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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第九話  孤児院完成

 孤児院は予定通りに教会の隣に建設された。

 孤児院長でもある司教が行き来しやすいように、教会そのものと一体化させたデザインの孤児院が都市などでは一般的だが、今回建てたタカクス村孤児院は完全に教会とは別れた建物だ。

 行き来が面倒になる事は孤児院長になる司教ことアレウトさんに許可を取ってある。


「渡り廊下一つでもあると、せっかく完成している教会の外観を崩しかねませんからね」


 とは、アレウトさんの言葉だ。

 これから結婚式場として売り出していく関係上、教会は完全に独立した建物であった方が良いという判断は村の総意でもある。

 そんなわけで、孤児院もまた独立した建物になり、アレウトさんが教会にいる間の世話役兼子供たちのお目付け役として、アレウトさんが連れてきた目端の利く年長者が二人体制でつくことになった。

 どこまでやんちゃ盛りの子供たちを制御できるかは分からないけれど、制御しやすいように建物を作ることは可能だ。


「――外壁の塗装も終わりましたよ」


 最後の仕上げを終えた職人さんが声をかけてくる。この世界の職人さんにしては珍しく腰の低い人だ。


「面白い塗り方をさせていただいて、大変勉強になりました。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、おかしな注文をしてすみません。いい仕事をしてくれて、感謝しています」


 俺は出来上がったばかりの孤児院を見る。

 外観は、赤レンガの建物だ。

 もっとも、粘土どころか土でさえ貴重なこの世界でレンガなど焼けるはずもない。


「架空の素材を組み上げて作ったように見せる外壁の塗装。最初に聞いた時は何の事だかわかりませんでしたが、こうしてみると実に面白い。うちの工務店の仕事事例としてスケッチを飾ってもいいですか?」


 本人としても満足の仕上がりなのか、職人さんが提案してくる。

 俺としても、村の名前が売れるのでありがたい話だ。


「どうぞ。所在地としてタカクス村の名前をお忘れなく」

「心得ていますよ」


 スケッチを始める職人さんの横で、孤児院を見上げる。

 コの字型の孤児院は軒先の長いこけら屋根が乗っている。壁面は木材だが、丁寧に浮彫を施した上で塗装を行っており、俺が説明した赤レンガの質感がよく表現されていた。

 コの字型の直角部分は円柱の背が低い塔の形になっており、やや高い位置に嵌め殺しの窓がある。


「おや、完成しましたか?」


 アレウトさんの声が背後から聞こえてきて、俺は振り返った。


「つい先ほど、完成しましたよ。気に入りましたか?」


 感想を聞くと、アレウトさんは孤児院を眺めてふむ、と頷いた。


「明るくて温かみのある色合いですね。壁面の材質は何です?」

「木材ですよ。塗装で架空の素材に見せているだけです」


 この世界では架空の、ね。

 でも、神話から察するに、レンガの廃墟とか世界樹の下には転がってるんじゃないかな。


「中の確認をしましょうか。ついてきてください」


 俺はアレウトさんに声をかけ、孤児院の中へ向かう。

 コの字の直角部分を結ぶ直線の真ん中にある玄関をくぐると、お目付け役の年長者が入ることになる守衛室が正面に出迎える。

 さほど広くない部屋だが、最低限の家具は入るように設計してあった。

 アレウトさんが部屋を見回す。


「まだ建具や家具は入れてないんですね」

「建具はこれから順次入れていく形になります。明日の内には終わると思いますよ。家具の方はいま、メルミーが作ってます」


 三段ベッドなどの大型家具は輸入すると輸送費がかなり高くついてしまう。ばらしていてもコヨウ車で運搬するにはかさ張りすぎるからだ。

 高い輸送費を払うくらいなら自作した方がよい、という事でメルミーが気合を入れて作っている。


「家具の完成は早くても二日後でしょう。衣装ダンスなどは先に作ってあるので、もう入れられますけどね」


 カッテラ都市の孤児院から子供たちが到着するまでに整えればよい物を後回しに、すぐに必要になるテーブルなどを作ってもらっている。

 今日の内にカッテラ都市の孤児院へ迎えに行くから、十分に間に合うだろう。

 守衛室から出て、右に向かう。廊下の先には半円状に窓が並ぶ小さな広間があった。

 コの字型の直角部分にある円塔だ。


「ここに机と椅子を置いて休憩スペースにする予定です」

「廊下の接続部分ですが、大丈夫なんですか?」


 アレウトさんが廊下を見て訊ねてくる。

 コの字型の直角部分にあるこの場所は二つの廊下が接続されている。廊下を走って行けば確実にこの場所にぶつかることになる。


「いくつも窓があって外からの視線がありますし、曲がった先には守衛室があります。走り込んではこないでしょう」


 誰だって叱られるのは嫌なものだ。

 この円塔部分は壁面の半分に窓があり、円塔であるために四方から視線が通る。走っている子供がいれば確実に目につくようになっていた。

 円塔部分で廊下を曲がって先に進むと、まず左手に食堂の入り口がある。


「この食堂は向かいの廊下からも出入りできるようになってます。こちら側の棟は調理場や子供たちが使う浴場などの設備、向かいの棟は子供たちの寝室、室内遊技場があります」


 ちなみに畑もあり、コの字型の建物に三方を囲まれた中庭に広がっている。畑仕事を学ぶための小規模な物だけど。

 食堂のほか、調理場や浴場を見せていく。浴場と言ってもお湯で濡らした布で体を拭く程度の物だ。風呂を作るには熱源管理官が必要になる。

 アレウトさんに調理場の使い方などを説明し、畑のある中庭を抜けて向かい側の棟へ移る。


「寝室は男女で分かれていて、孤児院長室の隣に乳幼児用の部屋があります。男女別の寝室は三段ベッドを三つずつ入れる予定です」


 九人までは寝泊まりできる計算だ。男女合わせて十八人。追加でベッドを入れる事も、窮屈にはなるけど出来ない話ではない。

 当面はこの規模で足りるはずだ。

 アレウトさんは天井を見上げたり、壁と壁の距離を大まかに測ったりして頷く。


「天井の高さも十分ありますし、大丈夫だと思います。カーテンも村で作るのでしょうか?」

「織物はちょっと難しいですね。カッテラ都市から輸入する事になると思います。柄とか色とか、希望があればお聞きしますよ?」


 基本的に、孤児院の運営はアレウトさん任せになってしまうし、カーテンなどの希望は可能な限りかなえたい。


「では、お言葉に甘えて」


 アレウトさんからの要望を聞きながら、孤児院を出る。

 外ではアレウトさんが連れてきた年長の子供達や力自慢のビロース達が新品の家具を運んできていた。

 両手でクローゼットを抱えてきたビロースが顎で孤児院を示す。


「家具の配置は事前に決めていた通りでいいのか?」

「あぁ、それで頼むよ。場所が分からなかったら、配置図を見てくれ」

「了解っと。ほら、お前ら、日が暮れる前にあらかた片付けちまおうぜ」


 ビロースが威勢のいい掛け声をかけると、皆が一列になって玄関から家具を入れ始める。物によっては建物の外周を回って部屋の窓から入れてしまった方が早いと判断し、数人は別方向を目指している。

 この分なら、ビロースが言う通り夕方までに終わらせるのも難しくないだろう。

 後の事は実際に住む事になるアレウトさんに任せて、俺は事務所に帰る事にしよう。


「アレウトさん、俺は事務所で権利の譲渡に伴う書類をまとめているので、落ち着いたら足を運んでください」

「分かりました。よろしくお願いします」


 アレウトさんと別れて事務所に向かう。

 事務所の玄関を開けると廊下の右にあるキッチンからテテンが顔を出した。


「……ちっ、帰ってきた」

「ちってなんだよ。まぁ、いいや。メルミーは公民館か?」

「そう……」


 だとするとまだ家具作りの最中か。夕方ぐらいに帰って来るかな。


「そろそろ寒くなってきたし、羽織る物をメルミーに届けてやってくれないか?」


 テテンならメルミーの好感度を上げるために喜んで飛び出していくだろうと思いきや、首を横に振られてしまった。


「……リシェイお姉さまが、行った」

「そっか。まぁ、俺が気付く事ならリシェイが気付いてるものだしな」


 事務室兼応接室に入って、俺は書棚の権利書を探す。リシェイが管理しているだけあってしっかりと整理されていて、目的の孤児院関係の書類はすぐに見つかった。

 席について所有権の移譲手続きに必要な書類に不備がないかを確認する。


「お茶……」

「お、ありがとう」

「リシェイお姉さまに、面倒見ろ、言われた故」

「そっか、そっか、リシェイの口添えがあったからなんだな。帰ってきたらリシェイにも礼を言っておくよ」

「……お姉さまへの感謝、当然だろ、じぇー、けー」


 常識的に考えて、ですね。俺が口走った言葉を聞きかじっただけだから、発音が怪しすぎる。


「――やーやー、メルミーさんのご帰還なるぞ! お茶を持てい」


 事務所の扉が開く音と同時に元気な声が響き、宣言通りにメルミーが帰ってきた。後ろにはリシェイの姿もある。


「早かったな。夕方まで作業しているかと思ったんだけど」

「孤児院に家具を運び込むっていうからさ、あの場で作業してても邪魔になっちゃうんだよ。だから明日に作業再開って事にして、職人組は解散したの」


 テテンからお茶を受け取りながら、メルミーが説明してくれる。

 家具を保管していた共有倉庫はビロース達が出入りして賑っているらしい。

 リシェイは俺が確認している書類を見てから、便箋を取り出した。


「カッテラ都市の孤児院長に準備が整った事を知らせる手紙を書いておくわね」

「頼んだ。迎えにはビロースと誰か魔虫狩人を向かわせるよ」

「そうね、道中の安全確保を考えると魔虫狩人がいた方がいいし。けど、女性も入れた方がいいわよ」


 リシェイが言うと、メルミーがうん、うん、と頷く。


「ビロースは強面だからね。子供たちに怖がられちゃうよ。というわけで、若女将を推薦しまーす」

「それだと宿の運営人がいなくなる」


 店主のビロースに加えて仕切っている若女将までいなくなると、宿の運営ができなくなってしまう。


「ビロースの代わりに魔虫狩人を入れて、カッテラ都市に行ったことのある夫婦から一組選んで向かわせる形になるかしら?」

「問題は誰にするか、だけど」


 リシェイと顔を見合わせる。

 同じことを考えていたらしく、俺は一つ頷いて後を任せた。


「これで決まりね」


 カッテラ都市に向かってもらう五人の名前を書いた紙をリシェイが見せてくれる。

 魔虫狩人が三人に、村の最初期メンバーでもある夫婦が一組。夫婦は俺とリシェイを加えた四人で一度カッテラ都市に行き魔虫素材を売却したことがある。

 子供を育てた経験がある者が付いていければよかったのだけど、何しろタカクス村の住人は総じて若く、子育て経験のある者がいない。


「誰か、孤児院出身者を一人付けておいた方がいいかもな」


 集団生活で面倒を見たり見られたりしていた元孤児なら、子供たちをある程度統率できるだろうし。


「サラーティン都市出身の子にしましょう」

「そうだね、まとめ役の子とかいいんじゃないかな」


 リシェイの発案にメルミーが同意する。

 キッチンからお茶菓子を持ってきたテテンも頷く。

 テテンはさっきまでキッチンにいたはずだけど、話をどこまで聞いていたんだろうか。まぁ、無責任に意見を肯定したり否定したりしないから、状況は理解してるんだろう。

 カッテラ都市に行くメンバーに名前を書きくわえた名簿を持って、メルミーが立ち上がる。


「みんなに伝えてくるね」

「頼んだ」


 事務所を出ていくメルミーを見送った。




 カッテラ都市の孤児院から孤児たちが到着したのはそれから五日後の事だった。

 七歳から十二歳ほどの子が十人。生意気そうな男の子もちらほらいるけど、女の子は比較的落ち着いている様子だ。

 カッテラ都市の司教も比較的手の掛からない子を選んだのだろう。

 それでも、生意気盛りの子供達だけあって道中は手を焼いたらしく、案内してくれた魔虫狩人や夫婦は疲れた様子で俺たちに後を任せ、各々の家へ帰って行く。


「村の中が賑やかになる事だけは間違いないですよ」


 すれ違いざまに旦那の方が疲れた声で口にしたこの言葉が嘘や誇張でないと分かるまで、そう日は掛からなかった。



1万ポイント超えました。

応援ありがとうございます。

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