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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第十三話 ラブな方

 カッテラ都市を出た俺はテテンさんを連れてタカクス村への帰路を行く。

 背負った荷物には行き掛けに狩っておいたバードイータスパイダーの糸の束が入っている。カッテラ都市からタカクス村までは徒歩二日、途中で必ず野宿する事になるため、テントを張る時にも使えるバードイータスパイダーの糸は持っておいて損がない。

 行きと違ってテントは二つになるわけだし。

 俺は横を歩くテテンさんを見る。

 男女二人旅ではあるけれど、テテンさんに俺を警戒する素振りがない。男嫌いのはずなのに、どういうわけだろう。

 まぁ、気まずい旅路を味わいたくはないから、警戒されないに越したことはないか。


「養成校の卒業生って事は燻製の作り方も分かるんだよね?」

「……わかるます」


 ……緊張はしているらしい。


「ランム鳥の燻製はやったことある?」

「……なし」

「カッテラ都市だと手に入りにくいし、経験がないのは仕方ないか。テテンさんにはウチの村で育ててるランム鳥で燻製を作ってもらおうとも考えてるんだ。欲しい資料とかあれば、ヨーインズリーから貸し出し用の写本を取り寄せたりもするから、気軽に言ってほしい」

「……う、うむ」


 なんか時代錯誤の了承言葉が返ってきた。

 多少は人に慣れてもらわないとまずいけど、時間がかかりそうだな。

 慣れるまで上手く接触を減らす方法を考えた方がいいか。

 あまり会話を続けてもテテンさんの負担になりそうなので、ぽつぽつと当たり障りのない言葉を交わす。

 引き籠りだけあってテテンさんの歩みは遅く、目標の半分ちょっと進んだところで日が暮れてしまった。


「俺がテントを建てるから、この椅子に座って待ってて」


 簡易椅子を置いてテテンさんを座らせた後、俺は荷物からテントを取り出す。

 風で飛ばない様に杭を世界樹の枝に打ちこみ、いつもの要領で手早く組み立てていく。

 テテンさんの分と合わせて二つ分のテントを張り終わって振り返ると、テテンさんが火を起こしていた。

 薪の組み方からなにまで見事なものだ。引き籠りとはいえ火を扱う事にかけてはプロということか。


「なにか食べられない物とかある?」


 テントに放り込んだ荷物から食材を選びながら、テテンさんに訊ねる。

 テテンさんは首を横に振った。


「なら、すいとんにするか」

「……すいとん?」


 もどきだけどな。

 カッテラ都市に住んでいたテテンさんはランム鳥をあまり食べたことがないだろうし、この機会に味わってもらおうではないか。

 干し肉にしたランム鳥の肉でダシを取り、いくつかの野菜を入れて、トウム粉を練った物をちぎりいれるだけのお手軽料理。または男の大ざっぱ料理。

 すいとんは便利だ。洗い物が少なくて済む。

 木のお椀と木匙をテテンさんに渡す。どれくらい食べるか分からないので、セルフサービスでどうぞ。


「……おぉ」


 小さく感嘆の声が聞こえてきた。気に入ってもらえたようだ。

 それにしても、と俺はテテンさんが用意した焚火に視線を移す。

 たかが焚火でさえ、熱源管理官の資格持ちが用意すると火力が安定する。薪が炭化して崩れても火の高さが変わらないのはどういう理屈だろう。

 熱源管理官はエリートだというけれど、出会いの引き籠りイメージに引きずられてテテンさんの事をちょっと舐めてた。反省しよう。



「――それで、この方が熱源管理官のテテンさん?」


 村に帰ってすぐに俺が事務所へ案内したテテンさんを見て、リシェイが観察するようにテテンさんを見る。


「想像とは違うけれど、よかったわ。暑苦しい人は苦手だもの」

「……どうもです」


 対するテテンは笑おうとしているのだけれど、頬が引きつったようで笑えていない。


「アマネ君がまた女の子連れ込んだー」


 村中に触れ回ってやろうと言い出したメルミーの首根っこを掴まえる。


「村に到着早々、テテンさんの居心地が悪くなるようなまねはやめろ」

「やだなぁ。アマネ君のツッコミ待ちに決まっているじゃあないかぁ」


 フリだよフリ、とメルミーは人差し指を左右に振ってから、テテンさんに向き直った。


「ハロロース!」

「……ハロロース、です」


 困惑気味に不思議挨拶を返したテテンさんをまじまじと見つめた後、メルミーは瞳を輝かせて俺を見る。


「これはマブダチになれる素質持ちと見た!」

「仲良くするのはいいけど、あまり疲れさせないようにしろよ」


 メルミーのノリに付いていける人間ばかりではないのだ。


「大丈夫だって、少しずつ慣れさせていくから。それにしても……」


 メルミーは自然な動作で手を伸ばし、テテンさんの前髪をさっと払った。

 テテンさんのウェーブがかかった茶色の前髪がふわりと舞い上がり、引きこもりらしく不健康そうな白い顔が露わになる。

 ここまでの道中ずっと俯き加減だったテテンさんの顔を初めてはっきり見た気がする。なかなか美人さんだ。


「やっぱり美人だ。メルミーさんの目に狂いはない!」


 自信満々のメルミーと慌てて前髪を下ろすテテンさんを見て、リシェイがため息を吐く。


「メルミー、人の嫌がる事はしないものよ」

「あれ? 嫌だった?」

「……いえ、別に」


 顔をそむけつつ、テテンさんはどちらとも取れない歪な笑みを浮かべた。


「あっれー? 女の子同士なら許してくれそうな雰囲気だと思ったからやったんだけど、早とちりだった? ごめんなさい」


 素直に頭を下げるメルミーにテテンさんが硬直し、おろおろし始める。

 対人スキルが絶望的に低そうだ。

 俺はメルミーに声を掛ける。


「メルミーには公民館への案内を頼むよ。テテンさんには当面、公民館二階の角部屋で過ごしてもらう事になるから。テテンさんも、何か足りない物とか、要望があれば俺かメルミーに言ってくれ」

「アマネ、案内なら私がした方が――」

「いや、メルミーに任せる。リシェイは燻煙施設を建てに来る職人への食事の手配を手伝ってほしいんだ」


 リシェイは納得いかなそうに俺を見ていたが、仕方がないとばかりにテテンさんに声を掛けた。


「私に相談してくれてもいいので、不満を溜め込まないようにしてください。慣れない環境ですから、色々と足りないところもあると思います。言ってくれれば、精いっぱい対応しますから」


 優しく声を掛けるリシェイに、テテンさんはコクコクと小動物チックに何度も頷くと、恐る恐ると言った様子で片手を挙げる。


「それでは、一つだけ……」

「なんでしょう?」

「さん付け、必要ないです……。丁寧な言葉もいらないです……」


 言われてみれば、確かに他人行儀だったかな。


「分かった。テテンも今日から村の一員だもんな」

「どうもです……」


 ぺこりと頭を下げたテテンの手首をメルミーが掴み、玄関に向かって歩き出す。


「それじゃあ、村を紹介しつつ公民館に行こう。メルミーさんに何でも聞いてくれたまえ」


 メルミーに引っ張られながら事務所を出ていくテテンをリシェイは心配そうに見送る。


「メルミーに任せて大丈夫なの?」

「あれでいて、致命的な間違いだけはしない奴だからな。それに、テテンが人に慣れるにはあれくらい騒がしい奴と行動させた方がいい」


 荒療治ではあると思うが、メルミーは面倒見もいいからうまくいくだろう。


「それはそうだけど、少し心配ね」


 リシェイはそう呟いてから、ソファに座った。


「それで、職人さんへの食事の手配だったわね?」

「そう。十人ほど来るらしい。工事の期間は六十日だそうだ」

「そんなにかかるの?」

「特殊施設だからな」


 耐火性の素材を使うのはもちろん、建て方にも規定があるため時間がかかるのだ。

 むしろ、六十日で終わってしまうカッテラ都市の職人の技術が異常なくらいである。流石専門家集団というべきか。


「いよいよ、財源不足が深刻化するわね」


 リシェイが紙に食費などを計算しながら、呟く。

 俺はリシェイを安心させるために道中で狩った魔虫の売却金を渡し、カッテラ都市で調査した市場価格を書いたメモを出す。


「前に言ってた燻製の方は売れそうだ。ランム鳥の肉と卵、どちらもカッテラ都市で生産されたものは高いから、気軽には買えそうもないし」


 カッテラ都市におけるランム鳥の価格は高い。供給量の少なさもあって値が高止まりしている。

 ここに燻製品を売り込んだ場合どうなるかと言えば、おそらくカッテラ都市産の燻製肉より安価に売れるだろう。なにしろ、カッテラ都市には燻製の専門家がごろごろいるのだ。生肉を買ってきてカッテラ都市で燻製にする方が何倍もうまい。


「カッテラ都市が生肉を輸入して燻製にし、近くの村に輸出している……?」

「そういう事だ。カッテラ都市の燻製職人は差額で儲けてる」


 この構造に、俺たちが食い込むのだ。

 タカクス村でランム鳥の生産から加工まで一手に行い、周辺の村へ輸出する。

 すでにカッテラ都市が切り開いてくれた市場があるから、多少味が劣っても価格で挑んで勝てるはずだ。


「もちろん、カッテラ都市への生肉輸出は継続する。カッテラ都市の燻製ランム鳥は高級品、タカクス村産は一般消費用、と住み分けるんだ」


 保存性が高まった燻製品なら広く輸出できる。行商人相手の商品にもなり、タカクス村に商人を呼び込む事ができるのも大きい。

 俺の説明にリシェイは納得したように頷いてから、否定の言葉を添えた。


「でも、今年はランム鳥の飼育規模拡大ができないわ」

「その通り。未だにゴイガッラ村のランム鳥も預かっているし、手一杯だからな。この燻製作りに関しては来年からになる。そこで、だ」


 俺は席について留守にしている間の報告書を引っ張り出しながら続ける。


「燻煙施設を正式稼働させるのにも燃料の確保が必要になる。どうせ来年まで稼働させられないんだから準備期間と割り切って、燃料の安定確保を今年の課題にしようと思うんだ」

「燃料の安定確保となると、挿し木畑かしら?」

「あぁ、あまり手がかからない世界樹の挿し木畑が最適だと俺も思う」


 世界樹は生命力がきわめて強く、適当に手折って土に挿すだけですくすく成長する。

 村を開いてから四年が過ぎ、畑を拡大するための土も出来上がって来た今なら世界樹を挿し木で増やす畑の作成が可能だ。


「カッテラ都市の市場価格は参考値よね。これ以下の値段で売りに出して利益が出るようにと考えると、選べる木材も世界樹しかなくなるわ。燻液はどうするの?」

「燻液はまだ考え中。世界樹から作った燻液だと塩味がきつくなりがちでエグ味も出るらしいんだ。トウムから作る方法もあるらしいんだけど、詳しくはテテンに聞くことになるかな」


 熱源管理官の資格保持者は燻製方法なども知識として学んでいる。カッテラ都市の養成校では実地研修も組まれているので、ランム鳥を燻製にしたことがないテテンもやり方自体は知っているはずだ。

 トウムから燻液を作る場合、採れたてのトウムでは甘味が、数日置いたトウムだと山椒に似た辛みが、それぞれ燻液から感じ取れる。燻製作りのプロはトウムを適切な時間寝かせて甘味と辛みのバランスを取り、絶妙な燻液を作り出すという。

 そこまでの腕に到達するのはその道で三百年以上の経験を積んだ一人前だけらしい。

 燻液だけでなく、燻製の時間なども製品に大きく影響するのだから、一朝一夕でどうにかなる物でもない。

 燻製の道は長く険しいのだ。


「話を聞いていると、タカクス村で作るのが無謀に思えてくるのだけど」

「多少の失敗は覚悟の上だ。本当は研修を受けに行きたいんだけど、燻液の作り方とかは秘伝らしい」


 地道にやっていくしかない。

 それに失敗したら冬場に村のみんなで食べるだけだ。干し肉だけだとやっぱり飽きてしまうから、失敗した燻製肉でも気分転換にはなるだろう。

 挿し木畑に必要な資材や苗の確保手段を相談していると、事務所にメルミーとテテンが帰ってきた。


「あれ、テテンも一緒か。公民館の部屋に何か不備でもあったのか?」


 カッテラ都市の寮と比べると見劣りするだろうが、住み心地はいいはずだ。少なくとも、俺は自信を持っている。

 メルミーが俺の心配を笑って流す。


「いやいや、部屋は気に入ってくれたみたいだよ。静かで、角部屋だから人も来ない。扉は分厚くて鍵もかけられるって」


 防犯の話をしてるんだよね? 引き籠る気満々に聞こえるんだけど。


「なんというか、懐かれた感じ?」


 メルミーはそう言って、テテンを見る。腰が引けているせいで小さく見えるテテンは右手でメルミーの服の裾を掴んでいた。

 テテンがメルミーを見上げる。そこには尊敬の念が込められていた。


「……男を迎撃してくれる」


 なるほど、そういう事か。

 メルミーなら変な虫が寄ってきても高いコミュ能力を駆使して追い払ってくれるだろう。追い払わない場合でも意識を完全にテテンから外させることくらいできてしまう。

 でも依存するのはまずいと思うなぁ。テテンが今後村を一人で歩けないとか、メルミーの付属品みたいに村のみんなに認識される事態は避けたい。

 どうしたものかな。

 俺はリシェイに横目を向ける。リシェイは俺の考えを読み取ったようで、小さく頷くとメルミーの服からテテンの手を外し、そのまま握った。


「燻煙施設の予定地に案内するわ。意見を聞かせて」


 有無を言わさずテテンを事務所から連れ出していくリシェイを見送って、メルミーが腕を組んで首をかしげる。


「嫉妬かなぁ? メルミーさんはみんなの物なんだけどなぁ」

「どうしてそうなる。テテンがメルミーに依存しきる前に引き離しただけだ」

「それ必要かな」


 メルミーは不思議そうに言って、ソファに座る。


「だってさ、テテンちゃんはアマネとカッテラ都市からここまで二人旅してきたんでしょ? しかも野宿付きで」

「あぁ、そう言えば俺のことは怖がらなかったな」

「アマネは天然ジゴロ風朴念仁だからね」

「なんだその矛盾しまくりの評価は」

「しーりーまーせーんー」


 子供か。

 メルミーはソファの上にごろりと寝転がると、玄関を一瞥して口を開く。


「テテンちゃんさ、女の子が好きなんじゃない?」

「――は?」


 えっと、それはラブな方ですか。

 暑苦しい男ばかりの熱源管理官を見てきてうんざりしちゃってそっちに目覚めちゃったのか?

 まぁ、いいか。男の俺には関係ないし。


「メルミーは大丈夫なのか?」

「無問題。あ、でもメルミーさんの恋心は天然ジゴロ風朴念仁に矢印が向かっているよ」

「おう、ありがとう。実ると良いなー」

「てけとーだなー」

「……もしかして、ガチだった?」

「さてねー」


 あっさりと流された。

 俺、失敗したっぽい。

 挽回は利くのか? ここは立ち上がって耳元で愛を囁くべき時なのか?

 そう、いまこそ男を見せる時。


「メルミー、話があ――」

「わぁあー! 真面目な空気に背中かゆくなってきたから散歩してくる!」

「おい、ちょっと待て。ここで取り残されたら俺の立つ瀬がないだろうが!」

「知らぬ、存ぜぬ、省みぬ」


 古風な言い回しを残して、メルミーは事務所を飛び出していった。マジで逃げやがったんだけど、アイツ。

 俺も大概ヘタレだけど、メルミーも変なところで打たれ弱いな。



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