するのは経験したろ? 雪虫狩りは日帰りでやるようなもんじゃない。晴れている内に野営地兼狩場を構築。吹雪を待って雪虫が現れ次第狩るんだ」
雪虫は特殊な狩り方をする魔虫であり、吹雪の影響で他の魔虫が同時に現れないため専用の狩場を構築するのが定石になっている。
野営地は四人組が遭難していた拠点だ。
「はい、それじゃあ雪かきを始めろ」
「え?」
「え、じゃない。雪かきしておかないと雪崩れた時に死ぬぞ。そうでなくても、雪虫の捕獲時に足の踏ん張りが利かないと取り逃がす羽目になる。さぁ、張り切って雪かきだ」
はい、頑張れ、と無茶振りをする。
そう、無茶振りだ。こいつらが雪かき用の装備を持ってきていないのは確認済みである。
顔を見合わせて途方に暮れている四人組にビロースが声を掛ける。
「ほらな、出だしから失敗してんだよ、お前らは。組み立てスコップを五人分用意してあるから、始めるぞ」
「あ、はい!」
ビロースが出した組み立てスコップを持って四人組が雪かきを始める。
俺は周辺を警戒しつつ雪を除いた場所に杭を打つ作業だ。
半径百メートルちょっとを雪かきした頃には四人組は疲労困憊状態だった。
俺が入れたハーブティーを飲みながら、素人の茶髪君がため息を吐く。
「晴れの日に出た理由が分かりました。吹雪の中でこの作業は無理ですね」
「そういう事」
ただ、雪虫が出るような吹雪ともなると雪かきした範囲もすぐに雪が積もってしまうから、遭遇するまで吹雪の中で雪かきになるんだけどな。
あらかじめやっておくと楽ができるけど。
「でも、雪かきは準備のさらに前段階だ。あの杭を見てみな」
俺はさっき打った杭を指差す。
世界樹の枝に深く打ち込んだ杭は上部に穴が開いてる。穴にはバードイータースパイダーの糸で作った太いロープが通してあった。
「あれが命綱だ。雪虫を狩るときにはあの命綱を胴体に巻いて、雪虫ごと吹雪に吹き飛ばされるのを防ぐのが鉄則。お前たちが雪虫に会わなくてよかったよ。飛ばされていたら、さすがに俺たちでも捜索できなかったからな」
四人組にロープの結び方を教えて、雪虫に遭遇した際にはどう動くかをビロースと話し合い、その日は過ぎていった。
そして翌日、おあつらえ向きに朝から吹雪き始める。
昨日の雪かきで筋肉痛になった四人組をテントに残し、ビロースと一緒に雪かきをしながら雪虫の出現を待つ。
「ビロースは雪虫狩りをするのっていつ以来?」
「二十年ぶりくらいか。そういう村長はどうなんだよ」
「サラーティン都市に住んでいた頃に二回くらい。五人編成で出て十日間の遠征だったかな。雪虫を四匹討伐した」
世界樹の東にあるサラーティン都市から三日かけて北上し、三、四日狩りに当てて、三日かけて帰還するという遠征だった。
「それ赤字だろ」
「うん。大赤字。一回目はいい経験になったよ。二回目はギルドが雪虫狩りの経験者に未経験者を引率させて経験を積ませるって依頼だった。俺が先導役の一人」
「そっちは黒字が確定してたんだな。経験が売り物になるってわけだ」
経験が売り物になる。ビロースの言葉を聞いて四人組が顔を見合わせた。
先手を打ってビロースが四人組に声を掛ける。
「金はとらねぇよ」
どうせ持ってないだろうし。
雪虫を狩れた場合の利益は村の物として四人組には納得してもらっているから、しいて言えば今回の遠征の利益が授業料だ。
「――っと、ビロース、そこまでだ」
「来なすったか」
雪かきに使っていたスコップを放り出し、各々に愛弓を構える。
吹雪で白くなる視界の先、宙を漂う半径一メートル強の白く丸い物体を目視する。
四人組が慌ててテントから出てくるのを見て、俺は声を掛けた。
「出てくるな。命綱付けてないだろう。テントの中で見とけ」
「はい!」
四人組が返事をしてテントの中に戻る。
その頃にはビロースが狙い澄ました一射を放っていた。
ビロースの強弓から放たれた矢は吹雪の中でも猛然と風を切って進み、三百メートル先にいた雪虫に突き刺さる。
次の瞬間、矢についていたロープがピンと張った。
「おっと」
吹雪に流される雪虫側に引き込まれそうになるのをぎりぎりで堪えたビロースが両足に力を籠める。
雪虫が抵抗するそぶりはない。その長い毛に矢が絡んだ事にすら気づいていないのか、風に流されるままだ。
「アマネ、手伝え」
「おう」
返しが無数に付いた特殊矢を構え、ビロースの矢から離れた部分に向かって飛ばす。ロープが絡まるのを防ぐためであり、雪虫の毛が切れた時に両方の矢が外れてしまう事態を防ぐためだ。
狙い過たずビロースの矢の刺さった部分とは離れた部分に矢が刺さる。
俺は自分が放った矢に繋がっているロープを分厚い手袋をした手で握りしめた。
後は綱引きだ。
俺もビロースも胴体に巻いた命綱のおかげで雪虫ごと飛ばされる心配はない。
「橋架けの時を思い出すな、村長!」
「掛け声でもかけるか?」
軽口を言い合うが、俺もビロースもさほど余裕はない。風の勢いが思いのほか強く、力負けしそうだからだ。
「風が弱まる瞬間を狙って引き寄せ続けるしかねぇな」
「雪虫狩りはそんなもんだろ。二回しか経験ないけど知ってるぞ」
「ばっか、おめぇ。二人で狩るもんじゃねぇだろ。後二人まともに体作りしている奴がいればこんな小粒と様子見してねぇよ!」
ビロースの言う通りだ。この綱引きは大概、四人か五人でやる。
「他にも連れてくればよかったか?」
「ど素人にかっこ悪い姿見せらんねぇだろ。二人で息を合わせてやるのが良いんだよ」
「見栄っ張りビロース!」
「うるせぇ、アマネ鈍感ジゴロ!」
なんですか、それ。アルマジロの変種か何か?
悪口を言い合いながら、タイミングを合わせてぐいぐい雪虫を引きずり込む俺たちを見て四人組が何とも言えない顔をしていた。
この日の成果は雪虫四匹。一日で狩れる成果としては相当な物だった。