第五十一話 職長再任
カッテラ都市から輸入した魔虫甲材が銀杏模様を描き出す道路を歩く。
雲下ノ層第一の枝、クーベスタ区画は一気に様変わりしていた。
熱源管理官が多く在住するカッテラ都市で製造されている特徴的な魔虫甲材は表面を高温で焼き上げる事で独特の焦げ目模様が浮き上がり、耐火性、耐久性、耐水性が大きく向上している。
表面が密になる事でこれらの特性が得られるとの事で、硬さも増していて歩きやすい。甲材らしいつるつる感は荒く研磨されている上に模様を描くために小片を組み合わせてあるおかげで緩和されている。
道路に敷き詰めてある焼き入れされた魔虫甲材が描き出す規則的な銀杏模様は道路のデザイン性を大きく高めていた。
そんな綺麗な道路を挟んで立つ家はどれも新築ばかり。
かつては積み木小屋などと言われていたプレハブ建築の住宅街が生まれ変わった姿だ。
「全体の三分の一まで進んだかな」
夏に入ったこの時期、暑さで多少作業の効率が落ちるけど、この様子なら秋ごろには工事が終了するだろう。
俺は隣を歩く元クーベスタ村長を見る。
「住人としてはどうだ?」
「こうして綺麗になった住宅街を歩いてっと、その先にある簡易住居がみすぼらしく見えていけねぇな」
「そう悲観するなよ。今年中には全部建て替えるんだからさ」
元クーベスタ村長を励ましつつ、同時に心の中で同意する。
新築で、しかもデザイン的に凝った物も多い新住宅街に比べ、簡易住居は統一感がありすぎる上に簡単に作れるようなデザインの家になっているため酷い落差が生まれている。
プレハブ建築にまだ住んでいる人が帰り着くなり微妙な顔をするのだ。早く何とかしてあげたい。
しかし、元クーベスタ村の職人たちはこの区画を自分達だけで完成させる点は譲るつもりがないらしく、きちんとした働きをしてくれている。焦る気持ちはあるだろうけど先走る事もなく、現場監督である俺の指示にも従ってくれていた。
そんな元クーベスタ職人が作り上げた家の一つ、元クーベスタ村長の家に到着する。
タカクス雲下ノ層の例に漏れず、住人の注文を反映させた様式だ。つまりはこの世界の建築様式である。
道路が銀杏模様という事もあってやや和テイストな木造の外観ではあるけれども。
「建具関連の腕も上げたよなぁ」
玄関を眺めて改めて元クーベスタ村長の腕を褒める。
扉には麻の葉模様の格子に挟みこまれた白濁りの魔虫の翅があしらわれている。曇りガラスのような効果を発揮するこの翅が扉の上半分辺りを占めていた。
「この区画をまとめる立場なもんで、軽く見栄を張っておかねぇと、と思って」
そう言って、元クーベスタ村長は照れた様に首の後ろを掻く。
クーベスタ区画の区長のような立場である彼の家には日中も人が訪ねてくることがある。少しだけ責務が発生する立場でもあるから、玄関は気合を入れたという事だろう。
デザインそのものは俺だけど、半端な物をこしらえられたら恥をかくのは住人である彼の方だ。気負うのも当然である。
そんな彼の気負い方が見て取れる物が玄関先にもう一つあった。
「お、花灯か」
足元に置かれた膝丈の明かりを見つけて、俺は足を止める。
花灯はこの世界特有の家具の一種で、屋外照明だ。
夜にも来客を迎えることがある一定以上の立場の者が玄関を照らせるように用いる照明である。成人男性の腰の高さの外壁に市松模様に開けられた窪みにタコウカを置いて照らすのが一般的だ。
しかし、目の前にある花灯はまるで行燈のような設置型だった。
「雲中ノ層の旅館や料理屋に置かれてるあれが好きなんでね。アマネさんからみて、どうだい?」
行燈みたいなのも当然だった。模して作っていたとは。
雲中ノ層の和風建築に合う照明として行燈などを製作して配った事がある。火事の心配があるため蝋燭などの火は使用せず、冷光であるウイングライトの翅を小さく切り分けた物を中に入れているだけで、ほとんど前世の行燈そのものだ。
しかし、元クーベスタ村長が製作したこの行燈は雲中ノ層にある行燈とは違って紙は使われていない。風で消える心配もないイチコウカを中に入れているため紙を張る必要がなく、むしろ光合成の妨げにならないよう取り払ったのだろう。
代わりに見栄えが良くなるように組子細工で麻の葉模様の格子を作ってあった。
屋外照明である花灯だけあって玄関先に置かれているため、道路の銀杏模様との噛み合わせが良い。中に入れられているイチコウカも目に優しい橙色の光を発している。
「良いと思う。防水対策はしてるのか?」
「ビューテラームから取り寄せた蝋を塗ってある。大丈夫だ」
それなら組子細工が腐る事もないな。
俺は花灯から顔を上げて元クーベスタ村長の新住居を見る。
ドーマー付きロギ葺きの切妻屋根だ。
ロギ葺きはロギと呼ばれる樹皮の皮を利用する屋根の施工方法で、檜皮葺きに似ている。
檜皮葺きは原料となるヒノキが東南アジアにしか分布していない事もあって日本独自の技術だが、主な建材が木材ばかりのこの世界でも似たような物がある。
タカクス教会の屋根に使われているこけら葺きと並んで、この世界ではよく知られた技術だ。
こけら葺きは薄い木の板を重ね合わせて形を作るが、ロギ葺きでは柔らかいロギの皮を幾重にも重ね合わせて形を作るため、曲線を演出しやすい。
曲線を作りやすいこの長所のおかげで屋根の形にも自由度が生まれる。特に、ドーマーのような屋根から張り出した天窓を設ける場合には、ドーマー上部に曲線の屋根を演出できる点で有用なのだ。
三角形の切妻屋根の側面に張り出したドーマーは緩いアーチ状の屋根を有しており、全体を丁寧で柔らかな印象に仕上げている。ロギの皮が白樺にも似た白色であることも手伝って、高級感もあった。この奥ゆかしくも流麗な外観がこの世界でも根強く支持される理由だ。
壁面は魔虫甲材で強度を確保した上で、外側に木材を垂直に貼って屋根との調和を図っている。木材はカッテラ都市で焼き入れを行ったものだ。
木は軽く焼いて表面の炭化した部分を薄く削り取る事で木目がはっきりとした材となる。壁面に用いられた物も木目がはっきりとして陰影が濃くなり、全体的に引き締まって見えた。
中に入ると応接室が左側にある。奥にはリビングがあり、その奥にキッチンスペースもあった。
「壁の仕上げも文句なしだな。本当、腕を上げたもんだよ」
平織の布を貼り付けた肌触りの良い壁を撫でる。波打つ事もなく丁寧な仕上がりだった。
応接室には早くも家具が置いてある。
下に行くほど太さの増す足に支えられたテーブルや暗い色の木材を使用した棚など、全体的に重厚感のある家具は全て元クーベスタ村長が作成した物だ。応接間がやや広く作られている事もあって圧迫感はなく、程よい落ち着きと緊張感を出す家具たちだと思う。
玄関にあった花灯とはまた違った趣のある家具だ。
廊下に出て、リビングに向かう。ドーマーからの明かりを取り入れる事で全体的に明るいリビングは屋根も高くなっており、二階への階段も設置されている。二階には元クーベスタ村長の寝室や書斎があった。
非常に明るいリビングを見回して、俺は適当な椅子に座る。高さも背もたれの角度もちょうどいい塩梅だ。
向かいのソファに座った元クーベスタ村長に声を掛ける。
「それで、この家を建てるに当たり職長に返り咲いた気分はどう?」
「顔から火が出る思いだ」
元クーベスタ村長は苦笑いして顔をそむけた。
クーベスタ村があった頃、村長として他の職人を率いる職長の立場にあった彼だが、キリルギリの被害で廃村になったクーベスタの職人を率いてタカクスに移住した時、その技術の未熟さから職長の任を即刻解任された。
その後は一職人どころか見習いに毛が生えた程度の扱いで改めて鍛え上げられ、他のクーベスタ出身職人と共に学び直す事となったのだ。
当初こそ高かった鼻っ柱も、年齢で見れば半分どころでなく下のメルミーが作った家具を見てたたき折られた。唯一自信があった家具作りでさえタカクスではようやく売り物になるレベルだと気付かされたからだ。
他のクーベスタ職人は売り物にならないどころか修業のやり直しの金食い虫、足手まとい扱いだったわけで、ずいぶん肩身の狭い思いをしただろう。
クーベスタ村を興して職人たちを招いた責任もあり、元クーベスタ村長は人一倍に修業に打ち込んで、今回の職長再任となった。
修業期間を挟んでの再任という事でかつての自分の至らなさがなおさら分かったらしく、彼は嬉しさを感じる暇もなかったらしい。
工事期間中、現場指揮の傍らで元クーベスタ村長のそんな心情が透けて見えていたからこそ、俺は今リビングの椅子に座っていたりする。
「タカクスに来たばかりの頃は酷かったもんなぁ。俺の指示に従わずに反抗心だけでおかしな意見してきたりさ」
「あれはもう……過去に戻って自分を殴り飛ばしてぇ」
実際、タカクスに移住してきたばかりの頃は酷かった。なまじ村を作って粗末ながら家まで建てていた事もあり、指示に従わないのだ。
タカクスの職人グループの下に付けても変なところをふらふらする。仕事を与えればまともにこなせない。質問しないで意固地になるから全体の作業が進まない。
キレたタカクスの職人が一斉にクーベスタ職人を現場からつまみ出し、彼らが不満を述べる前に作業に取り掛かるとそれまでの鬱憤もあってか作業が進む、進む。
自分達がお荷物である証拠を目の前であれほど鮮やかに見せられては流石に理解せざるを得なかったらしく、その後は比較的従順だったけど。
昔の話を持ち出していくと元クーベスタ村長はギブアップした。
「それくらいで勘弁してほしいんだが……」
「おぉ、悪い。でもまぁ、あの頃と比べるとみんな見違えたもんだと思うよ」
大して遅延もなく、クーベスタ区画の再開発がここまで進んでいるのが良い証拠だ。
「それに、今回は職長としての仕事をきちんとこなせたろ。今のお前を見て馬鹿にするやつはいないって」
作業手順がきちんと頭に入っているからこその指示出しだったし、ずいぶん成長したものだと思う。
「これからの再開発でも期待してるぞ。俺の仕事を減らしてくれ」
この家の建築に取り掛かるまで職人をまとめる職長がいないまま、俺が全部の指示をしていたのだ。仕上げはその家の住人でもある職人か、元クーベスタ村長に適宜やらせていた。
こうして元クーベスタ村長が職長になった以上、指示や作業の確認に関しては多少分業できる。場合によっては数軒の建設を並行して進めることもできるだろう。
しかし、期待している事を素直に伝えたというのに、元クーベスタ村長は浮かない顔だった。
「なんでしょぼくれてるんだよ?」
「励ましてもらってるのは分かるんだが、メルミーさんが職長として進めていた道路の工事なんかはもう終わっちまってるんだろ? こうも実力差を見せつけられると……」
「そこは人と比べても仕方がないだろ。しかも、メルミーはタカクスを興してから現場仕事一辺倒で場数も違う。これから追い付けばいいって」
「……追い付けるのかねぇ」
「努力次第だろ」
技術的な面では追いつくまでさほど時間がかからないと思う。一定の技術まではなんだかんだで習得できるものだ。
問題はその先、職人の個性に関わる部分だろう。そこを磨けるかどうかで効率から何から変わってきてしまう。仕上げを行う職長ならなおさら、全体の方針にも関わってくるためはっきりとした個性があると武器になる。
「まぁ、今は難しい事を考えても仕方がない。職長としての仕事をしっかり覚えていくのが先だ。明日からまた工事だぞ」
「タカクスにいると悩んでいる暇もねぇなぁ」
苦笑した元クーベスタ村長はドーマーを見上げた。
悩むより慣れろってね。




