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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第二十話 橋のデザイン大会

長広舌が多めなので、いつもと台詞の書き方が異なっております。

 驚異的と表現すべき速度で橋が作られていった。

 職人たちと村人が総出で形を整えた橋を持ち上げて予定地へ運び込む。木製とはいえ総重量はかなりの物で、男女の別なく総動員だ。

 枝と枝の間に渡した吊り橋を足場に、職人たちが向かいの枝に渡るのを見届けて、俺たちは橋を向かいの枝へと押し出していく。


「せーの!」


 掛け声と同時に橋が動く。取り付けた木製の車輪がガラガラと軋む。

 ある程度まで進んだら、今度は職人達が橋の前方に付いたロープを力まかせに引く。

 グンと進んだ橋が世界樹の枝の足場から飛び出し、吊り橋の上に伸びた。まだ大部分が世界樹の枝の上にあるため、斜めに傾ぐこともない。


「いくぞ。せーの!」


 俺が掛け声をかけると、村一番の力持ちと自他ともに認めるビロースが歯を食いしばって力を込める。

 橋が再び動き出し、二十メートルほど世界樹の枝から飛び出した。


「よし、一時中断。店長、そっちから支えを頼みます!」

「任せろ!」


 橋が斜めにならないように向かいの枝から伸ばされた長く丈夫な丸太が、空中で橋の箱桁に入る。吊り橋を足場にして丸太を誘導していた職人が向かいの枝に戻ってから、再び橋を押し出した。


「一気に行くぞ、せーの!」


 ビロースが熊を思わせる雄たけびをあげ、釣られたように若手の魔虫狩人たちが気合の入った声を張り上げる。ひとり冷静なマルクトは、何故か上半身裸だった。

 軋みあげる車輪の音がカラカラという空転音に変わり始める。橋がほぼすべて空中に出たためだ。


「やるぞ、おめぇら!」

「おう!」


 店長さんの号令一下、見事に統率された動きで職人たちが丸太を押し下げる。てこの原理で橋の向こう側が僅かに持ち上がり、用意されていた橋の受け皿ともいえる台座部分に乗せられた。

 そこから先は神速の職人たちが仕上げてしまう。

 橋の末端部と台座とを固定し、そのままでは箱桁の中を通らざるを得ない状態から床版に登るための緩い坂を設置する。この坂は世界樹の枝と橋、台座とを固定するための物であり、同時に橋が強風などに煽られても落下しないように食い止めるための錨のようなものでもある。

 世界樹の枝から宙ぶらりんになっている橋なんて見たくはないけど、そんな事態も起こり得るのなら対策は必要なのだ。

 最後に、店長さんが職人を引き連れて橋を点検しながら渡ってくる。


「自分で架けた橋を誰よりも最初に渡り切る。職人やっていて一番うれしいのはこの瞬間だな」


 渡り切った店長さんがそう晴れやかに笑い、俺に手を差し出してくる。


「完成だ」

「お疲れ様でした」


 店長さんと握手すると同時に、村のみんなが盛大な拍手を送ってくれた。

 今日、タカクス村に初の橋が完成した。

 全長六十メートルほどの小さな橋だが、これでタカクス村は二つ目の枝を持つことになった。

 新しい設計図の通りに欄干には矢羽模様の彫刻が施され、飾りにしかなっていないストラットが側面に並んでいいアクセントになっている。幅は四メートルに届かない程度。今回は支柱を設けなかったが、世界樹のバカげた強度とこの世界の職人たちの腕により落ちる心配はない。

 定期点検は必要だけど。

 塗装を施されていない木目が浮いた橋は、メルミー作の柔らかな彫刻を引き立たせている。

 優しい見た目の良い橋だ。

 俺が橋の外観を眺めていると、リシェイが俺の服の袖を引いた。


「みんながうずうずしてるわよ」


 言われて振り返れば、村のみんなが早く橋を渡ってみたいと表情で語っていた。


「向こうの枝で完成式典をやるぞ。打ち合わせ通りに準備を始めてくれ」


 俺が声を掛けると、村のみんなは公民館や自宅に走り、食材や調理器具、簡易机などを運び始めた。

 俺は店長とメルミーを見る。


「店長さんたちは先に向こうの枝に渡っていてください。メルミーもな」


 工事中は落ち着いて話もできなかっただろうし。


「そうか。なら、先に行かせてもらう」

「アマネも早く来てねー」


 メルミーが手を振りながら橋を渡って行く。

 言動は変わらないのにどことなく女らしくなったメルミーがあの橋の上にいると、三割増しで可愛く見えるから不思議だ。

 俺は公民館へ歩き出す。


「リシェイは机等の備品チェック。テテンは各家の火の元確認。俺は料理の確認をしてくる」

「分かったわ」

「……了解」


 テテンがパタパタと村へ走って行く。

 俺はリシェイを連れて完成式典の準備に向かった。



 新しい枝の上での完成式典は村の作物やランム鳥の焼鳥、燻製肉、卵料理などを振る舞うものだった。

 タカクス村で採れた食材ばかりなので、料理の数は多いがそこまで豪勢というわけでもない。

 だが、肉類が高騰しやすい人口密集地の際たるヨーインズリーに住む木籠の工務店の面々には豪勢な食事に見えたらしい。


「丸焼きなんてずいぶん久しぶりに見たぞ」


 店長が小皿に切り分けたもも肉を食べながら言う。

 ここで言うずいぶん久しぶりとは数十年単位の話である。


「干し肉や燻製肉は食べるでしょう?」

「あぁ、ランム鳥にしろコヨウにしろ、干し肉と燻製肉は出回ってるな。そこそこ高いが、ウチはこれでも稼いでいる方だから食べる機会も多い。だが、丸焼きはまずないな。五十年ぶりくらいか」


 そう言って、店長が思い出したように橋を見る。


「言い忘れていたが、大会への出品は急いだ方がいいぞ」

「大会?」


 何の話だろうと思って首を傾げたら、店長は気付いてなかったのか、と苦笑した。


「五十年に一度開かれる大会だ。期間中に完成した橋を対象に、技術、外観なんかを基準に選定するんだ。何のためにアマネに設計し直させたと思ってやがる」

「そういう魂胆だったんですか」


 橋のデザイン大会か。聞いたことはあったけど、五十年に一度という開催頻度のせいですっかり忘れていた。

 いくつか前に開かれた大会ではハラトラ町にあるニャッタン橋に似た白い橋がぶっちぎりの最優秀だったはずだ。


「今大会はケインズの村に架けられた橋も出る。ヨーインズリーが焦ってるのはそこだ」

「ヨーインズリー上層部のライバル意識は相変わらずですね」

「ビューテラームの方も相当だがな。まぁ、そんなわけで、アマネの橋が出ないのはまずいって判断なんだよ」


 大会への出場登録は建橋家が行う場合とその橋の所有権を持つ施主となる町などの創始者一族が行う場合の二つがある。

 今回の場合、建橋家は俺だし、施主もタカクス村の創始者である俺だ。俺が登録に動かない限り選定対象外になる。


「手紙でも出来ますかね?」

「そう言うと思って参加申請書を持ってきてある」


 用意が良いなぁ。

 店長から渡された用紙には手紙が付いていた。封を切って中身を読んでみると、コマツ商会の会長からの激励が書かれている。

 コマツ会長まで負けず嫌いなのかと思えば、ウチの商会で発注した資材が使われた橋ですとアピールしたいからだと書いてあった。隠し事をしないその姿勢、大好きだ。

 選考日までは時間がないらしく、俺は料理が乗っているテーブルの端に参加申請書を置いて必要事項を書き込んだ。



 一か月後、俺はリシェイやメルミー達に村の運営を任せて西の摩天楼ことビューテラームに来ていた。

 五十年に一度開かれる橋のデザイン大会の結果を見届けるためだ。

 会場として指定されているのはビューテラームの広場に面した教会である。


「あの教会かな。それにしてもなんか妙な感じが……」


 足元に違和感を覚えて目を向けると、わずかに傾いているのが分かる。半円形の広場が教会に向かって傾いているようだ。

 イタリアのカンポ広場のようだが、広場を取り囲む建物はそこまで厳密な規定の下に統一されているわけではない。広場から教会を見て左右対称になるように意識された建物のデザインが見て取れるが、どことなく〝ズレ〟がある。その〝ズレ〟が生活感を生んでいて、肩肘を張った場所ではなく、あくまでも憩いの場としての広場を成立させていた。

 おそらく、設計者は〝ズレ〟が生じる事も織り込み済みでこの広場を作ったのだろう。

 設計者の思惑通り、広場には屋台が散見され、屋台の店主が運び込んだと思しきベンチの上では屋台で買った食べ物を食べる人が見て取れる。

 俺は屋台でクレープのような食べ物を買い、ベンチで食べてみた。


「いいな、ここ」


 なんか落ち着く。賑やかなのに落ち着くというか、この喧騒を構成している一人が自分だという認識というか……。

 そう、人の輪の中に入っているような感じだ。広場で一人でクレープをかじっているのに孤独感がない。

 得心がいった直後、ベンチの隣に見知った人物が腰かけた。


「よう、久しぶり」

「ケインズか」


 ベンチに座ったケインズは俺と同じクレープを片手に白い歯を見せて笑った。


「なにほのぼのしてんだよ。これから大会だろう?」

「それはそうだけど、橋はとっくに完成しているし、今日は結果発表だけだ。ピリピリしてても仕方がない」


 ケインズに言葉を返して、クレープをかじる。トウムを粉にしてから捏ねて焼いた生地で甘みのある野菜を包んだものだ。優しい甘さが心地よい。


「この広場、ビューテラームが町だったときに作られたんだとさ。いまから二千三百年前」


 ケインズが教会を見ながら言う。


「二千三百年なんて想像できないよな。設計者もとっくに死んでる。でも、こうして広場は残ってる」

「俺たちも後世に残るモノを作りたいって話か?」

「もっとでっかく、後世に残してもらえるものを作りたいって話さ」


 どう違うのか。

 人に価値を認められる。二千年以上もの長い間、価値を認められ続ける物を作りたいという事だろう。

 この広場は独りよがりな人間には設計できないだろうから。


「行こう。大会の結果も、アマネが作ったっていう橋も気になる」

「俺もケインズが作った橋が気になるな」


 揃って立ち上がり、教会に向かって歩き出す。

 教会は見事なスターヴ建築だった。

 左右対称の建物で、独立した左右一本ずつの塔と、祭壇のある内陣あたりにさらに一本の塔が立っていた。天井は低く、左右の塔の間は空中回廊で結ばれている。


「あの空中回廊の中央の窓から、優秀作品と建橋家の名前が書かれた垂れ幕を垂らすんだってさ」

「けっこう派手なことするんだな」

「五日間は垂れ幕を維持するんだと。奥に見える塔にはこれまでの優秀作品のスケッチと建橋家の名前が張り出されてる。僕も勉強がてら、何度か見に行ったことがあるよ」


 ケインズはそう言って教会奥の塔を指差した。

 ビューテラームに事務所を構えていたケインズなら、足を運ぶ時間も自由にとれただろう。俺も大会が終わったら行ってみようかな。

 身廊には今回の大会参加者たちが勢ぞろいしていた。身廊内のベンチに腰かけて、本来なら司教が説教に使うであろう雛壇を眺めている。

 ひな壇の後ろにはたくさんのスケッチが張り出されていた。その中に、タカクス村に架けた橋もある。

 今大会の出品作品の一覧だろう。


「ケインズのは?」

「右端の列の上から二番目」

「あれか」


 書かれている説明文には全長百二十メートルほどで幅は七メートル。枝二本の間に架けられ、重量を支えるために支え枝を別の枝から伸ばして支柱としている。

 箱桁橋だが、両端は二股に分かれている。Y字を底辺で連結させたような特殊な形状の端だ。分岐点に支え枝の支柱が接続されているから、見た目の割に安定しているだろうことは想像に難くない。

 注目すべきは床版の模様だろう。

 世界樹の板を軽く焼いて黒ずませ、その黒ずんだ板で橋を渡る人間の動線を図式化している。あの線の上を歩けば反対側から来る者とぶつかる心配がない。

 黒ずんだ板と手を入れていない自然のままの板、二つの色合いの木板はスケッチで書かれている事もあってか橋をモノクロ写真のように見せている。

 青い空の上で二本の世界樹の枝にかかるモノクロの橋は、非現実的な浮遊感で橋が落下する事への恐怖を微塵も抱かせない。

 動線を図式化するという現実的な手法を用いながらも、背景の空を加味した非現実的な色合いで芸術の域に押し上げられた橋。ケインズらしい橋と言えた。


「アマネのは二つも出てるんだな」

「二つ?」


 俺が応募したのはタカクス村の橋だけのはず。

 ケインズが指差したのは、確かに俺の作品だった。

 村を作るほんの少し前に作った、橋とその上にあるイベント会場だ。かなり大きな仕事だったはずなのに忘れていた。

 おそらく、俺に依頼してきた創始者一族が施主として出品したのだろう。

 イベント会場への経路を考えた造りに加え、橋の上からイベント会場のデザインを一望し、橋を渡りながら会場内で催されるイベントへの期待感を高められるように配慮されている、などと背中がかゆくなるような寸評が添えられていた。

 しかしながら、この大会は橋そのものを見る大会であるため、やや場違いでもある。選考委員も応募されたから寸評したものの、イベント会場と合わせて一つの造形物となっていて切り離すことができず、大会の趣旨に反するため選考対象外、と結論を出していた。

 実質的に、今回の大会で選考対象になっているのはタカクス村の橋だけだ。


「――それでは、期待の若手二人が入場したところで始めると致しましょう!」


 俺とケインズの到着を待っていたように、司会役の男が颯爽とひな壇に現れて選考結果の発表を始めた。

 俺たちの到着が遅かったわけではないのだけど、参加者はすでに揃っていたために早めの開催となったようだ。

 俺はケインズと並んで開いているベンチに腰掛ける。


「今大会に出品された橋の総数は二十三基。また、選考対象外となったのは七基です。七基のうちの幾つかは正面に張り出しておきました」


 司会役の男は大げさな身振りで右腕を後方へさし伸ばし、出品作品のスケッチを示した。

 ベンチに腰を落ち着けて改めて見てみると、スケッチはどれも写実的で各橋の長所を前面に出した描き方をしている。


「あのスケッチって誰が描いてるんだろう」


 思わず呟くと、隣に座っていたケインズが肩をすくめた。


「摩天楼ともなると画家を抱えているから、そのうちの誰かさ。ヨーインズリーにいた頃はカラリアにも話が来ていた」


 ケインズの右腕、カラリアさんは絵心のある人だったのを思い出す。

 受注競争ではカラリアさんの完成予想図にしてやられたのだ。あの腕なら、スケッチを頼まれたりもするだろう。

 司会役の男が選考対象外の橋について少し解説を挟む。


「大会の趣旨に反しているために選考対象外となりましたが、どれも一見の価値のある作品です。

 こちらの空中教会は全方位どこから見ても調和がとれている。橋の上にあり、周辺に構造物がない事から影を落とす問題から解放されており非常に高い天井を実現しております。

 教会内部から天井を見上げれば、美しく高いアーケードを堪能できるのです」


 いくつかの紹介をした後、司会役が大会の本筋に話を戻し、十位から順に橋と建橋家の名前、架けられた町や都市の名前を読み上げる。


「――では、上位五名の発表です」


 ここまで俺の名前が呼ばれてないんですけど。十位にも入らなかったか。

 半ばあきらめかけた時、司会役の右手が俺の橋を示した。


「期待の若手建橋家が一人アマネ氏によりタカクス村に架けられた、その名も矢羽橋!」

「……え?」


 つい間抜けな声を出した俺を、ケインズが横から肘でつついて正気に戻してくれた。

 いやでも、ちょっと評価高すぎないか。

 内心慌てていると、司会役の説明が入る。


「比較的短いながらも、装飾性に富んだ橋です。

 通したたらには規則的な連続模様を用いていますが、この模様の彫刻が素晴らしい。アマネ氏と懇意にし、村にまでついて行った年齢二桁のお嬢さんの手によるものとの事で、柔らかな造形が朝から夜まで如何なる光の下でも損なわれていない。

 あぁ、参加者の皆さん嫉妬の目を向けるべきは司会のわたくしではなく、そちらに腰掛けているアマネ氏です。どうぞお間違いなきよう」


 やめて!

 突き刺さる視線に身を縮こまらせる俺を捨て置いて、司会の話は続く。


「この矢羽橋ですが、側面にはストラットを飾りとして用いております。

 機能美を追及するアマネ氏には珍しい完全な飾りですが、優美な彫刻を施された橋の上部へ向いてしまいがちな視線の比重を下へ向ける役割を担っております。

 距離を空けると視認し難い彫刻の欠点もこのストラットで補完し、遠方から見た際の橋の外観に遊びを加えてある」


 そういう評価ができたのか。

 納得していると、司会が四位の発表を行うため右腕を動かす。


「四位、こちらも若手の建橋家です。ケインズ氏によりアクアス村に架けられたモノクローム橋!」

「……え?」


 ケインズ、お前もか。

 無言で肘を入れてケインズを正気に戻す。


「このモノクローム橋、動線の図象化を高い次元で行い、実用性を兼ね合わせた橋となっております。

 単純に見えて、これは橋が架かる二本の枝に存在する居住区の人の動線を把握していなければ作り様がない。芸術性、実用性が共に高い素晴らしい橋ですね」


 司会のべた褒めにケインズが照れている。

 司会の言う通り、ケインズのモノクローム橋は様々な角度で高評価を得る橋だと思う。

 それだけに、三位以上の橋が気にかかった。


「それでは、三位以上の橋の発表です。どうぞ!」


 司会役の男が右手の指を鳴らして合図を送る。

 すると、ひな壇に横から上がって行く三人の姿があった。それぞれがスケッチを両手に持っている。

 三位以上は一度に紹介するようだ。


「――って、フレングスさん?」


 ひな壇に上がって行く建橋家の一人の顔を見て、俺が声を上げると、建橋家としての我が師匠フレングスさんは俺に気付いたように横目を投げてにやりと笑った。

 司会役の男が三位の紹介をしている間、俺はフレングスさんが掲げている橋のスケッチに視線が釘付けになっていた。


「二位、フレングス氏によりサラーティン都市とクラムト村の間に架けられた眼鏡橋!」


 眼鏡橋、そう言われて思い浮かべるのは石造りの二連アーチ橋だが、フレングスさんが掲げているのは違う。

 あれはレンティキュラートラス橋だ。十九世紀中ごろにヨーロッパやアメリカで流行した、トラス橋の一種である。

 上下の弧を描く鋼材を用いてメガネのレンズのようなトラスを作る橋で、二十世紀には日本でも建築例がある。

 上下一対の弧が描く曲線が優美な印象を与える橋でもあるのだが、フレングスさんの橋は一歩踏み込んでいた。


「この眼鏡橋のスケッチには橋の両端にサラーティン都市の教会とクラムト村公民館がある事が分かります。

 実はこの眼鏡橋、橋の中央の幅と両端の幅が合っておらず、端へ行くほどやや狭まっているのです。

 橋そのものの大きさもあり、渡っている間は注意していなくては気付かない些細な幅員の変動。しかし、橋を渡りつつ行く先に目を向ければあら不思議、教会にしろ、公民館にしろ、錯覚によって実際よりも大きく立派に見えてしまう。

 この橋は眼鏡橋の名の通り、橋を渡った先にある教会や公民館を大きく見せる効果のある橋なのです」


 逆遠近法を利用した錯視効果だ。

 レンティキュラートラス橋は両端に行くほど幅が狭くなる。だから、橋は平行線二本で構成されているという先入観で視界に入る欄干を基準にしていると、その奥にある教会や公民館との距離感を見誤り、実際以上に大きく見えるのだ。

 それ自体が優美で少しユーモラスなレンティキュラートラス橋はそれだけで芸術的な評価を貰えるだろうが、フレングスさんは橋をあくまで人が通る道として考えた上で、道の先にあるものへの期待感を募らせる錯視効果を取り入れた。

 納得の順位だ。


「では、上位お三方から今回の参加者へお言葉をどうぞ」


 司会役の男が場を譲ると、一位と三位がフレングスさんに頷きかける。

 答えるように頷いたフレングスさんが一歩前に出て、腕を組んだ。


「五位に弟子が入賞した。それ自体は喜ばしい。だが、同時に不甲斐ない!」


 フレングスさんが俺とケインズを睨んだ。


「年齢二桁の若造に負けてどうする。いいか、先達ってのは先に仕事してるやつの事じゃねぇ。あとから来る連中を指導する奴の事だ。まだまだ若い連中に負けていられないだろうが!」


 表彰台にあと一歩まで俺とケインズが迫っていることに危機感を抱け、とフレングスさんが発破を掛ける。

 息を吸い込んだフレングスさんとともに、表彰台の二人も声を合わせた。


「今回アマネとケインズに負けた者は一層の奮起を誓え!」


 俺はケインズと顔を見合わせる。


「……俺たち仮想敵にされてないか?」

「……表彰台を争える腕だと認められたんだと思おうぜ」

「そうだな」


 ざわざわと騒がしくなった教会内の空気を破るように、俺はケインズと示し合せて立ち上がり、表彰台を揃って指差す。


「次は俺たちがそこに立つからな!」

「上等だ。生意気ども!」


 売り言葉に買い言葉で、橋のデザイン大会は終了した。

 五十年後、おそらくは俺とケインズが各々の村を町にした頃にまたこの大会は開かれる。

 その時には、フレングスさんのように、橋の枠に収まらない橋を架けてみたいと心の底から思った。



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