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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第五十八話 のんびり

 テテンが箒を持ってメルミーの作業部屋の掃き掃除をしていた。

 冬の間にすっかり板についてしまったメイド姿である。


「次は俺の作業部屋を頼んだ。俺は窓の掃除をしていくから」

「……うむ」


 テテンは返事をすると箒を杖代わりに体重を預けて、俺を振り返る。


「……お姉さま、たちは?」

「もうじき帰ってくるだろう。そうしたら、午後はぐるっとタカクスを散歩して雲下ノ層第三の枝で食事な」


 今日は四人全員の休みが重なっているため、ちょっと出かけることにしたのだ。

 ちなみにリシェイ達は買い物に行っている。


「たのしみ……」

「リシェイ達が帰ってきたら着替えておけよ。声をかけてくれれば、掃き掃除の続きは俺がやっとくから」


 再び動き出したテテンを横目に、俺は濡れ雑巾を持ってリビングへ向かう。

 大窓の掃除をして、メルミーや俺の作業部屋の拭き掃除が終わるころになってリシェイ達が帰ってきた。

 テテンはすでに掃除を終えていたらしく、買い物帰りで一息入れるリシェイ達にお茶や茶菓子を出してから自室へ戻っていった。

 俺はキッチン周りの掃除を済ませてリビングに戻る。


「掃除が終ったから、食材とかこっちに回して」

「はい、メルミー」

「メルミーさんが買い物袋を受け取り華麗な手首の返しでアマネに流す! 鮮やかな手並みだー。はい、アマネ」

「はいどうも」


 なに今の実況風味の寸劇。

 バケツリレーよろしく回ってきた買い物袋を持ってキッチンへとんぼ返り。床下収納その他に四人分の食材を保管していく。

 食材の片付けを終える頃にはテテンも着替えを終えて戻ってきた。

 リシェイ達も休憩は十分なようだ。


「それじゃあ行こうか」

「まずは雲上ノ層をぐるっと行ってみよー」

「……おぉ」


 メルミーが勢いをつけてソファから立ち上がり、右手を天井へ掲げる。テテンが真似をしようとして左手を上げてしまった事に気付き、中途半端な高さで挙げた左手を止めた。

 玄関へ歩き出すメルミーとテテンの後ろを最後に立ち上がったリシェイと共に追いかける。

 快晴の青空から降り注ぐ太陽の光に世界樹の葉を透かして見上げ、俺はメルミーとテテンを追い越した。


「特別飼育小屋に行こう。ちょっとマルクトに渡しておく資料があるんだ」

「いいよー」


 メルミーの返事にリシェイとテテンが同意するのを見届け、さっそく特別飼育小屋へ歩き出す。


「今日の夕食の材料を見に行くんだね」

「確かに夕食はヘロホロ鳥のコース料理を頼んであるけど、特別飼育小屋の方で育った奴じゃないよ」


 特別飼育小屋では現在、ヘロホロ鳥の生態研究などが行われている。

 最近、小規模ながら輸出も開始されたヘロホロ鳥は同じ雲上ノ層にある専用の飼育小屋で育てられているのだ。


「ほら、あっちの飼育小屋だ」


 俺が指差す先には継ぎ木した九本のホストツリーからなる巨大なツリーハウスが立っている。

 二階建てで、孵化室も含むかなり巨大な建物だ。

 リシェイが専用飼育小屋を見上げて目を細める。


「量産体制を整えると聞いた時はどうなる事かと思ったけれど、売れ行きは好調そのもので安心したわ」

「まだしばらくはこれ以上の増産はしないつもりだけどな。需要はあるけど、ヘロホロ鳥を群飼いした時の弊害があるかもしれない」

「飼育上の問題で様子見って事ね」


 話をしている内に特別飼育小屋が見えてきたため、俺はリシェイ達を待たせて小走りに螺旋階段を上り、特別飼育小屋の中に声をかけて入る。


「マルクト、頼まれてた資料を持ってきた」

「――アマ兄いー」


 子供特有の甲高い声が聞こえてきて、即座に視線を下げる。御年四歳のミトイちゃんがダイブしてくるところだった。

 慌てて抱き留め、落とさないように抱え直してホッとする。


「マルクト、娘から目を離すな」

「すみません。アマネさんの声を聞いたら飛んで行ってしまったもので」

「シュトー玄九郎のまねー」


 シュト?


「ミトイねぇ、シュトー玄九郎と一緒に空飛ぶの」

「いつか叶うと良いね」


 空を飛ぶって事はヘロホロ鳥の名前かな。まさかランム鳥と一緒に空を飛ぶ練習をしているってことはあるまい。

 ……マルクトの子供だし、あり得ない事でもないか。

 マルクトにミトイちゃんと一緒に資料も渡す。


「アマネさん、今日は休日だったはずでは?」

「散歩がてらに寄っただけだ。もう行くよ」

「あぁ、デートでしたか」

「余計なのが一人ついてるし、デートって感じでもないかな」


 お邪魔虫は言うまでもなくテテンである。

 足にしがみついてくるミトイちゃんを引きはがし、俺は特別飼育小屋を出た。


「おまたせ」

「おかえりー。次はどこ行くの?」

「雲中ノ層に行こう。タカクスをぐるっと回ればちょうど予約の時間になるだろうし」


 というわけで、天橋立を渡って雲中ノ層へ向かう。

 すっかりタカクスのランドマークとして定着した天橋立は人通りも増えてきた。古参住人のほとんどが雲上ノ層に移住した事とビロースの高級宿屋の宿泊客、モダン建築を眺めに来た観光客など、渡る人の目的は様々だ。


「最近はタカクス建築物巡りを目的にした旅程が組まれていたりするらしいわ」

「アクアスは?」

「同じ目的の観光客が来るそうだけど、タカクスとは方向性が違うから同列には語れないわね」


 ケインズが設計した建築物が立ち並ぶアクアスは先進的なデザインの物が多く、未来的な印象があるのに比べ、タカクスはある意味異質で異国情緒がある。

 そんな異国情緒感がとりわけ強い和風建築物が並ぶ雲中ノ層に到着する。

 雪が解けたばかりの春先という事もあって、これから来る夏に向けた新デザインの服を販売する服飾店の広告を見かけた。


「繁盛してるな」


 広告にしては結構いい紙を使用しているのが分かる。雲中ノ層は湿度が高いから紙が湿気らないように加工まで施してあった。


「新作って聞くととりあえず見に行こうって人も多いんだよ」

「メルミーも見に行ったのか?」

「半袖使用率でメルミーさんを上回る美女はいないからね!」

「確かにいそうにないな」


 と思いつつ、俺はふと思い出していつの間にか横を歩いていたテテンを見る。


「もしかして、半袖使用率はほぼ毎日仕事場で半袖のテテンの方が高いか?」

「……白無地、半袖の愛用者」

「こんな身近にメルミーさんを上回る猛者が!?」


 今度一緒に服を見に行こうと約束しているメルミーとテテンの横で、リシェイは別の方向を見ていた。


「武器屋に人が並んでいるというのも面白い光景よね」


 弓と矢、そしてワックスアントの巣に乗り込んだ際にたまに使用する近接武器を販売している魔虫狩人相手の武器屋の前に、短いながらも行列ができている。

 工房が併設されているため、魔虫の甲殻や脚を持ち込んで武具製作を依頼する事もできるこの武器屋は開店当初から繁盛している。


「これから啓蟄で魔虫の動きも活発になるだろうから、今のうちに商売道具を整えて置こうって魔虫狩人が多いんだろうな」


 特に、タカクスは北側唯一の摩天楼であり、雲上ノ層へのアクセスが良い。雲上ノ層にしかいない魔虫も存在するため、対応する道具を揃えて遠征を行うグループも多い。

 こうして春先に雲中ノ層を歩いていると、梅や桜に似た花を咲かせる木が欲しくなる。無い物ねだりと分かっていても、少し寂しい気分だ。

 それでも、雲中ノ層の景色もまた良い。瓦屋根が陽光に照らされて黒く鈍い反射光を返し、軒先から落ちる影は日向との差を穏やかなコントラストで彩って、縁側で子供が転寝している。

 元ギリカ村長の家の前を通りかかると、新人の指導をしているらしき声と矢が空気を裂く鋭い音が響いてきた。

 最近は新人相手の講習会なども行っているとの事で、この家の会議室の使用頻度は案外高いらしい。

 同時に、雲中ノ層の住人に占める魔虫狩人の割合が増えてきている。和風建築、特に武家屋敷然とした様式が魔虫狩人の一部でステータスとなっているらしい。


「この路地裏、相変わらずだね」


 ひょいと覗き込んだ路地裏の光景にメルミーが苦笑する。

 事情を知らないリシェイが後から覗きこみ、小さく笑った。


「小さい子はクローゼットに隠れて遊んだりするけれど、大人もやるのね」


 俺も覗き込んでみると、路地裏は前回に見た時よりも雑多に物が置かれていた。

 簀子を底に敷いた魔虫甲材の棚やら提灯型の花灯など、少しばかり豪華になっている。

 思い出横丁的な区画を作ったらウケるのかもしれない。


「……引き籠るには、もの足りない」


 引き籠りマイスターテテンによるダメ出しは聞き流して路地裏の前を通り過ぎる。

 路地裏って呼称が定着してるけど、あの部分は私有地だ。通り抜け厳禁である。

 水路橋を渡って雲中ノ層第二の枝に到着すると、高齢者も増えてきた。同時に、カッテラ都市から来たらしい買い物客もちらほら目につく。

 服飾店の前まで来て、俺は首をかしげる。


「どうなってるんだ、これ」


 商品を外に出して、売り子まで店先で商品の説明をしている。


「予想される来店者数が店舗内に収まり切らないから、店の前の道路の使用許可を申請してきたのよ。許可しておいたけど、予想通りだったわね」

「あぁ、それでか。お昼時なのにこの人混みなら、この対応も納得だな」


 繁盛しているとは何度も聞いていたけど、こんなにも賑っているとは。

 出梁造りで道路側に張り出した二階部分と深い軒先のおかげによるものか、店舗前の道路まで商品を展開していても服飾店のスペースははっきりと見て取れる。見ようによっては圧迫感がある張り出し二階だからこそ、店の正面がどこからどこまでなのかが明確に見分けられる。

 こういった予想していない形で利用されると、嬉しい半面自分の未熟さが分かって考えさせられる。

 でも、店舗内に収まらない客が来ることを見越した店舗の設計って矛盾してるんだよな。

 色々と考えつつ、水力エレベーターを使って雲下ノ層第四の枝へ。

 途中にある乗換所から第四の枝の空中市場を見下ろすと、人の流れがはっきりと見て取れる。

 どうやら冬を越したばかりで生鮮食品を欲している人が多いらしく、空中市場の常設店舗よりも近隣の村や町から来た人が持ち込んだ食品専門の露店に人が集まっているようだ。季節感のある人の流れを感じ取れる面白い光景だった。

 水力エレベーターで雲下ノ層に降りると、少し湿気を含んだ風が吹いていた。日中はともかく夜半には雨が降るかもしれない。


「夕食後はイチコウカ畑を見て帰ろうと思ってたけど、どうする?」

「降られてでも見る!」

「勇ましいな。リシェイは?」

「夕食を食べてから、空模様を見て判断しましょう」

「それもそうだな。夕食後に考えるか」


 リシェイの意見に頷くと、テテンが俺の袖を引っ張ってきた。


「……聞かれて、ない」

「聞く必要がない」

「……まず、薄着になる、べき」

「却下」


 雨に濡れたら透けちゃうだろうが。

 二重奏橋を渡って第三の枝を一時素通りし、第一の枝の事務所に立ち寄る。

 本日はお休みしております、と書かれた看板が下がっていても、何らかの書類などがポストに入っている可能性もあるため、ついでに確認しておくためだ。


「空っぽね」

「後顧の憂いなく休日を満喫できるな」

「今日は専門学校生が外で演奏の練習するって話だよ。みんなで見に行かない?」

「面白そうね」

「野外練習なんてやってるのか」

「卒業後に吟遊詩人として活動しても対応できるようにするのが目的らしいわよ」


 ビューテラームと共催した音楽祭でタカクスの知名度が上がり学校の事も知れ渡った影響で、実力があれば劇団や楽団から声がかかるようにはなっている。

 それでも、見聞を広めたいからなどの理由で吟遊詩人をやる卒業生もちらほら出ているから、必要な授業なのだろう。

 まだ時間もある事だし、とみんなで揃って矢羽橋を渡って第二の枝へ。


「こうして歩いてみると、摩天楼化した後はあまり施設が増えていないわね」

「上水道くらいか。民家はかなり設計したけど、公共施設はもう増やすより維持する方が多くなったな」


 それだけ、摩天楼化前に基盤が整っていたという事か。


「人口は今どれくらいだっけ?」

「八千人に届かない程度よ。移住者の数も落ち着き始めているから、今後はそう簡単には増えないと思うわ」


 ケーテオ町が人口五千人弱、カッテラ都市が一万二千人程度と考えるとやはり人口はやや少ない。

 その分、家の密度が低く開放感があり、観光客も増えているのだから良し悪しか。

 この間届いたケインズからの手紙には、アクアスの人口が一万人目前だと書かれていた。南の方が気候が温かくて過ごしやすい分、人が集中するきらいがあるようだ。


「……安定期」


 テテンが呟く。

 基盤が整い、経営状態も良好で、新規事業のヘロホロ鳥なども好調な売れ行きを記録している。憂いは特になく、緩やかに規模が大きくなっていく今のタカクスを端的に表すのなら、テテンが言う安定期がそのまま当てはまる。


「ここから先はのんびり行くのも悪くないかな」


 呟いて見上げた快晴の空、穏やかな陽の光に世界樹の葉を透かすと、雲上ノ層の枝が見えた。



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