第十二話 熱源管理官養成学校
ランム鳥の疫病予防のために燻煙施設を作ることは決まったけれど、さてどうしたものか。
「アマネってそういう専門施設も作れるの?」
「建橋家資格持ちは伊達ではないのだよ。資格試験にも出題されるんだ。そういうメルミーはどうなんだ?」
「自信ないなぁ。カッテラに熱源管理官の養成学校があるから、得意にしている職人さんがいると思うけど」
「熱源管理官か。その資格持ちも必要なんだよな」
熱源管理官とは、世界樹の上に存在するこの世界において火災を予防するために設けられた職業であり、専門資格だ。
世界樹は生木であるため燃え難く、普通に生活する分には足元が燃えるという事態にはならない。
だが、湯屋の他、燻煙施設など長い時間にわたって火を維持する場合には火災予防のため熱源管理官を施設に一人以上置くことが定められている。破れば地域を束ねる町や都市、摩天楼に問答無用で逮捕され、責任者は極刑になり得る。
俺も死にたくはないので熱源管理官の資格持ちを探さなければならない。
「先に村のどこに作るのかと設計だけでも済ませておいた方がいいと思うわ」
リシェイの言葉に同意して、俺は製図台の前に椅子を置き、横の机に村の地図を広げる。
「リシェイ、書棚に過去四年間の風向きを書いた資料があったはずだから、取ってくれ。書棚の向かって左だと思う」
「これでしょう」
前もって書棚の前に立っていたリシェイが資料を抜き取って差し出してくれる。気が利く相棒だ。
資料を見る限り、風は東側へ抜けていく場合が多いようだ。煙が村に流れ込まないよう、燻煙施設は風下に作るべきだから東に設置するのが無難だろう。
燻煙施設については土台から屋根の形状まである程度様式が定められている。これも火災事故防止のためで、素材や工法も規定があった。
あまり独創性が問われる建築物でもない。維持管理の点から見てもむやみに手を加えるのは逆効果だろう。
村の雰囲気に合うように外壁を少し弄った方がいいくらいか。
「出隅に耐火性の魔虫素材で、窓に鉄格子?」
俺の両肩に手を置いて後ろから設計図を覗き込んだメルミーが、俺の弄った個所を的確に見破る。
「牢獄っぽくならないかな?」
「鉄格子を装飾性の高い物にすれば大丈夫だろう。鉄製品としては需要が多い分、安価に手に入るしな」
リシェイが本棚から格子のカタログを出してくる。俺がヨーインズリーに事務所を構えていた頃、依頼人に参考として見せていた物だ。
「燻煙施設だから、やにが付いても掃除しやすい形がいいわね」
「リシェイはまたそんな身もふたもない事を言って。乙女しろよー」
メルミーが口に両手を当ててリシェイを煽る。
「現実とのはざまに生きるのが乙女という生き物なのよ」
「なんか小難しいこと言って煙に巻こうとしてる!?」
メルミーはそれ言いたいだけだろ。
「とらえどころのない女ですもの」
「あたかも煙のように!」
仲いいね、君たち。
リシェイとメルミーの天にも昇るバカ会話を聞き流しつつ、設計を終えた俺は立ち上がる。
「カッテラ都市に行ってくる。職人と熱源管理官を募集しないといけないし」
「費用は?」
「玉貨二枚かな。多めに見て、三枚欲しい」
設計者が俺だから建橋家への依頼料は必要ないが、それでも専門施設だけあってそこそこ値の張る建物だ。
リシェイが帳簿をめくり、ため息を吐く。
「ゴイガッラ村から預かったランム鳥の卵の売却金があるから捻出できるけど、今月は赤字で確定ね」
「と、途中で魔虫を見つけて狩っておきます」
それに、これは必要な投資だから……。
カッテラは雲下ノ層に四本、雲中ノ層に二本の枝を有する人口一万千六百人の都市である。
タカクス村から丸二日の旅の末に到着したこのカッテラ都市には熱源管理官の養成校があり、常時開店している湯屋が存在している。この湯屋を目当てにやってくる湯治客が後を絶たず、カッテラ都市の収入源の一つとなっていた。
カッテラ都市にはもう一つの収入源がある。
それは、熱源管理官を置くべき各種施設の建設を専門とする職人集団の派遣である。
世界樹の東西南北どこにでも派遣可能な彼らは、専門技術の域にまで発展させたその腕を持ってカッテラ都市の資金獲得手段となっていた。
「――玉貨二枚ね。設計図も出来が良いのがあるみたいだし、やれんことはないが」
カッテラ都市の専門職人集団の一つ、湯煙工務店の店長は設計図を眺めて腕を組んだ。
「熱源管理官が常駐しないといけない施設だ。資格を持っている者がいない村に建てる事は出来んよ。これは規則だから、先に熱源管理官を探してきな」
養成校への紹介状を書いてくれるという、店長さんに礼を言って、お土産のランム鳥の干し肉を渡す。
「おぉ、ランム鳥じゃねぇの。うちのカカァがこれ好きでよ。ありがてぇ」
笑顔で受け取ってもらうと作った甲斐もある。
店長さん曰く、カッテラ都市周辺ではランム鳥を飼育しているのがタカクス村しかないため、市場で買うと少々値が張るという。
そんなわけで、市場ではランム鳥の産地としてタカクス村の名前が知られ始めているとの事だった。
「それにしても、ランム鳥なんて臭い鳥を育てるだなんてよく村の連中が承諾したな」
「ウチのランム鳥は飼育小屋の中に入らないと臭いが気になりませんよ」
「本当かよ。まぁ、行けばわかる話だわな。だが、熱源管理官を探すのは難しいかもな」
ランム鳥の飼育を行っている村として有名になっているため、悪臭のイメージも同時に付いて回っているらしい。そのため、建橋家と並ぶ難関資格と言われている熱源管理官の資格持ちはもっといい条件の場所で働きたがるだろうとの事だった。
風評被害である。
店長さんから渡された紹介状を持って、熱源管理官の養成校を訪ねる。
生徒数は一学年五十人、三学年あるというから全部で百五十人ほどだろう。毎年、三割前後が資格試験で落第するというから、一年ごとに三十五人の熱源管理官が生まれることになる。
資格を得てもそれで働くかどうかはまた別問題なんだけど、職にあぶれている人が居そうな数字ではある。
校長室に通された俺は、そこに待っていた白髪のおじいさんに挨拶する。
「タカクス村で村長を務めている。アマネです」
「ようこそ、本校へ」
座ってください、と言われてソファに腰を下ろす。エリート校の校長室に置かれているだけあって上質の座り心地である。
「熱源管理官をお探しとか。何か条件はありますか?」
校長は手を組んで俺に問いかけてくる。
「特にこれといった条件はありません。しいて言うなら、燻煙施設の運営ができそうな者、という事になりますが」
ここはその手の専門家たちが集まる場所だから条件の絞り込みにはならないだろうな。
校長は「なるほど」と呟いてしばらく口を閉ざす。
測るように俺を観察した校長は、咳払いして口を開いた。
「熱源管理官には、その、暑苦しい者が多くてですね。いわば職業病のようなものですが」
その話は聞いたことがある。
熱源管理官は熱血漢の多い職業だと。
熱を扱う施設はどの村でも重要であるため、否応なく重職に就くことが多い。
熱血漢とされる熱源管理官は皆難関の試験を突破した優秀な頭の持ち主であるため、暑苦しいというよりは気概のある者たちという解釈が一般的だったりする。
校長は測るように俺を見た後、壁際の書棚から数冊の書籍を取り出した。
「こちらに当校の教育課程が記載されておりますので、ご一読ください」
「拝見します」
以前から少し興味があった熱源管理官の教科書的な物もついていた。
燻製や炭焼き、風呂、鉄嘴鳥から取った鉄を溶かして鋳鉄なども行うらしく、炎色反応なんかも科学的な考察が乗っている良い教科書だった。
他にも、一酸化炭素中毒についての記載やら、熱源管理官が常駐しなければならない施設の区分、施設見取り図なども学ぶようだ。
施設見取り図なんかは俺の持っている建橋家資格と被っている。
カッテラ都市の養成校では実地研修を行っており、校内に燻製小屋、炭焼き小屋、風呂があるという。
「まずは校内をご案内しましょう。当校の生徒や卒業生がどんな技術をどの程度の技量で持っているのかは紹介しないといけませんから」
「お願いします」
技術レベルを見せてもらえるのは大変助かる。
俺は立ち上がって校長の後について部屋を出る。
火災時、速やかに消火へ移れるようにと言う考えか、あちこちに水や消火剤らしき粉末が置かれている。
廊下も幅が広く、人が行き来しやすように作られていた。これも火災時に対応しやすくするためだろう。材質はどこも耐火性の魔虫素材でできている。
この学校、めちゃくちゃ金がかかってる。さすがはエリート養成校だ。
「現在は授業中でして、生徒はみな教室か実習室におります。まずは教室の方へご案内しましょう」
校長が廊下を曲がり、近くにあった扉に手を掛ける。いわゆるスライドドアだ。
音も立てずにすっと引きあけられた扉の先で二十五人の男たちが授業を受けていた。全員、ビロース並みに体格がいい上に強面。
そこそこに広いはずの教室だし、十分に余裕があるようにも見えるのに凄まじい圧迫感と暑苦しさ。廊下よりも室温が三度くらい高そうだ。
「驚きましたか?」
「え、えぇ、まぁ」
聞きしに勝る暑苦しさ。ボディビルダーの集会かと思ったわ。
「授業中でも薄着なんですね」
かろうじて喉から出した言葉に、校長が苦笑気味に頷いた。
「当校をご見学なされた方は皆さんそこに驚きます。この教室にいるのは男子生徒ばかりなので普段から薄着ですが、女子生徒は実習でもなければきちんと服を着込んでいますよ。冷え症だから暖かい職場を目指している、という生徒もおりますから」
冷え症って、目の前のボディビル――熱源管理官の卵からは想像もつかない単語なんですけど……。
教室を後にして実習室へ向かう。
教室や校長室のある校舎を出て渡り廊下を進んだ先に見える炭焼き小屋が実習室らしい。
「炭はカッテラ都市の主要な輸出品ですよね?」
「そうですね。カッテラ都市内で消費される方が多いですが、輸出も行っていますよ。当校でも、実習などで生産した炭はカッテラ都市内で販売しております。爆跳しにくいと評判ですよ」
タカクス村でも炭を爆跳させないよう、湿気を吸わせないように注意している。ランム鳥の飼育小屋に撒くために保管している炭はわざと吸湿させるため、絶対に持ち出して火をつけない様に徹底指導したくらいだ。
炭の適切な管理も熱源管理官の学習項目らしく、炭焼き小屋でも方法を学んでいるらしい。
校長が炭焼き小屋を開けると、中では十人ほどの生徒が炭を焼いている教師の動きを観察していた。生徒たちは手拭いを首にかけて半袖短パン姿だ。女子生徒も二人いる。
炭焼き小屋の壁には出来上がった炭が樹皮で包まれて保管されていた。樹皮を覗き込むと製造年月日が記載されている。ざっと見ても樹皮での包み方に差異はない。
俺は校長を振り返った。
「こちらは生徒の方が?」
「一番左にあるものは教師が、他は生徒が包んだものでしょう」
プロが見ると違いが分かるものらしい。
合格がもらえるまで何度も包み直させるそうだから、生徒が包んだものでも数年は保管できるのだろう。
「これが卒業生の技術だと思ってもいいのでしょうか?」
「卒業生ならばもっと上手に包みますよ。炭の保管方法は素人目では違いが分からないでしょう。去年の卒業生が作ったコヨウもも肉の燻製がありますので、後程お持ちします」
「ありがとうございます」
この養成校の卒業生が作った燻製には興味がある。
タカクス村に建設予定の燻煙施設はランム鳥の羽毛クッションを燻すほかに肉や卵の燻製も行いたいとリシェイが言っていた。
だから、卒業生の燻製作りの腕を知ることができれば、今後に生かしやすくなる。
生徒たちに礼を言って、俺は校長と共に炭焼き小屋を出た。
その足で学校関係者用の食堂に併設された食品庫に立ち寄って燻製肉を貰い受け、校長室に戻った。
お茶と一緒にコヨウのモモ肉の燻製がテーブルに置かれる。
一切れ食べてみる。少々塩気が強いけれど、ギリギリで商品として売り出せない事もない。
「いかがですか?」
校長に問われて、率直な意見を返す。
「良い舌をお持ちだ」
明るく笑った校長は卒業生の名簿を取り出して話を続ける。
「いまご紹介できるのは一人だけでして。特に条件を付けないのでしたら彼女を紹介したいのです。性格に多大な難がございますが、優秀なのは保証いたします」
不安を煽られる言い回しだ。
現在の最高学年が卒業して資格を得るまで待てばもう少し選択の幅も広がるのだが、選択の権利があるのは彼らも同じだ。事実はどうあれ臭いと評判の村に来たがる物好きもそういないだろう。
「ひとまずお会いして、面接後に決めるというのはどうでしょうか?」
「会っていただけますか!」
校長が喜びも露わに立ち上がり、俺の気が変わらないうちにと考えたのか率先して扉に歩き出す。
「本人の部屋にご案内します」
「部屋に、ですか?」
突然訪ねて行って大丈夫なのだろうか。
内心首をかしげていると、校長は言いにくそうに視線を逸らした。
「彼女、引き籠っておりまして……」
本当に大丈夫なんだろうか。
会ってみると言った手前、前言撤回もできない。会うだけならタダだ。
校長の後に付いて養成校を出て、カッテラ都市を歩く。
このカッテラ都市でも代表的な熱源管理官養成校の責任者だけあって、校長は通りを歩くだけで度々声を掛けられている。
一緒に歩く見知らぬ俺は、養成校の生徒だと思われているようだ。
一々訂正するのも億劫なので、会釈するだけに留める。直接関係がないとはいえ、生徒だと勘違いされている俺が不遜な態度を取ると養成校に迷惑がかかってしまう。
辿り着いたのはカッテラ都市の空中回廊を上がった位置にある一軒の寮だ。
「テテン君、いるかね? テテン君!」
校長が寮一階の扉を叩く。
すると、扉越しに声が返ってきた。
「……だれ?」
扉越しにもかかわらず、澄んでよく通る声だった。聞き取りやすい分、その水底に沈んでいくような声の陰気さが強調されている。
「私だ」
「……校長?」
「あぁ、そうだ。今日は君に紹介したい人がいる。会ってみないか?」
「会わない」
即答である。引きこもりだと聞いていたから驚きもない。
そして、校長もめげなかった。
「タカクスという村から熱源管理官を探しに来た村長さんだ。何しろ村だからな。カッテラ都市よりもはるかに人は少ないぞ」
「会う」
即座に前言を撤回した。その変わり身の早さには愕然とする。
鍵が回されるかちゃりという音がして、玄関扉が内側から押し開けられる。
顔をのぞかせたのは若い娘だった。年齢は俺とそう変わらない。
緩いウェーブがかかった暗い色の茶髪が腰まで届いており、前髪で目が隠れている。顔も俯き加減で、半開きの扉から覗く腰は外界を恐れるように引けていた。内またの足がプルプル震えている。
「……若い男。合わない」
俺を見るなりそう言って、娘は玄関扉をぴしゃりと閉めた。
いま、会わないじゃなくて合わないだったぞ。年齢性別を理由にシャットアウトを喰らうとは思わなかった。
「こ、これ、テテン! 失礼だろう!」
玄関扉を叩いた校長は返事が返ってこない事に諦めのため息を吐き、俺に向き直って頭を下げた。
「申し訳ない。見ての通り暗い性格と口数の少なさでどこの施設でも敬遠されているのです。面接官が若い男の場合が多かったらしく、すっかりあの調子で……」
優秀な成績を収めて卒業したのは間違いないのだが、熱源管理官という言葉に抱くイメージとあまりにかけ離れた彼女の性格。何より重職に就かせるにはあまりに少ない口数のため、どこの施設で働こうとしてもお祈りを貰うだけだったようだ。
俺は別に気にしない。
「テテンさん、俺が求めている人材は燻煙施設の管理を行える人なんだ。無理して人前に立つ必要はないし、村にはテテンさんと同い年くらいの子もいる」
扉越しに声を掛ける。
ややあって、玄関扉が再び開かれた。
「……可愛い人?」
「元気っ娘って感じかな。顔も性格も可愛い。ただし、うるさい。まぁ、空気は読めるんだけど」
「美人もいる……?」
「会計をやってくれている子は動く人形みたいだ。中身は現実主義の働く美人かな」
言うまでもなく、メルミーとリシェイである。
俺の答えを吟味するように口を閉ざしたテテンさんは俯き加減の顔のまま俺を上目使いに見上げた。
「いじめられたりしない……?」
「いじめられたら俺に言って欲しい。対策を打つ」
「……えっと」
いまだ悩んでいる様子のテテンさんに、俺は最後の一押しをする。
「あくまで村の一員として施設の一つを管理するだけだ。職場になる燻煙施設には、施設責任者になるテテンさん以外に人もいない」
「……行くだけ行ってみる」
準備するから、と言ってテテンさんはまた扉を閉めた。
ひとまず誘い出すことには成功したようだ。
「驚きましたね」
校長がポツリとつぶやく。
不思議に思って顔を向ければ、校長は玄関を見つめていた。
「対策を打つと言われた程度で彼女が家を出る決意をするとは思いませんでしたよ」
「同い年くらいの女性が働いている村というところに安心したんだと思いますよ」
それに、火を長時間維持する施設に勤める熱源管理官は、暑くて薄着にならざるを得ないからか、男性が多い。
燻煙施設に他の職員がいないというのも、テテンさんの背中を押したのだろう。