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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第十八話 支え枝の工事

「足場の設置を始めてください」


 タカクス村のある枝から垂らしたバードイータースパイダーの糸で作った縄梯子を固定し、俺は職人に声を掛けた。


「はいよ!」


 職人たちが命綱を縄梯子に引っかけ、足場を作っていく。

 支え枝の苗木はすでに枝へ根付いている。接ぎ木の要領で癒着した苗木は世界樹そのものなので、そう簡単には枯れない。

 後はこれが世界樹の枝から栄養を吸収し、成長するのを待つだけだ。側枝を丹念に払いながらタカクス村がある枝の高さまで伸ばし、そこに癒着させる。

 職人たちが作っているのは側枝を払う際の足場であり、後々俺が使う物だ。

 高さは十二メートルほど。世界樹の枝ならば三年ほどで到達してしまう高さである。

 職人たちの足場が完成すれば、タカクス村から直接降りてくることも可能ではあるのだが、多人数が同時に行き来できるようには作っていない。使うのは俺だけになる予定だ。


「アマネさん、こっちに来てください」


 職人に呼ばれて足を向ける。


「この後、上の枝に戻って家を建てるんですよね? 親方が設計図を見せてほしいってんで、どこにあるか教えちゃもらえませんか?」

「事務所の方にあるんだ。俺が行くから、作業を続けておいて」

「うっす」


 親方を見つけて、事務所に設計図を取りに行く旨を伝える。


「頼んます。この後も他の村で倒壊した建物の建て直しやら色々あるもんで、忙しいんですわ」

「雪揺れの被害ですね。話は聞いています。それでは、ひとっ走りしてくるので、ここをお任せします」


 俺は縄梯子を伝ってタカクス村へ向かう。しっかり固定してあるとはいえ、風に煽られるとかなり怖い。

 まぁ、橋を作る時よりはましだ。見下ろせば地面があるんだから。

 タカクス村に着いて、俺は命綱を外し事務所に向かう。

 春先早々に忙しいったらない。冬支度の時より忙しいくらいだ。


「リシェイ、家の設計図を持ってきてくれないか?」

「ちょっと待ってて」


 机の上に用意していたらしい設計図を持って、リシェイがパタパタと駆け寄ってくる。


「これよね」

「ありがとう。それから、炊き出しの準備はどうなってる?」

「メルミーが公民館で指揮を執ってるわ。もうじき準備が終わるから、直接食堂に連れてきて良いそうよ」

「わかった」


 気を使ってくれたリシェイが、風で設計図が飛ばされないように丸めて筒に入れ、提げ紐を俺の手首に縛り付けてくれる。

 リシェイに後を任せて事務所を出た俺は、再度命綱をつけて下の枝に降り、親方に設計図を渡した。


「そんなに凝った代物造るわけではないと。新進気鋭の建橋家が村長やってるっつうもんだから、南のアクアスみたいなものを建てるのかと思ってましたがね」

「ケインズとは方向性が違うので」

「へぇ」


 親方は支え枝の足場を見る。

 ちょうど完成するところだった。


「お前ら終わったら降りて来い」


 親方が声を掛けると、職人たちが作業を終えて片付けをしながら降りてくる。

 俺は親方に視線を向けた。


「村の公民館に昼食を用意しているので、ついてきてください」

「そいつぁ助かります。うちの連中は食べ盛りなもんで、ご迷惑をおかけします」


 親方含む職人さんたちを連れてタカクス村に戻る。

 公民館の食堂はすでに準備が整っていた。

 並べられたテーブルと椅子。テーブルの上には村の畑で採れた春野菜のサラダとランム鳥の卵焼き、冬の間に作った中でも出来のいい燻製にしたランム鳥のもも肉が並べられている。

 ランム鳥の燻製もも肉は山椒に似たピリッとくる辛さと凝縮した鳥の旨味が味わえる品だ。カッテラ都市で作られる燻製肉には及ばないが、職人達にもなかなか好評みたいで安心する。

 親方が燻製肉を味わってから俺を見る。


「午後からすぐに家の方を始めますんで、資材を頼んます」

「分かっています」


 職人たちが食事をしている間に、俺は公民館の厨房を覗いてメルミーを見つけ、声を掛ける。


「家造りを始めるから、メルミーも手伝ってくれ」

「あいさー」


 皿洗いの手を止めてサラーティン都市孤児院出身の女の子と交代し、メルミーが俺についてくる。


「こんなに早く家を建て始めてよかったの?」

「公民館がいっぱいだからな。客を泊める部屋もないまま一年も過ごせない」


 この間タカクス村に移住してきた住人の若い魔虫狩人の訓練がてらビロースが仕留めてきた魔虫の素材がある。売却すれば玉貨一枚か二枚の資金にはなるだろう。

 若者たちは最低限の荷物だけ持ってやってきたため食費も魔虫を狩って来た素材の売却額で賄っている。おかげで村一番の力持ちであるビロースが若者たちと狩りに出る頻度が多く、畑仕事に少々影響が出ていた。

 それでも、俺やビロースなど魔虫狩りの経験者全四名では手が足りなかった周辺の安全を確保できるようになったのは大きい。タカクス村周辺は無人のため、どうしても魔虫の脅威がぬぐえなかったのだ。


「春になって魔虫も活発に動き始めるからな。魔虫狩人が増えたのは中期的に見てありがたい」


 短期的には、彼らの食費がかかってしまうけど。


「外に魔虫狩りを頼むと玉貨一枚だっけ?」

「種類と状況による」


 共有倉庫から必要な資材を引っ張って入口へ並べていく。


「いま、村の人数が七十人でしょ。疎開してきた十人は除いても六十人。家がない子、全員分の家を建てるの?」

「建てたいところだけど、場所が足りない。橋を架けることになると思う」

「……まじ?」


 メルミーの問いに頷く。


「まだみんなには言うなよ。橋を架ける費用が捻出できるかまだ分からないんだ」


 ランム鳥は急速に増やしているが、今年でどれくらい稼げるかで計画を実行に移せるかが決まってくる。

 タカクス村から一番近い枝まで橋を架けるとすれば、玉貨二十枚は欲しい。二本目にする枝はすでに決めてあるから一度試算してみたが、箱桁橋を押出し式で架ける事を考えて、玉貨二十枚で資材の発注や組み立てなどは行える。後は職人を村に入れての工事期間分の宿泊費などで鉄貨二百枚か。

 六十メートルに満たない程度の橋だからこの程度で済んでいる。

 だが、実際に工事するとなれば一度は向こうの枝に足場としての吊り橋を架けないといけないし、バードイータースパイダーの糸による落下防止ネットの設営なども必要になる。

 玉貨がさらに五、六枚は飛んでいくはずだ。

 かなり大規模な計画になるだろう。それでも公民館の方が玉貨三十枚掛かっているので村一番の建築物という事になるのだけど。

 資材を揃えたところで親方率いる職人さんたちが食堂からやってきた。


「それじゃあ、後半と行こうか」



 家を五軒建てた後、春も終わりに差し掛かる頃に俺は若手の魔虫狩人を五人連れてカッテラ都市に向かった。

 目的は魔虫の素材を売り、魔虫狩人ギルドから金をふんだくるためである。慈悲はない。

 魔虫の素材を若手たちに持たせて、俺は弓と矢を手に久々の実戦だ。しばらく支え枝や家の建築にかかりきりだったから訓練しかできていない。


「ビロースさんの強弓は凄まじいっすけど、アマネさんは速射が得意なんでしたっけ?」

「速射って魔虫相手にどれくらい役に立つんすか?」

「実戦で使える腕前の速射って見た事ないもんで、不躾な質問ですみません」


 若手たちが言ってくる。

 別に悪気はないだろうし、彼らが来てから二カ月ほど経った今も俺の実戦での姿は見せていないから実力が気になるのも分かる。ビロースと違って俺は歳も彼らにかなり近い。

 だが、去年村を出て魔虫狩人になった彼らと幼少期からじっちゃんに鍛えられた俺では実力がはっきり違うとビロースも言っていた。ビロースは未だにじっちゃんにコテンパンにされたのが堪えているらしい。


「それじゃあ、お前らそこに隠れてて」


 俺は弓を取りだし、弦を一度ひいて張り具合を確認する。


「隠れるって、獲物もいないのに?」

「いるだろ、あそこ」


 俺が指差したのは二キロほど先にいる魔虫だ。


「ブランチミミックじゃないですか。まさか、あれをやるんですか?」


 若手の一人が渋い顔をする。

 ブランチミミックはナナフシに似た魔虫だ。ここから見る限り今回の獲物は大体七メートルほどの大きさだが、過去には十五メートルクラスの大物が見かけられた記録がある。

 世界樹の葉を食べるため人は襲わないのだが、その甲殻や足は強靭で弾性を持ち、魔虫狩人用の最高級の弓の材料や、空中回廊の振動軽減に用いられる。

 ただし、体液には甲殻や足の弾性を失わせて硬度を増す成分が含まれているらしく、体液が付いた部分は買い取りを拒否されるほど使い道がない。

 ビロースのような強弓を得意としている魔虫狩人には敬遠される魔虫だ。

 若手たちは強弓で体液を飛び散らせるのが怖いのではなく、単純にでかいため仕留め切る自信が無いのだろう。


「隠れてなって。始めるからさ」


 若手たちを下がらせ、俺は矢筒から矢を七本引き抜く。

 ブランチミミックは丸々素材に出来れば玉貨七枚は確実の美味しい獲物だ。カッテラ都市への出発時期をずらしたのも、道中でこいつを探すためだった。

 俺は曲射でブランチミミックの触角を狙う。

 放った第一射はブランチミミックの触角の先を掠り、俺に注意を向けさせた。

 すかさず鏑矢で俺の所在を知らしめ、ブランチミミックを挑発する。

 ぱっと翅を広げたブランチミミックが俺に向かって飛んできた。細いとはいえ七メートルもある生き物が飛んでくるのはさすがに威圧感がある。

 慣れてるけど。

 俺と同じ枝まで飛んできたブランチミミックが翅の風圧で吹き飛ばそうとしてくる。

 鬱陶しいので翅に向かって返しの付いた木矢を放った。

 翅に突き刺さった木矢がブランチミミックの飛行能力を極端に落とし、枝への着陸を余儀なくさせる。

 ブランチミミックが着地する直前、俺は矢を頭上へ四本放ち、矢筒から新しい矢を三本取り出す。

 同時にブランチミミックへ向けて真正面から走り込んだ。

 当然、ブランチミミックは突っ込んでくる俺の迎撃に移る。

 俺は左足を踏ん張って走り込んだ勢いを殺し、取り出したばかりの矢の一本でブランチミミックの頭の付け根を狙う。

 ナナフシに似た形状のブランチミミックは脚も非常に長く、頭は三メートルほど上にある。

 俺を噛み殺すべく口を開いたブランチミミックだったが、直後に大きく仰け反った。

 先ほど頭上に俺が放った四本の矢が空中から落下してブランチミミックの胴体に突き立ったのだ。

 隙を見逃してやる義理もない。


「あばよ」


 俺が放った矢はブランチミミックの頭の付け根に突き立つ。

 最後に、頭に矢を突き立てれば、後は体力が尽きるまで放置するだけだ。

 俺は予備に残しておいた一本を矢筒に収め、ブランチミミックから距離を取る。


「これが速射の使い方だ。一人で効率よく魔虫を仕留められる。力加減を間違えなければ、ブランチミミックでも利益が上げられるんだよ」


 隠れていた若手たちに呼びかけ、ブランチミミックの素材の剥ぎ取り方を教える。体液が付くと使い物にならないので血抜きするように体液を流し出してから解体するのだ。

 一部の甲殻に矢が刺さっていて売り物にならなかったが、足は完全に無傷で取れた。ブランチミミックは脚を自切している場合も多く、使い物にならなかったりするのだけど、今回は無事だ。


「これだけでも鉄貨七百枚はいける。まとめ売りでも値段が変わらないのが悲しい所だけど、甲殻も多少はあるし……」


 玉貨二枚と鉄貨四百枚くらいにはなるか。

 丸々素材に出来れば一匹からとれる量の問題もあって玉貨七枚になるのだが、そこまで綺麗に仕留められるのはじっちゃんのような大ベテランだけだ。大概は俺以上にひどい状態にして売れる場所もなく矢を無駄にして、しばらくは節約生活を強いられることになる。


「さぁ、魔虫狩人ギルドはいくら持ってるのかねぇ」

「村長、怖い顔してますよ」


 カッテラ都市に到着して早々、俺たちは魔虫狩人ギルドにお邪魔した。

 夕暮れ時、魔虫狩人たちが明日以降の予定を立てるために集まる時間帯だ。ビンゴである。


「おい、あれ、ブランチミミックの脚だろ?」

「久しぶりに見たな。あの若造どもが狩ったのか?」

「いや、先頭にいる奴見たことがある。タカクス村のアマネだ。あいつがやったな」

「会計からふんだくったって噂の?」


 どれくらいその噂広まってんの?

 受付は俺の顔を見るなりすぐに素材売却だと分かったらしく、会計役を呼んでくれた。

 すぐに現れた会計役は、ギルド内の空気に気付いてごくわずかに眉を上げた。


「お久しぶりです。アマネさん。いきなりやってくれましたね」

「いやぁ、みんな、最高級弓の素材の質くらい見ておきたいかなって」


 笑顔で言葉を返す。いや、ブランチミミックの脚を買い取らない選択肢もあるよ? 俺は直接商会に持って行く事もできるんだから。

 でも、商会が買って最高級弓が外に流れたら魔虫狩人の皆さん残念がると思うなぁ。

 そこんところ、会計さんはどう思うかなぁ。

 にっこり笑顔を浮かべて見せると、会計役は俺の後ろの若手五人に目を向ける。


「ね、こういう人なんですよ。油断も隙もないんだ。持ち込み品の検分は裏手の倉庫でやるのにわざわざ表から来るんですから」

「裏にいきなり持ち込んでも手続きの問題があるからですよ。人をうっかり屋みたいに言わないでくださいって」

「うっかり屋なら良かったんですけどねぇ。……玉貨を用意しておいてください」


 受付に言い置いて、会計役が俺たちを倉庫へ案内してくれる。

 今回は目玉のブランチミミックの脚の他、ビロース達が春の間に討伐したワックスアントの甲殻、蝋などを売り、玉貨十三枚の儲けとなった。

 ワックスアントの甲殻は多少買い叩かれている。ブランチミミックの脚の件があるので儲けすぎないように譲っておいたのだ。

 会計さんから代金を貰いつつ、釘をさす。


「あんまり、俺を悪徳商人みたいに言わないでくださいよ。村に来る商人の方が減ったら困るんです」

「アマネさんは村長より魔虫狩人の方が向いてそうですけどね。噂の件ですが、支部長との会話を盗み聞きされてしまったらしいんです。どうもすみません」


 本当に申し訳なく思っているらしく、会計さんは頭を下げてくる。

 あの時も表から来たから半ば周知の事実だったけど、一応は顧客情報だ。外部に漏れるとまずい事もあるだろう。

 俺は謝罪を受け取りつつ、話を切り出す。


「それなら、ギルドに何かを買わされたように見せれば、お相子って事で噂も小さくなりますかね」

「……ご希望の品は何でしょうか?」


 商談は終わりと思って弱みを見せたことを内心後悔しているのだろうけど、ごめんね。搾り取る気で来てるんだ。

 俺は神妙な顔を取り繕って倉庫の中を見回すフリをする。入った時にはすでに目星をつけていたその品に目を止めて、指差す。


「バードイータースパイダーの糸で作った落下防止用ネットが欲しいですね」

「素材の状態ではなく、落下防止用ネットに加工した上での販売ですか?」

「一応は取り扱ってると思いますけど?」

「えぇ、商会に話を通して加工からお願いする事は出来ますけれども」


 魔虫狩人ギルドが懇意にしている商会は素材の扱いが上手い。専門の職人を抱えている事だって少なくない。

 そんな商会に直接発注しても、小さな村相手に売ってくれるとは限らないのだ。コマツ商会に発注すると運送費用もあってかなり高くついてしまう。

 そんなわけで、ここでギルド経由の購入依頼という形を取らせてもらう。


「ギルドを経由しているわけですから商会に少ないながらも恩を着せる事は出来るでしょう? 値切るつもりもないんですよ」

「なるほど、そういう事でしたか。双方の益になりますから、私共としても断る選択肢はありませんが、どうして急に?」

「橋を架けるんですよ」

「もうですか?」


 会計さんが驚いた顔をする。

 今回の儲けで住居の手配は済む。

 橋を架けるにはいささか足りないが、落下防止用のネットを先んじて購入しておくのは損にならない。

 むしろ、ギルドを通さない分、後で発注する方が手間と時間と金がかかる。


「今年の儲けを見ながら、準備だけは整えておこうかと思いまして」

「では、いますぐに橋を架けるわけではない、と。それでもやはり早いですね」


 そう言いながら、会計さんは落下防止用ネットの手配を済ませてくれた。


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