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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第五十七話 お届け物でーす

めずらしく後書きあります。

 雲下ノ層第四の枝の空中回廊を点検する。

 今日は待ちに待った日だ。ついに届くのだ。服屋に注文したあの品がついに。

 長かった。でもようやく拝む事が出来るのだ。


「素晴らしい日だ」


 仕事の終わりが刻一刻と近づく。楽しみで仕方がない。


――――――――――――


 お届けモノです。という呼びかけにテテンは預けていた背中を壁から離す。

 雲上ノ層の自宅。アマネの作業部屋に忍び込んで休日のいつもの過ごし方通りに趣味の小説を書いていたため、目の前には暗号文が書かれた紙が散らばっていた。

 のろのろと扉に向かったテテンだったが、扉の外の廊下から玄関へ向かっていく足音を聞いて動きを止める。


「はい、誰宛てですか?」


 家人が四人もいるからこその問いかけを発して扉を開ける音。リシェイだろう。

 続けて二階から降りてくる足音はメルミーという事になる。

 いまさら部屋を出ても遅い、とテテンは今までの動きを逆になぞるように壁へと戻っていく。


「――リシェイちゃん、お届けモノって?」


 扉を挟んで聞こえてくる会話を何とはなしに聞き流し、テテンは壁に背中を預けて再びペンを取った。


「アマネ宛てみたい」

「おぉ! 何この包装。すんごい豪華だよ。何が入ってるんだろう?」

「アマネが帰ってきたら聞いてみればいいわ」

「この店名って、雲中ノ層の服飾店だよね」


 届け物とやらに書かれた送り主を見たらしいメルミーの声。

 テテンは紙に落としかけた視線を跳ね上げて立ち上がる。

 確保せねばならない。テテンは久しく感じた事のなかった使命感に突き動かされるままに作業部屋の扉へてくてくと駆け寄り、ドアノブを握って廊下へ出た。


「……いない」


 左右に首を振って無人の廊下を確認し、テテンは廊下の奥の突き当たりへ向かう。

 すぐにリビングからのんびりと会話の花を咲かせるリシェイとメルミーの声が聞こえてきた。

 そしてどうやら、獲物はリビングに運び込まれたらしかった。

 テテンはどうやって獲物を回収するかを考え、ふと玄関を振り返る。

 アマネが帰って来るまでまだ半日ある。今日は雲下ノ層第四の枝にある空中回廊の点検をすると今朝に言っていた事から考えても、昼食を採りに一時帰宅するとは考えにくい。第四の枝の空中回廊は空中市場との兼ね合いもあって広範囲に行き渡っているからだ。

 では、獲物を回収するのではなく先に楽しむのはどうか。


「……ざまぁ」


 テテンは悔しがるアマネを想像し、悪い笑みを浮かべる。悔しがったアマネからほっぺを揉みくちゃにされるだろうが、さしたる問題ではない。

 ひとしきり先に楽しんだ後、今書いている小説にさっそく反映させて今日の夜にアマネの部屋に転がり込んで読み聞かせるのだ、と計画を立てながらリビングを覗き込む。


「およ、テテンちゃん、ハロロース。どこいたの? まぁいいや、これ見てよ。アマネ宛てに高そうな荷物が届いてるんだよ」

「結構な大荷物よね。服だとは思うけれど、アマネが一人でこんな高いもの買うなんて珍しい」

「中身が何か当てっこしてるんだよ。テテンちゃんもおいでー」

「……中身、しってる」


 トテトテと駆け寄ったテテンは届いたという荷物を見る。

 テーブルの上に置かれたその包みは高級品である事を示す様に刺繍を施された帯に包まれていた。流石は服飾店というべきか帯の刺繍は見事なもので、蝶と花を写実的に描いている。花の図案には早くも変異リッピークルが使われており、タカクスで包まれた物だとすぐに分かった。つまり、毛織物で有名なヘッジウェイなどの外部に発注したものではないのだ。

 テテンは中身への確信を深め、頷いた。

 メルミーとリシェイが興味深そうにテテンを見つめている。


「テテンちゃんが何で中身を知ってるの?」

「アマネからテテンへの贈り物? 珍しいわね」

「……お姉さまたちへ、贈り物」

「私たちに――って、テテン!?」


 珍しく慌てた声を出すリシェイの制止も聞かず、テテンは刺繍帯を解いて包装の布を取り払う。

 中から現れたのはこれもまた見事な組子細工の箱だった。菱形を組み合わせて描かれる雪結晶の模様が親指サイズで散りばめられた冬らしい蓋。組子の隙間から見える中身はテテンが思い描いていた物そのものだった。


「……これは、いい仕事」


 アマネと共に十日以上もの間、夜に悩み続けたデザインだ。今ばかりはアマネを小指の先程度は称えてもいい気分だった。


「こらこら、テテンちゃん、アマネ宛ての荷物なんだから勝手に開けちゃ――なんかすごいの出てきた!」

「メルミーまで手の平返さないでよ」

「ここまで開けちゃったらもう遅いでしょ?」

「それもそうだけど……」


 逡巡したリシェイだったが、結局はメルミーの意見に賛同してため息を吐いた。


「どう見ても女物だし、私たちの誰かに送るつもりだったのは間違いないわね」

「というか、これ何?」

「……メイド、服。アマネの浪漫」


 そう、メイド服である。しかも、この世界には存在しないロングスカートにフリルまであしらわれたオーダーメイドの最高級品だ。とてもではないが使用人に着せる品ではない。

 ホワイトブリムはレース付きのカチューシャ。その下に収められているのは、フリル付きの漆黒ロングスカートのワンピース。肩にはフリルをあしらい、全体的には黒でありながら首回りには細いが鮮やかな青リボンが主張している。

 白いエプロンが付属されており、背中側で腰の上あたりに二重の蝶々結びで留める仕様。

 ロングスカートのフリルも丹念に着色されており、裾先に向かって緩やかなグラデーションを描いており、レースの華やかさと合わせて格式高いデザイン。

 このメイド服の誕生については、カッテラ都市にあった服飾店がタカクスの雲中ノ層に本店を移転した日にさかのぼる。

 真夜中、アマネによっていきなり部屋に引っ張り込まれたテテンは、さしものアマネもついに百合小説を書き始めたのかと勘違いしたものだった。

 しかし、事実を知らされてやや落胆したテテンに懇々と滔々とメイド服に関する熱烈な思いの丈を説明したアマネの浪漫に惹かれ、テテンも協力を決意。

 十日を越える意見交換の末にアマネ自らがデザインしたのがこのメイド服である。


「これ、バードイータースパイダーの滴下糸だよ。こんなに細いのは初めて見た。天楼回廊の工事の時にバードイータースパイダーをすぐに仕留めてたのってこれのためだったのかな?」

「滴下糸って。それに、染色も糸からじゃなく滴下時にやってるわね。素材を自前で用意しているとはいえ、いくらかかってるのよ」

「……滴下糸?」


 テテンが首をかしげると、リシェイとメルミーが揃ってため息を吐いた。


「テテンちゃんがあまり服に興味がないのは知ってるけど、滴下糸を知らないのはダメだと思うよ。というわけで、リシェイちゃん、説明をどうぞ」

「滴下糸とは、バードイータースパイダーの巣ではなく、液化糸を利用して作る特殊な高級糸の事よ。優れた専門職人が液化糸に特殊な処理をして、巣から採取した糸とは違う極細で一切の傷みがない糸を作るの。これで作られた布の手触りは雲のように抵抗がないとまで言われ、総じて高級品とされているわ。まして、液化糸の状態で染色をした場合は何度洗濯しても色落ちせず、独特の光沢と手触りを維持したまま糸に出来るからさらに値が張るのよ」


 リシェイの説明を聞き、テテンは立てつけの悪い扉のような動きで顔をメイド服に向ける。

 勝手に開けてしまったが、相当に不味い事をしたのではないかという懸念が頭をもたげてきていた。


「もっと言うと、液化糸の状態で染色するのと滴下時に染色するのでは難易度が段違い。滴下時に染色すると本当に些細だけれど、色むらができるの」

「……滴下時に、染色したから、これは安い?」

「逆よ。倍近い価格になるわ。液化糸の状態で染色してしまうと色が均一になりすぎて工業的な印象が強くなるの。滴下時の染色だと天然物の風合いが残るから、服にした時に着用者の肌の色により馴染むのよ」

「アマネって本気になると凝るよね。これはかなり極端だけどさ。これが男のマロンなんだねー」

「浪漫でしょう?」


 メルミーの言葉にテテンは開いてしまった蓋を持ったまま冷や汗を垂らす。

 しかし、箱の中身がなまじ衝撃的な代物であったがために、いまさら蓋を閉めて包装し直したところで意味はないだろう。アマネの前でもう一度開けて見せても、リシェイやメルミーが先ほどと同じ反応をするはずがない。

 ここまでするつもりはなかったとおろおろしていると、玄関の鍵が開く音がした。


「あら、アマネが帰って来たわね」

「てっきりお昼は外で食べてくると思ってたけど。もしかして、これが届くって聞いて飛んで帰ってきたのかな」


 テテンは右往左往した挙句、意を決して玄関へ全力疾走する。慌てすぎて蓋を持ったままであることにさえ、本人は気付いていない。

 リシェイとメルミーが驚くほどに普段とは比べ物にならない速さで玄関へ駆けたテテンは、扉が開き切る前にそのポーズを取った。


――――――――――――


「――ただいま……テテン、なんで土下座してんだ、お前?」


 俺は扉を開けた先でジャパニーズドゲザをかましている座敷童もどきに嫌な予感を覚えつつ、訊ねる。


「……ごめん、なさい」

「帰宅早々に不安になる出迎えだけど、何しでかした?」


 というか、その組子細工の蓋って雲中ノ層の服屋が使うオーダメイド専用の箱の蓋だよな。


「開けたな?」

「……開けた。すみません、でした」

「リシェイとメルミーが休日って事は、見られたんだな?」

「……もうしわけ、ない」

「……はぁ」


 見られてしまったものは仕方がない。贈り物のサプライズ相手が何の因果か俺になっただけだと思うしかない。


「これに懲りたら、勝手に他人宛ての届け物を開けないようにしろ。たとえ中身が分かっていてもだ」

「はい……ごめん、なさいでした」

「ほら、もう一つ言う事があるだろ」

「……おかえりなさいませ、ご主人様」

「よろしい」


 録音機器がないのが悔やまれる。


「――聞いちゃったぞー」


 廊下の突き当たりから顔だけ出してニヤニヤ笑っていたメルミーがリビングの方を振り返った。おそらく、リシェイがいるのだろう。


「リシェイちゃん! そのメイド服はテテンちゃんが着るみたいだよー」

「は? なんでそんな話になってんだ――」


 もしかしてさっきの「お帰りなさいませ、ご主人様」発言の事?


「いやまて、あれは言葉の綾――」

「テテン用だったのね。道理で中身を知っていたはずだわ。それならテテンが箱を開けても問題なかったわね」

「だねー。いくらテテンちゃんでも他人宛ての荷物は開けないよね」

「……まぁ、テテンの労をねぎらう事ってあんまりなかったから、たまには、な」


 ちきしょう。テテンが反省してなかったら速攻で売り渡してたのに、ちきしょー。


「……かたじけ、ない」

「……言っておくけど、お前はしばらく家事全般担当だからな」

「精進、する……」


 なお、悲しい事にテテンのメイド服姿は意外と様になっていた。馬子にも衣装だ。

 リシェイならもっと似合ったろうに……。



「それで、なぜ私がこれを着なければならないの?」


 テテンに頼み込まれて、リシェイはメイド服を目の前に広げて悩む。

 贖罪がどうとか、男の浪漫がどうとか、単純に自分も見てみたいだとかテテンが理由を並べ立てていたけれど、メイド服を着る理由にはならない。

 考えてみれば、とリシェイは今までを振り返る。

 アマネがテテンに何かを贈ったことなどなかった。きちんと一線を引いて友達でい続けているだけあって、リシェイやメルミーに何かを贈ったついでに買うことはあってもテテン一人を特別扱いするのはありえないと断言できる。

 ましてや、このメイド服の手の込みようは異常なほどだ。


「もしかして……いえ、やめておきましょう」


 このメイド服はリシェイ自身かメルミーに贈るつもりだったのでは、と言いかけて、リシェイはDO☆GE☆ZAという自尊心をかなぐり捨てた最上級の頼み方をしているらしいテテンから視線をそらす。

 テテンが反省していたから、勝手に贈り物の箱を開けたことをアマネは咎めなかったのだとすれば、贈られる側のリシェイが蒸し返すわけにもいかない。

 それに、テテンがこうしてDO☆GE☆ZAをしているのもアマネの目的をないがしろにしてしまった贖罪ならば、リシェイが叱るわけにもいかないだろう。

 さて、どうした物かと考えたところで結論は決まっている。


「分かったわ。着てあげる」


 テテンが上半身をはね上げて期待のこもった目を向ける。

 リシェイはテテンに微笑みかけて、続けた。


「でも、アマネにだけ見せることにするわ」

「……無情」


 テテンの抗議の声は聞き流し、リシェイはアマネを部屋に呼ぶと同時にテテンを追い出すのだった。

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― 新着の感想 ―
いくらテテンでも、それはダメよねー。アマネもリシェイも優しいわぁ。
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