第四話 神話と教会
客足はすぐにとだえると予想していたのだけど、視察目的の建築家や建橋家がはけてからもカッテラ都市を始めとした周辺地域からの観光客がちょくちょく訪れていた。
当初の想定以上に宿の収益が良い。
宿開設からこっち、絶えず部屋が一つは埋まっている状態だった。
この二か月分の宿の収支状況を若女将と纏めていたリシェイが俺を見る。
「一カ月当たり鉄貨百枚以上の稼ぎになってるわ」
鉄貨百枚か。
宿の建築費用が玉貨八枚だったから、今のペースだと元を取れるまで八十カ月。おおよそ七年かかる計算になる。
客足が遠のかない保証もない以上、元が取れるかは怪しい所だ。
「土産物の販売を視野に入れてもいいかもね」
メルミーがリシェイのまとめた資料の一つを抜き出す。資料にかかれたグラフを指差し、俺に見せる。
「ほら、宿の利益のほとんどが喫食代で占められてる」
「宿の部屋代が一晩鉄貨三枚。これでも少し高めの料金設定だったのだけど、喫食代に完全に押されてるわね」
視察に来る建築家たちの部屋を確保しなければならないためしばらくは料金設定を高めにしてあったのだけど、それでも負けたのか。
ほとんど料理屋だな、これ。
若女将が食材の管理票や出した料理の数などを記載した資料をテーブルの上に乗せる。
「当然と言えば当然ですが、お客さんはランム鳥の肉や卵が目当てのようです。カッテラ都市の市場で買うよりずっと安いですからね」
「あぁ、タカクス村以外だと輸送費がかかってるもんね」
肉や卵を目当てにこんな村まで足を運ぶだけあって、食道楽の客が多いらしい事が資料からも読み取れた。
若女将の出した資料によると比較的安価な卵料理はもちろんランム鳥の肉を使った料理もかなり出ている。
「燻製もも、品切れ中……」
いつの間にか俺の背後に立っていたテテンが報告してくる。
手を加えずに提供できる上、単体で酒のつまみにもなる燻製品は他よりも多く注文が入っているようだ。野菜などを添えない分安価で提供しているのも理由だろう。
「燻製卵は?」
「在庫有り。日持ちしない、ので、今日も作る……」
「ランム鳥の数も増やす方向で動きたいけど、客に出す分と輸出分を加味すると……」
増産が間に合わないかもしれないな。
「冬になれば雪で客足も遠のくはずよ。それまでは何としても提供し続けた方がいいわ」
「村のみんなと相談して、村内での消費を抑えて客に回しつつ、ランム鳥の増産に踏み切るしかないね」
リシェイとメルミーが結論を出す。
「お客さんからの評価はどうなってる?」
俺からの提案で客室にアンケート用紙を置いてある。
最初の二週間は客数が同時に四人を超える事がないためアンケートの数は少なく、耳当たりのいい内容ばかりだった。そりゃあ、村唯一の宿なのだし、二度とタカクス村に来ない覚悟がないと貶せないだろう。
そんなわけで、アンケートが正常に機能していないことに気付いたマルクトが機転を利かせた。
アンケート用紙を入れた人が箱の横に線を一本ずつ書いて行く形を取り、あらかじめ線を二本書いてダミーの用紙を箱の中に入れておくことで匿名性を維持させたのだ。
この改善により、少々耳に痛い事も書かれるようになった。
こういう目端の利き方がマルクトのいいところだ。そろそろ冬が来て、奴も筋トレを開始する季節か。
嫌な風物詩だな。
「食べ物はかなり高評価だね。周辺では食べられない新鮮な卵やランム鳥を安く食べられるってさ」
「料理も珍しい物が多いから、食べる楽しみを味わってもらえてるわね」
「燻製の評判、求む……」
テテンがアンケート用紙を囲む女性陣の輪ににじり寄った。
リシェイとメルミーがアンケート用紙の中から燻製について書かれている物を発掘し、困り顔を見合わせる。
それだけで内容を察することができたけど、テテンはあえて聞きたいとせがんだ。
「甘さと辛さの天秤がどっちつかず」
「燻せばいいってものじゃない」
「トウムをもう半刻寝かせてから燻液を作ればマシになる、かも?」
「ソミュール液に加えるトウム粉はもっと新鮮な物を使え」
四つ分、どれも酷評だった。
テテンが項垂れる。
「え、えっと、まだ始めたばかりだもの。これからよ」
「そうそう、テテンちゃんが頑張ってるのはみんな知ってるって。ほら、お客さんが燻製の本場のカッテラ都市からきてたりするからさ、しょうがないんじゃないかな?」
メルミー、それはフォローになってない。
俺はテテンの肩を叩き、耳に口を寄せて魔法の言葉を囁く。
「リシェイとメルミーに燻製を罵倒されたと脳内で変換しろ」
「……イイ」
恍惚の表情で身を震わせるテテン。
分かっていたけど、だめだこいつ。
「次はリシェイとメルミーが美味しいと言いながら燻製を食べる姿を想像するんだ」
「……おぉう。元気、でた」
「よし、次に期待だな。それに、改善点が書かれている物もあるんだから、試してみたらどうだ?」
「やってみる……」
立ち直ったテテンが燻製について書かれたアンケート用紙を持って部屋の隅へ移動し、書棚から今まで作った燻製品のまとめ資料を引っ張り出した。
アンケートにかかれた改善点を生かすための研究を始めるのだろう。
「テテンが一瞬で立ち直るなんて。アマネ、いったい何を吹き込んだの?」
「愛の言葉を囁いたのかな?」
「リシェイもメルミーも、人聞き悪い言い方をするなよ」
ただそそのかしただけだ。
話をアンケート結果に戻すため、俺は用紙を一枚手に取った。
そこに書かれていたのは宿に関する感想ではなく、タカクス村を観光地としてみた場合の物足りなさについてだった。
「食べ物と橋以外に面白みがない村か。まぁ、そうなんだよなぁ」
「小さな村に多くを求めすぎだよってメルミーさんは思うけど、外から来た人にはそんな事情は関係ないもんね。遊びに来たのに遊べない、じゃ不満も出るでしょ」
とはいえ、単純な娯楽施設を作り、維持するだけの体力がタカクス村にあるはずもない。
何らかの生産性がなければ予算は割けない。
「前に話が出ていた、教会を作るのはどうかしら?」
リシェイが提案してくる。若女将が僅かに反応した気がしたけど、見なかった事にしよう。
教会に生産性があるかと言われると微妙なところだ。
冠婚葬祭で使用する建物だから、付近の村や町の教会を借りる必要がなくなる。
また、教会と共に孤児院を作り、託児所としても機能させれば人を呼ぶ込む事ができる。
教会は橋と違ってデザイン大会こそ開かれないものの、教会関係者による評価が必ず公開されるため、タカクス村の知名度アップにつながるだろう。
けれど、不安な点もある。
「その教会、俺が設計することになるんだよね?」
「もちろんよ。アマネ以外の誰がするの?」
そうなんだけどさ。
教会建築には壮麗さだとか瀟洒さだとか、そういった装飾性が付き物だ。切っても切り離せないどころか、なくてはならない要素だと思う。
耐久度とかの実利的な側面はもちろん必要だし、泣き部屋の設計とかは俺の得意分野だけど、教会の本質はやはり宗教的思想の拠り所、神聖さにあるはずだ。
建築家になってからも散々言われてきた通り、俺はこの手の設計に弱い。
建橋家資格の時はなんだかんだで実利的、経済的な設計で戦う事が出来たけど、教会建築となると俺は弱点に向き合わざるを得なくなるのだ。
「資料は届いてるし、草案もいくつかあるけど。正直まだ自信が無いな」
「やる気があって自信が無いなら、自信をつけるためにやりなさい」
ごもっともです。
リシェイに発破を掛けられて、俺は作業部屋から今まで書いた草案や資料を持ってくる。
俺が資料を持ってくる間に若女将は宿に帰ってもらったらしく、姿がなかった。
「いきなり村の人に見せるのは不安だろうから、まずは私たちに見せて」
リシェイに言われるまま、草案と参考資料をテーブルの上に並べる。
テテンがにじり寄ってきて、草案を覗き込んだ。
「……わからない」
「分からないって、何が?」
抽象的すぎる言葉に問い返すと、テテンは首を傾げてリシェイを見た。
「神話とか、あまり知らない……」
あぁ、宗教そのものが分からないから、教会建築を見てもいまいちピンとこないわけね。
教会でなくても宗教は建築に多大な影響を与えるから、俺も師匠のフレングスさんに色々と教わっているけれど、ここはリシェイに任せた方がいいだろう。
教会併設の孤児院で育ち、歴史本も多数執筆しているリシェイ先生、どうぞよろしくお願いします。
俺と同じことを考えたのか、メルミーとテテンもリシェイを見た。
「……分かったわよ」
俺たち三人の視線に苦笑したリシェイが神話について話を始めた。
「まず、私たちの祖先は一組の男女にさかのぼるの」
アダムとイブですね。
前世で言うところのアダムとイブだけど、この世界では当時、アダムとイブ以外にもたくさんの人々が暮らしていたという。
「その人々は地上、今この世界樹が立っている根本に広がる広大な土の上に住居を建てて暮らしていたそうよ。私たちの祖先は結婚を機に地上に種を植えたの。時を同じくして、異形の生き物が闊歩し始めるようになるわ」
「……異形?」
テテンが首をかしげる。
「そう、異形の生き物よ。それだけしかわからないわ。魔虫もこの異形の生き物の一種だと言われている。そうよね、アマネ?」
リシェイに話を振られて、俺はじっちゃんから聞きかじった知識を披露する。
「魔虫は俺たちの祖先、いわゆる神話の二人が地上にいた頃は存在しなかったとされてるんだ。はるか昔のこと過ぎて資料さえ残っていないけどな」
「世界樹の根元に調査とかいかないの?」
メルミーが不思議そうに聞いてくる。
過去、世界樹の根元がどうなっているのかを調べようと調査隊が出発したことが何度かある。
ほとんどの結果が消息不明。数少ない生き残りも、地上には魔虫を取って食う巨大な生き物がいたとか、その巨大な生き物を喰う別の生き物がいたという証言を残し、最後に口をそろえてこう言っている。
「世界樹の根元は人間が住める環境ではないってな。これ以上話すと怪談になるからまたの機会にして、リシェイ、続きを頼む。怪談の続きじゃないぞ?」
「分かってるわよ。人が変じたと思しき異形の生き物との遭遇とか、好んで話したくないもの」
「……興味、ある」
「夜にでもアマネに聞きなさい」
ほほぉ、いつもはGL小説を聞かされる俺の逆襲が始まるわけですな。
後で時間を見つけて語りの練習をしておこう。
リシェイが話を戻す。
「種が芽吹いた頃、神話の二人の間に子が生まれるの。そしてさらに月日が経ち、種から出た芽が木と呼ばれ始めるころ、子は成人し、神話の二人は喧嘩をしてしまう」
「なんで喧嘩?」
メルミーに問われて、リシェイが俺を横目で見てくる。
俺に言えというのか。
「歳を取る速さが違ったんだ。当時は老衰まで百年なかったらしいのに、男は何時までも結婚した時の姿のまま、女だけが年を取り、男は浮気した」
「痴情のもつれって奴だねぇ」
うんうん、とメルミーが頷く。
リシェイが俺の後を引き取った。
「遠くへ行こうとする女を男が追いかけるの。すでに地上には異形の生き物が溢れていて、外に出るだけでも危険。男は異形の生き物と死闘を繰り広げながら女を捜しだす。結婚を機に植えた種が育ち近くの木の枝と癒合した連理の枝を男は女に差し出し、再び愛すと誓うの」
「浮気した相手を家から追い出す時に言う、連理の枝を探して来いってそういう意味?」
驚いたように言うメルミー。
そんな慣用句は初めて聞いた。じっちゃんはなんだかんだで結婚していなかったからな。
テテンが何故かメモを取り始めた。今度のGL小説には浮気者が登場するようだ。
リシェイは苦笑気味に頷いた。
「そう言われてるわね。復縁の可能性があると示唆するときに口にする言葉だけど、逆に離婚したい時は〝枝を手折ってやる〟と言い放つのが粋だとされた時代もあるわ」
心ごと折りに来てるな。
さて、とリシェイが折られた話の腰を戻す。
「よりを戻した二人に孫ができた頃、彼らの住む場所が異形の生き物に襲われてしまったの。神話の二人は共に片腕を異形の生き物に食い千切られてしまうけれど、結婚した時から共に生きてきた木に生っていた実を食べると一命を取り留める事が出来たわ」
「その実が生っていた木って、もしかして世界樹?」
「メルミーの想像通り、世界樹よ。世界樹の実は万病の特効薬。外傷にも効果があるようね」
リシェイはコツコツと足で床を叩く。床の下、世界樹を意識させるように。
「共に片腕を失った神話の二人は、こんな危険地帯に子孫を置いてはおけないと、比翼の鳥に変じて子孫を世界樹の上に運んだとされるわ。いまも神話の二人は比翼の鳥のまま、世界樹の天辺に座し、時に地上から子を運んでくると言い伝えられている。これで神話はおしまいよ。かなりざっくりとしているけれどね」
司教ではないから許して、とリシェイは照れたように笑う。
歴史書をまとめているだけあって、短くまとまっていてわかりやすい説明だった。
メルミーもコクコク頷いて納得したことを表現すると、俺を見る。
「アマネ、子供ってどうやって作るか知ってる?」
「話を聞いていなかったのか? 神話のお二人が比翼の鳥となって地上から運んできてくださるんだ」
「……定番、すぎる」
テテンにツッコミを入れられてしまった。
俺の返事をバッサリ切っておいて、テテンはリシェイの話を咀嚼するようにしばらく沈黙した後、口を開く。
「……教会建築と神話、の関係、は?」
確かに、リシェイの話だけでは教会建築の特徴までは分からないだろう。
ただ、神話を理解していないと教会建築についても分からないのだ。
建築は俺の分野と言う事で、皆の視線が俺に向く。
「教会の建築思想は、俺たちの命を支え、生かし、地上に闊歩する異形の生き物から守ってくれている世界樹を表現する事だ」
この建築思想から、小樹と呼ばれる大きな支柱を祭壇に立て、この小樹で天井を支える様式が生まれた。
「それで、この小樹なんだけど生きてるんだよ」
「……生きてる?」
テテンが首をかしげる。
しかし、職人であるメルミーはもちろん、教会併設の孤児院で育ったリシェイは俺の言葉が比喩ではない事を知っているだろう。
「支え枝があるだろ?」
俺は足元を指差す。
タカクス村があるこの枝は下からの支え枝で荷重を分散させる計画が進行中だ。
小樹とは、この支え枝の建築物版だと思えばいい。
「世界樹の枝そのものに祭壇用の支柱を癒合させる。いわば大規模な接ぎ木を行うんだ。だから小樹は世界樹の枝から養分を吸収し、絶えず成長する」
小樹は世界樹からの栄養供給で成長することから天井を突き破る可能性もあるため、それを管理する司教か建築家、建橋家が手入れを行う必要がある。
「他の支柱はともかく、小樹だけは礼拝の関係上必ず世界樹の枝に癒着している必要がある。この小樹の管理は司教の仕事の一つでもあるんだけど、場合によってはこの小樹そのものを支え枝として活用する」
だから、この世界の教会にとって小樹は教会が教会足り得るための絶対条件だ。
「教会の絶対条件は小樹だけど、他にも条件がある。たとえば、外観だ」
この世界の教会は前世で言うところのノルウェーなどに残るスターヴ建築と外観が似通っている。
太い支柱を持ち、縦に張った木板の外壁が樽を想起させる事から樽板とも呼ばれる、中世ヨーロッパの木造建築物だ。
「縦に張った板を樹皮に見立てたり、世界樹の葉や実を模した装飾を行ったりする。最近の流行はビューテラーム発祥の三本塔で、手前二つの左右の塔を低く作る事で奥にある塔を支える小樹を大きく際立たせる作り方だな」
「……奥深い」
そりゃあそうだ。信仰は人類が文明を持つと同時に洗練され続けるのだから、一朝一夕で語りつくせるものではない。
「大ざっぱに言えば、要点は小樹が必要である事、教会の全体、または一部で樹を表現する事の二つだ」
それが難しいんだけどね。
改めて俺の描いた草案を眺めた三人娘が一斉に首を横に振った。
「どれも駄目ね」
「だねぇ、世界樹を意識しすぎてるよ。丸太をくりぬいて教会にした方が早いかもね」
「浅い……」
ぼろくそに貶されつつ、俺は参考資料を開く。
「とりあえず、いくつか考えてみるよ」
十日後、夏の気配が近付いてきた頃に俺は公民館へ村のみんなを集めた。
「教会の建築に取り掛かろうと思う」
「ついに来たか」
ビロースを始めとした独り身男児がきりっとした顔をする。何人かの女性が苦笑した。
マルクトが挙手して発言を求める。
「村長は綺麗な建物が苦手って話じゃありませんでしたか?」
「あちこちで言われてるし自覚もしてるけど、直接言われると傷つくな」
苦笑しつつ、俺は教会のデッサンをみんなに見せる。
バシリカ式で側廊は左右に二つ。身廊は天井を高く、左右をアーケードで区切る。アーケードは四つの尖頭アーチで構成され、上部には五つの窓を持つ。
外観はスターヴ教会の特徴でもあるこけら板の屋根を持つ。規模はそこまで大きくはないけれど、形状はノルウェーのヘッダールスターヴ教会が近いだろうか。
ヘッダールスターヴ教会と異なるのは手前から奥に行くほど高くなる点だろう。この世界では教会の奥にある祭壇から延びている小樹を際立たせる建て方をするため、どうしても奥の方が立派になる。
デッサンで見る外観は冬の桜のイメージ。ブラウンの木材を用いた外壁と、こけら葺きの屋根の組み合わせ。祭壇奥にあるアプスが小さな木コブにも見える。
「落ち着き払った感じだな」
ビロースが評して、唸る。
結婚式をこの教会で挙げる事を考えると、冬のイメージで作られたこの教会の華やかと言えない外観に思うところがあるのだろう。
だが、それは外観だけだ。
俺はデッサンのアプス部分を指し示す。
アプスとは、祭壇の奥に設けた半球状の部分だ。前世に置ける教会建築では最も神聖な場所として扱われていたものの、時代が下るにつれて重要性が低下し廃れていった。
この世界の教会建築におけるアプスの存在意義は、教会そのものを一本の木に見立てた際に木コブとして機能するちょっとした装飾物だ。さほど重要ではなく、最近では小樹をより太く見せる目的で祭壇部の天井の高さを上げる事が流行っており、天井の高さを確保するための控え壁に立場を奪われてしまっている。
やや時代遅れの装飾物。それがこの世界におけるアプスの立場だ。
「これを見てくれ」
俺は内部を描いたデッサンを見せる。
ビロースを始めとした独身男組はもちろん、既婚未婚を問わずの女性たちも目を見開いた。
「こう、くるか……」
ビロースが感嘆する。
「正直、会心の出来だと思うんだけど?」
俺の言葉を否定する者は一人もいない。
外観イメージは冬の桜。
だが、桜は冬の内も春に備えているものだ。言い換えれば、桜はその中で春に備えているのだ。
故に、内部イメージは春の桜のイメージ。
吹雪く桜の花びらだ。
「さぁ、建設の是非を問おうか」