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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第十一話 医者の手配とケーテオからの依頼

 昼の休憩を兼ねて、リシェイ達と雑談をしていると、事務所の扉が叩かれた。


「村長、ちょっとよろしいですか?」

「アレウトさん?」


 孤児院長でもあるアレウトさんが扉の前で一礼する。

 もう冬の気配も近付いてきている。昼過ぎとはいえ、外は冷たい風が吹いていた。


「中へどうぞ」


 俺にどこかの現場へ向かって欲しいというわけでもないようなので、アレウトさんを事務所に通す。

 ソファに座って向かい合ったアレウトさんは、温かいお茶を運んできたリシェイに礼を言ってから本題を切り出した。


「子供が怪我をしまして」

「またですか」


 孤児院ができてからというもの、村の中で怪我人が度々発生していた。怪我人のほとんどは子供達で、寒さを吹き飛ばさんばかりに駆け回った上で転んですりむいたという事例がほとんどだ。

 アレウトさんが頭を下げる。


「この短期間で何度もお手を煩わせて申し訳ありません。わたくしの監督不行き届きです」

「いえ、アレウトさんが頑張っているのは知っています。子供たちが怪我をするのは避けられませんよ。今回もそう深刻な怪我ではないんでしょう?」

「幸いなことに、かすり傷です」


 それなら村にある塗り薬とかで対応可能だろう。孤児院には子供たちが怪我をするだろうことを予想して、簡単な薬箱も用意してある。

 アレウトさんが窓の外を見た。


「そろそろ子供たちも寒さに負けて室内で遊び始める頃だと思います。怪我人は減るはずですが、風邪などが心配で、今日お邪魔しました」

「風邪ですか」


 子供の風邪はちょっと気を抜けない事態になる。

 ただでさえ集団生活をしている孤児院は、一人が罹患すると一気に広まりかねない。

 リシェイが俺の隣に座った。


「十日前にも風邪を引いた子がいたわよね」

「あぁ、ちょっと騒ぎになったね」


 メルミーがリシェイの言葉に頷いた。

 かなり高い熱が出たため、急いで医者のいるケーテオ町まで連れて行ったのだ。

 別の枝にあるケーテオ町までは片道で丸一日かかるため、かなり慌ただしく出発した。

 医者の話では熱は高くとも心配はないとの事で、ケーテオ町の治療院でしばらく安静にするように、との話だった。

 アレウトさんが口を開く。


「明日、様子を見にケーテオ町まで誰かを向かわせると聞いています。そこで、冬までにタカクス村に治療院を開設する事は出来ないか、ケーテオ町のお医者様に相談してもらいたいのです」

「治療院か」


 俺はリシェイを見る。

 治療院の必要性は今までにも何度か訴えがある。

 タカクス村には医者がおらず、最寄りの医者は片道一日のケーテオ町、そこがダメなら二日かかるカッテラ都市だ。

 急患には対応できないし、産婆の類もいない事が夫婦者の間の悩みになってもいる。

 赤ん坊は突然具合を悪くすることも多いから、医者まで片道一日というのは改善すべき点ではある。

 リシェイは一も二もなく頷いた。


「建てましょう。人も増えて、子供もいるのだから、絶対に必要な施設よ」

「となると、医者の手配と薬の購入経路の確立が問題になるか」


 ケーテオ町の医者が伝手を持っていると良いんだけど。


「もう冬も近い。ひとまず手配を済ませて、医者と薬を確保した上で公民館を仮の治療院にしよう。明日、俺がケーテオ町に風邪を引いた子の迎えに行く」


 この案件は冬支度の前に片付けておきたい。


「冬支度のうち、薪割りを今の内から進めておく。メルミーはテテンと協力して薪の確保と治療院建設に使う木材の確認をしてくれ。乾燥させた木材が公民館の共用倉庫にあったはずだ」

「分かった。多分足りないだろうし、コマツ商会へ発注する事になるかな?」

「まだ設計図ができてないから、あくまでも確認だけを頼む。リシェイは薬の手配かな。俺が不在の間に行商人が来ると思うから、相場を聞いておいてほしい」


 不足した建材の発注も薬の発注も、俺が帰ってきてからまとめて行う事になる。

 リシェイは書棚から資料を取りだす。


「治療院となると薬剤の使用期限もあるし補助金を出さないといけないはずよ。年間鉄貨百枚は見積もった方がいいわね」


 そう言ってリシェイが俺の前に並べた資料は、かつてリシェイがヨーインズリーの虚の図書館で独自にまとめていたヨーインズリーの古い経営資料だった。

 他にも世界樹東側におけるいくつかの村や町が公開している経営資料から、治療院に関する記載を一つ一つ示してくれる。

 ヨーインズリーの資料は古いため当てにはならないものの、他の資料を見る限り補助金として鉄貨百枚というのは妥当な判断だろう。


「ケーテオ町でも聞いてみるよ」

「お願いね。ここにあるのはあくまでも過去の資料であって、実状とはそぐわないはずだから」


 その日の内に相談事項をまとめて、翌日、俺はケーテオ町へ出発した。




 ケーテオは村から町になったばかりだが、人口は三千人を超えている。

 人口過密状態が問題となっており、急ピッチで別の枝への橋架けが行われているところだ。

 ケーテオ町は住人のほとんどが農業を営み、外部、特にカッテラ都市へ農作物を輸出する事で成り立っている。

 しかし、雪揺れの影響で住む場所を失った人々を大量に受け入れたことで問題が表面化してきていた。

 俺はケーテオ町の入り口に立つ。すでに内部の喧騒が届いてくる。のどかなタカクス村の雰囲気に慣れた身からすると騒がしく感じた。

 ケーテオ町は起源が古いそうで、横のつながりが外部に広く伸びている。どこの町にもケーテオ町の縁者がいるとも言われるほどだ。

 それだけに、雪揺れ被害で家を失った親戚に訪ねてこられては受け入れざるを得なかったのだろう。


「広い畑だな」


 この畑があるから、これほどの人口過密状態でも食料を賄えているのだろうけど、農作物の輸出で資金を稼いでいたケーテオ町にとってはかなりの痛手だろう。

 俺は喧騒を後目にケーテオ町の奥、治療院へと向かう。

 清潔な印象の白塗りの壁、アクセント代わりに無垢材の世界樹が角を飾った治療院は大いに賑っていた。

 治療院が賑っているのはとても歓迎出来る事ではないけれど、これほどの人口過密状態では風邪が蔓延するのもさぞかし早かろう。

 ウチの村の子が持ってきた風邪なら申し訳ないな、と思いながら治療院に入る。


「また喧嘩かい!? 歩けるんなら外で待ってな!」


 俺を見るなり怒声を飛ばしてきた看護師らしき女性に面食らいつつ、来訪の要件を告げる。


「タカクス村の者です。ウチの村からケキィって女の子が風邪でここにご厄介になってるんですが」

「ケキィちゃんの? あぁ、すまんね。ここんところ若い連中が喧嘩騒ぎばっかり起こすもんだからつい勘違いしちゃって。いやほんと、失礼した。申し訳ない」


 平謝りする看護師をなだめつつ、視線を待合室の患者に向ける。

 青あざを作った者がいたり、口を切ったらしき者がいたり……。

 ようするに、彼らが看護師の言う喧嘩騒ぎを起こす若い連中なのだろう。

 他所から人が入ってきて人口過密状態になったため、跳ねっ返り連中が衝突したといった所か。規模が大きいとこういう喧嘩騒ぎも起こるんだよな。


「ケキィちゃんのところに案内しますね。もうすっかり元気ですけど、友達と会いたいって夜に泣く事があって、早く会わせてあげてください」

「そうします。それと、お医者さんに相談があるのですが、ケーテオ町長にお話を通した方がいいですか?」

「そうですね。でも、うまく捕まえられるかな。今すごく忙しそうにしていて……。忙しいのはうちも同じなんですけどね」


 肩をすくめた看護師さんが意味ありげに待合室を見る。


「大盛況ですもんね」

「えぇ、ほんとう」


 病室に案内されると、ベッドの上で退屈そうに人形を弄っていた赤髪の女の子がこちらを見て瞳を輝かせた。


「アマ兄さん!」


 ベッドから飛び降りて抱き着いてくるケキィの様子を見れば、すっかり具合がよくなったことが分かった。

 この世界の医療技術はかなり高い。

 寿命千年だけあって一人が築き上げた技術や知識が長く保持されるため、継承される精度が高いのだろう。民間療法であっても経験則がバカにならない信頼度だったりする。

 専門の医者ともなればなおさらで、幅広い知識と技術を持つ。

 ケキィを抱き上げて肩車をしてやりながら、俺は看護師を振り返った。


「治療費と入院費は事前に払ってあると聞いていますが」

「えぇ、頂いてますから、このままお帰り頂いても大丈夫ですよ。ですが、町長と院長にお話があるのでしょう? ここで待っていてくだされば、探してきます」

「いいんですか? その、今はお忙しいのでしょう?」


 あの待合室の感じだと、昼休憩も取れるかどうか、といった感じだと思うのだけど。

 看護師さんは廊下に誰もいない事を確認してから、内緒ですよ、と言って教えてくれた。


「昨晩、町長から話が来たんです。軽傷患者は待合室に押し込めておけって。待合室の中で暴れるほどの世間知らずがいても大丈夫なように、魔虫狩人を見張りに立たせておくから、喧嘩をした若者たちが少しずつでも話せる状況を作ってほしいそうです」


 そういうやり方か。

 町中で散発的に暴れられるより、魔虫狩人という鎮圧用の戦力がいる治療院の待合室で暴れてもらった方が対処もしやすい。

 加えて、治療院が一杯という状況を作っておけば、若者たちは喧嘩をした際に運びこんでもらえる先がないため、派手な喧嘩をしにくくなる。

 実際は軽傷患者ばかりでいくらでも後回しに出来るから、急患には対応できるように町中のパトロールなども強化されているのだろう。

 こんな対処方法もあるのかと少し勉強させてもらった気分だ。


「それでは、ご厚意に甘えさせていただきます。よろしくお願いします」

「はい。院長にも声をかけておきますので、すぐにこちらへ来られると思います」


 そう言って、看護師さんは笑顔で病室を出て行った。

 ケキィの遊び相手をしてしばらく暇をつぶしていると、この治療院の院長がやってきた。


「お待たせしました。当治療院の取りまとめをしております」


 院長とあいさつを交わし、ケキィに絵本を与えて遊ばせつつさっそく用件を話す。

 医者を探している事を告げる頃にはケーテオ町長も合流して、男三人顔を突き合わせて話し合う。

 話をすべて聞き終えた町長は部下に便箋を持ってくるように伝えてから俺を見た。


「ケーテオ町には手の空いている医者がおりません。タカクス村の発展ぶりは聞いておりますし、早期に医者が欲しいのも分かりますから、カッテラ都市とヨーインズリーに募集広告を出してはいかがでしょうか?」

「広告、ですか?」


 そんなもの出せるのか。

 ケーテオ町長が院長を手で示す。


「この者も含め、ケーテオ町に現在住んでいる医者は皆、ヨーインズリーから来た者達です。ヨーインズリーは学術都市ですから、医者が足を運んで最新の技術や症例を閲覧するんですよ。そういった者達の中には流れの医者もおりますから、その者達の目に留まるように募集広告を打つと良いでしょう」

「なるほど。そういえば、虚の図書館に医療関係の書籍もありましたね。出入りする人も見かけました」


 あの人たちすべてが流れの医者というわけではないだろうけど、医者を相手にピンポイントで募集を掛けられるのだとすれば効果も出てくる。


「ありがとうございます。参考になりました」

「なに、大したことではありませんよ。治療院の運営についても聞いて行きますか?」

「ぜひ」


 治療院の運営ノウハウを聞き、メモ書きにペンを走らせる。

 リシェイの見立て通りに維持費は年間鉄貨百枚程度で済みそうだ。住人が増えれば必要な薬も多くなるため増加していくだろうけど、薬草などはある程度育てることができるという。


「村や町によっては孤児院の畑を薬草畑にしたりもしますね。薬草の類は手は掛かりますが子供達が一日中交替しながら世話ができますし、面積が小さくてもきちんと利益が出る。その上、手がかかる薬草を育てていたという実績があれば他所の村や町へ行っても畑仕事にすぐ振り分けてもらえるので」


 すぐにメモに書き記す。

 孤児院で育てやすい薬草についても教えてもらった。他にも、使用頻度の高い薬なども聞いてはメモを取る。

 こんなにいろいろ教わってしまって、なんだか悪い気分だ。

 そんな俺の考えを察してか、ケーテオ町長が口を開く。


「ところで、タカクス村はランム鳥を育てていますよね?」

「えぇ、現在卵を産んでいるモノだけで九十羽ほどを飼育しています」


 若鳥やヒナも含めるともっと多くなる。

 飼育員もマルクトだけでは足りなくなって、六人に増やしてある。

 ケーテオ町長は待合室の方を指差した。


「御覧の通り、現在わが町は人口過密状態でして、喧嘩も起きている。そこで、一度大きな祭りを行って息抜きをさせたいのです」

「祭り、ですか。それこそ喧嘩が頻発するのでは?」

「そうです。ですから、酒を極力出したくない。酒を出さずに貧相でない祭りを行おうとすると肉の類が欠かせない」

「タカクス村からランム鳥の肉を輸入したい、と?」

「その通り。可能なら、調理が得意な者も二人ほど寄越していただきたい。祭りの期間だけでいいのです」


 ようは、屋台を出してほしいのだ、とケーテオ町長が言う。

 収益はこちらのモノで、本当にただ屋台を出すだけである。

 赤字になる可能性もないわけではないけど、ランム鳥の肉は周辺地域で高値止まりしている状態が変わっていない。タカクス村の特産品だ。

 まず、赤字にはならない。


「タカクス村はランム鳥で臨時収入を得られる。ケーテオ町は産地直送で安くランム鳥を食べることができる。双方に益がありますね。分かりました。一度村に戻ってから手紙を出します。祭りの客がどれくらいになるかの見積りだけお願いしてもよろしいですか?」

「すぐに持って来させましょう。いやはや、アマネさんがいらしてくれて助かった。町長という立場上、今のケーテオ町から離れるわけにはいかず、失礼ながら手紙でお願いする事になるかと悩んでおりましたので」

「今度からは手紙でも構いませんよ」


 忙しいのだからしょうがない。

 祭りの予定なども大まかに話し合い、今年の内に祭りを行う事が決まった。


「アマ兄さん、お祭りするの!?」


 祭りと聞いて目を輝かせているケキィには悪いけど、君は参加できないんだ。ごめんよ。




 ケーテオ町から帰ってすぐに、ケキィを孤児院に届け、事務所に戻る。


「ただいま。ちょっと仕事が立て込むけど、先に留守中の報告を聞いていい?」


 コートのボタンをはずしながら訊ねると、リシェイがハンガーを準備しながら歩いてきた。


「行商人との売買記録はすでに帳簿に記載済みだから、後で見ておいて。薬の相場に関しての話は行商人もあまり扱った経験がないからあてにしないでほしいと言っていたけど、おおむね、過去の資料と合致してる」

「相場の変動はほぼなしって事か。ケーテオの治療院でいろいろ聞いてきたから、後で突き合わせよう。他には?」

「特にないわね。テテンが冬支度に必要な燻製の数を早めに決めてほしいそうよ。今回はマトラの根でも作るのでしょう?」

「そうだな。明日にでも会議を開こうか」


 リシェイが俺からコートを受け取り、埃を払ってからハンガーにかける。その間に俺は着替えを済ませ、事務所の中に入った。


「メルミーとテテンも聞いてくれ。いくつか報告がある。ヨーインズリーに医者を募集する広告を出す件と、ケーテオ町の祭りに屋台を出すことが決まった件だ。かなり忙しくなるぞ」


 冬支度までにすべて終わらせなくてはならない。

 あわただしい秋になりそうだった。



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