第五十四話 魔虫ギルド副ギルド長宅
「アマネさんがいるのは分かる。この家の説明してくれるわけだし、最終確認だからな。だが、なんでギルド長までいるんです?」
魔虫狩人ギルド副ギルド長を務める元ギリカ村長が弱り顔で直接の上司であるギルド長を見る。
「慰労会で話したろう」
「慰労会?」
「冬季派遣の慰労会だ。酒が入って記憶が飛びやがったな?」
「す、すんません」
元ギリカ村長が頭を下げると、ギルド長は呆れたようにため息を吐いた。
「副ギルド長がどんな家に住んでるのか見ておきたいって話だ。しかも、他の元ギリカ村の魔虫狩人が雲中ノ層に移住するってんだろ。ギルドじゃ、遠征してきた魔虫狩人に仮住居や宿の手配もやるんだ。タカクスの魔虫狩人が住む家の、あぁ、なんだ、すたんだーどってやつを学ばねぇといかんだろ」
「ギルド長、アマネさんの造語は若者言葉ってわけじゃねぇですぜ?」
「……そうなのか?」
微妙な空気になりつつもギルド長がここにいる理由は説明できたので、俺は二人を新築の家の前に連れていく。
雲中ノ層であるため、和風建築である。先日先行して作った枯山水庭園からもほど近い。
住むのが魔虫狩人ギルドの副ギルド長という役職であり、次期ギルド長でもあるため少し立派なものを用意した。
「敷地面積こそ広いけど、弓矢を備蓄する蔵とかがあるから、住居の面積はそれほどではないと思ってくれ」
それでも一般的な住居に比べれば広いけどな。
今回の建設で参考にしたのは前世日本のいわゆる武家屋敷である。
敷地をぐるりと囲むのはなまこ壁の屋根付き塀。この世界では他に見られない特徴的な外観になるこの塀は工事中も人目を引いた。
「魔虫甲材を縦に壁へ貼り付けて漆喰で固定してんのか」
年の功というやつか、ギルド長はなまこ壁を見てすぐに正解を導きだした。対する元ギリカ村長は首をかしげるばかりである。
なまこ壁は土壁の上に瓦を張り付けるものだ。瓦と白漆喰によるモノクロの連続模様を描き出すため装飾性も高い。防火性、耐水性にも優れている事から蔵の壁面に採用されることが多く、日本人のイメージも大概は時代劇などで見る蔵の壁だ。
今回は世界樹製木材の骨組の上に液化糸と粉砕魔虫甲材を混ぜたもので形を造り、その上から俺開発の複合素材による瓦もどきと白漆喰で仕上げてある。防火性、耐水性も高い。お値段はそこそこ。
そんななまこ壁の塀に挟まれた冠木門を通って敷地内へ入る。
冠木門は左右の柱とそれを横一文字に貫く笠木からなり、屋根が付いている。門扉は無垢材の木でできており、飾り気がないからこその趣がある。素っ気ないくらいでちょうどいいのだ。
「あんまり洒落てると落ち着かねぇし、毎日通る門はこんくらい素朴な方がいいな」
元ギリカ村長はほっとしたように言って門扉を拳で軽く叩く。
ギルド長は冠木門の屋根を指差して俺に声をかけてきた。
「あの屋根に乗ってるのが塀に貼り付けてある瓦もどきってやつなんだろ?」
「そうです。防水と防火を兼ねてるんですけど、魔虫甲材の常で軽いので風で飛ばないよう屋根に固定してあります」
スケイルアーマー的な発想である。この世界だと魔虫を相手に立ち回るから機動力を削ぎがちな鎧は存在せず、着けるとしても革製の防具が主流だ。当たらなければどうという事もない、を地で行く人々である。
「あの屋根がないと笠木が雨で腐るわけか?」
「防腐処理はしてありますけど、屋根で水の浸透を防がないとどうしても傷むのが早くなりますね」
「なるほどな」
納得した様子のギルド長と元ギリカ村長に塀の後ろにある庭を指差す。
縁側が面した庭は塀に沿って申し訳程度にキスタが植栽されているばかりで、ほとんど何も置かれていない。
細長いこの庭は弓の練習ができるように設計したのだ。
「早朝の訓練程度ならこれだけの広さで十分だと思うけど、二人の意見は?」
「問題はなかろう。塀も十分に高い」
「本格的な訓練をやるなら練習場で集団戦の練習も兼ねた方が効率がいいだろう。自宅で早朝訓練ができるなら至れり尽くせりだな」
上々の反応を示してくれたことに満足しつつ、建物の紹介に移る。
重厚感のある家構えにするため、玄関は入母屋屋根にしてある。破風も立派だが、三角形のキツネ格子をはめ込んであるため見栄えがする。
建物は平屋で、玄関に向かって左右に細長い長方形をしており、面積はそれなりに広い。
ここに住むのが元ギリカ村の住人を束ね、魔虫狩人ギルドの副ギルド長として現場指揮を執る事もある元ギリカ村長であるため、来客が多くなることを想定した作りになっているからだ。
「向かって左側が待合室、応接室、その奥に広めの会議室がある。会議室はあまり使う機会はないだろうけど、本当に作ってよかったのか?」
念のため、元ギリカ村長に訊ねておく。
役職持ちだから来客が多くなるのは仕方がないし、急な客が連続で来た時用に応接室とは別に待合室まで用意するよう勧めたのは俺だ。しかし、会議室については元ギリカ村長からの要望だった。
待合室、応接室、そして会議室と順に見て回った元ギリカ村長は縁側から見える庭を眺めて頷いた。
「あぁ、これでいい。そうそうキリルギリみたいなのが出るとは思えねぇが、用心しておくに越したことはないだろ」
「どういうこった?」
ギルド長が訝しそうに聞き返す。
「魔虫狩人ギルドでも作戦会議ができるが、遠征隊や捜索隊を別個に出そうって事になると並行して会議が出来なくなっちまう。それに、避難してきた住人の中に魔虫狩人がいれば、必ず遠征隊や捜索隊に加わりたがるはずだ。この会議室を雑魚寝部屋にすれば、魔虫狩人ギルドにも近くて使い勝手がいい」
「はぁ、なるほどな。キリルギリん時はお前さんも苦労したからな」
ギルド長が元ギリカ村長の肩を叩く。
キリルギリの捜索隊を編成して周辺を見て回り、帰ってきたら簡易住居で眠るような生活してたしな。キリルギリ対策本部の設置の後は少しは落ち着いていたけど。
「それに、後三十年もすればアーミーシケイダの討伐遠征で忙しくなんだろ。こういった場所があった方が都合もいい」
「あぁ、いやがったな、そんなやかましいのも。アマネさんは知らねぇんだよな?」
ギルド長が苦い顔をして首を振ると、俺に話を向けてくる。
「前回の発生時には生まれてなかったので、知らないですね。知識としてなら聞いてますけど」
「聞くと見るとじゃ大違いってな。目視できる距離にいれば、もう会話もままならねぇ。発生の十年前くらいから手振り身振りで作戦を継続できるように若い連中を仕込んでおかねぇと」
腕を組んで訓練メニューを考え始めたギルド長に肩を竦めた元ギリカ村長が俺を見る。
「訓練内容は後で考えるとして、家の説明を続けてくれ」
「あぁ、そうさせてくれ。この後も仕事が控えてるんだ」
この建物は玄関左が客用のスペース、右側が奥座敷や寝室などの住居スペースになっている。
「それにしても、なんで畳は流行らないんだろうなぁ」
左右を分けている廊下を横切って襖を開けながらぼやく。
せっかく開発した畳もどきは和風建築であっても取り入れられることがほとんどない。この家も床は木の板を張ってあった。
元ギリカ村長とギルド長が顔を見合わせる。
「掃除しにくいんだ。踏んだ感触は好きなんだがな」
「染みができるってぇのもあんだが、家具の重みで凹んじまうのもどうかと思うな。雲中ノ層でも湿度が上がりにくいってのは畳の家の奴から聞いたことがあるんだが」
異世界でも畳は淘汰される運命にあるというのか……。
木の板を踏みしめながら座敷に入る。右手に見える縁側に座布団を敷いて茶を飲んでいたくなるような、うららかな陽気だ。猫と一緒に丸くなって日向ぼっこもいい。
この世界、猫いないけど。
「雲中ノ層の建物はこの風通しの良さが魅力だな」
筋肉質で代謝量も多いのか、暑がりだという元ギリカ村長は座敷を吹き抜ける風を受けて嬉しそうに笑う。
「縁側には大窓を配置してるから、寒くなったら完全に閉めればいい。大窓と襖の間に有る縁側部分の空気が断熱材代わりになる」
少しはましになる程度の物だけど。
「どうしても寒いってなったらここをこうしてな」
俺は座敷中央の木の板についている取っ手を掴んで持ち上げる。
「この上に炬燵を置けばいい。掘り炬燵って奴だ」
さぁ、堕落するがいい。掘り炬燵を覗く時、掘り炬燵もまたこちらを覗いているのだ。
炬燵に関しては雲下ノ層のタカクス公民館や元キダト村公民館、魔虫狩人ギルドの休憩室に設置してあるから、元ギリカ村長やギルド長も知っている。
二人そろって苦笑して肩を竦めた。
「出られなくなるんだよなぁ」
「火事には気を付けるようにな」
いまのところ炬燵による火災は発生していないけど、注意は促しておく。
「寝室はこの隣にある。それで、キッチンはこっちの方」
俺は寝室の襖を開けてから、縁側に背を向けて別の襖を開く。
この家は廊下がT字型に配置されており、建物全体が廊下によって三つに区切られている。左側が客用、右側が奥座敷と寝室、そして上にあるのが台所や洗い場である。
「雑魚寝部屋としても使うって話だったから、洗い場も台所も大きく取ってあるんだ。普段も使うから等距離になるようにこの配置になってる」
「台所でも食事は出来るんだな」
「客がいないときにはそうやって使う方が楽だろうな。お前は独り身だし」
「悪かったな」
元ギリカ村長が不満顔で顔をそむける。この男、こう見えて炊事洗濯に裁縫もできる。しかし、歳で遠征に同行するのが難しいギルド長の代わりに遠出する事が度々あるせいで出会いはないらしい。
まぁ、結婚願望もさほどないようだし、あったとしてもギルド長が何とかするだろう。
そのギルド長は台所の窓から裏庭を見ていた。
「蔵の方もなまこ壁ってやつになってんだな」
「あぁ、防火防水に優れてるし見た目も良いから使い勝手がいいんだよ。扉は結構な厚みのある木の扉だ。金目のものを入れる事もないだろうけど、一応は錠前も準備させてある」
「へぇ。裏口もあるんだな。あっちからの方が大文字橋に近いか」
「ギルド長、この家を抜け道みたいに使わんでくださいよ?」
「緊急時には使う。襖を開けておけば大勢が一気に駆け抜けられるしな」
「そういう使い方をするために襖な訳じゃねぇでしょ。それに、大勢が土足で駆け抜けた後なんて掃除が大変でしょうよ」
あれこれ言い合いながら裏口に向かう。
すると、扉に掛けられた綱と錘を見つけて二人が口を閉ざし、俺を見る。
「なんだ、これ」
「徳利門番だ」
説明するより見せてしまった方が早い。
俺は裏口の片側扉を開けて、そのまま手を離す。
すると、錘に綱が引かれて、扉がゆっくりと閉じられた。
要するに、簡易的な半自動ドアである。
「急いで出たりする時は放っておけばこうして勝手に閉まるってわけ」
「はぁ、面白いこと考えたな。仕組みは単純そのものだが」
そう、単純そのものである。単純故に修理も容易だ。
「まぁ、単純すぎて売りモノにもならないんだけどな」
錘部分は多少は意匠を凝らしたモノが作れるかもしれないけど、それだけだろう。
「そのうち、メルミーが面白がって凝った物を造ると思うけど、それまではこの徳利門番が最先端だな」
「やっすい最先端もあったもんだな。便利だが」
「手頃な最先端だな。品種改良とか思いつく頭でこれを考えたってぇのか」
「良いだろ、便利なんだから!」
半自動ドアだぞ。閉める時しか機能しない半自動ドアだけど!
 




