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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第十四話 遭難者

 マルクトの記録したランム鳥に関する資料は、慣れないなりに多くの有用な情報が詰めこまれていた。

 まず最初に着目したのは羽根の色だ。

 ランム鳥の羽根は黒から褐色。羽根の色には遺伝性が認められ、黒同士を掛け合わせれば高確率で黒、黒と褐色であれば黒が高確率で生まれ、褐色同士であればほぼ間違いなく褐色である。


「黒が優性遺伝、褐色が劣性遺伝って事か。世代数が少なすぎてまだデータがそろってないけど」


 俺は遺伝子が存在するものと考えてデータを見ているため、色々と考察課程をすっ飛ばしている。足りないデータをこの世界で該当するかもわからない地球の知識で補完しているわけで、見当はずれの可能性も高い。

 俺は窓の側に置いてある鉢植えに視線を向ける。


「芽が出たか」

「そんな毎日見てたって成長が早くなったりはしないよ。それより、メルミーさんの事を見ておくれよー」


 メルミーが絡んでくる。

 俺が鉢植えで育てているハーブは春頃に花が咲く。葉っぱの部分は食用で、レモンバームっぽい香りがする。

 このハーブ、リシェイがお茶請けとして常備しているクッキーに使われているもので、リシェイのお気に入りである。

 花が赤、桃、白の三色あり、葉っぱが先割れスプーンのようになる場合とならない場合がある。

 村でも少し育てていたので栽培記録があり、ちょうどいいから遺伝子の存在を確認するための実験に使っていた。


「あーまーねー」

「はいはい、なんですかー」


 パソコンを弄ってるとキーボードの上に載ってくる猫みたいなメルミーに返事をしつつ、振り返る。

 服をはだけて挑発的なポーズを取るメルミーがいた。


「――って、なんて格好してんだよ」

「よしよし、見惚れたね。それでいいんだよ。鉢植えにメルミーさんの魅力が負けたのかと心配して損した」


 ポーズを解いて、はだけていた服を直したメルミーは「冷えたー」とぼやきながら毛布を頭からかぶる。


「もうすぐ冬も終わりなのに、なんでこんなに寒いのかな」

「お天道様の事は分からないもんだ。けど、雪の被害が心配だな」


 タカクス村では被害が出ていないものの、この冬の間に三度の雪揺れがあった。

 カッテラ都市やケーテオ町との交通網は雪の影響で遮断されており、周辺地域の被害状況は分からない。


「最近は雪が多いよね。去年もそうだったしさ」

「あぁ、カッテラ都市なんかは人手もあるから雪かきは出来るとしても、雪揺れで倒壊騒ぎとか起きてないといいけど」

「後は転落事故だね」


 空中回廊などで人口密集地が高層化していくこの世界では、雪で足を滑らせて転落する事が稀にある。

 落下防止用のネットなどがあるため死に至る事は少ないものの、骨折などは十分にあり得る話だ。

 メルミーと話をしていると、玄関の扉が開く音がした。


「ただいま」


 そう言って事務室に入ってきたのは燻煙施設の様子を見に行っていたリシェイだ。


「特に問題は起きてないみたい。順番もちゃんと守られてる」

「これで、うちの奥さんを燻さないでくれと言われずに済むな」

「それまだ言われていたの?」


 たまに。とはいえ、半ば冗談みたいなものだ。


「燻すで思い出したけど、例の漬け物はどうなってる?」

「いま燻してるところよ。漬け汁も用意させてる」

「いぶり漬けだっけ。美味しく仕上がると良いね」


 メルミーが心待ちにするように弾んだ声で言う。

 燻り大根を再現できないかと考えてテテンに実験してもらっているけれど、どうなるかは未知数だ。米ぬかがないから塩と酢、香辛料で作ったピクルス用の漬け汁を使用している時点で、地球のそれとは全く別の物になるだろう。

 リシェイの脱いだコートを畳んで洗濯かごに入れていると、着替えを終えたリシェイがお湯を沸かし始めた。


「二人とも、ハーブティーを飲まない?」

「飲むー。熱い奴でお願い」

「俺も欲しいな」

「三人分入れるわね」


 リシェイが入れたハーブティーは、いま事務室の窓際で育てているレモンバームに似たハーブから作られている。

 さわやかな香りがするハーブティーを飲みつつまったりしていると、リシェイが鉢植えを見た。


「外の鉢植えに植えてあるのが葉っぱの先が割れる奴よね?」

「あぁ、外のが先割れ、中のが割れない奴。花の色はマルクトが実験してる」

「今年中に二回くらい世代交代させるのかしら?」


 リシェイがハーブの芽を指差す。

 成長が早いハーブで繁殖力もあり、春の終わりに種を取って植え、夏の終わりか秋の初めに種を取ってまた植えて、冬の間近にまた種を取る、という方法も可能なのがこいつの特徴だ。

 遺伝子の存在を確かめるにはおあつらえ向きである。


「リシェイの言う通り、二世代交代させて、様子を見る形かな。五世代目くらいになれば傾向もつかめると思う」


 それで遺伝子の存在に実感が持てたら、ランム鳥の品種改良計画を推し進める。


「並行して進めるランム鳥の品種改良はどうするの?」

「他所から優秀な血を持ってくる必要があるから、冬を越したらすぐにゴイガッラ村と連絡を取ってみようと思う」

「協力してくれるかしら?」

「向こうも信頼回復のために大変だろうしな」


 一時はカビが原因の疫病で全滅したため、ゴイガッラ村は取引枠が縮小したと聞いている。

 積み上げてきたノウハウのおかげで徐々に信頼が回復しているようだけれど、大口取引が減ったのは苦しいだろう。

 ゴイガッラ村長の事だから協力はしてくれるだろうけど、あまり無理はさせたくない。手紙を送る際には近況を聞いてから話を切り出した方がいいかな。

そんなことを考えていると、慌ただしく玄関扉が叩かれた。


「村長、いるか!?」


 扉越しに声を上げているのはビロースだろう。かなり緊迫した様子が声からも読み取れる。

 俺はすぐに玄関に走った。


「どうした?」

「遭難者が出た。とにかく来てくれ」

「遭難者?」


 反駁しつつ、ビロースの背後を見る。雪が降っているのもそうだけど、かなり風がある。


「リシェイはここで待機、メルミーは一緒に来てくれ」

「分かった」


 コートを羽織って出てきていたメルミーと一緒に外に出る。

 ビロースが村の入り口に向かって走り出した。


「遭難者って誰だ? 孤児院の子か?」


 ビロースの後を追いながら、情報を求める。

 ビロースは俺とメルミーを振り返り、首を横に振った。


「村の連中じゃない。どこから来たかは分からないが、凍傷を起こしてる。事情聴取は後だな」


 ビロースと一緒に駆けつけた村の入り口には、男が二人倒れていた。

 すぐに息があることを確認し、凍傷の具合を見る。魔虫狩人としてある程度の傷は見れるようになっておけと教えてくれたじっちゃんに感謝だ。


「メルミー、燻煙施設に行ってお湯を沸かしてもらってくれ。居合わせた女衆には清潔なタオルを持って公民館に行くよう伝えるんだ。急いで!」

「分かった」


 メルミーが身を翻し、燻煙施設へ駆けていく。体が資本の職人だけあってかなり早い。

 俺は倒れている男の内の一人を背負う。ビロースがもう一人を肩に担いだ。


「公民館にいるカルク先生のところへ運ぼう。しっかし、重たいな」


 雪解け水を服が吸ってしまっているらしく、男はかなり重たい。ビロースが救護を後回しにして体力のある俺を呼びに来るわけだ。


「かなり体が冷えてるな。ずぶ濡れだし、無理もないか」

「うちのかみさんが替えの服を準備してくれてるはずだ」


 どうやら、ビロースが若女将と一緒に畑の様子を見に行った帰りにこの二人を発見したらしい。

 ビロースと一緒に遭難者二人を公民館へ運び込むと、カルク先生がいつになく険しい顔をした。


「カルク先生、この二人を診てください。俺たちはこの二人の荷物を確認します」

「あぁ、もちろんすぐに診るがね。荷物ってのは何の話かな?」

「荷物の中身を見れば、どういう状況で遭難したか分かるかもしれない」


 手早く遭難者の服を脱がしてずぶ濡れの身体を拭き、後をカルク先生に任せる。

 脱がせた服を見れば、俺は自分の予想が間違っていない事を確信できた。


「この二人、魔虫狩人だな」


 ビロースが俺と同じ結論を出す。

 素人が使うような弓だったから護身用に武器を持っただけの旅人の可能性も考慮していたが、服の下から出てきたメダルは紛れもなく魔虫狩人ギルドの登録者だ。


「――替えの服とタオル、持ってきたよ。お湯は?」


 宿の若女将が荷物を持ってやってきて、状況の確認をしてくる。


「燻煙施設で大量に沸かしてもらってる。すぐに到着するはずだ。カルク先生と一緒に女衆の指揮を頼む」


 若女将に指示を出してから、俺は遭難者の荷物を警備員室に運び込んで床にぶちまけた。


「こいつは……」

「ど素人が雪虫狩りに出て遭難したみたいだな」


 苦い顔でビロースが呟く。その手には遭難者の矢筒から取り出した細い紐と無数の返しの付いた矢が握られている。

 雪虫、ホワイトエーフィッドは吹雪の日に現れる魔虫だ。全身に一メートルほどの長く白い毛が生えており、たんぽぽの綿毛のような姿をしている。非常に軽量で吹雪の日に風に乗ってフワフワと漂っている貧弱な魔虫であり、狩るのが非常に難しい事でも知られている。

 全身を覆う綿毛のような長い毛によって魔虫本体に矢が届かず、出現条件が吹雪なため視界も悪く矢もうまく飛ばせない。

 その毛は軽量で断熱性に富み、魔虫狩人にとって冬場に活動する際の服として珍重されるが、専用の装備を持って行かないと倒せない事もあって年間の討伐数は少ない。


「問題は何組で狩りに出たかだよな。二人きりで雪虫を倒しに出たと思う?」


 遭難者の荷物、特に食料や食器などを確認しながらビロースに問う。

 ビロースは荷物を見分しながら顎をさすった。


「素人の考える事だから相当な無茶をするとしても、もう一人か二人いそうな気配ではあるが……」


 テントを調べていたビロースが骨組みを持ち上げる。


「これは二人用だ。荷物を見た限り、もう一組入りそうだが、それもない。どこかにテントを張ったままだと考えるのが自然だな」

「食料も遭難を想定したとしてもやけに多い。決まりか。捜索しよう」

「ったく、だから素人にはきちんと声掛けを徹底しろっていうんだ」


 ビロースが頭を掻きながらぼやく。

 そういえば、俺が初めて魔虫狩人ギルドに行った時、真っ先に声をかけてきたのはビロースだった。

 ビロースが俺を見る。


「それで、面子はどうする? 今すぐ動くんだろ?」


 二次遭難の可能性を考えるといま動き出すのは本来、得策ではない。

 だが、幸いにしてタカクス村には魔虫狩人が多数在住している。俺とビロースを含む四人に至っては雪の中で魔虫狩りを行った事もあるし、土地勘も優れている。


「防寒装備を持ってる四人で捜索隊を構成して、残りの魔虫狩人はテテンと一緒に村の入り口で火を燃やしてもらう」

「了解。村側の指揮は誰がとる?」


 捜索隊の編成について詳細を詰めていると、メルミーが顔をのぞかせた。


「遭難者の片方が目を覚ましたよ。ちょっと厄介なことになってる」

「どうせ、まだ仲間がいるとかだろ」

「知ってたんだ」

「まぁな。いま行く。ビロースは捜索隊の編成を頼む」


 ビロースに後を任せて、俺は遭難者が寝かされている食堂に向かう。

 お湯を運んでいる女衆やタオルを準備している者が出入りする食堂に入ると、遭難者は渡された白湯を飲んでいた。

 俺を見つけて、すぐに立ち上がろうとした遭難者をカルク先生が押しとどめる。


「落ち着きな。焦って伝えようとしても誤解が増えるばかりだろう。落ち着いて状況を語りなさい」


 カルク先生に諭された遭難者は一つ深呼吸すると、心配そうにまだ意識の戻らない仲間を見てから俺に向き直った。


「仲間が二人、まだ野営地にいるんです。助けてください」

「あぁ、いま捜索隊を編成してる。野営地にいるなら、何故雪がやむまで待たなかった。何か問題が起きたんだろう?」

「いきなり体調が悪くなって……。多分、食べた物がまずかったんだと思います」

「店で買った時、早いうちに食べ切ってくれと念押しされなかったか?」

「寒いから大丈夫かな、と」


 素人があの分量の食料を持っていたからまさかとは思ったけど、在庫処分に安売りした食料をまとめ買いして食い繋ごうしたのか。


「メルミー、警備員室にあるこいつらの荷物のうち、食料品と水は廃棄。食器や調理器具は煮沸消毒しておいて」

「あいさー」

「――ちょっと待ってください。あの食料がないと僕たち帰れないです」

「あっても腹を壊すだけだし、どの道この雪の中をどこに行くつもりだ。素人は大人しく寝てろ」


 顔を近づけて思い切り凄みを利かせて言い含める。指先を眉間に突きつけてやれば、男は青い顔でコクコク頷くだけだった。

 俺程度にビビってるってことは、やはり素人で間違いない。ビロースに捜索隊の編成を頼んでおいてよかった。ビロースが同じことやったら腰を抜かしかねない。

 ともかく、これで俺やビロースが村を空けても、この二人が勝手に仲間の捜索をしようとして出ていくことはないだろう。


「カルク先生はこの二人を頼みます。もしも仲間を探しに出ていこうとしたら気絶させても構いません」

「あぁ、麻酔薬を準備しておくよ」


 カルク先生はにっこりと笑って確約してくれる。まぁ、ブラフだと分かっているだろうけど。

 俺は公民館を出て、早足で事務所に戻る。

 誰かが知らせてくれたのか、リシェイが雪中行軍用の装備を一式準備して待っていてくれた。


「湯たんぽも準備しておいたから、持って行って」

「ありがとう。見つかっても見つからなくても、日が落ちる前には戻る。戻らなかったら翌朝まで待機の上、マルクトを隊長にした捜索隊を魔虫狩人三人つけて編成。村周辺を少しずつ探索してくれ」

「わかったわ。気を付けてね」


 枝の上だけあってほぼ一本道だけど、枝の上から雪が樹下へなだれ落ちるのに巻き込まれたらほぼ即死する。気を付けると言っても気休め程度だろう。

 俺は装備を整えてリシェイに見送られながら事務所を出る。

 村の入り口にはすでにビロース達が待っていた。


「――それじゃあ、捜索開始と行きますか」



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