第八話 打ち上げ
新郎新婦を含む結婚式の参加者が全員カッテラ都市へ無事に到着したとの知らせを受けて、俺たちはようやく気を抜くことができた。
「終わってみるとあっという間だったね」
メルミーが脱力気味にソファに体を預けながら呟くと、リシェイが同意するように頷いた。
「反省点はあるけれど、今は喜びましょう」
「報告書のまとめは明日でもいいよな」
さすがに疲れた。すぐに次の結婚式があるわけでもないし、まとめるのは明日にしたい。
「そうね。打ち上げにしましょうか」
新郎新婦が村を出発した一昨日、一足先に村のみんなが打ち上げをしていたけれど、俺たちは新郎新婦が村を出て無事に帰りつくまでは仕事を終わりに出来なかったため、参加していない。
そんなわけで、事務所メンバーでささやかながら打ち上げを行う事にした。
テーブルに置かれるのは、テテンお手製のランム鳥のレバー燻製、メルミーの彫刻が施されたお祝い用木皿に同じくメルミー作の野菜サラダ、ついでに俺の創作料理という触れ込みの地球料理がいくつか。
テーブルを拭いたりテーブルクロスを掛けたり人数分の杯を用意していたリシェイが、席に着いた俺たちを見回す。
「では、結婚事業の第一案件が無事に終了したことを祝して、乾杯!」
「かんぱーい」
杯を掲げて、一口飲む。癖のある少し甘い果実酒だ。結婚式の客用に準備していた予備、それでも足りなかった時用にとリシェイが準備しておいたものである。
リシェイが私費で買った物なので、俺達で開けても文句は言われないだろう。
テテンがあっさりと杯を干し、空の杯をリシェイに差し出した。お酌狙いである。
「このレバーの燻製、美味しいわね」
リシェイはテテンが作ったレバーの燻製を褒めながら、空の杯に酒を注ぐ。ニマニマしているテテンがどちらに喜んでいるのかは分からない。
リシェイが褒めたレバーの燻製を食べてみると、レバー特有の臭みが燻製の香りで抑えられて食べやすくなっていた。少し塩辛いけれど、酒のつまみにはちょうどいい。
メルミーもレバーを食べておぉ、と感動の声を漏らす。
「売り物に出来そうだね」
「内臓系は足が早いから、土産物としては敬遠されがちだし、宿の夜メニューに出せばいいかもな」
橋の見学者が一段落した今も、カッテラ都市を経由して世界樹北部の村や町からランム鳥目当ての観光客がたびたび訪れている。
内臓などの腐りやすい部位はまさしくタカクス村でしか食べられない。売り物としては喜ばれるし、人を呼び込むきっかけにもなる。
気を良くしたテテンが立ち上がった。
「……秘蔵の品、出す」
「秘蔵の品?」
何の話だろ。
リシェイ達と顔を見合わせる。誰も知らないようだ。
テテンがキッチンに消えて、しばらくごそごそとモノをずらすような音が聞こえた後、木皿に何かを乗せて戻ってきた。
「お披露目……」
テテンがテーブルに置いたのはジャガイモに似た根菜マトラをスライスしたものだった。
「マトラの燻製?」
パサついてそうだけど、大丈夫なのだろうか。
一切れ食べてみる。
なんだコレ。
俺はすぐにランム鳥のレバー燻製を口に運び、食べ比べる。味だとか触感だとかは全く食材が違うのであてにはならないけれど、どうしても気になる事があったのだ。
そして、俺の直観が正しかったことを知る。
「香りが違う。なんていうか、香ばしい?」
やや焦げた感じの香ばしさだ。
改めてマトラの燻製を食べてみる。食感からして、ふかしイモとも焼き芋とも違う、やや水分が抜けたほど良い歯ごたえ。ちょうど良い塩気にマトラ本来の素朴な甘さ、味だけなら前世で散々食べたポテトチップスに似ている。
けれど、食感と焦がしたような香ばしさが合わさるとポテトチップスとは全く違った美味しさだ。
「どんな作り方をしたんだ?」
「焦がしたトウムを漬けこんであれこれしたら、できた」
珍しく饒舌に語って、テテンは胸を張る。ちゃっかりメルミーの隣に座って偉い偉いと頭を撫でられていた。テテンの表情がとろけていく。
「そのあれこれの部分、すごく気になるんだが」
「燻製家の秘密……」
一子相伝的な技術にするらしい。でも、多分こいつが末代だ。
まぁ、それならそれでタカクス村の特産品になるとは思うから、別にいい。
「燻製の腕が徐々に磨かれてきたわね」
リシェイもマトラの燻製を食べて、テテンを褒める。
テテンは二人からほめそやされてご満悦だ。
リシェイがサラダを摘まみながら、俺を見る。
「結婚式も終わってしばらくは静かになると思うから、孤児院を建設するなら今の内ね」
「そうだな。明日にでもカッテラ都市に手紙を送ろうか」
すでにカッテラ都市から孤児院建設の資金が届いている。資金の用途は孤児院建設にのみ限定されているし、建設に携わる職人もカッテラ都市の工務店から派遣してもらう事が定められている。
カッテラ都市からすれば、ちょっとした公共事業みたいなものだろう。
タカクス村にいる職人はメルミーの他に数人だけだから、孤児院を建てるには人手が足りない。どのみち他所の工務店に仕事を頼む事になるのだからこちらとしても文句はない。
お金を出してもらっている立場だし。
「もう設計図とかもそろっているし、職人を呼んだらすぐに工事に移れる。ただ、教会の側に建設する形になるから、建設中は結婚式をあげたいって客が来ても諦めてもらうしかないな」
工事期間そのものは一カ月とかからないだろうけど、その後はすぐに冬が来る。実質的に、結婚事業は来年の春まで凍結する事になる。
「今回の結婚式での利益が鉄貨三百枚、参加者が買ってくれたお土産とかの利益も含めて鉄貨五百枚を超えたもの。今回の教訓を生かして色々と考えたいこともあるから、来年までを準備期間だと割り切ればいいわね」
「前向きでいてくれて助かるよ」
メルミーが書棚から帳簿を取り出して「圧倒的、黒字額!」とか叫んでいる。
リシェイがメルミーを振り返り、ふっとシニカルに笑った。
「まだ今月は行商人が来ていないのよ。肥料その他を売却できれば、今月の利益は玉貨三枚に届くかもしれないわ」
「おぉ、なんかすごい事になってきたね」
ランム鳥の数も増えて、卵や肉の売却額も増えたし、人が増えて畑も広がったから野菜類も多く輸出できるようになっている。
着実にタカクス村は発展しているのだ。
ちょっとドヤ顔したくなる。
「そういえば、テテン、さっきのマトラの燻製は売りに出せるのか?」
どれくらいの手間がかかっているか分からないため質問すると、テテンは少し考えてから口を開いた。
「……問題ない。土産も可」
「燻製ランム鳥と一緒に売りに出そうか」
「そろそろ土産物屋もかんがえないとかな?」
メルミーが口を挟んでくる。
リシェイに目を向けると、首を横に振った。
「観光客は月に十人弱、土産物屋として建物一つを作るほどではないわね」
土産物屋は他のお客が買っているところを見せて商品に興味を持たせる効果があるけど、月二十人程度の観光客だと土産物屋に閑古鳥が鳴いているように見えて逆効果らしい。
なんだ、人気ないじゃん、と思われると土産物は終わりだ。
「結婚事業がもっと賑ったら考えましょう」
リシェイが結論を出す。
まずは客を増やすことが最優先だ。
メルミーが杯を揺らしながら天井を見上げる。
「結婚で思い出したけどさ、花嫁さん綺麗だったよね」
「そうね。カッテラ都市の貸し衣装屋からの借り物だそうよ」
「カッテラ都市って貸し衣装屋もあるんだ。テテンは知ってた?」
メルミーが話を振ると、テテンがこくりと頷く。
「……成人の儀」
「成人の儀か。あれも重たい服を着るよね」
着ぶくれしちゃうやつ、とメルミーが笑う。
ここにいるのは全員成人だから、儀式用の服を着た経験がある。
「懐かしいわね。院長に何を贈ろうかとみんなで相談したわ」
「親に仕事道具を贈る儀式だよね。メルミーさんはノミを贈ったよ」
この世界での成人の儀では親に仕事道具を贈り感謝を表す風習がある。木籠の工務店に引き取られたメルミーは店長に、孤児院で暮らしていたリシェイは孤児院長に贈ったようだ。
「リシェイは結局、何を贈ったんだ?」
「私からは剪定ばさみよ。教会で小樹の世話をするときに使うから、と思ったの。百年以内に同じことを考えた卒院生が七人いると知ったのはしばらくしてからだったわ」
「孤児院だと被りはしょうがないよねー」
子だくさん家庭の弊害か。孤児院だけど。
「まぁ、あの孤児院長なら何を貰っても喜びそうだけどな」
「そうね。喜んでもらえたわ」
リシェイはそっと微笑んでから、笑みを隠すように杯を煽った。
リシェイの視線がテテンに向く。
「テテンはどうなの?」
「たらい……」
「たらいって、お風呂場とかにある、アレよね?」
テテンは視線を泳がせながら、こくりと頷く。
メルミーが驚きの表情でテテンを見つめ、恐る恐るというように口を開く。
「もしかして、テテンの実家って湯屋?」
テテンが頷く。
湯屋の娘だったのか。
熱源管理官の養成校に通っていたくらいだから、そこそこお金持ちの家の出だろうとは思っていたけれど、湯屋とは予想外だ。
営業時間中は常時火を扱い、お湯を沸かしている湯屋は熱源管理官が二人はいないと経営できない。営業時間次第では三人体制のところもあったはずだ。
カッテラ都市は燻製を作る者も多く、煤や脂がちょっとした問題になっている。そのため、住人は湯屋を良く利用するし、都市の外からの湯治客も多い。
テテンの実家もそういった客を見込んだ湯屋の一つらしい。
村に招いた時はテテンも、自己判断で行動できる成人だっただけに、俺も知らなかった。
「……三人兄妹の末、だから、家業も継げず。その、適正に難が……」
「も、もういい。なんとなくわかった。何をやらかしたのかは聞かないでおくから」
俺が慌てて遮るとテテンはコクコクと頷いた。
おそらく、趣味がばれたのだろう。メルミーを始め、気にしない者もいるだろうけど、無防備になりがちな湯屋で番頭を務めたりもする娘が百合気質となると客が逃げないとも限らない。
カッテラ都市に広まっている様子はなかったから、実家レベルで話が止まっているんだろうし、無理にテテンに語らせる事もない。
メルミーも何となく気付いたらしく、話題の転換を狙って俺に声をかけてくる。
「アマネの成人の儀はどうだったのさ?」
メルミーの策に乗ろうと俺も口を開きかけて気付く。
俺の成人の儀はちょっと普通じゃない日だった。
「あぁ、えっと、当日にブランチイーターの襲撃があって、緊急だったから成人の衣装のままじっちゃんと狩りに……」
「波乱万丈な出だしすぎるんだけど」
メルミーが容赦なくツッコミを入れてくる。
リシェイがくすくす笑った。
「とんでもない成人の門出ね。摩天楼を作ろうなんて考えるだけあるわ」
「そういう意味ではあのブランチイーターに背中を押してもらったことになるのか」
じっちゃんが仕留めたけど。
「今頃は村も元通りになってる頃かな」
じっちゃんがタカクス村に遊びに来た時点で村の支え枝は完成していたわけだし、建物を壊されたりもしなかったから、村のみんなが戻ってくればすぐに元通りになったはずだ。
俺の言葉を聞いて、リシェイが問いかけてくる。
「里帰りがしたい?」
「摩天楼を作り終わってから堂々とってのもいいかな」
故郷に錦を飾るって感じで。
しかし、リシェイの意見は違うようだ。
「数年以内に摩天楼にはできないだろうから、どこかで暇を見つけて顔を見せに行った方がいいと思うわ。成人式の翌日に魔虫に追い出されるように出発したアマネの事を心配している方もいらっしゃるでしょうし」
言われてみれば、出発した日はみんな疎開の準備に追われていて落ち着いて別れの挨拶もできなかった。
タカクス村が摩天楼になるまで顔を見せないのは、不義理かもしれない。
「リシェイの言う通りかもな。今年は無理でも、暇を見つけて顔を出してみるよ」
みんな元気だと良いけど。