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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第三章  村の発展
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第一話  大量移住者

 橋のデザイン大会から帰った俺を待っていたのは、タカクス村への移住希望者だった。


「三十人って……またずいぶん多いけど何かあった?」


 帰宅して早々の報告だったため、着替えをしながらリシェイに訊ねる。

 リシェイは替えの服をメルミー作のクローゼットから出してくれた。そんなリシェイを見るテテンがすねたような顔をしているけれど、無視していいだろう。


「ここからだと徒歩で三日くらいかかる町から来た人達なのよ。ブランチイーターの食害で枝がダメになってしまったらしくて、分散して移住することになったと言っていたわ」


 俺がレムック村を出ることになった経緯とほとんど同じか。俺の場合は自発的に村を出たから覚悟とか諸々完了していたけど、今回の移住希望者はブランチイーターに追い出されたようなものだから、辛いだろうな。


「移住するのはいいけど、家とかはどうする?」


 いまの村の総人口は百人ほど。橋の建設中に雪揺れ被害で経営破たんした村などから移住者があったためかなり増えている。

 各人に家がある状態だけど、村の予算としては橋を架けた直後という事もあって余裕がない。

 とてもじゃないけど三十人分の住居は建てられない。


「家に関しては心配いらないそうよ。経営破綻とは違って避難してきた形だから、町長さんが補助金を出すと言ってるの。一人当たり玉貨一枚と鉄貨五百枚だけど、アマネが設計する分には依頼料もかからないから建てられるわ」

「俺が設計する事に関して、移住希望者はみんな納得してる?」

「了解を取ってあるから大丈夫よ。設計に関しての希望も紙にまとめてあるから、後で読んでおいて」


 仕事が早い。

 住むところを自腹で用意できるのなら、後は収入源の確保か。

 メルミーのように本職以外、村での仕事は農業かランム鳥の飼育となっている。


「土は?」

「ないのよ。そこが問題で、メルミーとどうしようか話し合っていたところなの」

「村の経営計画だと、ランム鳥の数を増やす方向でまとまってるし、土が確保できるまでマルクトにランム鳥の飼育研修を開いてもらおう。適性のある五人をそのまま飼育係にして、残りの人たちは飼料用のトウムの栽培、マトラと油の生産もしたいからルイオートの栽培もお願いしようか」


 飼育研修で一か月。その間に行商人から土を購入するしかない。


「いまなら経営破たんした村から流れた土が安く手に入るかもしれない。他人の不幸を利用するようで気が引けるけど、値段次第では多めに買っておいた方がいい」


 俺のコートの皺をとってから壁にかけたリシェイが俺の言葉に感心したように頷く。


「経営破たんした村の事を忘れていたわ。早めに動いた方がいいと思うから、コマツ商会に連絡するのも手ね」


 行商人に頼む場合は村に来てくれるまで待たないといけないし、買い付けに動ける範囲も少ない。コマツ商会ならば、土のような高額でまとまった量を運ぶことのできるコヨウ車なども常備している。

 頼むのならリシェイが言うとおりコマツ商会の方が適任だろう。


「それじゃあ、コマツ商会に手紙を出さないとな」


 着替えを終えた俺はさっそく事務机から封筒と紙を出してコマツ商会宛の手紙を書く。

 三十人分の畑となるとかなりの量の土が必要になるけれど、採油用の作物であるルイオートはかなり手がかかる作物だから余分に人数を割く必要が出るだろう。

 手紙を書きながら、俺は部屋の隅にいるメルミーを見る。


「家の建設費は移住希望者が負担するって事だし、コマツ商会に発注した方がいい建材があればまとめておきたい。一人一人に話を聞いて、設計の骨子だけでも形にしたいから呼んできて」


 一応、手元にはリシェイが纏めてくれた希望が書かれた紙があるのだが、これだけでは設計図もないため発注に移れない。

 メルミーはソファから立ち上がった。


「手間がかかりそうな希望を出している人からでいいかな?」

「そうして。今日中に十人から話を聞いて、残りの二十人は明日に回そう」

「わかった。呼んでくるね」


 パタパタと駆けていくメルミーを見送って、畑に必要な木枠の材料を計算する。

 手持無沙汰に部屋の隅で膝を抱えていたテテンがふいにニタニタと笑い始めた。


「……アマネ不在の間、良い生活した」

「思い出し笑いかよ。俺がデザイン大会に行っている間に何があったんだ?」


 ふへへ、とだらしなく口元を緩めたテテンが視線を斜め上に向ける。


「……少しだらしない私生活を、堪能。ふへへ……」

「ほほぉ、詳しく」

「……メルミーお姉さま、下着姿で、うろつく」


 あぁ、やりそう。


「……リシェイお姉さま、アマネいなくて、覇気なし」

「その弱ったところにテテンが付け込むわけだな」

「マジ、役得でござい……」


 お茶を運んできたリシェイから話を聞くと、リシェイがなんとなくやる気が出ないでいる間、テテンが事務所の掃除などを肩代わりしていたらしい。

 テテン、尽くす女だったのか。対象は女だけど。

 お茶請けを忘れたと言って台所に引っ込んだリシェイからテテンに視線を移す。


「付け込んだ結果が家事の肩代わりで、テテンとしては満足なのか?」

「リシェイお姉さまからのお褒めの言葉、ぞくぞくする……」

「本当、テテンは本音を隠さないよな」

「……アマネは、信用してる」


 さいですか。

 他にこの手の話題ができるほど親しい相手がいないだけじゃないのかと勘繰るのは失礼ですね、そうですね。

 お茶請けを持ってきてくれたリシェイがソファに座る。


「そう言えば、人数も増えたから冬場に燻煙施設に入れる人数も減るかしら?」

「燻煙施設から溢れて暖を取れないとなると、苦情が来るかもな」


 去年の冬はサウナのようになっていた燻煙施設に女性陣が入り浸っていた。冷え症や霜焼けに悩まされずに済んだと奥様方にも好評だった。

 燻煙施設の管理者であるテテンに目を向ける。

 テテンは部屋の隅っこから少しだけリシェイの方に移動して、口を開く。


「順番に、するとか……」


 指先を擦り合わせつつ視線を逸らし、テテンが提案する。

 波風立てないように順番と言い出したわけではなく、より多くの女性に囲まれたいが故の提案だと思うけど、効果的ではある。

 ランム鳥の飼育小屋に籠るのも順番だしね。

 リシェイが悩むように首をかしげる。


「うちの奥さんを燻すのはやめてほしいって、アマネが言われたらしいけど」

「あぁ、夜に寝る時、煙の匂いが気になるだとさ」

「……独り寝、しろ」


 夫婦の営み否定派が若干口を挟んだけれど、村長としては村人の夫婦生活に支障が出るのは見過ごせない。


「独身者だけが燻煙施設で暖を取って、既婚者は公民館に行くとか?」


 完全に分けてしまうとそれはそれで軋轢が生まれそうで怖いけど。

 そんな風に心配していると、リシェイが遠慮するような声で報告をくれる。


「私の方にも苦情が来ていて、夫からランム鳥の臭いがして嫌だって」

「あぁ、それは深刻だな」

「……独り寝しろし」


 悔しそうなテテンを無視して、俺は村の住人の顔を思い出す。

 既婚者は何人かいるけれど、村の平均年齢がかなり低い事もあって二割に届かないくらいの人数だ。


「男性既婚者には雪かきや雪おろしを重点的にやってもらう事にすれば苦情も出ないと思うけど、女性の方はなぁ」


 ランム鳥の飼育小屋は篭りたくない場所だけど、燻煙施設は暖が取れるから時間の許す限り入り浸りたいのが本音だろう。

 燻煙施設にいる間も内職をしているのだけど、環境の違いで能率が変わるのはよくある事だ。


「どうしたものかね」

「……夫婦の愛、とやらで、暖め合え」

「拗ねるなよ、テテン」


 面倒臭い奴だな。


「やっぱり、順番にするのが最も後腐れがない方法かな。ただ、既婚者はまとめた方がいい」

「そうなるわね」

「予定表とか今のうちに組める?」

「やっておくわ。テテン、メルミーが連れてくる移住希望者のお茶出しをお願い」


 リシェイの頼みにテテンがコクコクと何度も頷く。

 リシェイが予定表を組むために住民票を引っ張り出して別室へ向かう。これからくる移住希望者に見せないようにするためだろう。

 テテンが俺を見て何故かドヤ顔をする。


「……お姉さまに、頼られた」

「お前は幸せそうだなぁ」


 なんて話をしていると、メルミーが移住希望者を連れてきた。

 さっそく、これから建てることになる家の希望について訊ねる。


「本当に村長さんが設計してくださるんですか?」

「その方が安くなるからね。他に設計を頼みたい建築家や建橋家の方がいるなら連絡を取ってもいいけど、資材発注は纏めて行いたいから早めに動いてほしい」

「いえ、村長にお願いします」


 希望を聞き取り、紙にまとめていく。ざっと見取り図などを描いて了解を得て次の希望者へ移る。

 今日一日のノルマである十人分の見取り図と外観のデッサンを大まかに決め終えた俺は、机の上にすべて並べて見た。


「メルミーさんや、どう思う?」

「アマネさんや、言わずとも分かるでしょう」

「せー」

「ーの」

「まとまりがない」


 声を合わせて同じことを考えていた事を証明して、俺は改めて机の上に並べたデッサンを見回した。

 基本的に好き放題に希望を聞いてデザイン案をまとめたのだから当然だけど、外観上の統一感が皆無だった。このままタカクス村に家を建ててしまうと景観に影響が出る。

 ならばどうするか。


「他の二十人の希望を聞いてから配置を考えた方がいいかもな」

「でも、この様子だと居住区はこの間橋を架けたばかりの二本目の枝で決まりだね」

「そうだな。後はデザインを多少練り直して外観に統一感を持たせるとか、通りや広場の配置で帳尻を合わせていくとか」


 開発計画についてメルミーと話をしていると、事務所の扉が叩かれた。

 もう日も落ちているこの時間に誰だろうかと、扉に向かった。


「あれ、どうしたんですか?」


 扉の先にいたのはウチの村でよく卵や肉を買って行く行商人さんだった。

 行商人さんは困ったように帽子を取って胸の前に掲げ、挨拶してくる。


「少々予定が狂いまして、いつもより早く到着してしまいました。それで、公民館の方をお訪ねしたのですが、部屋がいっぱいだと言われて……」


 あぁ、移住希望者で部屋を埋め尽くされてるのか。


「メルミー、公民館に行って部屋を空けてもらってくれ」

「分かった。ちょっと待ってて」


 メルミーを送り出して、俺は行商人を事務所の中に通す。

 リシェイが気を利かせて入れてくれたお茶に手を伸ばしながら、行商人は襟元のボタンをはずして楽な格好になる。


「突然申し訳ありません。いつもなら明後日頃の到着予定だったのですが、途中の村での商談が流れてしまって予定が前倒しになったんです」

「そういう事でしたか。こちらも不手際があって、すみません」


 旅の商人用に公民館の部屋は必ず一つ確保しておく決まりだったのだけど、突然の移住希望者が殺到したため部屋を埋めることになったのだろう。

 休憩室か警備員室に移ってもらえば行商人を泊めることができるだろうから、いまからでも対処は可能だ。


「それにしても、タカクス村はいつ来ても移住希望者が公民館に泊まっていますね」


 行商人が話を振ってくる。

 雪で交通網がマヒしていた冬を除くと、確かに移住希望者や疎開者で公民館は常に満室状態だった。

 公民館の拡張は出来ないけど、行商人や旅人用に宿を建てる時期かもしれない。


「宿を建てるのでしたら、資材発注はぜひともわたくしにお願いします」

「抜け目ないですね。まぁ、主なお客はあなたになるわけですから、いい物をお願いしますよ。リシェイ、どんな感じ?」


 お茶を淹れた後ですぐに帳簿を開いて計算をしていたリシェイがため息交じりに首を横に振る。


「厳しいわね。宿の建設となると、玉貨八枚は必要になるでしょう?」

「これからの事を考えると、客室数も二つや三つじゃ足りないだろうし、玉貨八枚が妥当かな」


 俺は行商人に向き直る。


「今回は何を買って行ってくれますか?」

「肉と卵はいつも通りに買っていきたいと思っています。それから、燻製卵と燻製肉を前回と同じ値段で売ってくれるならばそれも欲しいですね。しかしながら、肥料関係は今回購入できません」


 それもそうだろう。雪揺れの倒壊被害で経営破たんした村もあり、肥料を必要としている村が減ったのだ。

 しかし、タカクス村で最大の利益を出す特産品が肥料である以上、これが売れないと利益が大きく目減りする。

 ただ、この行商人とは今後も関係を強化していきたいのが本音だ。


「相談があるんですが、いいですか?」


 俺は重要な話であることを強調する目的でやや行商人さんに身を乗り出し、話を始める。


「実は、移住希望者三十人分の住居を二本目の枝の上に建てる計画があります。懇意にしている商会に話を持って行こうと考えていたんですが、これも何かの縁。一枚噛んでみますか?」

「三十人分の建材となると、わたくしでは流石に手におえません。運搬手段もありませんから」

「全部というわけではありませんよ。カッテラ都市の魔虫狩人ギルドと連携を取って、いくらか必要になる甲材やタイルのような魔虫系の複合材料の発注をあなたにしたい」


 この世界におけるタイルは陶磁器ではなく、魔虫の甲殻などを利用して作られた複合素材だ。軽量なため、行商人でもまとめて輸送ができる商材である。

 しばらくうちの村への輸送でかかりきりになる覚悟があればかなりの利益を得られる話だけあって、行商人はしばし黙考した。


「カッテラ都市との間を行き来するだけであれば、どこの商会よりも安くご提供できるとは思います。薄利でやれますから。具体的な発注量を見てからでないと正確に答えは出せませんが、やりたいというのが本音です」

「分かりました。明後日の夜にはこちらでも話をまとめて、発注書を形にしておきます」

「はい、是非ともよろしくお願いします」


 行商人と握手を交わした時、ちょうどメルミーが帰ってきた。


「公民館の方、一部屋開けたよ」

「ありがとう、メルミー」


 俺は行商人を促して、公民館へ案内する。

 行商人は先ほど俺が提案した魔虫関係の建材の発注で皮算用をしているらしく、心ここにあらずといった調子だ。


「アマネ村長はいつもこんな金額で商談してるんですか?」


 ふいに行商人が水を向けてくる。


「いつもじゃないですよ。立場上、村の建築物の責任があるから、移住者がまとまってきた時にだけです」


 三十人分の建物だから、おおよそ玉貨六十枚。うちの四十五枚は他所の町から出た補助金だけど、俺の責任は変わらない。

 行商人へ発注する魔虫素材の金額だと玉貨二十枚くらいになるだろうか。行商人の利益を考えると一枚か二枚の上乗せはあるだろうけど。


「南のアクアス村に出入りしていた商人がそろそろ店を持つそうでして……」


 行商人が夜空を仰いで頭を掻く。


「昔から目端の利く奴ではあったので店を持つと聞いてもついに来たか、としか思わないのですがね。やはり、先を越された事に思うところもあるわけでして」

「俺もアクアス村長のケインズが橋を架けると聞いて同じことを考えましたよ。でも、焦ってもしょうがないです。俺はケインズじゃありませんし、この村全体の生活を守る責任が俺にはあるので、焦って失敗したら、それこそ悔しくてやり切れません」

「そうなんですよね。焦っても良い事はないと分かっちゃいるんですが……」


 苦笑した行商人は「タカクス村はいい所です」と言葉を繋いだ。


「まだこの村には店らしい店もありませんよね?」

「えぇ、まだないですね。誘致しようにもまだまだ産業面で弱いですから、旨味がないでしょう」


 ランム鳥の肉や卵はあるけれど、これらは輸出品だ。

 それに、村の住人の間では貨幣経済ではなく物々交換が成り立っている。その日に取れた野菜を融通し合ったりするような緩い経済活動である。

 人口が三百超える頃には店を誘致して貨幣を徐々に流していきたいけど、今はまだ物々交換で間に合っていた。

 とはいえ、この話の流れで行商人が言いたいことくらいは察しが付く。


「タカクス村に店を構えたいんですか?」

「できれば、この村に店を構えたいですね」

「もう少し人口が増えるまで待ってください。いま店を出しても、誰も貨幣を持っていない状況ですからすぐに潰れちゃいますよ」

「それは怖い。でも、そうですよね。もうしばらく待ってみます」


 行商人を公民館に送り届け、俺は事務所に戻った。

 事務所ではリシェイ、メルミー、テテンの三人娘が夕食を準備して俺の帰りを待っていた。


「先に食べていてくれても良かったんだけど」

「せっかくアマネが帰ってきたのだから、みんなで一緒に食べ始めるべきでしょう」

「リシェイちゃんの言う通り。アマネがいない間に料理ができるようになろうとしたリシェイちゃんを止める苦労から解放されたんだから、祝わないとだよ」


 メルミーの言葉に、リシェイがジト目を向ける。否定しないということは事実だろう。

 メルミーとテテンの得意料理だけが並ぶテーブルを見れば、リシェイの料理の腕が上達していないのは間違いないようだ。修行しようにもメルミーに止められていたのだから当然か。

 テテンは小声でずっと「三人でよかったのに……」をリピートし続けている。

 約一名俺の帰宅を喜んでいないものの、四人で夕食を食べ始めた。


「――それで、魔虫関係の建材はコマツ商会に頼むの? それとも行商人さんの伝手でいくの?」


 メルミーがスパゲッティに似た麺料理を食べつつ、聞いてくる。職人だけあって、建材の購入経路が気になるのだろう。


「頼めるなら行商人さんに頼むつもりでいる。開店資金を稼ぎたがっているみたいだし、恩を売っておくのも悪くないからね」

「その言い方ってなんかあくどいね」

「関係を大事にしていきたい、と言い換えようか?」

「それはそれで告白っぽい」


 どうすればいいんだよ。

 タカクス村の会計係ことリシェイの意見はどうだろうと視線を向ける。


「私はアマネに賛成よ。魔虫狩人ギルドから弟子入り志願者を連れて来たくらいだし、ギルドの会計係と面識があるはずでしょう? 魔虫関係の建材の購入経路は持っていると思うわ。ただ、行商人は個人で動くから建材の到着が遅れる事態も考えておいた方がいいと思う」


 コマツ商会とは違って、行商人はどうしても人手が足りない。発注を掛けたからといって数日以内にお届けしますとはいかないだろう。

 家や宿の建築計画も、行商人と連絡を取り合いながらリアルタイムで進めていく必要がある。


「宿と言えば、この事務所も手狭になってきたな」


 村を興した当初は広く感じたものだけど、いまや人口百人を超え、経営資料や契約書の類も溜まってきた。何より、本来は人が住むように設計していないこの事務所に俺を含めて四人もの人間が暮らしているのだ。

 というか、いつまでこの生活してるんだよ。

 テテンが耳をぴくぴくと動かした。草食動物か。


「……愛の巣、建築?」

「誰と誰のだよ。少なくとも俺は一人暮らしするからな。もうテテンと一緒の部屋で寝るなんて嫌なんだ」


 もう寝物語にGL小説を音読されるのは嫌なんだよ。

 しかし、テテンはむっと眉を寄せた。


「困る。あの行為は一人では楽しめない……」

「おい、誤解を招く言い方をするなよ」


 リシェイとメルミーがぎょっとした顔でテテンを見た後、剣呑な光を宿した目で俺を見てくる。


「アマネ、テテンと一体どんな行為をしているの?」

「気になるなぁ。メルミーさんに詳しく聞かせてくれると嬉しいなぁ」

「まてまて、そもそも二人が俺とテテンを同じ寝室に放り込んだんだろう。それと、俺は別にいかがわしい事はしてない」

「なら、話してもらおうかしら」

「……恥ずかしい故、断る!」

「おいこらテテン、火に油を注ぐな! 恥じらうな! 頬も染めるな!」


 わいわいと騒がしくしながら夕食を終え、後腐れが無いようにとくじ引きで部屋割りを行う事が決まった。

 ――結果。


「なぜこうなる」


 頭を抱えてベッドの上にうずくまる俺と、嬉々として手製のGL小説を引っ張り出すテテンが同じ部屋になっていた。


「アマネ、今夜は……寝かさない……」

「わざとやってるだろ、お前」

「もち……」


 ぐっとサムズアップするテテンのほっぺを摘まんで左右に引っ張った。この口さえなければ、俺は夜な夜なGL小説を聞かされずに済むというのに。

 済むというのに!


「お前、ほっぺ柔らかすぎるだろう」


 なんだこの弾力。この心地よい感触を引き換えにしなければGL小説を聞かずに済む夜はやってこないというのか。ちくしょう、俺はGL小説を聞くしかないのか?


「しなひゃれかかるお姉さまの背しゅじをそっとなでぇると」

「この状況でもまだ音読するのか、本当にぶれないな」


 もういいや。諦めて聞く事にしよう。

 翌朝、本当に寝かせてくれなかったテテンと折り重なるように倒れているところを起こしに来たメルミーに発見された俺は、両者共に着衣に乱れがなかったことから無罪放免された。




「それでは、ワックスアントの蝋での複合材と甲材の仕入れを行います」


 そう言ってタカクス村を旅立つ行商人を見送り、俺は事務所に入った。

 リシェイが小さくなっていく行商人の姿を振り返る。


「もっと焦って、何でもかんでも仕入れを受け負うかと思ったわ」

「なんか、目の下にクマを作って放心している俺を見たら焦ってもろくなことにならない気がしたんだとさ」


 釈然としないけど、まぁ、行商人の悩みが晴れたなら良かったんだろう。


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