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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第十話  公園

「アマ兄! 今ひまー?」


 事務所の窓から声をかけてきたのは孤児院にやってきた男の子の一人だ。年齢は七歳、遊びたい盛りだけあって、村の中を回って遊び相手を探しているらしい。


「仕事中だよ。昼過ぎまで待ってろ」

「はーい」


 元気よく返事をして、男の子はタタタッとどこかへ駆けていく。

 事務所で議事録をまとめていたリシェイが顔を上げる。


「懐かれてるわね」

「口やかましく注意したりしないから、舐められてるだけだって」


 孤児院であの男の子たちと暮らしている年長組の子や、時々様子を見に行っているサラーティン都市孤児院出身の者たちは大人の仕事の邪魔をするなと、孤児院の子たちに口を酸っぱくして言い聞かせている。

 そんなわけで、孤児院の遊び盛り達は俺やマルクトなどの普段孤児院に出向かない年齢二桁のお兄さん枠を遊びに誘っているようだ。


「メルミーさんのとこには来てくれないんだけどね」


 ぼやいたメルミーに対して、テテンが右に同じとばかりに頷いた。


「メルミーが仕事している時は刃物を扱っているし、テテンの燻煙施設は火を扱っているから、絶対に近付くなって言い含めてあるんだよ」


 それでも近付く好奇心旺盛な子もそろそろ出てくる頃だろうけど。

 そして、そんな好奇心旺盛な子が今朝方行われた会議で問題になったのだ。

 リシェイがまとめ終えた議事録を持って俺を手招く。

 俺は窓際にある事務机から中央のソファに移動した。

 リシェイが口火を切る。


「予想はしていたけれど、孤児院が賑い始めて騒音の影響が出てるわ。現状、孤児院の付近にあるのは教会だけで、その教会もやや離して建ててあるから深刻な問題にはなっていないけれど」


 遊びたい盛りの子供たちが集まっているのだ。それはもうやかましい。

 全力で遊ぶのは子供たちの特権みたいなものだし、この世界の人々は神話の影響もあって子供に理解がある人も多い。だからこそ、子供がはしゃぐことによる騒音に対しても比較的寛容ではある。

 ただ、村長の立場としては騒音に苛まれる孤児院周辺の土地利用は慎重に考える必要があった。


「メルミー、地図を出して」


 リシェイが声を掛けると、メルミーが測量した村の地図を出してきた。


「孤児院の騒音が気になるのは、地図の丸で囲んだ範囲だよ」


 孤児院を中心に広がる楕円の半径は十メートル弱か。子供たちが孤児院の中にいてこれなら、外で遊んでいる時間を考えると倍近くまで影響が出ると見積もっていいかもしれない。


「教会は範囲外なのよね」

「孤児院の形状を利用して教会に音が届かない様になってるからな。孤児院が衝立になってるようなものだ」


 それでも、教会側に遊びに来られたら無意味になる。

 リシェイが議事録を開く。


「今朝の会議で上がった問題点は、この騒音問題に加えて、ランム鳥の飼育小屋に侵入する子供の対策よ。マルクトが困ってるわ」

「対策案は柵で飼育小屋を囲む、だったか。実行したとして、効果がどれくらいあるかは疑問視されてたよな」


 柵があっても平気で乗り越えるだろ、とは子供の頃やんちゃをしていたらしいビロースの言葉である。やけに説得力があった。


「子供たちとしてはどこで遊んでいいのか分からないから、好き勝手しているんだと思うんだよね」


 メルミーが言う事にも一理ある。

 どこに入ったら叱られるのか、どこでならどんな遊びをしていいのか、そう言った事が全く分からないでいるのだ。

 リシェイも思うところがあったのか、頷いて口を開く。


「私もヨーインズリー孤児院で先輩にあたる人たちに面倒を見てもらいながら、どこで遊んでいいのか学んでいたんだと思うわ。叱られた経験がなくても、どこに入ったら怒られるのかは小さい子でも理解していたもの」


 タカクス村孤児院は出来たばかりで、当然先輩にあたる孤児院出身者がいない。

 サラーティン都市孤児院出身の住人たちがよく子供たちの下へ行っているのも立ち入り禁止の場所を教えるためだけど、普段から面倒を見ているわけではないから言葉が軽んじられているのかもしれない。

 大人でさえ、見ず知らずの赤の他人に注意をされたら反発心を抱いたりする。冒険心という名の爆弾を抱えた反抗期の子供となればなおさらだろう。

 その結果がランム鳥の飼育小屋に忍び込んで叱られるというのなら青春の一ページと言えなくもない。迷惑を掛けられる側としては対策を打つけど。


「話をまとめると、子供たちは気ままに遊べる場所を探している途中で、確実に叱られるかの確認としてランム鳥の飼育小屋に侵入して悪戯しているって事だよな。根本原因は遊び場所がないって点にあるわけだ」

「つくっちゃおうぜー」


 あっさりと言ったメルミーが、具体的な案を口にする。


「公園とか、運動場とか、広場とかさ」

「そう言えば、ビューテラームの教会前にも広場があったな」


 イタリアのカンポ広場を思い出させる景色だった。

 教会の側にはもれなく孤児院があるし、あの広場も最初は子供たちの運動場としての側面があったのかもしれない。


「騒音の問題があるから住宅用地にはできないし、公園にしてしまうのが無難か」


 広場にしようにも、タカクス村は別の枝に橋を架けたこともあって土地が余っている。広場が欲しければそこらじゅうにありますよ、状態だ。

 公園は遊ぶ場所という建設目的がはっきりしている場所だから、子供たちも安心して騒げる。


「孤児院を挟んで教会の反対側に公園を作ろう。遊具に関して意見はあるかな?」


 俺はリシェイ、メルミー、テテンを見回す。

 テテンが自嘲を込めてハッと鼻で笑う。


「……引き籠りに、聞くなし」


 なんでドヤ顔してんだよ。


「リシェイとメルミーは何か意見ある? 遊具そのものじゃなくても、設置場所とかさ」


 俺はこの世界でまともに公園遊びをした経験がない。公園そのものは見たことがあるし、前世の記憶もあるのでブランコなりなんなり作る事は出来るけど、この世界の女の子が何をして遊ぶかとなるとちょっと分からない。

 サラーティン都市でフレングスさんに弟子入りしていた頃は近所の女の子のおままごとに付き合ったりはしてたけど、外遊びまではしなかった。外に出るともれなく近所の悪がき一同が集まってきて弓を教えろとせがんできたからだ。


「滑り台は数人が滑れるように坂部分を広くしてほしいわね。男の子に占領されることがよくあったわ」


 リシェイが子供時代を思い出しながら言う。リシェイの子供時代とかちょっと興味ある。


「メルミーさん的にはブランコかな。立ち漕ぎできる奴で」


 立ち漕ぎね。メルミーの子供時代のやんちゃっぷりが眼に浮かぶよ。


「反動付けて飛び降りたりとかな」

「あぁ、それもやったよ。危ないからやめろって怒られたねー」


 そりゃあそうだ。着地地点は適度な硬さの土ではなく、デコボコした樹皮だから、怪我をしたら大変だろう。

 転んだりするのはしょうがない事だし、転んでも怪我しにくいように子供達には長袖長ズボンを着せるのが定番だけど、危険なことを黙認するのは別問題である。

 遊具について決定し、孤児院の側に場所を決めた俺は、遊具の配置個所などを決めるために作業部屋に入った。

 製図台を準備し、地図を出す。


「さて、どこにどう設置しようかなっと」


 遊具と遊具の間はある程度離す必要がある。遊具同士の接触事故なんて論外だし、遊具で遊んでいる子供達を見守る保護者が視線を通しやすいようにしなくてはならない。

 また、子供の方も死角から次の利用者がやってくると気付かず接触事故を起こすことがある。

 例えばブランコだ。大概の場合、ブランコの周囲には柵がめぐらせてあり、側面から次の利用者がやってくるよう動線を限定している。正面や背後から利用者が来ると揺れるブランコとの接触事故を起こしてしまうのだから当然だ。

 ブランコの振り子運動のように遊具は少々特殊な動きをする物が多いから、柵を用いた動線の限定は重要な設計項目になる。

 保護者がすぐに子供を安全域に連れ戻せるように柵を設置するのも重要だ。保護者が「動くな」と注意しても動き回る子供は多いため、実力行使してでも連れ戻さなくてはならない場面が絶対にある。そんな時、柵を一々迂回していたら間に合わない。


「子供が簡単に乗り越えたり潜り抜けたりできず、それでいて開放感のある柵のデザインだよな」


 開放感のある柵って字面は矛盾してるよな、と思いつつ、俺は柵のデザインを紙の端に試し書きする。

 服が引っかかったりしないように、体をぶつけたりしても大丈夫なように曲線を多用したデザインが主になる。

 あれこれと試行錯誤して、柵のデザインを定めた後、ブランコの揺れる範囲などを考慮しつつ柵の配置場所を決めていく。

 基本は遊具の周囲、可動範囲内に近付けないようにするところからだ。


「アマネさんや、どんな感じーかねー」


 お茶を運ぶついでに設計図を見に来たメルミーが、お盆を机の上に置いてから俺に後ろから抱きついてくる。

 俺の頭に顎を乗せて設計図を覗き込んだメルミーはふむふむと感心するように頷いた。メルミーが顎を引くたびに乗せられている俺の頭も揺れる。

 納得の様子を見せたのも束の間、メルミーは不満そうな声を出してブランコを指差した。


「この吊り紐の長さじゃ立ち漕ぎ出来ないじゃん」

「子供ならできる。まぁ、反動をつけて飛び降りるには速度が出ないように細工するけどな」

「ブランコの醍醐味なのに」

「危ない事はさせない。遊具ってのは子供を泣かせる要素を徹底的に排しつつ楽しんでもらうものだ」


 文句を言っていたメルミーも、子供に危ない事をさせたくないという点では一致しているため、口を閉ざす。


「メルミーさんも遊びたかったんですけどー」

「いい大人だろ。別の事で遊びなさい」

「大人の遊びをアマネが教えてくれるの?」

「なんでそうなる。子供たちの教育に良くないだろうが」

「わぁー教育に良くない事される―」


 頬に手を当ててわざとらしくもじもじするメルミー。

 真昼間から何を口走っているのか分かってるんだろうか。

 まったく一度押し倒して驚かせてみようか。

 そう思った矢先、作業部屋の扉が勢いよく開かれた。

 メルミーと一緒に扉を見ると、無表情のリシェイが立っている。


「メルミー、アマネの仕事の邪魔をしないで。ただでさえ子供たちの相手をしていて仕事が滞りがちで、この二日、寝る時間が遅くなってるんだから」

「えっ、そうなの!?」


 メルミーが俺の顔を覗き込んでくる。近いんですけど。

 まぁ、リシェイの言う通り昼食後は子供たちと少し遊んでから仕事を再開するから、今までよりも就寝時間が後にずれ込んではいる。

 リシェイは作業部屋に入ってきてメルミーの腕を取り、事務室へ連行していく。


「今日の仕事はその公園の設計だけだから、今晩はゆっくり寝られるはずよ。誰にも邪魔させないから、ゆっくり仕事を続けていいわ」

「そうはいっても、これから子供たちが来るだろ」


 遊ぶ約束をしているから、呼びに来るはずだ。


「子供たちが来たら事務室に待たせておくわ。ちょうど元気が有り余っている人手を捕まえたところだし」

「リシェイちゃーん、メルミーさんの手首で握力を鍛えるのはやめておくれよー」


 メルミーの抗議を聞き流して、リシェイはそのまま事務所へ戻って扉を閉めた。




 公園が完成すると同時に院長であるアレウトさんが言葉巧みに子供たちを誘導し、子供たちは公園で遊ぶようになった。

 公園に遊具があるからか、事務所に遊びに来る子がいなくなり、一抹の寂しさがある。

 遊具の取り合いになるくらいなら初めから誰も呼ばない方がいい、子供だけで遊ぼうぜ、というところだろうか。


「飼育小屋も静かになったのか?」


 事務所にランム鳥の飼育記録を提出に来たマルクトに訊ねる。

 マルクトは晴れ晴れとした顔で頷いた。


「えぇ、柵を設置した当初はまだ男の子がちらほらやってきて、その度にランム鳥たちが騒いでいましたが今はすっかり静かなものです。実にありがたい」

「お、おぅ。その、誰も来なくなってさびしいな、とかいう気持ちはない?」

「えぇ、まったく。ランム鳥たちに囲まれて、とても幸せです」


 そういう奴だよね、君は。



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