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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第二章  村生活の始まり
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第五話  来訪者

 村で育てることになったランム鳥の飼育小屋は村の北、世界樹の枝先へと続く場所に設置することになった。

 悪臭や騒音の関係から村に向けた開口部を設けず、東西に風が抜けるように設計し、床にはおが屑を敷き詰める。おが屑は住人の住居を建設した時に出た物だ。


「十羽って事だし、仕切りを作っておこう。このスペース全部を使う事もないだろ」


 繁殖させる事を念頭に置いて建設したため、飼育小屋は大規模な物だ。たった十羽で占有するには広すぎる。


「メルミー、仕事だ」

「ほいさっさ」


 てきぱきと板を並べて仕切りを作り始めるメルミーを横目に、リシェイに声を掛ける。


「ランム鳥は今日到着だよな?」

「えぇ、コマツ商会が飼料と一緒に運んできてくれる手はずになってるわ」

「飼料か。トウムだっけ?」


 トウモロコシに似たこの世界の人々の主食、トウム。

 蒸したり煮たり、潰して捏ねて焼いたりして食べるのが一般的だが、家禽にそこまで手を加える必要は本来ない。

 だが、トウムは取れたてが一番甘く、一日経つと山椒にも似た辛みが出てくる。しばらく置いたトウムは香辛料にも使われるほどで、その状態ではランム鳥が食べようとしない。

 今回はコマツ商会から購入して飼料を間に合わせたが、今後は村で飼料用に改良された甘味が持続するタイプの飼料用トウムを育て、ランム鳥に餌としてやることになるだろう。

 そのためには、トウムの農地を確保しなければならない。


「農地の拡大はランム鳥が届いてからだな」

「そうなるわね」


 話していると、コマツ商会のコヨウ車が到着したと魔虫狩人のビロースが知らせに来た。村周囲の警戒がてら散歩しているところで出くわしたらしい。


「いま行く」


 リシェイとメルミーを連れてコマツ商会のコヨウ車を出迎えるため飼育小屋を出る。ここを目指して進む一台のコヨウ車の姿があった。三頭引きか。高くつきそう。

 荷台から手を振ってくる御者の青年に向かってこちらも手を振る。


「ランム鳥と飼料用トウムをお届けに参りました。飼料用トウムの種はおまけです」


 のっけからおまけ付きを示唆して恩に着せるというジャブを放ってくる御者台の青年に笑顔を返す。


「ヨーインズリーから来たんですか? こんなところまで足を延ばしてもらってすみません」

「いえいえ、これが仕事ですから」


 御者の青年はコマツ商会から派遣された商人らしい。青年と言っても百五十歳ほどなのがこの世界の怖いところ。

 俺が二十七歳だから、五倍以上も年上か。ちょっと不利だな。

 御者の青年は商売用の隙が見えない笑顔をランム鳥の入った鳥籠に向ける。


「代金、玉貨一枚と鉄貨三百枚。鉄貨五百枚の前金を頂いているので、鉄貨八百枚の支払いをお願いしたいです。あ、商品のご確認からどうぞ」


 鉄貨八百枚。意外にもお買い得だ。支払いで玉貨一枚は覚悟していたのだが。

 ランム鳥に何か問題でもあるのかと思って、鳥籠を覗き込む。

 世界樹の枝で作られただろう木製の籠の中に足先から首の付け根までの高さが六十センチほどの飛べない鳥がいた。周囲の音を探っているのか、しきりに頭を動かしている。そして臭い。

 一般的なランム鳥が四十センチほどと聞いているから、体格が大きいとされているγ系統であるのは間違いなさそうだ。

 年齢を見分けるのは難しいが、一般的には羽毛の調子から見るらしい。黒に近い褐色の羽毛の先がチクチクしていれば若い証拠、静電気を溜めやすいため冬場に触ってパチッと来れば生後三年以内の個体らしい。


「触っても大丈夫ですか?」

「どうぞ。つつかれないように注意してくださいね」


 足のかぎ爪で引っかかれたりしないのだろうか、と思ってランム鳥の足を見るが、爪は丸くて何かを傷つけるようにはできていなかった。


「ランム鳥の爪は人に飼いならされている内にまるくなったそうよ」


 リシェイの補足に納得する。

 実際、ランム鳥の入った鳥かごの底には傷がなかった。

 だが、嘴という尖ったところのある君はきっと野性を隠し持っているのだろう。うん、分からないでもないよ。

 触ってみると、意外に体温が低いのが分かった。同時に静電気で指先に痛みが走る。電撃とは、尖ってるな。

 羽毛の先のチクチクした感触も確かめる。若い個体で間違いないらしい。

 だとしたら、何故こんなに安いんだろうか。

 飼料用のトウムも何か問題があるようには見えない。人が食べる物よりも甘味は抑え気味だが、長く味を保つ飼料用のトウムだ。魔虫狩人時代に遠征で食べたことがあるのと全く同じ味。


「アマネ、それ飼料用だよ」

「人が食えない物を家禽に食べさせるわけにはいかないだろ」

「ご満足いただけましたか?」


 青年が笑顔で声をかけてくる。本当にこれで鉄貨八百枚の支払いなら大満足だ。


「えぇ、満足しました。鉄貨八百枚を支払います。けど、ここからヨーインズリーまで持って帰るには重くないですか?」

「重いですね。それで、両替手数料なし玉貨一枚でお支払いいただいて、おつりに鉄貨二百枚を、と考えているのですがどうでしょうか?」

「あぁ、これからカッテラ都市で買い付けたいから纏め払いできる貨幣が欲しかった、と。分かりました。玉貨一枚で支払います」

「ありがとうございます。運搬中に産んだ卵もおまけに付けておきますね」


 そっちもあったのか。そりゃあ、これだけ元気なランム鳥なら運搬中に産んだりもするだろう。

 安かったのは卵の分か?

 ここからヨーインズリーまで七から八日、γ系統の産卵頻度は二日に一度、単純計算で四十個分の卵。卵は三十個鉄貨一枚前後で取引されるが、この辺りではランム鳥を育ててないからさらに価格も上がる。

 だが、七日前の卵ともなるとすでに中身ができ始めているのではないだろうか。それとも休眠状態にしてあるのか。それに、いくら周辺でランム鳥を育てていないからと言って二百倍の値が付くとは考えられない。

 ヒナにしてから売ったらどうなる?

 駄目だ、相場が分からない。


「お困りのようですから、相場について少しお教えしましょうか?」

「……授業料はいくら?」

「鉄貨百枚でどうでしょう?」


 青年ににやりと笑われて、内心で苦笑する。商売上手だ、この人。


「ランム鳥の支払いに上乗せしておいてください」

「かしこまりました」


 ほくほく顔の青年に相場について教えてもらう。ヒナで売る事はまずないが、暖かい季節ならば凍死する事もないため鉄貨七枚前後で取引されるらしい。


「ヒヨコを着色して売ったりとかはしないんですか?」

「えっと、それは何の意味があるんですか?」


 青年の反応から察するに、カラーひよこ的な物は存在しないようだ。

 代金を支払って、青年をカッテラ都市に送り出す。地図を渡して、また機会があれば寄ってくれと言っておいた。あの人とのやり取りは勉強になる事が多そうだ。

 ランム鳥を飼育小屋に放し、しばらく様子を見る。

 環境が変わったことに戸惑った様子のランム鳥たちはあちこち歩き回っておが屑を嘴でつついてみたり、羽をばたつかせたりしていた。

 そして、お気に入りの場所を見つけた数羽がギャーギャーと品のない声で騒ぎ始めた。

 反響しないように気を使って設計した飼育小屋でさえ、中では会話もままならないほどだ。

 慌てて飼育小屋を飛び出す。


「こいつは……ひどい」

「だからいったじゃん!」


 メルミーが耳を押さえて叫ぶ。


「って、リシェイちゃんがいない」

「真っ先に逃げたな」


 虚の図書館で静寂をお供に本を読み漁っていた文学少女には苦しい環境だったらしい。

 ランム鳥を買う提案したのってリシェイだよね。いや、許可した俺にも責任はあるから強いこと言えないけどさ。



 そんなこんなで一週間、二週間と経ち、二カ月が過ぎた頃、俺の事務所には村の北側に住んでいる者達からの苦情がちらほらと舞い込み始めた。


「悪臭が気になる、か」


 風の強さと向き次第では臭いが届いてしまうらしい。騒音に関しては意外にも村までは届かないらしく、苦情はない。直接の聞き取り調査でも騒音は問題視されていなかった。

 まだ十羽だから、というのも理由かもしれないから油断はできないな。


「――アマネ、お客様がいらしたのだけど……」

「リシェイにしては歯切れが悪いな。どんなお客?」


 借金取りとか? いまのところ借金するほど経営は苦しくないけど、お安く貸しまっせ的な売り込みに来たのだろうか。


「アマネの育ての親だと言っていて、ジェインズというご老人なのだけど」

「じっちゃん?」


 いや、手紙でのやり取りはしてたから、この村にきてもおかしくはない……のだろうか。

 しかし、ここまではかなりの長旅になっただろうに。


「じっちゃんはいまどこに?」

「公民館の方よ」


 すぐに事務所を出て、リシェイと一緒に公民館へ向かう。

 公民館の玄関ポーチでは、何故か魔虫狩人のビロースが土下座していた。


「……なにしてんの?」

「罰ゲーム……」

「なんの?」

「爺さんが弓持ってたから的当て勝負を挑んだら、速射、命中率、威力の全部で負けた……」


 爺さんってじっちゃんの事だろうか。

 そりゃあ、魔虫狩人歴九百年の大ベテランだ。勝てるわけがない。


「ビロースが喧嘩を売るなんて珍しい。どうしたんだよ?」

「あの爺さん、村にきて早々リシェイちゃんに、良い尻しとるのぉ、とか言い出しやがって、ちょっと懲らしめてやろうかと」


 何してんの、じっちゃん。いや、容易に情景を思い浮かべられる俺も自分が怖いけど。


「とにかく立ちなって。この村一番の魔虫狩人が土下座なんかしてたらみんな不安になるだろう」

「魔虫狩人の才能、無いかもしれねぇ」

「落ち込み過ぎだっての。らしくないな、もう」

「――おぉ、アマネ! と、さっきの良い尻のお嬢ちゃん」


 公民館食堂の窓から身を乗り出して、白髪の老人が滑舌抜群の声をかけてくる。そんなよく通る声で良い尻とか言ってんなよ。

 ほら、リシェイが顔赤くして俯いてるだろうが。


「じっちゃん、来るなら手紙くらい寄越せよ」

「なんじゃい、冷たいのぉ。昔はもっと滾っとったろ。主に下半身が」

「いつ滾ったよ。俺は何時でも冷静にツッコ――対応してただろうが」

「なんで言い直したんじゃ? ほれ、何故じゃ? 言うてみい?」


 こんのエロ爺。

 ビロースを立ち上がらせて、リシェイも連れた三人で食堂に入る。


「良い所じゃのう。この公民館もアマネが設計したと聞いたぞ。元気にやっとるみたいだな」


 じっちゃんはそう言って杯を掲げた。入っているのは酒ではないようだ。


「さっき、健康そうな娘がお前を探しに出て行ったぞ。そっちの良い尻娘とどっちが本命じゃ?」

「どっちも仕事仲間だよ」


 俺はじっちゃんの向かいの席に腰掛けて、ため息を吐く。


「久しぶり、じっちゃんも相変わらず元気みたいでなによりだ」

「鍛えとるからな。体力がないと夜も遊べん」

「夜は大人しく寝てろ」

「硬いこと言うな。硬いのはアレだけにしておけ」

「なんですか、頭ですか、頭突きくらわすぞ、こら」

「何ってナニじゃよ。言わせるな、恥ずかしい」

「嘘つけ。嬉しそうにしてるだろうが」

「嬉しいに決まっておる。息子が立派に独り立ちしとるんじゃから」

「ちくしょう! いいセリフのはずなのに、下ネタにしか聞こえないっ!」


 完全に手玉に取られている。


「冗談はこの辺にしておくかのぅ。本当に、立派になった。建橋家にもなったんじゃろう? ここに来る途中でアマネの架けた橋も見て来たぞ」


 村を作る直前の仕事で架けたイベント会場を上に乗せた橋の事だろうか。


「旅芸人の一座が一年契約で貸し切っておった」

「へぇ、演目は?」

「歌劇の〝濁花〟じゃ。昔からある定番の悲恋譚じゃな」


 知らねぇ。

 ちらりとリシェイを見る。

 リシェイはじっちゃんが苦手なのかやや距離を取っていたものの、俺の視線には気付いたらしく解説してくれた。


「三千二百年前にトラミア都市で生まれたとされている歌劇の演目よ。タコウカの花の色が変色する事件に一組の男女が巻き込まれて引き裂かれてしまうお話。長台詞が多くて歌も難しいから、実力のある歌劇団でないと演じきれないとも言われてるわ」


 さすがは生き字引さん。

 じっちゃんも感心したようにリシェイを見る。


「聡明な娘さんじゃな。アマネが迷惑かけとるだろう?」

「いえ、頼りにしているのは私の方ですから」


 社交辞令でもすごく照れる。


「気立ての良い娘さんじゃな。アマネを頼むよ」

「はい。精一杯支えさせていただきます」


 こちらこそよろしくお願いいたします。


「じっちゃんから見て、俺が作った橋と会場はどうだった?」

「建物はそう詳しくないぞ?」


 じっちゃんは苦笑気味に言って、長い足を組んだ。今気づいたけど、ずいぶん伊達なズボンをはいている。ねずみ色でスリムなシルエットの、足の長さを強調するようなズボンだ。


「ちょうど午後の公演が始まる頃に橋を渡り始めたんじゃがな。会場へ向かうまでの距離もそう長くなく、橋を渡る通行人の妨げにもならず、待つことがあまり苦にはならんかったな。会場が一望できるのも良い」


 動線はかなり気を使ったからな。

 会場入りするために行列へ並んだ場合、橋を渡る人間たちのスムーズな流れを見ているといつまでも動かない行列にイライラしてしまうものだ。

 そのため、橋を渡る通行人は会場入りする客の死角を通るように設計してある。


「会場の中はどうだった?」

「出る者と入る者とが別の通路を使っておるから流れがぶつからないのはいいんじゃが、入り口で配っていたパンフレットを貰い損ねたのは惜しかった」


 通路を完全に分けたから、入り口でしか手に入らない物は一度貰い損ねると再入場しないといけなくなるのか。

 一座の方も再入場を促す目的でわざと入り口でしか配ってないのかもしれないけど。

 じっちゃんは椅子の下に置いていた自らの鞄を漁り、パンフレットを俺に差し出してくる。しっかり再入場したらしい。


「橋よりも会場の方が見ごたえがあったぞ。通路は窓が少ないというのに明るかったが、あれはどうなっとるんじゃ?」

「壁板に隙間を開けてあるんだ。床と天井の双方に少しだけな。その隙間から外の光を取り込んでるから窓がなくても明るく見える。隙間風が直接吹き込まないように魔虫の翅を外側から貼り付けてあるから、冬場でも寒くないんだよ」

「足元までは見えとらんかったなぁ。足が三本あるとこういう時に不便でかなわん」

「上見ろよ」

「三本目の足がか?」


 すっとぼけんな。

 じっちゃんが杯を置いて天井を見上げる。


「それにしても、枝の上でピーピー泣いてたあのガキが立派になったもんじゃなぁ」

「――そういえば、アマネは拾われたのよね?」


 リシェイが確認するように俺に問いかけてくる。


「あぁ、じっちゃんが魔虫狩りに出かけた先で拾ったらしい」

「拾ったらしいって、他人事みたいね」

「当時の事を覚えてるわけでもないし、じっちゃんから聞かされているだけだからどうしても現実感が湧かなくてさ」


 俺の答えに、じっちゃんが快活に笑った。


「そうじゃろうなぁ。じゃが、偉い騒ぎになったんじゃぞ?」

「そうなのか?」

「おうとも。ついにどこぞの女をはらませたのかと村で騒ぎになったものの、アマネがまだ赤ん坊じゃったからいつまでお盛んなんだと村の連中に総出で叱られてな」


 そっちかよ。

 参った参った、とじっちゃんは頭を掻く。


「しかしな、アマネを拾ったあの辺りはレムック村以外に人里はない。誰の子だと騒ぎになったのも確かじゃ。村の者の子ではないとすぐに分かったが、付近で行方知れずになった家族の証言もなかったんじゃ」

「そのあたりはあまり詳しく聞いたことがないな」


 興味がなかったわけではないけど、じっちゃんは俺が幼いうちから拾った子だと教えてくれていた。人生経験の賜物か、それともこの世界の宗教観のおかげなのか、血が繋がっていなくともきちんと育てる自信や覚悟があったのだろう。

 下ネタばっかりのどうしようもない人だけど、尊敬する要素を確かに持っているから困りものだ。グレていられるわけがない。

 じっちゃんは腕を組んで当時の事を思い出すように話す。


「不思議なことに、赤子を連れて歩いている旅人の話も聞こえず。どこから湧いた子だとか、神話のお二人が地上から召し上げたのではないか、などと噂される始末でな。村の入り口で何度も転ぶアマネのどんくささを見て、神話のお二人関連の噂は立ち消えたが、お前の由来が分からんのも事実じゃ」


 その、村の入り口で転びまくった話はどこまでレムック村に浸透してるんですかね。出入りの行商人まで口にしてたんだけど。

 いい加減忘れてくれないかなぁ。


「まぁ、アマネがどこの子でも特に変わる事はないがな」


 あっけらかんとそう締めて、じっちゃんは俺の頭を撫でてくる。


「建橋家になると言い出した時は、アマネの架けた橋をこの目で見る前におっちぬと思っとたんじゃが、あっという間に村まで作りおって。これはひょっとすると、ひょっとするかもしれんな」

「ひょっとするに決まってるだろ。……摩天楼をここに作る」

「志も変えてないようじゃな」


 じっちゃんはニカリと笑う。


「村には何か問題はないのか? 儂に出来る事なら、協力するぞ。無駄に長く生きとるつもりはないからの」


 じっちゃんは窓から見える村を振り返り、水を向けてくる。視線の先は村の北、ランム鳥の飼育小屋に向いていた。

 ランム鳥で苦情が来ている事に気付いているのだろうか。

 本人の言う通り、無駄に長くは生きていないのだろう。


「実は、ランム鳥の臭いで苦情が来てる。いまは十羽で回しているけど、今後は数も増やすつもりでいるんだ。そうなると、騒音も問題視されると思う」

「やっぱりかぁ。レムック村でも、お前が生まれる二百年ちょっと前に育てたことがあったが、みんな臭いにめげちまってのぉ。結局、二十羽くらい一気に処分して季節外れの祭りを催して腹に収めたもんじゃ」


 そう失敗談を語った後、じっちゃんは椅子の横に置いていた荷物から地図を取り出した。


「儂では相談にも乗れん。ランム鳥の飼育に熱心な村に心当たりがある。研修させてもらえないか頼んでみるといい」


 ほれここ、とランム鳥の飼育に熱心な村とやらを指差す。


「ゴイガッラ村?」


 いかつい響きの名前だな。一度聴いたら忘れないだろう強烈な響きなのに記憶にはない。


「ゴイガッラ村は世界樹東北東にある村で、ヨーインズリーに卵やランム鳥の肉を卸しているわ。昔、ビーアントの大規模な群れが出現した時にヨーインズリーから何人かの魔虫狩人が派遣されて、その事件を機にヨーインズリーとの連絡を強化、同時に卵と肉を卸す個別契約を結んだの」

「お嬢ちゃん良く知っとるな。補足しておくと、ビーアントの群れの討伐で派遣された魔虫狩人で一番活躍したのが儂じゃ。当時まだ小さかった現村長と手紙のやり取りもしとるから、儂も一緒に行って頭を下げてやろう」

「ありがとう、助かるよ」

「爺の伝手はうまく使うもんじゃ。長く生きとる分、顔が広い」


 そう言って笑ったじっちゃんは再び村を窓から眺める。


「できたばかりで問題も頻発するだろうが、儂は良い村だと思うぞ。百年もすれば町へも発展するじゃろ。そこまで生きられれば御の字か」

「長生きしろっての」

「そうじゃな。孫の方が早そうじゃし」


 ちらりとじっちゃんがリシェイを見た時、食堂にメルミーが飛び込んできた。


「――アマネ、ここにいたの? 探し回ったのに全部無駄足だったじゃん。あ、おじいちゃん、さっきぶり」

「おうおう、元気娘。今までずっと走り回っておったのか?」

「おじいちゃんの前でアマネとの既成事実を作る絶好の機会だからね!」

「なんと、目の前で見せてくれるのか!?」

「ちょっと恥ずかしいけどね」


 飛び込んで早々とんでもない話を進め出すメルミーとじっちゃん。冗談だと分かっていても、この二人にツッコミを入れられるのはこの場に俺だけだ。


「収拾付かなくなるからやめろ、お前ら! 一人でも大変なのに二人揃うと本当に質が悪いな!」

「立ちが悪い、か。この健康的な娘を前にしてのぉ」

「大丈夫、導いて見せるから!」

「本当にお前らは自重ってもんを身に付けろよ!」


 直前までいい話してたのに、空気がどこかにいっちゃったじゃないか。



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