第十五話 移住者受け入れ
カムツ村から疎開者の一団が到着したのは燻煙施設が完成した翌日だった。
前回来たときにはなかった真新しい燻煙施設に驚いた顔をしているカムツ村長を事務所に案内する。疎開者はみんなメルミーとリシェイに任せて公民館に向かってもらった。
今頃、ビロースが村の男手を集めて新しい畑の準備をしているだろう。
「発展著しいですね。前に来たときにはなかった建物があるとは思わなかった」
「たった六十五日しか経ってませんから、驚くのも無理はないですね」
雨の影響で一時工事が中断されたりもしたが、燻煙施設はおおむね予定通り完成した。
ちょうど秋も迫ってきたところなので、今年の冬支度には熱源管理官テテンの初仕事が待っている。
事務所に通して、お茶を出す。
「カムツ村長はこれからどうするおつもりですか?」
「一晩泊めていただいて、村に戻ります。建物の管理などは村長の仕事ですから」
「そうですか。何かあれば遠慮なく手紙など送ってください。力になります」
あまり大きなことは出来ないけど、ランム鳥の肉が食べたいとかなら相談に乗れる。
燻煙施設ができたので、遠方に卵を輸出することもできるようになった。燻製卵だけど。
カムツ村長は礼を述べた後、話がある、と切り出した。
「前回、この村を訪れた際にご相談いただいた人手不足について、解消のめどは立ちましたか?」
「いえ、今年は私のわがままもありまして、動かせる資金が少ないもので他所の大会への出資もできませんでした」
来年からはランム鳥の飼育規模拡大で少しはやりくりできるようになるとは思うんだけど。
今の飼育小屋にはランム鳥が四十羽ほどいる。今年は冬支度で少し多めに干し肉を作り、カッテラ都市などに輸出する予定だ。
ゴイガッラ村から預かったランム鳥もすでに送ってある。先日ゴイガッラ村長から手紙が来たが、現在は輸出を中断してランム鳥の数を増やしつつ様子を見ているという。うまくいけば、来年からヨーインズリーとの取引が再開されるとの事だから、もう心配はいらないだろう。
カムツ村長は懐に手をやって一枚の封筒を取り出した。
「では、こちらの手紙をどうぞ。雪の被害を受けたのは我がカムツ村ばかりではないようで、サラーティン都市の教会から連絡があったのです」
渡された封筒はすでに封を切ってあった。中から手紙を取り出すと、見覚えのある字でサラーティン都市の状況が書かれていた。
サラーティン都市は周辺の村や町から来た孤児の影響で運営が厳しいという。
今年の初め、まだ雪降る頃に魔虫が現れて被害を出したらしく、孤児が大量に発生してしまったそうだ。親を殺された子供などは孤児院で面倒見るしかないが、成人間近の者については少し早いが孤児院を出てもらう事になった。
それで受け入れ先を探してカムツ村の村長へ手紙を出した。
「我がカムツ村が疎開している事を知らなかったのでしょう。サラーティン都市の教会に勤める司教とは度々手紙のやり取りをする仲で、頼ってきたのです。ですが、この通り、村の者の生活も守れない有様で……」
「自然にはどうあっても勝てませんよ。村長さんが気に病む事ではありません。それにしても、サラーティン都市の司教さんですか」
サラーティン都市近くにある過疎化した村クラムトの再開発事業を師匠のフレングスさんとやった時に多少話をしたことがある。
フレングスさんから、俺がタカクス村を興したことは聞いていると思うが、まだ人を引き受けられるほど経営が上手くいっているとは考えなかったのだろう。
実際、うまくいっているとは言い難いけれど、人手は欲しい。
利害は一致している。
「こちらから連絡を取ってみます。サラーティン都市には俺の師匠の一人もいますし、司教さんとも話したことがあるので」
「おぉ、それはありがたい。あちらの司教には昔助けていただいたことがあって、このお話を受け入れられないのが心苦しかったのです。どうか、よろしくお願いします」
村が疎開で一時解散状態だからカムツ村長も大変だろうに、人の心配をしてしまうとは苦労性な人だ。
「とはいえ、タカクス村も受け入れられる人数には限りがあります。公民館の部屋も無限にあるわけではないですから」
「孤児院出身では家を建てるほどの資金もないでしょうからね。そのあたりの目途は?」
カムツ村長に聞かれて、帳簿をめくる。
正直、冬支度を済ませればほとんど余裕がない。秋からどれほど稼げるか分からないが、家を建てるのは無理だろう。
ちょっと手を打っておきたいこともあるし……。
「手紙にある二十人を受け入れるなら、家を建てるのは来年以降と考えるべきでしょうね。ただ、人手が増えればランム鳥も一気に増やすことができるので、二年目には建て始めることもできるでしょう」
最近は卵を買い付けに来る行商人が定期的に訪れるようになり、黒字が続いている。ゴイガッラ村にランム鳥を戻したため卵の数が減ることになると教えた時は残念そうな顔をされたものだ。
行商人にとっても、運ぶのに気を使う代わりに安定した売れ行きのランム鳥の卵はいい収入源らしい。
いつランム鳥の数を増やすのかと聞かれたほどだ。
カムツ村長が興味深そうに身を乗り出してくる。
「ランム鳥は儲かりますか?」
「肉と卵の儲けもありますが、一番は肥料ですね。卵の殻はランム鳥の飼育が始まってすぐに売り出していったんですが、今年からは堆肥も発酵が済んだので売り出したんです」
発酵に時間がかかるため今まで売りだせなかった堆肥だが、今年の夏場にようやく発酵が終了した。
それなりに即効性があるため堆肥の売れ行きはよく、カッテラ都市を経由して村や町に輸出している状態だ。タコウカと呼ばれる発光植物の肥料として優れた効果を発揮しているとの事で、カッテラ都市の公用農地でも使用されている。
「ただ、軌道に乗るまでに研修を受けたり、飼育小屋を建て直したりと手間もかかりました。いまも飼育小屋は熱心な者が担当してくれているから回っているような状態です」
マルクトが飼料用の畑の世話まで進んでやってくれているためかなり助かっている。それでも、毎朝俺とビロースも加わって水を運んだりしている。
絶望的に手が足りない。サラーティン都市の孤児院の話は渡りに船だ。
公民館でカムツ村から来た人たちの支度が終わったとリシェイが呼びに来た。
「皆さん、三年も村長さんと離れるのはさびしいそうで、持ち寄った食材で少しばかりの景気づけをしたい、と。アマネの許可も必要だから待ってもらっているのだけど、いいわよね?」
「もちろんだ。俺も行こう。みんなにも改めて挨拶しておかないといけないから」
俺はカムツ村長と一緒に事務所を出て、公民館に向かうのだった。
サラーティン都市の孤児院から移住希望者がやってきたのは十日後のことだった。
旅費を工面するだけで精一杯だったとの事で、荷物も最低限を下回る状態だ。服は共用するという。
二十人の移住希望者を先導してきた年長の青年を捕まえて、他の子たちは公民館で休んでもらう。男性七人、女性が十三人。いずれも十代とかなり若い。
聞けば、年長の青年も今年で二十二歳らしい。サラーティン都市の教会で掃除などをしながら仕事を探していたが、今回の経営危機でいよいよ行くところがなく困っているところに俺の出した手紙が届いたため、司教が泣いて喜んでいたとの事だった。
「もっと自分たちがしっかりしていればよかったんですが、どこも雪の被害で人手を募る余裕さえないようで、働く場所もないままずるずると……」
青年が暗い顔で言う。
農業を主体に運営していた村や町は雪の被害で冬に育てていた作物がダメになったりして余裕がなくなったらしい。魔虫の討伐費用などもあり、どこも経営が厳しくなったそうだ。
「災難だったな。みんなにはしばらく公民館で働いてもらう事になるけど、二年くらいしたら家を持ってもらえると思う。それまで窮屈かもしれないけど」
「いえ、働ける場所がこうしてできただけでもありがたいです。もう一か八か、どこかの商会に借金して村を作るしかないかとも話し合っていたところなので」
かなり追い込まれてたんだな。
司教から預かってきたという手紙を渡されて目を通してみると、感謝の言葉と移住者の大まかな性格などが記載されていた。目の前の先導役の青年は目を掛けられていたらしく、畑仕事はそつなくこなせるうえ、経理の仕事もできるように多少教えてあるとの事だった。
書類の様式が違う事も踏まえて計算を重点的に教えたらしい。
「計算ができるのはありがたいな」
移住希望者の畑で採れた作物などの一次報告はこの青年に任せよう。施肥の事もあるし、作物の出来不出来は資料に残しておかないといけないのだ。
「この村って、若い人が多いですね。村長のアマネさんもお若いですし」
「二十八歳だからな」
もうすぐ三十路。でもこの世界は寿命千年のため、見た目は二十代と全く変わらない。後二百年はこのままだろう。
村も平均年齢が二十代だ。年長のビロースでも百かそこらだし十代の子も多い。今回の移住希望者でさらに平均年齢が下がった。
活力のある若い村と取るか、若造ばかりが集まって経験の足りない村とみるかは人それぞれだけど、経験のなさは研修などで外から知識を学んで取り入れていきたい。
「多分、みんなにも研修とか受けに行ってもらうと思う。申し訳ないけど、優先的に話を受けてもらっていいかな?」
この世界では孤児だからといって下に見る空気みたいなものはないが、技術がないのもまた事実として受け止めている。
神話からして子孫を安全な世界樹の枝の上に導いた始祖が登場するため、子供を宝とする文化風習があり、孤児院への寄付もこの世界の人々は積極的に行っている。
それでもやはり、仕事となると自分の子供などの幼少期から教育されてきて技術の下地ができてる者を雇う風潮があるのだ。寿命千年で築き上げる技術は生半可ではないため、どうしても最初の遅れが取り戻せない事もある。
メルミーも元孤児だが、木籠の工務店の店長夫婦に引き取られてから必死に仕事を学んだと言っていた。笑いながら話してくれたが、当時は必死だったはずだ。
何しろ、他に行くところがない所を引き取ってもらったのだから。
研修を受けてもらうという俺の話に、青年は神妙な顔で頭を下げた。
「いまは何も村のお役に立てませんが、頑張りますので」
「いや、役には立ってもらえるよ。もう畑も準備してあるからね」
「え、もう畑を持たせてもらえるんですか?」
「そりゃあ、村の一員になってもらうんだから、村に財産の一つもないと張り合いがないだろう?」
おかげで土がもうなくなってしまったけど、何をするにも人手がなければ仕方がないのだ。
「明日からお願いすることになるから、分からない事があったら何でも言ってくれ」
「はい!」
気持ちのいい返事を返してくれた青年は、村に来て初めて笑ってくれた。
そうして秋が過ぎていき、タカクス村は五度目の冬を迎えた。
息が白く濁り、灰色の雲が頭上にのしかかる。ランム鳥たちが身を寄せ合って暖を取る。
「……雪か」
タカクス村が五度目に迎える冬は、ボタ雪から始まった。
「まだ秋が過ぎたばかりだというのに、雪雲も気が早いわね」
事務所の窓に手を触れたリシェイが空を睨みながら言う。
メルミーがリシェイの横に並び、ランム鳥の飼育小屋の方角を見た。
「今年も飼育小屋に詰めるのかな?」
「そうなる。去年よりも人数がはるかに多いから、一人一人の負担は減るだろうけどな」
「それでも、アマネは飼育小屋で過ごすんでしょう?」
リシェイの質問に頷きを返す。
言い出しっぺの法則というか、村長の俺が積極的に飼育小屋にこもらないとみんなが付いてこない。
俺は室内に向き直り、もはや定位置となりつつある部屋の隅で膝を抱えているテテンに声を掛ける。
「羽毛クッションを燻せるように準備しておいてくれ。テテンの初仕事だ」
「……運搬役、女性で固めて」
薄着になるから、と付け足すテテンが、分かってるだろうな、とばかりに目線でリシェイとメルミーを示す。羽毛クッションの運搬役をリシェイ達にしてもらいたいのだろう。
どの道、火を扱うために暑くなる燻煙施設ではテテンが薄着になる事を村のみんなが知っている。女衆が協力してくれるから、近付ける男は村長である俺くらいのものだ。
まぁ、男どもはかなり残念がっているし、唯一近付ける俺を羨ましがってもいるのだが、彼らにとっては残念なことにテテンの恋愛対象は女性である。薄着だろうが、綺麗だな、くらいにしか思わない。
それ以上を思うとまたリシェイ達に怒られる。
無心だ。エロスから解き放たれ、夢と添い遂げる漢になるのだ。
摩天楼を築く漢に、俺はなる!
「リシェイは村のみんなに連絡。決めておいた順番で雪かきと飼育小屋篭りをすると伝えてくれ。メルミーは飼育小屋に俺の机と椅子を運ぶのを手伝ってほしい」
「分かったわ。カムツ村の人たちはどうするの?」
「公民館の清掃とか、取水場までの雪かきを頼む事になるかな。村のみんなはそちらまで手が回らないと思うからさ」
あわただしくも整然と動き始める俺たちをテテンが膝に顔を埋めながら上目使いに眺める。
「……お姉さまたち、かっけー」
あ、俺のことは見てないわ。