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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展

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第十二話 飴売りのカルク

 募集広告をヨーインズリーに出してすぐにコマツ商会を通じて医者の応募があった。

 広告代理店代わりに現地のヨーインズリーを拠点にしているコマツ商会に広告を頼んだため、不思議な事ではないのだけど、応募までの時間がやけに早い。


「コマツ商会からの手紙だと、身元は確かみたいよ。ヨーインズリー周辺の村を診て回っている流れのお医者様みたい」


 リシェイが手紙を差し出しながら教えてくれる。

 手紙に目を通すと、件の医者は流れの医者をしながら技術や知識、症例をまとめてヨーインズリーの虚の図書館に報告書を定期的に出していたらしい。

 五百歳を越え、そろそろ一つ所に落ち着こうかという矢先にタカクス村の募集広告が眼に入ったそうだ。


「名前はカルク、か。周辺の村を回っていたなら経験は豊富だろうし、来てもらおう」

「分かったわ。返事の手紙を出しておくわね。それで、ケーテオ町の祭りの事なのだけど」

「焼き鳥はモノになりそうか?」


 リシェイが首を横に振る。

 世界樹の串で刺し貫き、寝かせて辛みを増したトウムや塩、鳥の油で作ったタレをつけて焼く。言葉にすれば簡単な焼き鳥も、ちゃんとした物を出そうとするとなかなか難しい。


「形が崩れるそうよ。焼き加減も難しいって。特にレバー」

「だよな。餃子にするか」

「ギョーザってアマネが作ってくれたトウムで作った皮の中に具を包む料理? 屋台料理としてはどうなのかしら」

「少し食べにくいかな」


 ベンチを用意して座ってもらえば大丈夫だと思うんだけど。


「ランム鳥そのものの数が限られている以上、他の具材を混ぜて嵩増しできる餃子はありだと思うんだ」

「ケーテオ町が求めているのはランム鳥を使った料理でしょう。数を確保できなくてもランム鳥そのものを味わってもらえる料理の方がいいはずよ。卵で嵩を増すならともかく、他の食材を混ぜるのは良くないわ」

「なら卵巻に切り替えよう。肉と野菜を炒めて、卵焼きで包む。これなら作るのも割と簡単だし、焼き鳥用の串を二本くらい刺せば手を汚さずに食べられる軽食になる」

「一回作ってみてくれるかしら。屋台組も呼んでこないといけないわね」

「焼き鳥を頑張ってもらってるところに方針転換を告げるのは気が引けるけどな」

「あの子たちが落ち込まない様にしないといけないわね」


 相談していると、事務所の扉が開いてメルミーが入ってくる。


「薪割り終了。野菜も共用倉庫と宿に振り分けておいたよ」

「お疲れ様。テテンの燻製は?」

「いまモクモクとやってるよ」


 黙々とね。元日本人の俺にしかわからない掛詞である。

 メルミーはキッチンからコップに水を入れてきて、ソファに座り込む。


「もう大変だよ。子供たちも走り回るし――って、孤児院の冬支度まだだ!」

「午後にしておきなさい。毛布の運び込みもあるし、体力が持たないわ」

「そうするー。アマネ、お昼食べたいよー」

「お腹を空かせた小鳥か何かか。もう少し待っててくれ。応募してくれた医者とコマツ商会に手紙を書くから」

「お医者さん、見つかったんだ。良かった良かった」


 今からなら初雪が降る前にタカクス村に着けるだろうし、本当に良かった。

 俺が便箋を用意していると、リシェイが筆記具を持ってやってきた。


「私が書いておくから、さっき言っていた卵巻を作って。メルミー、宿に行って屋台組の二人を呼んできてもらえない?」

「もらえるともさ。メルミーさんは働き者だからね」

「ならお願い。報酬はアマネの新作手料理よ」

「走って呼んでくるよ」


 そんなに魅力的な報酬とも思えないんだけどな。

 出かけていくメルミーを見送って、俺はキッチンに入る。

 取れたて卵を容器にあけて、殻が入っていないのを確認し、野菜とランム鳥のささ身を出す。

 フライパンを火にかけて野菜とささ身を軽く炒め、溶いた卵を入れる。後はオムレツの要領で炒めた野菜とささ身を薄く焼いた卵で包むだけだ。

 包むと言ってもオムレツとは少々異なる。どちらかという春巻きの方が包み方は近い。

 フライパンと俺しか使う事のない菜箸で具材を包む。

 皿の上に移した頃には長方形の卵巻が完成していた。


「――相変わらず、信じられないほど器用ね」

「……メルミーお姉さまでさえ、使えない、それは神器」

「テテンお帰り。菜箸は神器じゃないぞ」


 いや、台所三種の神器と言えない事もないと言うのは過言だろうか。

 卵巻に串を二本打ってやる。前世で慣れ親しんだアイスバーみたいに串を持ってみると、アツアツの卵巻も食器を使わず難なく食べられる。


「よし、行けるな。後は味付けか」


 さっきのは練習がてら調味料を使わなかったからな。


「菜箸を使わなくても作れるのよね?」

「卵焼きを皿の上に乗せてから包めばいいだけだから、いけると思う」


 フォークでちょちょいとやれば熱いうちに包めるだろう。菜箸より効率は悪いけど。菜箸さんったらマジイケメン。

 まずは焼き鳥用のたれを少し薄めて、卵巻に付けて食べてみる。及第点ってところか。


「私にも食べさせて」

「ほい」


 卵巻をリシェイに渡し、新しい物を焼くため準備する。


「美味しいわね。私はもう少し甘い味付けの方が好みかしら――テテン、何で固まってるの?」


 リシェイの不思議そうな声に振り返ると、テテンがリシェイを指差して口をパクパクしていた。酸欠の魚である。

 リシェイが首を傾げて、食べ切ってしまった卵巻の名残串を見る。


「心配しなくても、いまアマネが新しいのを焼いてくれてるから、食べられるわよ?」

「た、食べかけを、やりとりとか、夫婦か……!」


 あぁ、そこか。

 でも、鍋つついたりもするし。


「いまさらだな」

「いまさらね」

「なん、だと……」


 衝撃を受けた様子でふらついたテテンを見て、リシェイが眉を寄せる。


「テテン、あなたもしかしてアマネの事――」

「いや、それはない……」


 図らずもテテンと否定の声が重なった。

 ですよねー、と言う顔で互いを見た俺たちは、こいつだけは恋愛対象にならないな、という意味を込めて同時に頷いた。

 リシェイが複雑そうな顔をしているけれど、揺るがない事実だから信じてもらうよりほかにない。

 追加の卵巻を作っていると、メルミーがケーテオ町の祭りに屋台を出す二人組を連れて帰ってきた。


「なんか香ばしい匂いだね」

「焦がしダレを作ってみたから、その匂いだろ」


 キッチンに顔をのぞかせたメルミーと屋台組に場所を開けるために、リシェイとテテンが皿を持って事務所に向かう。あの二人には後で感想を聞こう。


「いくつかの味付けを考えてみたんだ。ひとまず、作り方を見せるよ。いきなりメニューを変更してごめん」


 俺は謝りつつ、屋台組に見えるように調理を再開した。




 医者のカルク先生がタカクス村に到着したのは屋台組がケーテオ町に向かった直後の事だった。


「あなたが、カルク先生?」

「如何にも。流れの医者をしておりましたカルクと申します。こちら、コマツ商会さんよりお預かりした紹介状」


 紹介状を受け取り、中身を読む。

 コマツ商会が簡単な素行調査をしてくれたらしく、カルク先生の評判などが書かれていた。

 どうやら、優秀な放蕩者として有名らしく、甘い物が好物らしい。


「なんて書かれてありましたかね?」


 カルク先生は内容に察しがついているらしく、にやりと笑って無精ひげを撫でた。


「おおかた、放蕩者だとか、飴売りだとか書かれてるんでしょうけどね」

「飴売り?」


 そんなことは書かれてな……あぁ、飴を常備してると書いてあった。

 カルク先生は世界樹製の行商の背負い箱を開けて、中から飴を取り出した。


「持ち歩いてるんですよ。甘い物に目がなくて、旅の途中、歩きながらでも食えるようにってんで自作しちまいまして。子供に苦い薬を飲ませる時にも重宝しますがね」


 おひとついかが、と差し出され、つい受け取ってしまう。まさか子ども扱いされているわけではないと思いたい。

 あ、美味しい。


「お嬢さん方もどうだい。なに、怪しいもんは入っちゃいないよ。お近づきのしるしって奴さ」


 なるほど、飴売りだ。

 みんなで飴を舐めつつ、治療院の開設について話す。

 ほとんどは村の中で決まっているため、伝えるだけだ。

 話を聞いたカルク先生はへぇ、と感慨深そうに治療院の設計図を見る。


「若手の建橋家だって話は聞いてますが、それにしても大したもんだね、こりゃあ。ここまでしっかり段取りができてるとは思わなかったよ」

「では、この計画通りに進めましょうか?」

「そうだね。大体はこれでいいんだ。でも、ひとつ注文をいいかね?」

「どうぞ」


 促すと、カルク先生は孤児院の方を指差した。


「あの孤児院に子供が十人ばかりいるだろう。手持ちと発注分の薬だと集団感染した場合に足りなくなる可能性がある。追加発注を頼みたいね」


 カルク先生の言葉を聞いたリシェイが発注書を出してテーブルに置く。


「こちらに必要な物を記載してください」

「読みやすい様式だね。カッテラ都市の物はもっとゴテゴテ字が躍っていた記憶があるけども、どちらかというとヨーインズリーに近い」

「出身がヨーインズリーの孤児院なので」

「あぁ、そうなのかい。道理で。この様式なら書き方は分かるよ」


 カルク先生がさらさらと必要な薬を書いて行く。滅茶苦茶に字が綺麗だ。


「他に注文があるとすれば、診断書の類を保管する場所には鍵が欲しいね。後、これは出来ればで構わないけれども治療院の表に花壇、裏手に薬草を育てられる小さな畑が欲しい」

「手配しましょう。薬草の育て方は御存じですか?」


 リシェイが答えつつ、書棚から薬草栽培の手引書を取り出す。

 カルク先生が俺に視線を向けた。


「働き者の奥さんだね。尻に敷かれ過ぎて鬱血したら治療院においで。良く効く薬を出してやるからさ」

「いえ、結婚してないです」

「あぁ? おっかしいな。見立てを間違えるなんて医者失格だな」


 ポリポリと頭を掻きつつ、カルク先生はリシェイに声を掛ける。


「薬草の栽培方法は知っているよ。ただ、経験がないんだ。方々を歩き回っていたものだから、畑仕事をまともにしたことがない。しばらくの間助手が欲しいね」

「孤児院でも先んじて薬草の栽培を始めているので、子供たちのうち誰かを向かわせます」

「あぁ、助かるよ。薬学を教えても構わないかね?」

「本人が嫌がらなければ、ぜひお願いします」


 医者が増えるのは歓迎だ。これから摩天楼を目指す以上、医者は多いに越したことはない。


「それじゃ、公民館にお邪魔させてもらうよ。休憩室を仮の診療所として借りるよ」

「よろしくお願いします」


 話を終えて、カルク先生が立ち上がりかけた時、事務所の扉が控えめに叩かれた。


「はいはーい」


 メルミーが出迎えに行き、すぐに孤児院の男の子を連れて戻ってくる。ばつの悪そうな顔をした年上の男の子たちも二人いた。


「追いかけっこの途中で転んで膝を擦りむいたんだって」


 メルミーが言うより早く、カルク先生は背負い箱を開けていた。


「坊主、ちょっとそこに座りな」


 カルク先生は怪我をした男の子のズボンのすそを捲って膝を出させると、手早く傷口を消毒してから塗り薬を取り出した。

 カルク先生が薬の蓋を開けた瞬間、独特の臭いが広がり、メルミーが嫌そうな顔をした。


「あれかぁ……」


 メルミーが思わずといった様子で呟く。

 俺もこの独特の刺激臭には覚えがある。じっちゃんと魔虫狩人の訓練をしていた頃、怪我をするたびに塗りつけられた強烈に染みるやつだ。

 あの子、泣くだろうなぁ、と思いながら見ていたのだけど、男の子はメルミーの反応にきょとんとした顔をするだけだった。


「はい、いっちょあがり。かさぶたは剥がすなよ」


 カルク先生が薬を背負い箱に仕舞いこみながら、男の子を見る。


「染みなかったろ?」

「うん」


 染みないのかよ。いいなぁ。あれ、泣きっ面に蜂かと思うくらい染みて痛かったのに。

 カルク先生は男の子の返事に気を良くしたのかにやりと笑った、


「特製だからな。切らしてるときは染みる奴を使うから、怪我しないように遊びな」

「うん」


 男の子を送り出して、カルク先生も立ちあがる。


「では、お暇させていただきますわ。今後ともよろしく頼んます」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 なんだかんだで、すごく腕のいい医者が来てくれたようだ。



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