☆二巻発売記念SS ポーカー
うららかな昼下がりである。ちょっと曇っているけれど、雲上ノ層のこの自宅にいる限りは気にもならない。
今日は朝からずいぶんと静かで、家人全員が休みを取ったのもあって丸一日のんびりしよう――してたはずなんだけどなぁ。
どうしてこうなったんだろう、と思いながら、数字が揃った三枚のカードを手元に残し、残りの二枚を場に捨てる。
狙いはフルハウスかフォーカード。
メルミーが俺の表情を探り、難しそうな顔をしている。手札が弱いのだろう。
俺は二枚のカードを山から引いて手札に加える。揃いの二枚が加わって、目論見通りにフルハウスの役が揃った。
いわゆる、ポーカーである。
のんびりした一日を過ごすはずが、退屈だと言い出したメルミーにこのゲームを紹介したのがそもそもの発端だった。
ここまで緊迫感のあるゲームになるとは思ってなかったよ。迂闊だった。
テテンは早々に勝負を投げて行方を見守っている。上手く勝ちを重ねて現在二番手のテテンはカードの巡りが悪いと早々に勝負を降りる運任せのスタイルで読みづらい。
リシェイがカードを一枚も捨てずに微笑んできた。
「ベットするわ」
短く言って、リシェイがコイン代わりのクッキーが十枚入った箱を押し出してくる。彼女の手元に残るのは五枚。
「ここで勝負に出るか……」
俺は手元にあるクッキーをざっと確認する。箱二つと皿に四枚。最初の勝負で運よく稼いだアドバンテージを守り切り、俺は現在トップだ。
「メルミーさんはコールするよ」
有り金ならぬ有りクッキーを全て賭けて、メルミーがさりげなく俺に視線を向けてくる。期待が篭ったその視線に、俺は静かに顎を引いて応えた。
メルミーのクッキーが全て賭けられたことで、俺が勝った瞬間に優勝となる状況が整った。そう、メルミーは俺に命運を託したのだ。何としても勝たなくては。
賭けているモノが、モノだからな。リシェイだけは勝たせるわけにはいかないのだ。
「コール」
俺は十枚入りクッキー箱を押し出す。
リシェイが笑みを浮かべた気がした。
「では、勝負」
掛け声と共に、俺達は手札を公開する。メルミーはツーペア。俺はフルハウス。
「マジか……」
リシェイの手札はストレートフラッシュ。つまりリシェイの勝ちだ。
「さぁ、分からなくなってきたわね」
リシェイが妖艶とさえいえる笑みを浮かべて手札を見せびらかせるように振る。
破産したメルミーが心配そうに俺とキッチンを見比べた。分かっている。次に盛り返さないとまずい。
破産した事で勝負に関われないメルミーが俺とリシェイ、テテンにカードを配った。
伏せられた五枚のカードをめくり、次の瞬間、絶望する。ノーペア。俗にいうブタだ。
リシェイの表情をさりげなく窺う。
「前回の焼き直しになるかしら?」
視線が合った瞬間にリシェイはそう言って笑う。
二連続でストレートフラッシュを揃えたとでもいうのか。
ブラフかどうかの判断はまだできないけど、ストレートフラッシュのブラフは心理的にその後カードを交換できない。
案の定、リシェイがカードを交換する気がないと示す様に一纏めにした。扇状に開かれていた手札が鮮やかにまとまる動きは優美でさえある。
俺は覚悟を決めて、カードを全部交換する。しかし、手元に揃ったのはワンペアのみだった。
「テテンはどうする?」
「……ベット」
手札を交換する事もなく、テテンは一箱と三枚が乗った皿を押し出した。テテンの保有クッキーは箱二つと三枚。この賭けで半分以上を賭けている。リシェイが下りても俺がゲームに乗れば一位になれる枚数だ。
リシェイが一瞬閉口し、小首をかしげる。
「自信あり、という事ね。ストレートフラッシュを相手に」
「勝つ確信が、ある」
胸を逸らしたテテンにリシェイは思案顔をする。
リシェイはちらりと後ろのキッチンを振り返り、天井を見上げてため息を吐いた。
「フォールド。テテンは運任せだから読めないもの。二位で諦めるわ」
「コール」
俺はすかさず宣言して、クッキー箱と三枚を差し出す。
「じゃあ、アマネとテテンちゃんが手札を公開して」
ほっとしたような表情のメルミーの指示に従い、俺達は手札を公開する。
「ワンペア」
「……ツーペア」
「ロイヤルストレートフラッシュじゃねぇのかよ!」
出された三と四のツーペアを見て、すぐさまツッコミを入れる。
テテンがブラフで逆転勝利かましやがった!
「ちなみに私はスリーカードよ」
リシェイもブラフだった!
俺が賭けたクッキーを回収したテテンが総数三十六枚、リシェイに一枚差で勝利した。
二位に甘んじることになったリシェイが不満そうにキッチンを振り返る。
「一位になれば料理させてもらおうと思っていたのに」
そう、このポーカー勝負は一位がやりたいことを他のメンバーが応援する賞品がついていた。二位には十日間の掃除免除などの権利を選べる事になっている。
リシェイに料理を教えるのは良いけど、創作料理を作って食べさせたいなんてお願いされたら大変な事になるため、俺はメルミーと半ば結託していたのである。
一安心して、俺は椅子の背もたれに体重を預けつつテテンに声を掛けた。
「それで、一位様のお望みは?」
「……今晩、アマネと寝る」
テテンがそう言った瞬間、空気が凍った。
「――おい、こら、テテン! なんで誤解を招く表現をしやがった!?」
いつも通り百合小説の読み聞かせがしたいだけだろうが!
「それとも俺をからかって遊びたいだけか、元引き籠り娘!」
「……両得。これぞ、ツーペア」
「上手くねぇよ? ぜんぜんこれっぽっちも上手くねぇよ!?」
ドヤ顔をしているテテンの頬をグニグニしつつ、俺はリシェイとメルミーの誤解を解きにかかるのだった。
 




