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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第二話  情けないと思われる集会

 長さ七メートルほどの木の板に手を添えて、木槌を使って別の木の板と直角に組み合わせる。

 木の板で作った長方形の木枠をタカクス村一番の力持ちビロースと一緒に持ち上げて、農業予定地に運び込んだ。


「これで最後か?」


 肩を回しながらのビロースの言葉に頷く。

 メルミーを始めとした職人たちが木枠を固定して、世界樹の上に住むこの世界ならではの畑の枠が完成した。

 後はこれに土を入れるだけだ。


「ビロースは土の搬入を手伝ってきてくれ。俺はこの畑の所有権の受け渡しがある」

「あぁ、それじゃあ行ってくる。しっかし、腹減ったなぁ」


 空腹を訴えながら土を保管してある公民館に向かっていくビロースを見て、赤い髪の女が一人、パタパタと駆け寄った。


「ビロースさん、よかったらお昼を一緒に食べない?」


 面食らったビロースは困ったように視線をさまよわせる。だけど、まんざらでもなさそうに見えた。


「お、おう。最近いつも一緒に食ってる気がするな」


 え、何そういう関係までいったの?

 この冬はまだ距離があったのに、いつのまにかお昼御一緒友達までいったのか。

 口笛を吹いて囃し立てようかと思ったけど、リシェイに笑顔で肩を叩かれたのでやめておいた。

 ビロース達を見送って、俺は畑の所有権に関して移住希望者たちに話をした後、それぞれに権利書を渡す。

 この世界、国家の概念がないため税収はその町や都市の創始者や古参の一族が管理する。村規模では畑などをほぼ共有の財産と見なして税を取らない事も多い。

 ウチの村でもまだ税を取ろうとは考えていないけれど、後々揉めないように、また帰属意識を芽生えさせる目的で早いうちから個人に権利を渡している。いまはまだ有名無実だけど、これから先タカクス村が町や都市に発展すれば相応の価値が出てくるだろう。

 権利書を渡し終えた時、ビロースを始めとした村の男たちが土の入った袋を持って戻ってきた。


「早く畑に土を入れて昼食にしよう」


 ビロースがそう言いだすと、土を運んできた独身男たちが物言いたげな顔をした。

 だが、独身男たちは俺よりも大人であったらしく、リシェイに笑顔を向けられるまでもなく土入れ作業を始める。


「当面はマトラとか、こちらが指示した野菜類を作ってくれ。畑を拡張する場合は俺の許可が必要になるから、勝手にしないように。ただ、拡張した分の畑については俺から育てる野菜を指示する事はないと思う」

「分かりました。肥料の方はどうなります? やっぱり、買い取りですか?」


 ランム鳥の飼育小屋の方を見て、移住者の一人が訊ねてくる。

 付近の村や町とは違い、タカクス村ではランム鳥の卵の殻やフンなどから肥料を自作している。ランム鳥自体は俺のポケットマネーで購入したため、書類上は俺の所有物だし、肥料なども同様だ。


「村の中で肥料を使用する場合は料金を取らないようにしているんだ。外部に持ち出すなら料金を取るけど、現状、村の畑で採れた作物は共有財産みたいなものだから、肥料は俺に言ってくれれば渡すよ」

「高待遇ですね」

「まだ人も少ないからね。それに、マトラもルイオートも肥料食いの作物だから、買い取りなんてやってられないだろ?」


 肩を竦めつつ冗談めかして言うと、移住希望者もほっとしたように笑った。

 土入れが終わり、解散となる。


「マトラを育てた経験がない方は公民館で講習を受けてください。施肥のやり方を間違えると、根菜部分が肥料焼けを起こすので注意が必要なんです。講習は午後から始めます」


 サラーティン都市の孤児院出身の男の子が呼びかける。何人かの移住者が正確な開始時刻を聞いていた。まだ公民館暮らしの彼らだから、暇つぶしに聞く事もあるだろうけど。

 俺はリシェイとメルミーを連れて事務所に足を向ける。


「お腹すいたぁ!」

「それだけ叫べるならお昼無しでもいいんじゃないかしら?」

「リシェイちゃんが意地悪するー」

「棒読みで言われても。もっと良い声で鳴いてくれないとやりがいがないわ」

「うわっ、今すごい様になってたんだけど、そういう趣味?」

「趣味ではないわね」


 ポンポンと言葉を交わすリシェイとメルミーに挟まれて、俺は事務所の扉を開けた。

 中に入ってすぐ、定位置の部屋の隅にうずくまっているテテンに声を掛ける。


「午後から宿の建設予定地に行く。熱源管理官の見立ても聞きたいからテテンも来てくれ」


 宿というカテゴリーではあるが、旅人向けの食堂としての役割も担う事になる。場合によっては常時かまどに火を入れて料理を提供するため、熱源管理官の設置が必要になるかもしれない。

 公民館の調理場のように決められた時間のみ使用するのなら熱源管理官を置かなくてもいいのだけど、旅人向けの食堂となるとそうもいかない。

 それに、最近は一つ懸念があった。


「今日も来てるわよ。橋の視察願い」


 リシェイが郵便受けから取り出した手紙を俺に渡してくる。

 ビューテラームで開かれた橋のデザイン大会。俺は五位入賞という半端な結果だったが、ケインズと共に最若手の入賞者という事で若手の感性を見たいという建築家、建橋家から視察の申し込みが入っていた。

 現在、村唯一の宿泊施設である公民館は定員だ。視察に来た人を泊める余裕はない。

 いまはまだ、業界人しか反応していないが、これから観光客が来ないとも限らない。トップスリーやアユカなど他に特産があるケインズのアクアス村ほどではないにしろ、ビューテラームのデザイン大会で五位の橋というのは場合によっては名所になり得る。

 考え過ぎだとは思うが、観光客が来る前に宿の建設が急がれる状況なのだ。


「熱源管理官を雇う事も視野に入れた方がいいわよね。すぐに動くほどではないけど」


 リシェイが視察願いの手紙をファイルにまとめつつ、テテンを見る。

 テテンはふるふると首を横に振った。


「知り合い、いない……」


 元引きこもりだし、男嫌いだからな。

 まぁ、熱源管理官養成校の校長にはテテンを更生させたとかでありがたがられているから、話を通したら便宜を図ってくれるだろう。

 テテンみたいな事故物件が早々転がっているとも思えないし、変な奴を紹介されることもないだろう。……大丈夫だよね?

 メルミーと一緒に事務所のキッチンへ入り、手分けして料理を始める。


「このキッチンも狭いよねぇ」

「二人で立つようには作ってないからな。というか、元々はお茶を淹れるだけの場所にするつもりだったのをメルミーがクッキーを焼きたいって言ってこの広さになったんだろ」

「それでも足りなくなったって事だよ。子供でも出来たらもっと狭く感じるよ?」

「またずいぶんとすっ飛ばしたなぁ」


 誰と誰の子供だよ。

 マトラを四分の一に切っていると、メルミーがお湯を沸かしながら続ける。


「でもさ、冗談抜きに村の誰かに子供ができたら、ちょっとまずいかもよ?」

「まずいって、なにが?」


 子供ができたらお祝いするもんだ。

 メルミーの心配事が分からずに首をかしげていると、リシェイが顔をのぞかせた。


「医者の話かしら?」

「そう、それ」

「そういえば、村にはまだ医者がいないな」


 みんな健康そのもので病気らしい病気もしていないからすっかり忘れていたけど、タカクス村には医者がいない。

 ここからだと、一番近い医者が住む場所はケーテオ村になる。タカクス村とは別の枝にある村だから、片道で一日かかってしまう。

 村の誰かが懐妊した時に、丸一日かけて医者に通ってもらうなんてのは現実的ではないし、母体に無理させてケーテオ村まで丸一日かけて診療してもらいに行くのも良くない。

 ケーテオ村でしばらく療養、出産する形が妥当か。


「でも、医者となると手配しにくいな。人口百三十人だとどうしても必要性が薄い」

「今後の課題ってこと?」


 メルミーに頷き返す。

 医者も専門職だけあって、どこからもひっぱりだこだ。タカクス村は人口規模で見るとまだまだ小さな村だから、この手の競争には勝てない。

 気を取り直して、宿の話だ。


「宿は村の入り口に作る事に決まっているけど、運営の方が問題だよな。リシェイ、村で経営資料が読めるのって誰?」

「サラーティン都市孤児院から来たラッツェとか、ビロース達も計算ができたはずよ。今回の移住者の中にも何人か、町の料理屋で下働きしていた人がいるみたい」


 ラッツェは、孤児院からの移住者をまとめている年長だ。畑の管理もあるから、今回は外した方がいい。

 ビロースも魔虫狩人のまとめ役だから、宿の経営となると難しいか。

 悩んでいると、テテンが両手を壁につきながらそろりそろりとやってきた。


「……宿の主は腕っぷし、重要かと」

「あぁ、酔客の相手をする場合もあるもんね」


 メルミーがテテンの意見に納得してリシェイを見る。

 リシェイも思案顔で顎に手を当てていた。


「収入が不安定な魔虫狩人のままより、宿の主に収まった方がいいかもしれないわ。いまはまだ、宿の経営単体で利益が出せないのだし、アマネがやっていたように魔虫狩人と両立できるビロースはむしろ、適任だと思うの」


 三人娘が一斉にビロース推しとは。


「なぁ、三人とも、ビロースの収入が不安定なままだと結婚が遅れるかもと思って手を貸してないか?」

「……あ、ありえぬよ」


 テテンが視線を逸らした。メルミーとリシェイも同様である。

 というか、テテンが結婚推奨に回っているのが意外だ。女と女ならいざ知らず、男と女がくっつくことを後押しするとは。

 とはいえ、三人の意見は一理ある。


「ビロース本人の意見も聞いておかないといけないけど、第一候補にしておこうか」


 マトラを木の器に盛ってサラダを完成させた俺は、リシェイにサラダの器を渡して別の料理に取り掛かる。

 とはいっても、トウムで作ったパンのようなナンのような不思議なモノにチーズと具材を乗せて焼くだけである。

 異世界版ピザだ。ただし俺の創作料理なので、味は保証しかねる。

 具材はもちろん生地まで異世界の物だからね。仕方がないね。


「とりあえず味見っと」


 ちょこっと摘まんでみる。

 コヨウの臭みのあるチーズのコクがトウムで作られた生地の山椒に似た辛みのおかげで口にしつこく残らない。ただ、これだけでは旨味が足りない気がした。

 ソーセージとかが欲しい。タカクス村にそんなぜいたく品はないので、やるとしてもランム鳥の肉か。

 でも、ランム鳥だと違う気がするんだよな。もっとこう、肉としての主張が強い物の方が合う。


「ねぇ、アマネ、分析中に悪いんだけど、早くしないと時間がなくなるよ」


 メルミーに声を掛けられてはっとする。

 仕方ないので失敗作とは言えないまでも中途半端な出来上がりとなったピザもどきを持ってキッチンを出た。


「アマネの新作料理はいまいちだねぇ。味が単調で物足りないよ」

「宿で出す料理も考えていかないといけないけど、チーズ類を使うと単価が高くつきすぎるからこれは出せないわね」


 メルミーとリシェイに駄目だしされる。双方とも理にかなった意見だった。

 リシェイが俺を見る。


「ランム鳥の肉とか卵を使う料理の方が、宿で提供するのに適していると思うわ」

「チーズは輸入せざるを得ないもんな」


 村で作っていないためどうしても単価が高くなる。今目の前にあるピザもどきだって四人前で鉄貨一枚だ。


「燻製卵はそのまま出せるとして、他にどうしようかね」


 メルミーがサラダに入っていたマトラをピザもどきの上にトッピングして食べつつ、テテンを見た。

 テテンはやる気なさそうにピザもどきのチーズを伸ばしていた。


「ランム鳥の、香草焼き……」

「丸ごとを提供するのは無理だし、もも肉で香草焼きを作って出せばいいかな。残った部位は燻製にして村の保存食にすればいいし」


 料理ができるメルミーとテテンの会話を、リシェイが複雑そうな面持ちで聞いている。

 それでも、話題が経営関係だけあって、リシェイは予算面で話に加わっていた。

 三人娘の話を聞きながら、俺は行儀が悪いと知りつつ食べながらメモを取る。

 宿で提供するメニューは日替わりランチとランム鳥の香草焼き、村の野菜をふんだんに使った卵とじ、燻製肉の入ったパスタに決まった。

 昼食を終えて、俺はリシェイとメルミー、テテンを連れて宿の建設予定地である村の入り口に立つ。


「宿は一階部分を宿泊客向けの喫食スペースと調理場、管理人室、守衛室に分ける。二階部分を宿泊スペースにして、客室数は五つだ」

「……小さめ?」


 テテンが小首を傾げて訊ねてくる。


「宿としてはそれほど大きくはないけど、村の規模を考えれば少し大きいくらいだな」


 タカクス村が今後も発展していくことを念頭に置いて客室数を設定したから、村にはやや不釣り合いな大きさだ。

 建物の形状としては左右に広がる二階建ての建物で、まだ設計段階ではあるものの左右対称となっている。

 建物の中央から入ると正面に受付ロビーがあり、その裏手には宿のスタッフが利用する通路が隠されている。この通路を通って、一階にある喫食スペースへ料理を運んだりする予定だ。

 メルミーが設計図を覗き込んで、ロビー部分を指差す。


「受付ロビーはかなり明るくなるね」


 窓などを利用して受付ロビーは外からの光を多く取り入れられるようにしている。

 うちの村はまだ人口も少ないため、外から来た宿泊客にタカクス村は寒村だという印象を抱かれないよう、玄関口でもある宿の雰囲気を明るくしてあるのだ。

 二階客室部分も差し掛け屋根を利用して廊下に天窓からの光が当たるように工夫してある。

 俺は設計図をテテンに渡す。


「天井の高さとかの建築基準は満たしているはずなんだけど、熱源管理官としては何か意見あるか?」

「……文句をつけるのは、得意」


 ダメなやつの台詞だよ、それ。

 やけに意気込んで設計図を見つめていたテテンは、結局は何も言わずに設計図を突き返してきた。


「……つまらない」

「問題なしっと」


 なら資材の発注に移ってもいいか。

 リシェイに視線を向ける。


「内装を整える必要もあるから、予算としては玉貨八枚くらい欲しい。捻出できるか?」

「玉貨八枚……。クローゼットを含むいくつかの家具はメルミーに任せて、建築資材と大量調理用の器具だけの費用かしら?」

「裏に作る庭の費用も含んでる。タコウカも入れておきたい」


 タコウカは光を放つ二年草だ。夜に庭を仄かに照らす光源として活用したい。

 しかし、リシェイは難しい顔でしばし考えた後、首を横に振った。


「タコウカは諦めて。維持費がかかりすぎるもの」

「となると、庭は植物の密度を減らして月明かりで照らす形になるのか。どっかの造園家に依頼したいところだな」


 建橋家は総合職だから、造園に関しても多少は齧っている。しかし、この手のセンスが問われる設計に適性のない俺としては、他所に依頼したいところだ。

 しかし、またもやリシェイは首を横に振った。


「外に頼むのは得策ではないわね。いまのタカクス村に来る観光客はアマネの設計した橋が目当てなのだから、村の顔になる宿で他所の設計を見せて期待値を下げてしまうのは良くないと思うの」


 リシェイの言う通り、俺の仕事を見に来たのにいきなり外注の庭を見せられたら興も冷めるか。

 いつまでも橋のネームバリューが効果を発揮するわけではないけど、今の段階では外注に頼らない方がいい。


「分かった。庭の設計も俺がしよう」


 また造園書と睨めっこしないと。

 三人娘と共にぞろぞろと事務所に戻る。


「それにしても、村の見所が橋一つじゃあ、いつまでも保たないよね」


 メルミーの意見にリシェイとテテンが深く頷く。

 二人の同意を得て、メルミーが俺を見る。


「アマネの方針としては、タカクス村を観光地化する感じ?」

「観光地化までは考えてないよ。村の中で産業を回して安定した経済を築きつつ、外へ商品を輸出していく形を考えている」

「方針の変更はなしって事だね」


 メルミーは納得したようだけど、村の資金を管理しているリシェイは別の意見を持っているようだ。


「ランム鳥を輸出してお金を稼げているけれど、アマネが目指す摩天楼に繋げるには少し産業が弱いのよ。すぐにというわけではないけれど、何か手を打った方がいい」


 産業が弱い、か。

 テテンのおかげで燻製品も形になってはいる。カッテラ都市のようなその道数百年の職人がいる所には負けるけれど、安価な燻製品として売れ行きは上々だ。

 ランム鳥自体は周辺で作っていないから競争も起きてない。そこに燻製という加工まで施したわけで、これ以上に産業を強化するとなると……。

 ブランド化、とか。

 燻製品のブランドを立ち上げるのは無理だろう。カッテラ都市と張り合えるほどの物が一朝一夕にできるはずがない。

 今後の課題として脳裏に刻んだ時、事務所の玄関前にビロースの姿を見つけた。


「ビロース、何してんだ、そんなところで」

「おぉ、村長、集団デートの帰りにすまねぇ。ちょっと面貸せ」

「デートじゃなく、宿の建設予定地の視察だ。俺個人に用事か?」

「そうそう。というか、女は混ぜずに男同士で話そうぜ」

「……キマシ」


 テテン、使い方が微妙に違うぞ。

 夜にテテン作の百合小説を音読されている時に呟いた俺の台詞だが、響きが気に入ったのかたまに呟いている。

 ちなみに、正解はアッー、な。まぁ、そういう呼び出しではないだろうけど。


「みんなは先に中に入ってて。ビロース、どこで話す?」

「飼育小屋」


 顎で飼育小屋を示したビロースと並んで歩く。

 この時期の飼育小屋は換気も十分だからさほど臭わないのだけど、村の女性陣は臭いが服に移ることを嫌ってあまり近寄りたがらない。

 飼育小屋の中に入ると、飼育係であるマルクトはもちろんの事、何人かの独身男が車座になっていた。


「何の集まりだよ、これ」


 顔ぶれを見ても見当が付かない。全員が独身だけど、ビロースのように彼女未満友達以上の存在がいる者ばかりだ。

 ビロースが車座に加わり、俺のために開けられている席を指差す。


「告白を待っている男連中の集まりだ」


 え、何その情けない集会。待つくらいならお前らから行けよ。

 完全にブーメランですね、分かります。


「それで俺も呼ばれたわけか」

「まぁ、そんなところだ。村長がいないと話にならないからな」


 俺ってこの集会に欠かせないほど情けない存在ですか。そうですか。

 大人しく席に着くと、ビロースが口火を切った。


「各々の準備は整っているんだ。もう何時でもいける。そうだな?」


 ビロースが見回すと、車座になった男たちが一斉に頷く。マルクトはわれ関せずとばかりにランム鳥と戯れていた。つつかれているのに嬉しそうである。

 あいつは今回の集会には参加しないようだ。

 参加者の意思確認を済ませたビロースが俺を見る。


「というわけだ、村長。結婚式はこの村でやりたいってのが俺たちの総意なんだ」

「お、おう」


 結婚も何も、告白されるのを待ってるんだろ、お前ら。告白されるかどうかも分からないのに結婚って飛躍しすぎじゃないか?

 そんな疑問を、男のピュアハートを大事にする紳士な俺は飲み込んだ。


「そこでだ、村長。俺たちは教会を建ててもらいたいと思ってる」

「え?」


 いや、冠婚葬祭に教会は付き物だけど、ビロース達のタヌキの皮算用に巻き込まれて教会を建てるのはちょっと……。

 渋い顔をする俺に、ビロース達は心配そうな顔つきになる。


「やっぱり予算的に厳しいか?」

「うん、まぁ……」


 勘違いしてくれているなら、あえて訂正する事もないかな。

 俺が濁した言葉をどう理解したのか、ビロース達は腕組みをしてため息を吐く。


「結婚はお預けか」

「まだしばらくは独り身だな」

「最近いい感じなのに、今を逃したら……」

「――とりあえず、付き合ってから考えればいいと思うんですけどね」


 マルクトがランム鳥を愛人のように大事に抱えながら会話に混ざって来た。

 俺が言わずにおいた事を何のてらいもなく言ってのけるマルクトに、ビロースが頭を掻く。


「付き合ってはいるんだけどな」

「……え?」


 思わずビロースに問い返す。

 ビロースは照れたように頭を掻きつつ「今日の昼にな」と呟いた。

 衝撃の新事実なんですけど。

 すると、集会のメンバーが次々に口を開いた。


「村長は知らないみたいですけど、ここに集まっているのは全員彼女持ちですよ」

「そうじゃなきゃ、教会だとの結婚だのって話にならんでしょうよ」

「えぇ……」


 この集会で情けないのは俺だけだったらしい。

 救いを求めてマルクトを見る。

 マルクトは俺の視線で問いたいことを察したらしく、頷きを返してきた。


「冬の終わりに告白されました。受けました」


 裏切り者め。

 俺の情けなさに話題がシフトする前に、俺は話を教会の建築の話に戻す。


「そういう事なら教会を建てるのもありかもな。橋しか見どころがないタカクス村に新たな観光場所ができるわけだし」

「予算の問題はどうしたんだ?」

「宿を建てた後でどうなるかかな」


 言葉を返すと、ビロースはやおら立ち上がった。


「いっちょ魔虫狩りと行くか」

「少し遠出すればいると思うけど、今日付き合い始めたばかりだろ。彼女を放り出して遠征する気か?」

「そ、それもそうだな」


 ビロースは席に座り直す。

 彼女ができたせいで浮足立っているようだ。


「ところでビロースに宿の主をやってもらおうかって話が出てるんだけど、どうする?」


 ちょうどいい機会だと思い、話を振ってみる。

 ビロースは不思議なモノを見るような目で俺を見た。


「こんな強面が主やってる宿に泊まりたいと思う奴がいるのか?」

「自覚はあるんだな。でも、強面だから酔客も下手に暴れないだろうって判断なんだよ。彼女さんもゆくゆくは女将になるわけで、釣り合いが取れるんじゃないか?」


 客に対する飴と鞭的な意味で。


「女将、女将かぁ……。良いなぁ、その響き」


 ビロースはどうやら乗り気らしい。


「じゃあ、決まりという事で」

「魔虫狩りはどうするんだ?」

「宿って言っても、しばらくは閑古鳥が鳴くだろうし、両立できると思うんだ。ビロースが無理って言うなら、他を当たるけど」

「いや、やる」


 というわけで、宿の主はビロースに決まった。



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