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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第七話  結婚事業

 取水場で汲んできたばかりの冷たい水で顔を洗う。

 身が引き締まる思いというか、眠気が吹き飛ぶ冷たさだ。


「はい、タオル」

「ありがとう、リシェイ」


 さっと渡されたタオルを受け取り、顔を拭く。ずいぶんとフワフワした感触だった。

 パタパタと足音が聞こえてきて、振り返る。


「ヨーインズリーから司教さんが到着したよ」


 メルミーの報告に、リシェイが空を見上げて少し考えた後、俺を見る。


「半端な時間ね。夜通し歩いてきたのかしら?」

「日が昇ってそう時間も経っていないし、その可能性が高いな。先に公民館へ案内して、面会は午後からにしようか」


 徹夜でタカクス村まで歩いてきたのなら疲れているだろうし。

 しかし、俺の気遣いを読んでいたのか、メルミーが司教からの伝言を口にする。


「公民館に案内しようかって申し出たんだけど、先に面会したいってさ。そんなわけで、メルミーさんは司教さんが連れてきた子供達を公民館に送って来るよ」

「分かった。それじゃあ子供たちの方を頼む」


 メルミーを見送って、俺はリシェイと一緒に事務所に戻る。

 面会室にヨーインズリーからやってきた司教が旅装のまま待っていた。


「ヨーインズリーから参りました。司教のアレウトです。このような格好で申し訳ありません」


 アレウトと名乗った司教は二百歳ほど。明るい茶色の髪を短めに切った爽やかな男性だ。細い眼鏡が少し知的な印象を付加していて、知り合いによく相談事を持ち込まれていそうに見える。

 握手を交わし、俺はアレウトさんの前のソファに腰を下ろす。

 アレウトさんは何とも言えない顔で部屋の隅を見た。視線の先には定位置で膝を抱えているテテンの姿がある。


「あれは気にしないでください。置物みたいなものです。村唯一の熱源管理官なんですが、あまり人と話すのが得意では無いので、放っておくほうが本人も喜びます」

「そ、そうですか」


 アレウトさんは対応に困った様子で一度テテンに黙礼し、俺に向き直った。


「改めまして、この度、ヨーインズリーからタカクス村に司教として赴任させていただくことになりました。子供たちともどもご厄介になります」

「いえ、こちらこそ急な話で申し訳なく思っています。まだ孤児院の方も建材の発注を行っている段階で、しばらく子供達には公民館で暮らしてもらう事になります」


 アレウトさんが連れてきた子供たちの名簿を受け取り、ざっと目を通す。年齢は十五から十八歳。


「目端の利く働き者を選りすぐって連れてまいりました。カッテラ都市の司教より、タカクス村の教会は世界樹北部で重要な地位を占めるかもしれない、とのお話でしたから、ヨーインズリー教会の上層部が動きまして」


 そんな大事になってたのか。

 アレウト曰く、結婚式を挙げるのには最適との声がカッテラ都市のみならずケーテオ村の教会からも上がっているという。


「下世話な話になりますが、結婚式は教会の運営上では重要な意味を持っております。端的に申し上げますと、儲かるんですよ。そこで、わたくしがこちらに赴任する事になりました」

「というと、アレウトさんは結婚式を担当した経験が豊富という事でしょうか?」


 二百歳くらいにしか見えないけど。

 アレウトさんはわずかに苦笑する。


「ヨーインズリーを含む東部地域にあるあちこちの教会で式を担当しておりました。若いのだからと足を使わされていたのですよ」


 司教が常駐している教会ばかりではないから、若手のアレウトさんはあちこちに飛びまわっていたらしい。

 やっと一所に落ち着いて仕事ができる、とアレウトさんは息を吐いた。


「それで、肝心の結婚式についてはどこまで準備が整っていますか?」


 タカクス村における初仕事であり、今後のブライダル事業の先駆けでもある今回の結婚式を成功させなくてはならないとアレウトさんは意気込み、準備状況を訊ねてくる。

 リシェイがさっと資料を取り出して机の上に置いた。

 資料をぱらぱらとめくったアレウトさんは二、三の質問を挟んだ後で感心したように頷いた。


「ほとんどの準備が終わっていますね。これは凄い」

「恐れ入ります」

「では、準備ではなく、予行練習をいくつかしておきましょう。当日の動きを理解しておけば失敗の可能性も減らせるでしょうから」


 アレウトさんが到着した事で司教役も揃い、本番に限りなく近い形での予行練習ができる。

 予行練習は村のみんなへの周知も含めて二日後に行うことを決め、段取りをいくつか確認する。

 段取りを決めていると、子供たちを公民館へ案内したメルミーが帰ってきた。

 アレウトさんと自己紹介を交わしたメルミーから「ハロロース」の言葉は出ない。直感的にマブダチになれないと悟ったのだろう。


「――後は新郎新婦役がいれば通し練習ができますね」


 何気ないアレウトさんの言葉にがたりと音を立ててテテンが立ち上がる。いくら新郎新婦のフリだからって女同士でやらせねぇよ。

 リシェイとメルミーもわずかに身じろぎした。

 アレウトさんは面白そうに目を細めて俺を見たが、何も言わずに続ける。


「新郎新婦役はわたくしが連れてきた子共たちにやらせましょう。何人かは結婚式に連れ回して補佐に回ってもらっていましたから、新郎新婦がどんな失敗をするかも頭に入っています。迫真の演技、とまではいきませんが失敗を演出するくらいは出来ますので、対応に慣れるためにもあの子たちに任せます。よろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」


 不満そうな空気がリシェイとメルミーから漂ってくるけれど、今は私情を挟んでいる場合ではないと理解している二人はすぐに矛を収めてくれた。

 そんな二人の様子すら、アレウトさんは面白がるように一瞥してから、意味深な視線を俺に向けて小さく肩をすくめた。


「大筋は決まりましたから、教会の方へ案内していただいても?」

「そうですね。リシェイとメルミーはここを頼むよ」

「わかったわ。予行練習の事をみんなに話しておくわね」

「頼んだ」


 俺はさっさと立ち上がって留守をリシェイ達に任せ、アレウトさんと連れ立って事務所を出る。

 教会に向かって少し歩くと、アレウトさんがこらえきれなくなったようにくすくすと笑いだす。


「なかなか面白い立場にいらっしゃるようですね」

「はたから見ると面白いかもしれないですけど、当事者になるとどうしたらいいのか、どうなっているのかも分からないですよ」


 漫画などにたまについてる人物相関図が切実に欲しい。俺に向いている矢印が不透明すぎてどう対応していいか分からない。


「自惚れではなく、好かれてるのは間違いないと思うんですけど、その好意が友情なのか恋心なのか判断付きかねるところなんです」


 相談すると、アレウトさんは腕を組んで空を見上げた。


「今日会ったばかりですから滅多な事は言えませんが、アマネ村長はどっちが好きなんですか? 重婚というのも創始者ともなれば珍しくはありませんが、一番は決めておいた方が後腐れがないですよ?」

「重婚ってありなんですか?」

「そこに食いつきますか。……あのお二人も相当苦労していますね」


 アレウトさんは苦笑しつつ続ける。


「わたくし達人間はコヨウやランム鳥と違って子供がなかなかできませんから、創始者一族など社会的に重要な立場にある者は重婚してでも跡継ぎを作る場合が多いのですよ。とはいえ、アマネさんたちはまだお若い。選択肢として考えるにはあまりにも早すぎますね」


 きっちり釘を刺しつつも説明してくれたアレウトさんに礼を言う。

 そうか、重婚もあるのか。


「という事は、結婚式を二度挙げたりすることもありますよね? 同じ教会で挙げるのは気まずくないですか?」

「あぁ、それで重婚の言葉に食いついたわけですか。神話では比翼のお二人も浮気が原因で仲たがいした事がありますので、同じ教会で結婚式を挙げると小樹に疎まれると言われていますね。気にしない方もいらっしゃいますが、別の教会で結婚式を挙げるのが通例です」

「では、本格的にタカクス村の教会でも結婚事業の芽があると」

「……経営者視点も大事ですが、男性として見失わない方が良い物が近くに転がっていますよ?」


 芽と目を掛けているわけですね。日本語を知ってる俺だけは分かります。

 アレウトさん本人にそのつもりは一切ないだろうけど。

 しかし、重婚がありなら当初予想していたよりも潜在顧客数が多いのもまた事実だ。重婚する人は社会的に立場を確立している場合も多く、金もある。

 結構いい商売になるかも。




「――厨房、準備完了しました」

「――参加者の案内役が足りないです。応援をお願いします」

「――公民館宴会場の花瓶が割れました。予備を一つ共用倉庫から出します。許可を!」


 結婚式当日、事務所はひっきりなしにやってくる報告者でごった返していた。

 リシェイは式場の指揮、メルミーは厨房などの食品関係の指揮を執っており、テテンは燻煙施設へ立ち入る者がいない様に監視するべく出払っている。

 慌ただしい気配にランム鳥が騒ぎ出して結婚式の雰囲気を壊さないよう、飼育小屋周辺はマルクトを始めとした有志が固めて立ち入り制限を掛けてあり、魔虫の乱入等を警戒したビロース達魔虫狩人が周辺を見まわっている。

 そんなわけで、俺は事務所で一人、報告を受けながら全体を把握しつつ指揮を執っていた。

 予行練習を三回こなしていたものの、当日は別の混乱が起こるものだ。

 迷子の男の子を膝の上に乗せて、メルミーが作った家の模型を与えてあやしつつ、俺は人手を効率的に配分していく。


「兄ちゃん、兄ちゃん」

「ん、なんだ?」


 迷子の男の子に声を掛けられて返事しながら、共用倉庫の備蓄品目録を修正する。花瓶の予備を買っておいてよかった。


「いま、いそがしいか?」

「忙しくはないかな」


 嘘である。てんやわんやだ。だが、来賓が連れてきた男の子相手に事実を言えるはずもない。


「ならさ、ならさ、しりとりしようよ」

「おう、いいぞ」


 しりとりくらいなら別に構わない。

 る嵌めだろうがなんだろうが、的確に返してやんよ。

 しりとりをしていると、開けっ放しの事務所の入り口から見知らぬ女性が顔をのぞかせた。


「すみません、ここにうちの子がお邪魔していると聞いたんですが」

「あ、かあちゃん」


 俺の膝の上で〝る〟で終わる言葉を模索していた男の子が女性に反応する。


「あぁ、ようやく見つけた。すみません、ご迷惑をおかけして」

「いえいえ、見知らぬ土地に来たらまずは探検するのが男の子の本能ですから」

「本能だからな!」


 男の子が俺の言葉を引き取って胸を張る。

 俺は偉そうにしている男の子の頭に手を置き、声を掛ける。


「だが、たとえ母ちゃんが相手でも女性を心配させるのは男の風上にも置けないな。もう迷子になんかならない様にしろよ」

「おう、分かった」


 おや、ずいぶんと素直だな。

 女性も苦笑気味に男の子の手を引く。


「本当に心配したんだからね」


 女性が俺に頭を下げると、男の子も同様に頭を下げた。良く教育されているようだ。

 教育されていても抗えない本能。それが男の冒険心。

 そんな考えもすぐに舞い込んでくる報告に流されていった。

 結婚式は昼に終わったものの、俺達裏方の仕事はまだまだ続く。


「三組目まで食事が終わりました」


 村のみんなには交代制で食事をとってもらっている。三組目の食事が終わったと聞いて、俺は今後の予定を思い出しながら指示を出す。


「四組目の食事が終わり次第、教会の掃除に移ってもらってくれ。三組目までは厨房で洗い物の他、客室を回ってお湯を届けて。公民館の三番目の部屋には果物かごを運んでくれ。どうも、三番目の部屋は新郎の親戚の若い男たちのたまり場になってるみたいだから。あ、これが指示書ね。忘れたら見返して」

「はい、行ってきます」


 スタッフを見送って、一息つこうとカップに手を伸ばす。

 ……カップの中身は干上がっていた。

 いつもは飲み干してもすぐにリシェイが淹れてくれていたから少し新鮮な気分だ。嫁に実家へ帰られた不甲斐ない旦那の気分はこういうものなのだろうか。

 さすがにお湯を沸かしている時間は取れそうもないので諦めて壺から水をカップに移す。

 水を飲みながら、人が出歩き始めた村へ視線を移す。


「ここから本当に忙しくなるんだよな……」


 誰にともなく呟く。

 結婚式そのものが終わっても、お客さんがカッテラ都市に帰り着くまでが俺たちの仕事だ。つまり、明日まで気が抜けない。

 むしろ、結婚式が終わった今からがお客もタカクス村内にばらけ始めるため、注意が必要なくらいだった。

 結局、俺自身は一度も式場に顔を見せられなかったな。別に招かれているわけではないから構わないのだけど、皆がどう動いているのかは知っておきたかった。

 後でリシェイに訊いて報告書をまとめることになるかな。

 そんな風に思っていると、事務所の入り口に木の盆を持ったリシェイが立った。


「ただいま、教会の片づけは終わったわ。見学の受付開始はアレウトさんたちが食事を終えるまで待ってほしいそうよ」


 私たちも食べましょう、と言ってリシェイが持ってきた木の盆をテーブルに置く。片手で食べられる軽食の類がいくつか乗っていた。


「お茶を淹れている時間はなかっただろうから公民館で貰ってきたけれど、すぐに飲む?」


 本当に気が利く子だ。


「あぁ、ちょうど飲み干したことに気付いたところだったんだ。助かるよ」


 きっといいお嫁さんになるね。

 嫁で思い出した。


「報告によると式は滞りなく済んだみたいだけど、リシェイから見てどうだった?」

「いまのところはおおむね好評よ。祭壇の華やかさに来賓の方も驚いていたわ。花嫁の白い衣装と光の対比も美しくて、女性客が盛り上がっていたもの。ただ、今回は大丈夫だったけれど、並みの衣装だと祭壇の華やかさに負けてしまうかもしれないから、今後は注意した方がいいかもしれないわ」

「男性客は?」

「まぁまぁね」


 聞けば、桜色の光が降り注ぐ祭壇は主役である新郎を除く男性陣にとって少々居心地が悪い場所だったらしい。特に独り身の。

 今後のお客になるかもしれないし、独り身の男性客に苦手意識をもたれたくはない。別の場所で何らかのフォローをすべきだろう。


「でも、男性客が望む事なんて私にはわからないわ。アマネは何かない?」

「新郎をからかって遊ぶ」

「……真面目な顔で言って欲しい台詞ではないわね」


 定番だと思うんだけどな。

 その時、事務所の入り口にメルミーが顔をのぞかせた。


「アマネ、来客の男の人たちが酒盛りにちょうどいいつまみが欲しいって燻製肉持って行ったんだけど、気に入ったみたいでさ。お土産品として備蓄を少し売ってもいいかな?」

「ほら、きた。絶対その酒盛りって新郎を弄る会だろ」


 やっぱり、世界が変わっても男がやる事なんておんなじだな。


「そろそろビロースが戻ってきてるはずだから、宿の在庫から出してやってくれ。ビロースなら燻製に合う酒も用意できるだろ」

「分かった。じゃあ行ってくるね」


 パタパタと宿に駆けていくメルミーを見送って、リシェイがため息を吐く。


「素直に一緒に喜べばいいのに」

「男がこういう時に素直になっても気持ち悪いんだよ」

「それって偏見じゃないかしら?」


 そうかな?



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