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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第六話  ゴイガッラ村

 ランム鳥の飼育を熱心に行っているというゴイガッラ村へ手紙を出し、面会の予約を取り付けてから、俺はじっちゃんとメルミーを連れて村を出発した。

 リシェイではなくメルミーを連れて行くのには理由がある。

 ゴイガッラ村の村長からの返事には、タカクス村の村長として俺の話を受ける代わりに建橋家としての俺に仕事を頼みたいとあったからだ。

 研修なんて、物によっては玉貨が数枚飛んでいくような話だ。ランム鳥の飼育方法の研修受け入れ程度なら鉄貨五百枚前後が相場だろうが、受け入れてもらうからには誠意を持って話に臨みたい。

 建橋家としての仕事を安くするわけにはいかないので、差額分はきっちりもらうけど。

 そんなわけで、建橋家の俺に対する話の詳細が分からない以上は職人であるメルミーを連れて行き、リシェイには村の管理運営を任せた方が良いと判断してこの布陣になった。


「あれがゴイガッラ村じゃ」


 じっちゃんが道の先に見えてきた村を指差す。

 世界樹の東北東にあるゴイガッラ村はいかつい名前から連想される通りの村だった。

 大規模なランム鳥の飼育小屋が村の後方に二つ。越屋根の飼育小屋は珍しいと思って観察すると、風向きに合わせて越屋根の通気窓を開け閉めして換気を行い、村へ向かう悪臭を抑える仕組みだと分かった。

 越屋根は屋根の上に屋根を乗せただけと言えば簡単だが、実際に作ると手間がかかる屋根である。飼育小屋に使うのは最初から考えていなかったが、人口密集地が多いこの世界なら手間を惜しむより結果的にはいいのかもしれない。窓からの採光も期待でき、内部を暖める事もできるからなおさらだ。

 聞いていた以上にランム鳥の飼育に力を入れている村らしい。

 村に到着した俺たちを村長と古参の数人が迎えてくれた。


「いらっしゃい。ジェインズさんもこうして会うのは久しぶりですね」

「ふけたなぁ。最後に会った時はこんなもんだったろうに」


 ジェインズ老が村長を見て笑いながら、自分の胸の辺りを手で示す。最後に会った時の村長はまだ子どもだったらしい。

 いまの村長はと言えば大体四百五十歳くらいだろうか。地球人の感覚で言うと三十歳かそこらに見える。


「話は聞いております。そちらがジェインズさんの息子さん、アマネ君ですか?」

「おう、こいつだ。儂から魔虫狩人の技術を学びながら建橋家の資格も取った自慢の息子じゃ」


 俺の肩に腕を回して、じっちゃんが俺を紹介してくれる。


「アマネです。この度はランム鳥の飼育方法についてお話を伺いに参りました」

「礼儀正しい息子さんじゃないですか」

「儂相手には口も悪いんじゃがな」


 それはじっちゃんが下ネタを連発するからだろ。

 村長さんは俺に背を向け、付いてくるように手で示す。


「村を案内いたしましょう。こちらからお頼みする前に、ランム鳥の飼育方法について、本当に研修を受けに来たいのかを聞いておきたいですから」


 村長さんが歩き出した先にはランム鳥の飼育小屋がある。

 村長さんの後に付いて村を抜ける。村の建物も飼育小屋への開口部を設けておらず、片流れの屋根で飼育小屋からの臭いを遮断しつつ、村の入り口に向かって出窓を設けたり、玄関ポーチを交差ヴォールトにしたり、壁面に飾り柱をつけるといった工夫を施してあった。

 村の入り口から見ると、建物がすべてこちらを向いて歓迎してくれているような錯覚がする。飼育小屋に背を向けた寒々しい印象はなく、村の最大の特徴である飼育小屋を背景とする形だ。

 かなり考えられた建物の意匠と村の景色。それらがすべて効率的に飼育小屋のデメリットを潰す形で働いている。

 肝心の飼育小屋が近付くにつれ、悪臭を覚悟しながら足を踏み出していたのだけど、一向に臭いが漂ってこない。


「飼育小屋の中へ入る前に、こちらにきてください」


 砕いて焼いた卵の殻らしき白い粉で殺菌してから、飼育小屋の中に入る。服などはいいのだろうか、とも聞いたが、よほど問題のある疫病が発生しない限りはそこまでする必要はないらしい。

 悪臭がしないのは風向きの関係かと考えていたのだが、飼育小屋に入った瞬間に見当違いだと気付いた。


「臭いがしないね?」


 メルミーが興味深そうに飼育小屋を見回しつつ、臭いをかぐ。無臭というわけではないが、タカクス村の飼育小屋とは比べ物にならない。


「炭を砕いて撒いてあるんですよ。おが屑と一緒にしておくと不思議と臭わない。もちろん、悪臭の対策は他にありますけれどもね」


 村長に連れられて飼育小屋を見て回る。

 小屋の作り一つとっても、タカクス村でランム鳥の世話をしているだけでは気付けなかった事ばかりだ。ヨーインズリーの虚の図書館である程度は調べていたのだが、資料が古かったらしい。


「どうですか、わが村は。研修にきてくれますか?」

「ぜひ、お願いしたいです」


 悪臭対策だけではなく、騒音の防止、疫病の予防などいくつもの分野で最新の技術が学べるのだ。是非、研修に来たい。

 村長さんが嬉しそうに笑う。


「それはよかった。それでは、こちらからの頼みごとをしてもよろしいですか?」


 そうだ。建橋家としての俺に依頼があるんだった。

 俺は居住まいを正し、村長さんの話を聞く。


「実は、ちょうど村を拡張しようかという話が上がっていましてね。つまるところ、橋を架けようと思うんです」

「この村の建橋家さんは?」


 これほど立派な建物を作った人だ。能力がないとは到底思えない。

 だが、村長は困ったような顔で首を横に振った。


「建橋家の資格は持っておらんのですよ。受験資格はずいぶん前にもらったのですが、何かと忙しくして資格試験どころではなかったようです」

「そうでしたか。これだけ立派な仕事をされてるんですもんね」


 設計者もすごいがそれを叶える職人もかなりの腕だろう。両者で話し合ったりもするだろうし、資格試験の勉強をしている暇は確かになかっただろうな。

 それにしても、橋を架けるとなると半年か一年はかかってしまう。地球に比べれば手抜きを疑われる工事速度だが、今の大事な時期に村を留守にする期間としては長すぎる。


「具体的にはどこまで決まっていますか?」

「まだ何一つ決まっていないもので、アマネさんには橋を架ける事が可能かの見立てだけお願いしたいのです。候補の枝が近くにありまして……こちらへ」


 村長さんに誘われて飼育小屋から出る。

 村長さんが指差した先、おおよそ二キロほど先に村を作れそうな枝があった。見たところ、橋を架けるのには手ごろだ。


「限界荷重量に何か不安要素が?」

「ブランチイーターの食害がありまして」

「なるほど。いまからちょっと見てきます。メルミー、付いてきてくれ」

「あいさー」

「儂も行こう。アマネが働く姿を見るのも面白そうだ」

「ジェインズさんが行くのなら私もご一緒しましょう。わが村の事ですし、ジェインズさんとは積もる話もありますから」


 見世物ではないんだけど、と苦笑しつつ、俺はメルミー達を連れて件の枝へ向かう。



 ゴイガッラ村を出て西へ進み、枝の分かれたところで折り返す。十五時間ほどで目的の枝に到着した。これを直接行き来できるようにするのが今回の橋架けの目的だ。

 だが、枝の分岐点から少し登った辺りからブランチイーターによる食害の痕が見られた。

 視察しただけで、この枝が橋を架けるには適さないと分かる。


「まだ詳しい事は分かりませんが、ブランチイーターの食害で枝そのものが傷んでます。橋を架ける事が出来たとしても、限界荷重量の問題で上に村を作っていくのは難しいかもしれません。ひとまず、測量してみます」


 メルミーと村の古参だという建築家さんに手伝ってもらって枝の測量を行う。

 建築家さんは流れるような動きで俺とメルミーに合わせて動いてくれる。年季の違いを感じた。

 渋カッコいい。


「最年少の建橋家って話はここまで届いてる」


 耳に馴染むバリトンボイスで建築家さんが声をかけてきた。


「その年でよく合格できたもんだ。勉強漬けだったんだろう?」

「勉強して、仕事してって感じですね。依頼を出してくれたところまでの移動時間を使ってました」

「そうか。移動時間もあるのか」


 手を動かしながら、建築家さんは顎を撫でる。


「建橋家資格を受けたいと思って勉強もしてるんだが、あまり長期にわたって村を空けられなくてな。試験にはどれくらいかかるんだ?」


 試験自体は三日もかからない。問題は最終試験の実技だろうか。

 そもそも、ゴイガッラ村からだとヨーインズリーまで三日ほどかかる。

 そこから試験を受けるとなると、最低でも八日か九日は村を空けてしまう。

 さらに実技で受験者中の最高得点を出してしまうと、実際に現地に赴いて仕事をすることになる。俺がロープウェイの町に出向いたように、かなりの拘束期間になるだろう。


「試験そのものは実技の設計などを含めても一週間かからないと思います。最高得点を出して実際に工事するとなると、見当がつかないですけど」

「アマネ君の時はどれくらいかかった?」


 どれくらいだったっけな。

 坂道の解消とか民家の建て替えとかでかなりの期間を使ったように思うけど、木籠の工務店を始めとして参加した職人さんの数もかなり多かった。


「半年くらいだと思います」

「半年か」


 建築家さんは難しい顔でゴイガッラ村を振り返った。

 別の枝から見るとなおさら、ゴイガッラ村が考え抜かれた計画の下で作られているのが分かる。


「ゴイガッラ村って勾配まで計算に入れて作ってるんですよね?」

「あぁ、坂道で意図せずコヨウ車が速度を出して、村で行商人が買った卵を割るような事態にならないようにな。空気が村の中に滞留しないよう風を通す様にも作ってる」


 卵の運搬をする行商人のことまで考えているのか。

 ゴイガッラ村住人だけでなく外からの来訪者にも配慮した村作り。

 住む奴の事じゃなく、足を踏み入れる奴全ての事を考えろ、とフレングスさんからも口を酸っぱくして言われたものだ。

 建築家さんと話をしていると、じっちゃんがやってきた。


「今日中には終わらんだろう。テントを建てておくが、アマネはメルミーちゃんと二人きりがよかろう?」


 気を回しているつもりだろうか。

 いや、違うな。


「じっちゃん、一人テントで何するつもりだ?」


 じっちゃんは笑顔で右手を突き出し、グーとパーを交互に繰り返す。


「儂が握るものはこの世で二つ、弓と――」

「俺はメルミーと一緒に寝るよ」

「最後まで言わせてくれてもいいじゃろうに」


 いいわけあるか。

 ゴイガッラ村の古参住人であり、ゴイガッラ村が魔虫に襲われた時にも住んでいたという建築家さんが苦笑する。


「相変わらず、困った爺さんだな」

「何を言う。男の性じゃろ」


 胸を張って男らしく言い切ったじっちゃんに、メルミーはふむふむと頷いてから俺を見る。


「――いっしょにすんな」

「まだ何も言ってないよー」

「言われずとも分かるって」

「今夜は二人きりだよ?」


 メルミーが両手を頬に当てて恥じらう振りをすると、じっちゃんが口笛を吹いて囃し立ててくる。


「明日の事は心配せずにしっかりな」

「俺の肩を叩きながら言うな。何もしねぇよ」


 口を動かしながらも手も動かして、測量を続ける。

 問題になっているブランチイーターの食害痕の診察はじっちゃんも同行した。


「派手な傷ではないようじゃが、古いな」

「五十年くらい前の傷か」


 じっちゃんの隣に屈み、食害痕を指でなぞる。魔虫狩人としての知識と建橋家としての知識、未だ乏しい経験からの判断だ。

 じっちゃんは俺をちらりと横目で見てから頷いた。


「うむ、その見立てで間違ってはおらん。数も一体だけだったようじゃな」

「右顎に何か異常があるな。多分、顎同士の噛み合わせが悪い」


 食害痕も歪だ。それゆえか、世界樹の傷そのものも歪な形で治ってしまっていた。


「これ、限界荷重量に響いてるな」


 傷の大きさ、深さなどを計測して、手元の紙にまとめる。

 じっちゃんは俺を見つめて感心したように頷いていた。


「なかなか無駄のない仕事ぶりじゃな。レムック村に支え枝の工事に来た建橋家といい勝負をしとる」

「気心の知れている職人のメルミーもいるから、無駄を省けてるだけだ。これが初めて組む職人達だと上手くいかなくてさ」


 意思疎通の問題というより、同じことをしていても手順が異なるのだ。それで齟齬が発生する事がある。

 業界用語も工務店ごとに若干言い方が違っていたりする。世界樹の東と西では呼び方が違うなんてこともざらにある。

 愚痴ってもしょうがないし、もうだいぶ慣れつつあるけど。

 じっちゃんは腕を組んで頷いた。


「何故上手くいかないかは理解できとるんだろう? ならば、後は経験を積むだけじゃ。その年で経験が足りないのは当然の事、学ぶ姿勢を忘れてさえいなければ立派なくらいじゃ」

「そんなもんかね」

「そんなもんじゃよ。そろそろ日も暮れる。今日の作業は切り上げてテントの準備をせい。あの元気娘と夜を明かすんじゃろ?」


 ウリウリ、と肘で俺をつついてくるじっちゃん。

 何故かメルミーが逆側から俺を肘でつついてくる。


「何でメルミーまで?」

「照れ隠し」


 あ、じっちゃんと違って照れはあるのね。

 翌日もてきぱきと測量を続けて、翌昼に測量結果を村長さんに見せた。


「やはり、限界荷重量が少なすぎますね。ブランチイーターの食害痕も古いもので、これから太くなるとはちょっと考えにくいです」

「別の枝を考えた方がいい、と?」


 そこが難しい所だ。

 今すぐに橋を架けて村を拡張したいというのならこの枝は無視して別の枝に橋を架けた方がいい。

 だが、村長が最初にこの枝へ橋を架けようと考えた理由は村の表と裏に関係しているだろう。

 ゴイガッラ村は飼育小屋がある方を裏、無い方を表とした景観が作られている。すべての家の屋根が飼育小屋に斜面を向けた片流れになっているためだ。

 斜面側はかなり軒を出しているため、飼育小屋から村を見ると斜面がずらりと並んでいるように見える。CMなんかで見る、平地にずらりと並んだソーラーパネルを彷彿とさせるのだ。

 いま俺が足をつけているこの枝を除いて他に橋を架けられそうな枝となると、橋の上からゴイガッラ村の裏側が見えてしまう。それでは景観上よろしくない。

 かなえられるなら、この枝に橋を架けたいというのが本音だろう。ここに架けなくては、景観を諦めるか、さもなければ村の建物を飼育小屋含めて丸々向きを変えるという大事業をしなくてはならない。

 後者は現実味も薄いしな。


「この枝に橋を架ける方法はあります」

「支え枝、ですか?」

「その通りです」


 支え枝、元からある枝に対して幹や別の枝から側枝を伸ばし、癒着させて支える技術の事だ。

 ここは幹から少々遠いのだが、下に二つ手ごろな頑丈さの枝がある。この二つから側枝を伸ばして支えれば荷重が分散され、限界荷重量も三倍近くまで増加する。

 下の枝の測量を済ませないと可能かどうかは分からないが、上から見た限りでは傷もない良い枝だ。

 俺の考えを具体的に話すと、村長さんは考え込んで下の枝を見下ろした。


「工期と費用はどれくらいになりますか?」

「支え枝だけで三年、その間建橋家による定期的な管理を必要とするので、おおよそ玉貨五から七枚でしょうか。新人の建橋家に頼む事ができれば玉貨四枚まで抑えられるかもしれません」

「三年で玉貨七枚ですか。そこからさらに橋を架けると?」

「その場合には設計料などもあってピンきりですから何とも。ただ、支え枝が完成した後であれば限界荷重量の問題が大分緩和されるので、建橋家は仕事を嫌がりません。むしろ、率先して受けたがるでしょうね。俺なら半年で玉貨五枚程度の報酬を見込み、費用で玉貨百枚に届かないくらいでしょうか」


 事務所によって料金には幅があるし、デザイン料次第でも大きく変動する。俺に頼んだ場合の費用は参考値として出したが、俺にはタカクス村があるためゴイガッラ村の橋架けに半年も付き合う余裕がない。

 その場で古参メンバーと相談した村長は一つ頷いて俺を見た。


「参考になりました。支え枝を使う方向で話を進めるとします」


 そうなるだろうとは思っていた。村の建物を全て建て直すよりはるかに安上がりだし。


「ランム鳥の飼育に関する研修もお受けしますよ。準備もありますから、ひと月後からになりますが」

「では、ひと月後にお願いします。村に戻り次第、研修生の人数などを書いてお送りします」

「えぇ、今後とも長く良いお付き合いをいたしましょう」

「ぜひ、よろしくお願いします」


 村長と握手すると、ゴイガッラ村の古参とメルミーが拍手してくれた。

 ゴイガッラ村を出て我らがタカクス村へ歩き出す。

 隣を歩くじっちゃんが嬉しそうに目を細め、俺の頭を乱暴に撫でてきた。


「本当に立派になったな」


 茶化すような声色ではなく、心からの褒め言葉だった。


「これアマネ、なんで肘でつついてくるんじゃ」

「うっせ」


 照れ隠しだっつの。



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