第六話 準備は進む
カッテラ都市の教会を訪ねた俺を司教は快く出迎えてくれた。
教会に併設されている孤児院に案内され、院長室でテーブルを囲む。
司教に勧められたお茶はかなり渋かった。でも不思議と美味い。
「以前タカクス村に移住した子供たちはどんな様子でしょうか?」
挨拶もそこそこに司教が話を振ってくる。
「畑仕事の方も頑張ってくれていますよ。みんな働き者ですね」
「そうですか。あの子たちときたらろくに手紙も寄越さないものですから、上手くやっているのか心配だったんですよ」
「便りがないのは元気な証拠、とも言いますよ」
「それはそうなんですがね。親の心子知らずというか」
「帰ったらみんなに伝えておきます。私も故郷に住んでいる育ての親に手紙を送っていますので、その時にでも声をかけて見ますよ」
じっちゃんに手紙を送るついでに孤児院出身の子の手紙も行商人に届けてもらえばいいだろう。
手紙が来ない事がよほど寂しかったのか、司教は安心したように笑った。
「どうかよろしくお願いします。あの子たちが頑張ってタカクス村に馴染んでくれれば、この孤児院にいる子たちの将来の選択肢が増える事にもなりますので」
そう言って、コップを傾けた司教は少し眉を寄せて中身のお茶を覗き込む。
「渋すぎましたかね?」
「確かに渋いですが、癖になる美味しさですよ」
好きな人は好きだろうという味だ。飲めない人は断固拒否するだろうけど。
司教は意外そうに俺を見る。
「アマネさんは時折、年齢を計りかねる言動をしますね。この場合は味の好みですが」
「育ての親が九百歳を超えていたもので、歳不相応なところはあるかもしれません」
自分ではわからないものだ。
世間話は終わりにして、俺は本題を切り出す。
「先日、タカクス村に教会を建設しました」
「聞いております。ケーテオ村から司教を呼んで結婚式をしたそうですね」
ケーテオ村の教会に勤めている司教から報告が上がっているらしい。
魔虫狩人のビロースを始めとした村の住人の結婚式を一気にやった際、タカクス村から一番近いケーテオ村の教会に勤める司教のお世話になった。
ケーテオ村の教会にいる司教は一人だけだから、まず間違いなく同一人物だろう。
「報告では、なかなか面白い教会に仕上がっているらしいですね」
司教は笑みを浮かべて、報告書に書かれていたという感想を教えてくれる。
「外観は内に力を溜めている冬の樹を思わせ、小樹はさほど大きなものではない。しかしながら、中に入り祭壇を見ればそこには春が到来していた、と。興奮気味の文章でしたよ」
「そんなに喜んでくれていたんですか」
仏頂面で淡々と結婚式を進めていたから、てっきり……。
「彼はあまり感情を表には出さない性格なのです。彼が綴りを間違うほど興奮するなんてそうはない」
俺の心を読んだように司教が面白がるように言う。よほど珍しい事だったらしい。
「ただ、具体的に内部がどうなっていたのかは手紙に書かれていなかったんですよ。実際に見た方がよい、との事でね。足を運びたいとは思っているんですが……」
司教は言葉を区切って事務机を振り返る。
「あの有様でして」
苦笑する司教の視線の先、事務机の上には書類束と孤児院の物らしき名簿と手紙が置かれている。
「司教を赴任させるに足る教会かどうか、監査を兼ねて私が一度お邪魔しないといけないのですが、少々事務仕事が溜まっていまして、数日お待ちいただけませんか?」
「急かすようで恐縮ですが、この度、タカクス村の教会で結婚式を挙げたいという外部の方がいらっしゃいまして。早めに専属の司教を派遣していただきたいのです」
本当に申し訳ないんだけど、今回の目的だけあって譲れない。
司教は困ったように頬を掻いた。
「では、手伝っていただけませんか?」
「いいんですか?」
「部外者に見られて困るような仕事でもないんですよ。だからこそ、他の重要な仕事にかまけて溜めてしまっていたわけです。いや、お恥ずかしいかぎりです」
善は急げという事で、司教が溜めていたという事務仕事を手伝う。
卒院した子たちから送られてきた手紙をまとめる。独立して畑を持ちたいだとか、いま住んでいる村の創始者から孤児院の人手を紹介してほしいと中継ぎを頼まれた、とかの内容ごとに分類していく。
「いやはや、魔虫狩人をしながらその若さで建橋家資格を取得するくらいですから分かっていましたが、ずいぶんと要領よくこなしてくれますね。秘書に欲しいくらいですよ」
司教が笑いながら、返事の手紙などを書いていく。
孤児院の名簿を開いて紹介できそうな子をの名前を読み上げる。面識がないため、どんな子なのかは分からない。それでも、名簿には年齢性別の他、技能や性格、誰と仲が良いかまで書かれていた。
この世界、個人情報保護の観点はないようだ。
名簿の情報から人物相関図を起こして脳裏で整理しつつ、中継ぎの子との相性を予想して司教に名前を告げていく。
司教は俺から聞いた名前を吟味しつつ、手紙に書き込んでいく。
「アマネ君、一つ質問をいいでしょうかね?」
「どうぞ」
「村の運営をしていると、人の相性も読めるようになるものですか?」
「さぁ、どうでしょうか。少なくとも、私はこの名簿と同じものをタカクス村の住人で作れと言われてもできる気がしませんよ」
こんな各人の性格や技能、相性まで踏まえた詳細なプロフィール、自分のだって書ける気がしない。
前世でも履歴書を書くのは苦手だった。他人のそれまで書けるはずがない。
「そうですか。少し安心しましたよ。まだ二桁の歳の子に同じことをやられてしまったら、正直なところ立つ瀬がない」
言葉とは裏腹に明るく笑って、司教は筆をおいた。仕事は終わりのようだ。
「年長の者にしばらく留守を任せて、タカクス村に向かいましょう」
席を立った司教は廊下を覗き込んで誰かを呼ぶと、二言三言注意事項めいたことを言い含めて俺を見た。
「では、参りましょうか」
司教を連れてタカクス村に着いたのはお昼時だった。
昼食よりも教会に興味があるという司教を連れて、タカクス村教会に向かう。
「ふむ、外観は柔らかい印象ですね。入り口横の浮き彫りも構図はかなり簡略化されている……。葉を持たないクラクトの樹で冬を想起させる外観との整合性を取りつつ、クラクトが持つ〝不変〟の意味と〝祝福と安全と息災〟を意味する鳥、キューの二つで無病息災と旅路を永く祝福する入り口にしたわけですね」
司教が怖いくらいに的を射た分析をしている。まんま俺が意図した彫刻の意味を読み切っていた。
「結婚式を挙げるには実にいい教会です。これ以上の教会を私は知らない。成人の儀ならビューテラームの教会、結婚式ならタカクス教会という住み分けにもなり得る」
「そこまで褒められるとこそばゆいです」
「いえ、過大評価ではなく本心から思うのです。……彼が興奮気味に報告書を送ってくるのも頷ける。中を見ても?」
「もちろんです」
入り口の扉を開く。
広がるのは高い天井を持つ身廊だ。
司教は左右のアーケードを眺めたりしつつ、奥へと歩を進める。
そして、祭壇の前まで来て足を止めた。
「……これは予想外ですね」
光の桜吹雪舞う祭壇を見回して、司教は小樹に祈りをささげた後、俺に向き直った。
「光を内部に取り込む様式はもはや廃れ、二度と日の目を見ないだろうと諦めていました。それがこんな形でまた出会えるとは思っていませんでした」
まさしく春だ、と司教は呟く。
「ここに赴任する司教が羨ましいですね」
「……では?」
「えぇ、ヨーインズリーの孤児院に問い合わせ、司教を赴任してもらえるよう掛け合ってみましょう」
「カッテラ都市から来て頂けるわけではないんですね」
少し意外だ。カッテラ都市の教会も結構大きいのに。
司教の話によれば、摩天楼であるヨーインズリーの教会は大きく、西の摩天楼ビューテラームの教会と共同で人材管理を行っているという。
タカクス村に派遣されてくるのはどこかの教会で経験を積んだ司教で、小樹の管理ができるように訓練もされているそうだ。
「一つ、今から準備しておいた方がいい物がありますね」
ふと思い出したように司教が言う。
「なんでしょうか?」
小樹の管理に使う剪定ばさみとか、備品の類は整っているはずだけど。
「孤児たちが寝泊まりする建物ですよ。結婚式などの各種式や祭礼を行う際の人手としても使うので、赴任する司教が何人か孤児を連れてくる可能性があります」
十人程度でしょう、と司教は予想を口にしてから、言い難そうに続ける。
「実はカッテラ都市の孤児院は老朽化しておりまして、建て替えを考えているのです。これを機に、何人かタカクス村で引き受けてもらいたいのですが、どうでしょうか?」
「えっと、さすがに厳しいですね」
孤児たちもある程度の畑仕事はするけれど、子供は遊ぶのが仕事みたいなものだ。いくら村生活とはいえ一日中畑仕事に駆り出すのは気が引ける。
けれど、タカクス村はそんなに余裕がある村ではない。いまでこそ経営は上向いているし、黒字も出ているけれど、扶養者を十人受け入れるだけで結構な負担になる。
悩む俺を見て、では、と司教が提案を口にする。
「カッテラ都市から、いくばくかの土と孤児院を作るための資金をご提供します。どうでしょう?」
「その資金というのは、どれくらいの額でしょうか?」
「玉貨で三枚」
「カッテラ都市が受け入れてほしい孤児の人数は?」
「十人ほど」
つまり、玉貨三枚で二十人の孤児が暮らせる孤児院を作るわけか。きびしいな。
ヨーインズリーの孤児院を建て直した経験もあるから、必要な部屋などは大体想像がつく。
寝室を男女に分けて、乳幼児用の部屋を用意し、院長室と食堂がいる。庭は必要ないだろう。遊ぶスペースくらい、タカクス村にはいくらでもある。
主要な部分は世界樹製の木材で建てるとしても汚れがちな食堂などは掃除がしやすい素材で作る必要がある。
公民館の共用倉庫から魔虫素材を引っ張り出せば玉貨三枚でもギリギリ収まるだろうか。それでも多少は足が出そうだ。
「孤児院はすぐに必要でしょうか?」
「カッテラ都市からの孤児であれば時期をずらすこともできますが、司教と一緒にやってくる子たちが寝泊まりできる場所は必要でしょうね。赴任してくる司教も祭事などで働けるくらいの歳の子を連れてくるので手は掛からないと思いますよ」
「では、その子たちは公民館に寝泊まりしてもらいます。伝手を使って建材を安価に仕入れる時間が欲しいもので、孤児院建設は少し時間を下さい」
「分かりました。では、準備が整い次第連絡をください」
司教は納得した様子で俺と握手を交わしてくれた。
昼食を食べると司教はすぐに「仕事をまた溜めるのはよくないから」とカッテラ都市に帰っていった。
忙しい人だ。
カッテラ都市まで送ろうとしたけれど、結婚式の準備を優先するように言われてしまった。
人生の晴れ舞台だけあって、差配する側は些細なミスも許さない気構えで準備を万端に整えるべき、という事らしい。
司教の意見には同意することしきりなので、俺は見送るだけにとどめた。
「さて、それで準備はどこまで進んでる?」
「料理に関してはほぼすべて決まってるわよ。依頼人のお二人の意見を取り入れつつ、了解を得られている」
リシェイが俺の留守中に決まったことを報告してくれた。
当日の予定表はもちろんの事、メニューと出席者の部屋割り、送迎に使われるコヨウ車の手配も半ば終えているという。
メルミーが苦笑気味にリシェイを見る。
「こと運営となると、リシェイちゃんの独擅場だよ。メルミーさんは見てるだけだったね」
「メルミーには当日、頑張ってもらうわ。……料理とか、私は役に立たないし」
当日にはほぼやることがなくなってしまうリシェイは、準備段階にこそその能力を発揮する。逆にメルミーは手先が器用で目端が利くため、当日の慌ただしい状況でもうまく立ち回って各人のフォローをこなしてくれる。
俺は村のみんなを集めて行われた会議の議事録などを読む。
「コヨウ車はコマツ商会に頼むのか」
「えぇ、足りない食材などを運んでもらって、そのままカッテラ都市から参加者を連れてきてくれるそうよ」
他の内容を見ても、後は連絡待ちだったり到着待ちだったり、俺が口を挟むような状況ではない。ほんと、リシェイは頼りになる。
足りない物がないか再度点検してみても、問題はなさそうだった。
後は配慮の問題だろうか。
「コヨウ車で丸一日揺られて村にやってくるとなると、到着時には疲れて食べ物を受け付けない可能性もある。食事時間をずらせるように厨房に言っておいた方がいいな」
「そうね。胃に優しい料理に切り替えられるようにも手はずを整えておきましょう。メルミー、お願いできるかしら?」
「あいさー」
他には何かないかな。
あれこれと考えを巡らせていると、部屋の隅からテテンが声をかけてきた。
「客室に菓子とか、便利……」
「そうだな。小腹がすくたびに厨房に声をかけるのは双方にとって手間だし。他に何かあるか?」
「暇潰しの道具、とか」
他にもあれこれ整えた方がいい小物類を並べていくテテン。
さすがは元引き籠り、部屋を快適に整え住処として完結させることに関しては視野が違う。
「メルミーさんからもいいかな。余興の練習を隠れてしたい人もいると思うから、どこか貸し出せないかな?」
騒ぎたがりのメルミーの視点も他と違って面白い。
リシェイが苦笑気味にメルミーとテテンを見る。
「アマネが帰ってきた途端にみんな言いたい事を言うようになったわね」
「いや、なんかアマネがいると意見を言いやすいんだよ」
「分かる気はするけれど」
そんなこんなで、俺たちは準備を進めるのだった。




