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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第十話  冬籠り

 ケインズがアクアス村に帰って数日すると、冬支度が始まった。

 タカクス村が迎える四度目の冬である。


「村長、イモの類は共用倉庫と食品庫に分けて入れといたから、個数の確認頼むよ」

「分かった。農具の整備を手伝ってやってくれ。メルミーだけだと手が足りないみたいなんだ」

「了解だ」


 メルミーのところへ歩いて行く住人を見送って、俺はリシェイと共に共用倉庫に向かう。


「四度目ともなると、みんな慣れたものだな」

「アマネも村長が板についてきたじゃない」

「カッコいいだろ?」

「……まぁね」


 鈍い反応。

 顔をそむけられるとなおのこと恥ずかしい。

 共有倉庫にはイモの他にも干した果実や酢漬けの野菜が入った壺などが置かれている。これらは村の備蓄品であり、俺の他にリシェイやメルミー、魔虫狩人であるビロースの許可を得ないと持ち出すことができない。

 基本的には不意にやってきた旅人や行商人が公民館に泊まった際に使われる食材だ。村の住人の食品は各家に備蓄されている。

 個数を確認して紙に記載する。


「ランム鳥の干し肉は?」


 リシェイが共有倉庫を見回して問いかけてくる。


「いま、マルクトが潰すランム鳥を選んでる。七羽くらい潰すらしいから、ちょっと人手が欲しいってさ」

「私が行くわね」

「いや、やめてくれ」


 慌てて止めたら、むっとした顔で睨まれた。

 だが、リシェイの料理下手は俺やメルミーだけでなく、もはや村全体に広まっている。仮にマルクトを手伝おうとしても門前払いを食らうだろう。


「ほら、マルクトはランム鳥を美味しく食べることに血道をあげてるからさ」

「……私が手伝うとまずくなると言っているように聞こえるわ」

「マルクトの方で声を掛けるんじゃないかなって話だ」


 すまん、マルクト。声掛けはそっちでやってもらう事になる。ふがいない村長を許してほしい。

 あぁ、俺カッコ良くないな。

 共有倉庫を出て、リシェイに在庫管理票を持たせて事務所に帰ってもらう。

 俺はその足でメルミー達が農具を直している小屋に向かった。


「どんな感じだ?」

「駄目になってるのはないね。ちょっと柄を補修して、来年も使い回しができるよ。ただ、再来年には買い直した方がいいかも」


 木製だし、傷むのも早いな。


「数は?」

「鍬が三つ」


 他にも袋の予備が切れそうだという。


「分かった。予算を組んでおこう」


 メルミーを手伝うために小屋に上がる。鍬の柄に入った亀裂に補修用のおが屑を詰め、上からニスに似た液体を塗り付けて固着させる。


「村長はこんな事もできるんだな」

「魔虫狩人だから。弓の補修と似たようなもんだよ」

「弓って補修するのか?」

「普通なら買い替えるんだけど、遠征途中なんかだと補修せざるを得ないんだ」

「なるほどな」


 一緒に手伝っていた村人の一人が感心したように俺の手元を見つめている。魔虫狩人ならだれでも似たようなことはできるだろう。

 それでも、本職であるメルミーとは出来上がりに差がある。メルミーの仕事は注視しない限り補修箇所も分からない。

 手伝っていると、小屋の入り口にビロースが立った。薪割で体を動かしたせいで熱いのか、袖をまくってデコボコした二の腕を冬風に晒している。


「村長、薪割が終わった。共有倉庫に入れる前に確認を頼む」

「ありがとう。助かるよ」


 ビロースと一緒に薪が置いてある広場に向かう。

 世界樹の上に木造の家を建てるこの世界において、火の管理はとても重要だ。長い時間、暖を取るために火は使えない。

 長時間火を維持する場合には建橋家資格と同等の最難関とされる資格、熱源管理官が必要になる。湯屋などをやろうとすればこの熱源管理官がいなければならない。

 ならば、熱源管理官の居ない村では薪割を冬にする必要がないかといえば、そうとは言えない。

 何故ならば、雪が降る可能性があるからだ。

 世界樹の枝の上に住居を作っている以上、雪が降り積もって世界樹の枝に無駄な荷重がかかる事態は極力減らしておいた方がいい。

 だから、冬場に不要な枝を払ってあらかじめ世界樹の枝を軽くしておくのは理に適っている。

 そんなわけで、この世界ではどこの村でも冬場に薪を確保するのが通例となっていた。


「こんなにあるのか」


 広場に積まれた薪を見回して、思わず呟いてしまう。例年比で三割増しくらいじゃないのか。

 ビロースが頭を掻く。


「今年の夏は暑かったからな。世界樹も元気に成長したみたいだ」


 竹並みに伸びるからなぁ、世界樹。

 この量を倉庫に収めるのは無理だとビロースも分かっていたらしく、いくらか薪割せずに残してある。乾燥させて家具を作るにはちょうどいい大きさだろう。


「薪は共有倉庫に入れるとして、他はどこに置いたものかな」


 適度に風にさらした方がいい。公民館二階の使っていない客室に放り込んでおこうか。


「よし、公民館の客室に入れておこう。角部屋でいい」

「おう、それじゃあ、運んじまうぞ」


 ビロースは他の魔虫狩人二人と手分けして薪運びを開始する。

 俺も手伝おうと薪に手を伸ばした時、マルクトが駆け寄ってきた。


「村長、ランム鳥の方を手伝ってください」

「あぁ、そっちの方もやらないとな。いつまでこの天気が続くか分からないし」


 空は青く透き通り、日向にいれば寒さも和らぐ陽気だ。風は乾燥しているから、干し肉を作るにはいい日和である。


「分かった。ランム鳥を〆るか」


 村を回って仕事が一段落しているらしい女性二人に声をかけ、干し肉製作班を結成する。これでリシェイが入る余地はない。

 飼育小屋に行って、マルクトが選別しておいたランム鳥を外で捌く。

 もはや慣れたもので、俺でも叫び声を上げさせる前にキュッと殺れる。

 木に吊るして血抜きして、茹でて羽を毟って、肉を切り分ける。

 俺は解体を魔虫で何度となくこなしているのでよどみなく進めていけるのだが、その手の技能がないはずのマルクトまで動作がかなり素早い。


「祭りの時も思ったけど、マルクトはなんでそんなに手際が良いんだ?」

「研修中にランム鳥の解剖学も学びましたので、今まで復習を重ねてきました。肉の一片たりとも無駄なく味わい尽くすために」

「時々、マルクトが怖いよ」


 包丁を持ってぎらつかせたその目を向ける先がランム鳥だからまだいいけどさ。

 肉を切り分けたら塩をもみ込んで明日まで放置だ。


「塩の備蓄は大丈夫ですか?」


 干し肉に使う塩の量を見て、マルクトが心配そうに言う。

 塩は世界樹の雲中ノ層以上の樹皮を剥ぎ、煮詰めて不純物を除いて作る。浸透圧の関係なのか、雲中ノ層より雲上ノ層の方が純度は増すようだが、浸透圧を少し変えた程度で雲の上まで水を引っ張れるとも思えない。

 早い話、塩が世界樹にどのような影響を与えているのかは謎である。

 塩は雲下ノ層にあるこのタカクス村では生産できないため輸入に頼っているのが現状だ。

 そのため、塩の備蓄がないなんてことになると困ってしまう。


「さっき在庫を確認してきたけど、塩の備蓄は十分にあるよ」

「なら、安心ですね。今日の作業はこれで終わりなので、解散しましょう。あ、毟った羽根は例によって回収します」


 羽根は袋に詰めて簡易のクッションにし、ランム鳥用の防寒グッズになる。ランム鳥の羽根は先がチクチクしているため人間用のクッションには使い勝手が悪いけど、ランム鳥たちはあまり気にしないとは研修先であるゴイガッラ村の飼育員の言葉だ。


「羽毛クッションはいまいくつある?」

「今日毟った分も使えば二つですね」


 マルクト自身が生地を縫い合わせて作ったというクッションを見せてくる。

 もうちょっときれいに縫えなかったのだろうか。

 俺と同じようにクッションを眺めていた女性二人が顔を見合わせてから、マルクトに声を掛けた。


「マルクトさん、裁縫の得意な嫁でも貰いなさいよ」

「当分嫁は必要ありません。この子たちがいますから」


 男手ひとつで育てた子供を自慢するような顔で、マルクトがランム鳥を見る。

 そいつら、捌かれた後なんだけど……。

 俺は女性二人と顔を見合わせてから、立ち上がった。

 うん、本人が満足してるなら良いかな。

 干し肉作りが一段落して、俺は事務所に戻る。


「おかえりなさい」


 箒を持ったリシェイが迎えてくれた。白い生地に赤い花のワンポイントが可愛らしいエプロンを身に着けていた。


「在庫管理票は棚に入れておいたわ」

「ありがとう。俺は窓掃除をしてくるよ」


 このまま大掃除も済ませてしまおうと、俺は掃き掃除をリシェイに任せて窓の掃除に移った。




 本格的な冬が到来し各家で内職が始まった頃、事務所にマルクトがやってきた。


「村長、雪が降ってます」

「雪?」


 窓から外を確認すると、雪がちらついている。

 タカクス村で初めての雪だ。

 マルクトと一緒に事務所を出て空を見上げる。どんよりとした灰色の雲が空を覆い尽くしていた。


「本格的に降りそうだな」


 ちょっとまずいかもしれない。


「リシェイ、村のみんなに公民館へ集まるよう声掛けを頼む。メルミーは雪かき道具を公民館の玄関ポーチに出してくれ」

「分かったわ」

「寒いわけだね。雪かき嫌だなぁ」


 リシェイとメルミーが出ていくのを見送って、俺はマルクトに向き直る。


「ランム鳥の様子は?」

「成鳥は身を寄せ合って暖を取っているのでおそらくは大丈夫かと。問題はヒナですね」

「ヒナか」


 現在、飼育小屋にいるのは成鳥が三十羽、ヒナが二十羽ほどだ。


「羽毛クッションをヒナへ優先的にわけよう。それで暖を取らせるしかない」


 マルクトと一緒に飼育小屋へ走り、成鳥と分けてあるヒナの隔離スペースに羽毛クッションを設置する。

 飼育小屋の中は吐き出す息も白く曇り、身を切るような冷たい空気が充満していた。

 羽毛クッションだけで乗り切れるとは思えない。

 どうした物かと考えつつ、マルクトにヒナの様子を見ておくように言って、公民館に向かった。

 公民館の一階食堂には住人がみんな集まっていた。


「雪が降っているのはみんな知っていると思う。そこで、雪かきの班分けと、順番を決めてしまいたい」

「もう決めてあった班分けがあるだろ。あれだとダメなのか?」


 ビロースの当然の質問に、村のみんなが頷く。

 俺もそれでいいとは思っていたんだが、状況が想定とは異なっているのだ。


「先ほど、飼育小屋の様子を見てきた」

「……そう言えば、マルクトがいないね」


 飼育研修に行った者の一人が眼つきを鋭くして食堂を見回し、俺を見た。


「ランム鳥が凍死するのか?」

「可能性が高い。いまはこれまでに潰してきたランム鳥の羽毛で作ったクッションで暖を取らせているけど、おそらくは凌ぎきれないだろう」


 ランム鳥はこの村最大の交易品だ。冬の寒さで全滅となれば目も当てられない。

 凍死を防ぐために打てる手は全部打っておくべきだ。


「みんなには申し訳ないけど、雪かき班には飼育小屋の中で過ごしてもらう事になる。一日ごとの交代制で、飼育小屋の中の空気を人間の呼気や体温で温めるんだ」

「丸一日小屋の中か……」


 みんなが嫌そうな顔をする。

 研修前より大分マシになったとはいえ、飼育小屋の中は臭う。しかも寒いとくれば、みんなが嫌がるのは当然だ。


「みんなの不満も分かるが、堪えてほしい。俺は飼育小屋の中で仕事をしているから何かあれば言ってくれて構わない。可能な限り、解決しよう」


 タカクス村で初めての雪だけあって、ノウハウが圧倒的に足りていないのだ。

 行き当たりばったりになるのは仕方がないが、来年以降は解消しておけるように不満はどんどん言って欲しい。

 言い出しっぺの俺が率先して飼育小屋で過ごす事を宣言したからか、不満の声は小さくなった。

 どの道、ランム鳥を凍死させるわけにはいかない事はみんな理解している。協力もしてくれるだろう。


「春が待ち遠しいわね」

「まったくだね」


 リシェイとメルミーの会話に、俺も心の中で同意した。

 窓を見れば、雪が本格的に降り始めている。


「今年は大変な冬になりそうだな」


 すぐに雪かきを開始するよう指示を出し、俺は飼育小屋に机を運び込んで仕事を始める。

 ランム鳥も寒さで元気がないのか、無駄に騒ぐこともない。

 むしろ、隣で筋トレしているマルクトが目障りだ。少しでも体温を上げ、飼育小屋の中を暖めようという試みだろう。


「村長も、どうです、か!」


 スクワットをしながら誘ってくるマルクト。


「遠慮しておくよ。それと、汗は小まめに拭け。マルクトが風邪をひいたらどうにもならないんだから」

「こまめな、水分、補給も、含め、忘れて、いません!」


 そうですか。


「雪かき終わったぜ――って、うわぁ……」


 ほら見ろ、雪かき班がドン引きしてるじゃないか。


「お疲れ様。外で雪を落としたら中に入って」


 外より暖かいはずだよ。生体暖房が筋トレしてるから。

 五人で構成されている雪かき班はコートの雪を外で払って飼育小屋に入ってくる。


「確かに寒いですね。換気とかはどうするんですか?」

「最低限になるだろうね。臭くなるけど、これは我慢してもらうしかない」


 テーブルを囲んで雑談していると、事務所からリシェイが差し入れを持ってきてくれた。


「暇を持て余すだろうと思って、遊び道具を持ってきたわ」

「おぉ、気が利くね、リシェイちゃん」


 雪かき班の一人がリシェイを手放しで褒める。

 リシェイが持ってきてくれたのはトランプに似た昔ながらのカードゲームだ。いくつかの遊び方もあり、飼育小屋にいる間は簡単には飽きないだろう。

 カードゲームを雪かき班に渡し、リシェイも交えて一度ゲームをする。

 俺は手札を眺めつつ、リシェイに声を掛けた。


「雪の様子はどうだ?」

「止む気配がないわ。この様子だと、冬の間中雪かきすることになるかもしれないわね」

「まいったな」


 ランム鳥もあまり元気がないし、心配だ。


「村のみんなにも、健康には気を付けるように言っておいて。医者はケーテオ村にいるけど、行くだけでも丸一日かかる」

「温かくして眠るように言ってあるけど、雪かきで外に出ることも多くなるだろうから心配ね」


 天井を見上げて春の到来を待ちわびながら、冬の日は過ぎていく。


 その冬はかつてない寒さで、雪も多く降った。

 ランム鳥のヒナも数羽が凍死した。

 それでも、生き残ったヒナたちは成長し、もうじき卵を産むようになるだろう。

 冬の寒さが和らぐにつれて、飼育小屋に詰めていた村のみんなの表情も和らいでくる。

 ランム鳥が朝にけたたましく縄張り主張するようになった頃、俺は村のみんなを公民館に集めて春の到来を宣言し、飼育小屋篭りを終了した。

 成鳥のランム鳥は全て無事、ヒナは十三羽が無事成長した。

 この冬の記録をまとめながら、俺は事務所で息をつく。


「お疲れ様」

「ありがとう。やっぱり事務所は落ち着くな」


 お茶を出してくれたリシェイに礼を言って、事務所を見回す。

 飼育小屋とは比べるべくもない。当然だけど。


「アマネったら、そんなにメルミーさんが恋しかったの?」


 しょうがないなぁ、と言いながら挑発的に太ももを見せびらかしてくるメルミーに苦笑する。


「メルミーは飼育小屋に滅多に顔を見せなかったからな」

「それは内職をしてたからだよ。箪笥とか作ってたんだって」


 知っている。おかげで事務所の家具が少し増えて、書類の整理も楽になった。


「本棚とかいい出来だよな。ツタの彫刻もすごく自然だ」

「へへーん、夏の間に畑で写生しておいたんだ」


 メルミーにとっても自信作だったらしく、鼻高々だ。


「リシェイも、飼育小屋への差し入れありがとうな。みんな喜んでたよ」

「温かい料理でも持って行ければよかったんだけど、メルミーに止められたの」


 リシェイが悔しそうに言う。リシェイには申し訳ないが、メルミー、よくやってくれた。


「とにもかくにも、これで一安心だ。もうすぐ畑仕事も始まるし、今年も張り切って行こう――」


 仕事始めのあいさつを口にしようとした時、事務所の扉が叩かれた。

 あまり余裕のない叩き方だ。

 何か問題でも起きたのかと思い、すぐに事務所の扉を開ける。

 扉の先には見覚えのない男性が立っていた。憔悴した表情もあって、冬が再来したような陰気さを纏っている。


「……ゴイガッラ村の村長さん?」


 俺の肩越しに来訪者を確認したメルミーが自信なさそうに訊ねる。

 言われてみれば、確かにランム鳥の飼育に関する研修を受け入れてくれたゴイガッラ村の村長さんだ。前に顔を合わせた時とは全く違う表情のせいで気が付くのが遅れてしまった。

 ただならぬ様子のゴイガッラ村長は、俺を見て深く頭を下げた。


「――助けていただきたい」



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