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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第十三話 品種改良計画

「寒い、寒い」


 メルミーが毛布にくるまってソファの上に丸くなり、恨めしそうに外を見る。

 雪が降っていて視界の悪い外の景色は、窓越しに見ても寒そうだった。

 かくいう俺もコヨウの毛で編んだセーターを着ていても寒いと感じている。


「子供たちも今日は雪合戦できないだろうな」

「外に出たらあっという間に雪まみれになるよ。心は温かいメルミーさんも凍えるくらい寒いからね。だから、アマネ、あっためてー」

「毛布に頼りなさい」


 リシェイがメルミーに背後から声を掛けつつ、俺を見た。


「治療院の運営に補助金を出す以上、村の収入を増やしたいわ。ランム鳥の数を増やすのは今まで通り行うとして、何かないかしら?」


 治療院は定期的に薬を新しい物と入れ替えたり、清潔な布などの備品を必要とするため、維持費がかかる。

 外科的な手術などはよほどの緊急でない限りカッテラ都市まで患者を運んで行う事になるため、まだ維持費は少なく済んでいるけれど、村の経営の観点から見ると今まで以上に収入が欲しい。


「いまいるランム鳥の数は?」

「九十羽ね。数を維持するためのヒナもいるけれど、この雪を見ると……」


 リシェイが心配そうに外を見る。

 事務所の中でさえメルミーが毛布にくるまるくらい寒い。飼育小屋はなおさらだろう。


「寒さでヒナが凍え死ぬかもしれないか」

「そう言えば、今日は飼育小屋篭りしないの?」

「この数日寒い日が続いているから、体調に配慮して例外なく交代制になった。俺の番は明後日から三日間だな」


 飼育小屋籠りを続けたいと泣いて訴えるマルクトをなだめるのが大変だった。

 ヒナが死んでしまう。未来の卵が、肉が、とそれはもううるさく訴えるのだ……。


「リシェイとメルミーはここにいていいのか? 燻煙施設の方が暖かいだろう?」

「そっちも交代制よ。テテンは残念がっていたけれど、燻煙施設にいるのは女性だけだから大丈夫なはず。念のため、お昼に様子を見に行くわ」


 テテンは喜ぶだろうな。

 事務所の壁の隅にテテンがいないのも少々懐かしい感じだ。


「それで、村の収入についての話だけど」


 リシェイが話を戻す。


「なにか新しい作物でも育ててみようかしら?」

「ルイオートから取った油は結構売れたし、加工できてそこそこ日持ちする奴が良いかな」


 採油用作物のルイオートは肥料食いの植物だ。

 タカクス村のある世界樹の北側ではランム鳥を育てておらず、堆肥を確保しにくいため細々と育てていた。

 だから、堆肥を自前で用意できる俺たちが栽培を開始した際にはカッテラ都市を始めとしていくつかの町や都市から行商人が様子を見にやってきたほどだ。


「需要と供給という点ではいい着眼点だったと思うわ。利益も出たし、雪揺れで廃村が相次いで売れ残っていた堆肥の有効活用もできた。来年も継続して育てたい作物よね」

「ルイオートの耕作面積を増やすか?」


 でも手がかかるんだよな。かなり虫がわきやすい作物だから。


「堆肥をそのまま売ってしまう方が人手も他に回せるから、結果的には利益が出そうなのよ。村の中で使用する油はいまの面積でも賄えているし、輸出もできるわ」


 リシェイもあまり乗り気ではないらしい。

 メルミーが毛布を肩に掛けて俺の方へやってくる。


「家具の販売は?」


 メルミーが主導で行っている世界樹製家具の生産販売は、売れる数こそ少ないものの利益率が非常に高い商品だ。

 メルミーに至ってはカッテラ都市から注文されて製作する事もある。


「顧客はメルミーについているだけで、タカクス村産の家具の評判が特別いいわけでもないから、増産しても売れ残るだろうな」

「輸送費用の問題で、行商人も仕入れたがらないものね」

「荷台を圧迫するからな」


 かさ張る商品はどうしても行商人が嫌がる。体積当たりの利益率を重視するから当然だ。

 コマツ商会のようなある程度の大きさと販路を持つ商会ならばもう少し融通が利くけれど、タカクス村には安定して取引できるほど商品の数がない。


「いい商品が思いつかないな」


 あれこれと考えていると、事務所の呼び鈴が鳴った。

 こんな雪の中をわざわざ事務所まで来るくらいだから緊急の用事かと思い、すぐに扉を開ける。

 細マッチョが立っていた。マルクトである。


「村長に折り入ってご相談がございまして」

「玄関先で話すほどの急用でないなら入ってくれ。雪が吹き込むし」

「では、お邪魔します」


 マルクトを中に入れ、雪を落としてから事務室兼応接室に通す。

 応接室に入ったマルクトは手にしていた鞄から紙の束を取り出した。


「村長、まずはこちらをご覧ください」


 マルクトから渡された紙の束には、ランム鳥の肉と卵の品質について記されていた。


「いままでタカクス村で育て、最終的に食卓に上ったランム鳥の数は八十羽近く。第二世代までです。輸出したランム鳥に関しては正確なところが分からないため除外し、村で供されたランム鳥について味の評価を村のみんなにお願いし、資料にまとめた物がそちらです」


 マルクトの言う通り、紙の束に書かれているのは味の評価が主だ。バイアスが掛かるのを避けるためか、評価した人間の名前は書かれていない。

 俺も、祭りなどでランム鳥を食べた際にマルクトから味の評価を聞かれた覚えがある。あの時の質問は村のみんなにしていたのだろう。

 ただ、ポチ乃進だのなんだのと名前と味の評価を書かれても、飼育記録と照らし合わせてみないと第一世代なのか第二世代なのかもわからない。

 ポチ乃進って確か、物を集めるのが好きだったあいつだよな。いつ食べたっけ。橋の完成の時か?


「資料を見て頂ければ、個体ごとに味の評価のばらつきがあることが分かると思います」

「あぁ、それはあるようだな。ただ、この資料だと食べた時の個体年齢がいくつだったのかが分からない。飼育記録を見て、付記しておいてくれ」

「あ、はい。いま書きますので、ちょっと返してもらっていいですか?」


 マルクトは俺から資料を受け取り、飼育記録も見ずに年齢を書き記していく。全部覚えているらしい。

 年齢を書き終えたマルクトは資料をもう一度見直して、俺に差し出してくる。


「基本的に、若鳥の方が味の評価が良いな。何羽か評価がずれている奴がいるけど」

「えぇ、その通り。そして、それこそが自分が今日ここに来た理由なのです」


 マルクトが勢い込んで身を乗り出し、紙束をめくるように促してくる。

 紙束を何枚かめくって味の評価データを読み飛ばすと、品種改良計画なる文字列が出てきた。


「個体差があるのなら、より味が優れた個体同士を掛け合わせていこうという計画なのです」


 あれ、遺伝子の知識ってこの世界にあったっけ。

 しかし、あってもなくても、マルクトの品種改良計画は遺伝子の存在を念頭に置いたものだ。

 どう答えたものかと思いつつ計画書を読んでいると、リシェイが口を挟んだ。


「過去にタコウカの花の色を制御する実験をした研究者の話を読んだことがあるわ。結果は失敗。同じ色同士を掛け合わせても別の色が出てくる結果が頻発した事から、遺伝子説はもう顧みられなくなってるわよ?」


 メンデルさんはこの世界にもいたらしい。失敗したようだけど。

 まぁ、神話からして異形の怪物が突然跋扈し始めたというくらいだし、世界樹の下への調査に行った生き残りは人が変じたと思しき異形の怪物を目撃している。

 この世界に遺伝子が存在するのかは謎である。

 マルクトはリシェイの言う実験の事は知らなかったらしく、困ったような顔で計画書に視線を向けてきた。

 取り下げるべきかを考えているらしい。

 遺伝子の存在がこの世界にもあるのか、それは一度考えから省いてみよう。

 ランム鳥の品種改良を試みるのは、村としてプラスだろうか。

 文句なしにプラスだ。もしもブランド化できれば世界樹全地域に売り出すことができる。観光客を呼び込む事も可能だろう。

 前々から、ケインズの持つ淡水魚アユカをうらやましいと思っていた。他にはない特産品は村に強烈な求心力を生む。

 もしも、ランム鳥をブランド化できれば……。

 俺はリシェイを振り返る。


「その実験とやらの内容を詳しく教えてもらってもいい?」

「別に構わないけど」


 リシェイが話してくれた実験は、発光植物タコウカの色を制御する事を目的として百年間、世界樹の南にあるワラキス都市とガメック都市が個別に行ったらしい。

 実験手順は簡単で、タコウカを人工授粉させる事で特定の色が出るかを観察したとの事だった。

 両都市ともが失敗し、摩天楼ヨーインズリーに実験資料を売り払った際、同時期に個別で行われていた事が発覚したとの事だった。


「当時のワラキス都市とガメック都市は仲が悪い上にタコウカ偏重の貿易構造をしていたから、互いを出し抜こうとした結果らしいわ」

「なるほどな」


 百年間か。

 詳しい実験手順を見て見ないと分からないけれど、実験環境次第では失敗があり得る。

 例えば、花粉の媒介者、昆虫などが他にいた可能性。他にも優勢遺伝子と劣勢遺伝子がはっきりしていない中間雑種の誕生などだ。

 実験したのがタコウカだったから失敗した可能性もある。

 別の植物でも調べてみればもっとはっきりしたことが分かるんだけどな。

 俺はマルクトが提出してくれた品種改良計画書に視線を向ける。


「やってみようか」

「良いんですか!?」


 マルクトが眼を輝かせて身を乗り出してくる。

 マルクトが提出した品種改良計画は単純な物で、複数の個体をグループ分けし、それらを食べる際に味の評価を行う。

 高評価のグループが産んだ卵とそのヒナを次代の主力として繁殖させ、再度グループ化、手順を繰り返すというものだ。

 現在飼育小屋にいるランム鳥の数が九十羽。仮に遺伝子が存在するなら血が濃くなって遺伝子異常が発生するだろうから、定期的に外からランム鳥を購入して血を取り入れる必要があるだろう。

 この計画を実行に移そうと思えば、隔離施設が必要になる。


「リシェイ、春が来たら、治療院と一緒に特別施設を作る。マルクトが提出したこの品種改良計画はあくまでもおまけ。ヒナの死亡率を下げるのが主目的だ」


 品種改良計画は成功するかどうかがかなり不透明だ。先に何らかの植物で遺伝子が存在する事を確かめてから、本腰を入れたい。

 けれど、ヒナの死亡率を下げて安定した越冬ができるようになれば、村のみんなの負担がかなり減る。

 リシェイが黙考する。


「ヒナの越冬を目的とした施設……。商品の生産が安定するのは歓迎だけど、予算は?」

「玉貨三枚もあれば足りるかな」

「ケーテオ町のお祭りに参加した利益や謝礼金を使い潰すわね。マルクト、現在のヒナの育成率はどれくらいかしら?」

「春や秋であれば育成率八割、夏は育成率七割を切るかと思います。冬場は育成率が九割を超えてます」


 やっぱり、暑さが大敵か。冬籠りの効果もあって冬場はヒナが死ににくい。異常に気付きやすいからだろう。

 だが、冬はヒナが死ににくくなる代わりに住人が風邪をひきやすくなる。飼育小屋籠りは体力的に堪えるのだ。

 今は住人がみんな若いから平気だが、村の今後を見据えると好ましいとは言えない。

 リシェイも同じ考えなのだろう。仕方なさそうに頷いた。


「分かったわ。私もアマネの体調が心配だったし、治療院ができると言ってもみんなが健康であるに越したことはないもの」

「決まりだな。マルクトはヒナの選別を春までに頼む」


 俺も遺伝子関係の知識をなるべく思い出せるよう、努力してみよう。

 マルクトが立ち上がって頭を下げてくる。


「ありがとうございます。これで来年の冬は毎日ランム鳥に囲まれていられます!」

「そっちが目的かよ!」


 そんなにこの冬も飼育小屋に籠りたかったのか、こいつは。

 これで彼女持ちだっていうんだから、世の中おかしい。


「って、そう言えばマルクトって彼女がいたよな。結婚は考えてるのか?」


 ビロースなんて交際期間一年もないのに結婚して、宿の経営してるのに。

 マルクトは頬を掻いてソファに座り直した。


「いましばらくは仕事に打ち込んでいたいな、と」

「そんなこと言ってるとアマネみたいになっちゃうよー」


 メルミーが俺に後ろから抱きついてくる。


「ほっぺたをつつくなよ」

「マルクトは結構もてるんだからさ。アマネみたいになる可能性もあるんだよ?こんな風に左右からツンツンされたい願望持ちなのかな?」

「だからつつくなって――リシェイまで!?」

「マルクト、こんな風になりたいの?」

「リシェイさんや、平然と俺を無視して会話に混ざらないで貰えないかな」


 メルミーに右頬を、リシェイに左頬をつつかれる俺を見て、マルクトが腕を組む。


「既になっているのです」

「は?」


 なに、マルクトまで俺と同じ情けない男枠に入ったの?

 歓迎するよ。悩みを分かち合おう。恋バナ相手がテテンだけで不満だったんだ。

 これで相談相手ができる!

 なんて思っていると、マルクトが天井を仰いだ。


「片方はランム鳥です」

「あぁ……」


 リシェイとメルミーが諦めと同時に納得したような、何とも言えないため息を吐く。

 マルクトはきりっとした顔で俺を見た。


「彼女とランム鳥、どちらを取るべきでしょうか?」

「知るか。自分で考えろ」



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