第五十二話 進展
クーベスタ区画の再開発が終了し、このままの流れで元新興の村の一つギリカ村の住人が越してきたギリカ区画の再開発も行おうかという話が出ていた。
元は住居として使っていた事もあって未だに現役な事務所のリビングで、柑橘系の香りが湯気と共に立ち上る温かいジュースを飲みながらの話し合いである。
「ギリカ区画の検査もしたのよね?」
香ばしく焼き上げたサクサクのクッキーを摘まみながらリシェイの質問に頷く。
「検査した結果、やっぱりガタが来てる。来年には建て直しに取り掛かりたいところなんだけど……」
「住人が出払っていて捕まらない、と」
「そういう事」
ギリカ区画の住人はほとんどが魔虫狩人だ。
一年を通して世界樹北側のあちこちに遠征し、冬には防衛戦力が少なく雪で交通が断絶して援軍も見込めない村に駐在する。
駐在先の村で伴侶を見つけて定住した者もいるから、ギリカ区画の人口は増えたり減ったりを繰り返していた。結婚を機にさっさと家を建て直してしまった者もいて、プレハブ小屋と新築住居が入り乱れる区画になっている。
近隣の村に派遣しているのは独り身連中ばかりで、簡易住居住みが多いのも話が進まない原因だ。
メルミーが窓の外を見る。粉雪がちらつく冬の始まりの風景が外では展開されていた。
「冬の間はもう諦めるしかないんじゃないかなー。ヒーコ区画の人は?」
「もう区画ごと消え去ってる」
「……消え?」
テテンが首をかしげるのも無理はない。
タカクスへ移住してきた新興の村の一つヒーコ村の住人は新し物好きでフットワークが軽く、タカクスに移住するなりめきめきと頭角を現した。
喫茶店の経営を始めたりパン屋で新作パンを次々発表したり、ローザス一座に入っていたり、かと思えば玩具と細工物を考案して空中市場に店を構えたり。
てんでバラバラな才覚が、物が充実したタカクスでいかんなく発揮された結果、ヒーコ区画にあったプレハブ住居は一つ二つと姿を消してタカクスのあちこちに元ヒーコ住人の自宅が建てられたのだ。
ヒーコ村長はキリルギリ騒動の際に住人を逃がすためにキリルギリに立ち向かい、消息を絶っている。おそらくは亡くなっているのだろう。
元ヒーコ村の住人達をまとめる役割であるヒーコ村長がいない以上、タカクス全域に離散するのは仕方がない。
「――というわけで、ヒーコ区画は今何も残ってない。孤児院の子たちが遊び場にしているくらいだな」
「じゃあギリカ区画だけなんだね。お金はありそうな人たちだけど」
「魔虫狩人としての腕はかなりいいし、キリルギリを迎撃、追い払った実績もあるからな。ただ、住居にあまりこだわりがなさそうなのが気になるところだ」
狩りに出かける事が多いから、たまに帰ってきて寝るところくらいの認識になっているらしい。無ければ無いで宿に素泊まりすればいい程度に考えていそうだ。
「でも、あの積み木小屋をそのまま放置はできないよ。メルミーさんの矜持が許さぬぬ」
「許さぬぬ?」
「許さぬの強調語だよ。出典はメルミーさん用語集三百二十三ページ」
「結構分厚いな」
「話が逸れてるわよ」
リシェイにツッコまれて、話を戻す。
「簡易住居が倒壊するのはまずいし、補助金を出してでも建て替えさせるべきだ。反対意見はある?」
「ないわね」
「ないねー。積み木小屋でなければ腕の振るい甲斐もあるってもんだよよ」
「だよよ?」
「アマネ、メルミーにツッコんでいると話が進まないわ」
「それもそうだな」
「ひどーい」
みんな同じタイミングでジュースを飲んで一息入れ、話を再開する。
「ギリカ区画の住人は魔虫狩人が多いし、独身ならなおさら雲中ノ層のギルド近くに家を構えたがりそうなんだ。副ギルド長の意見も同じ」
「ギリカ村の元村長が言うと説得力があるわね」
「じゃあ、わふぅ建築になるの?」
「多分な」
利便性を考えるとやはり、ギルドの近くに住みたがる。
とはいえ、和風建築は凝った建築様式と見られているため、住居にこだわらない元ギリカ住民がどうするかは不透明だ。
やっぱり、春を待つしかないか。
「来年度予算にギリカ区画の再開発予算を計上するとして、そこに補助金を入れておけばいいかしら?」
「それで頼む」
後は土地の割り当てなんかを測量結果に照らし合わせていかないといけないな。
雲中ノ層は和風建築で統一している事もあって、今後の高層化も懸念事項だ。人口も増えてきたし、いくつか案を出しておかないといけない。
「他に建て替えが必要な施設とかあったっけ?」
メルミーが首をかしげる。
タカクスにおける一番古い建物はタカクス公民館だが、それも老朽化はしていない。人通りの多い空中市場やそれに接続する空中回廊は傷みやすいが、それでもまだまだ現役だ。
「孤児院が手狭になってきたという報告が上がってるわ」
「……燻煙施設、拡張、求む」
リシェイとテテンが次々に提案してくる。
周辺の町に分散していた孤児院を閉鎖、タカクス孤児院に統合が進んでいたのを思い出す。
他と比べて資金力が圧倒的なタカクスの孤児院に子供たちを集中させた方が、北側の教会組織としては管理しやすいという事で進められていた統合だ。
子供が集中した分、手狭になるのは仕方がない。
「急を要するものではないんだろう?」
「そうね。ただ、キッチンが狭くて子供達の食事を準備するのが難しくなってきているらしいわ」
「まだ統合してない孤児院はあったっけ?」
「来年の夏ごろに統合予定の孤児院が一つあるわ。子供の人数は七人ね」
「なら、この冬の間にやっておきたいところか。せめてキッチン周りだけでも」
とはいえ、孤児院は教会組織が管轄する建物だから、予算も教会から出ている。タカクスが補助金を出す必要はおそらくない。
未だに結婚事業はタカクスの稼ぎ頭だし。
俺はテテンを見る。
「燻煙施設の拡張工事って言うのは?」
「ヘロホロ鳥……」
「あぁ、確かに拡張が必要だな」
「え、どういう事? メルミーさんにもわかるよう説明してよ」
テテンと俺の会話に割って入ってきたメルミーに説明する。
「ヘロホロ鳥の肥満が解消されて、生産が安定しただろ。今は繁殖段階で流通させてないけど、そろそろ特別飼育小屋とは別に繁殖用の飼育小屋を建てようかって計画もマルクトが上げてきてるんだ。ただ、いくら雲上ノ層でも冬は寒いし、ヘロホロ鳥用の防寒クッションが必要になる。それをランム鳥のクッションと同じように燻してるけど、ヘロホロ鳥用の物は大きいし、今後も増えることになるなら燻煙施設を拡張しないと追いつかないって話だ」
「単語だけでそんな会話が……」
いや、テテンと俺の間で共有されていた前提条件から説明したせいで長くなったけど、会話の内容はそんなに多くない。
「燻煙施設の拡張もいいけど、天橋立を渡る事を考えると雲上ノ層に新設した方が早い気もするな」
「……通勤距離、短縮、ばっちこい」
「カッテラ都市から熱源管理官を新しく呼んだ方がいいわね」
「テテンの仕事が増えすぎるし、この際だからクッションを燻すのは別の人に任せた方がいいな」
「……それで、いい」
テテンが折れた。
「クッションを燻すのは冬の間だけだから、期間中はカッテラ都市から派遣してもらうという方法もあるな」
「クルウェさんと相談してみるわ」
粉雪が降っているとはいえ、まだカッテラ都市との連絡は容易だ。冬の間に話はまとまるだろう。
昼食を作りはじめるため、俺は席を立つ。ちなみにメニューは、シンクの胸肉チャーシューを使用したヘロホロ鳥ガラの豪華な塩ラーメンである。
ヘロホロ鳥の生産が安定した事もあって、新規メニュー開発を度々行っており、このラーメンもその一環だ。
小麦粉もかん水もないため、中華めんの再現に苦労している。トウム粉から作る麺料理はこの世界でもあるのだが、甘味や辛味が生じてしまうため中華めんへの応用も難しく、現在はトウム粉とは別にでんぷん質のイモ類を加えたりしている。コシが出ないのが改善点だ。
なまじ完成品であるラーメンを前世の記憶で知っているせいで出来に不満が残っている俺を他所に、このラーメンもどきはそこそこ受けていたりする。
だが、妥協できないのだ。コシのあるラーメンが食べたい。ストレートの細麺を少し固めに茹でて食べたい。煮卵もチャーシューもあるのだ。葱っぽい薬味もある。キクラゲっぽい独特の歯ごたえが楽しいキノコだってある。
コシのある中華麺だけがない。主役がいない哀しい舞台になっているのだ。悔しくてしょうがない。
テテンがこっそり入れ替えたシンクの燻製チャーシューは美味しそうなのでそのまま使用する。
ラーメンつくりを進めていると、リシェイが世間話を始めた。
「最近、ミカムとラッツェ君が二人で歩いているのを見かけるのよね」
「隠さなくなったよねー」
メルミーがにやにやと笑いながら話に乗っかった。
ラッツェ側の情報は俺、ミカムちゃん側の情報はリシェイでそれぞれ仕入れる事が出来るため、少しでも進展があると俺たちの間で話題に上がる。
話題が話題のため、面白くなさそうな顔をしたテテンがキッチンにやってきて俺を手伝い始めた。
「……合コンが、決め手?」
「かもな。男女のメンバー集めから店選びまで二人でやったから、隠しても無意味になったんだろ」
俺がマルクトの娘誕生の飲み会で暴露ったのが一番大きいかもしれない。
「そういえば、アレウトさんはどうなってるんだ?」
「メルミーさん情報によると、たまに孤児院を年長の子に任せて出かけてるらしいよ。仕事に行ってるのかもしれないって年長の子は言ってたから、巧妙に隠してるね」
「まだしばらくは様子見か」
「アレウトさんが結婚式する時って誰が仕切るの?」
「カッテラ都市の教会から司教を呼ぶか、そもそもタカクス教会以外で式をするかのどちらかじゃないかな」
孤児院の事もあるからアレウトさんはあまりタカクスを離れられないし、多分司教を呼び寄せることになるだろう。
ラッツェとアレウトのどちらが早いか、男連中は密かに賭けている。負けた奴は事前に提示したご祝儀を倍額弾む事になっているのだ。だからラッツェ頑張れ。超頑張れ。




