第五十話 建て直し
元クーベスタ村長と机を挟んで座りつつ、俺は提出された資料を確認する。
「十年か」
キリルギリがもたらした被害は未だに記憶に新しい。
クーベスタ村は新興の村の一つだったが、キリルギリの襲撃を受けて建物が倒壊し、元々経営難に陥っていた事もあって廃村となり、住人は丸々タカクスに移住してきた。
何しろ人数が多かったため当時は対応しきれず、ヘッジウェイ町が開発したブランチイーターの甲材を利用したプレハブ小屋を建設し住んでもらったのが十年前。
「ヘッジウェイ町も開発したばかりだから耐久試験を兼ねて提供するって話をしてたけど、十年ぽっちでこうも劣化するとどうにもなぁ」
元クーベスタ村長が頭を掻きつつ資料を指差してくる。
俺が眼を通した限り、五年ほどで耐久性が低下し始めている。
ブランチイーターは世界樹の枝を食害する魔虫の一種だ。放置すれば上に乗る自治体ごと枝が樹下に落下してしまう危険もあり、発見時に即討伐が推奨される魔虫である。しかし、討伐しても利用可能な部位が存在しない事から魔虫狩人から毛嫌いされる魔虫でもあった。
ヘッジウェイ町が開発したブランチイーターの甲材は新たな利用方法として注目を集めていただけに、十年で耐久性が大幅に低下した今回の結果は少々残念だ。
「耐久性維持の追加処置ができればいいんだろうけど、その辺はヘッジウェイ町に開発を任せるとしようか。まずは追加の検査をしよう。俺も現場に行くから、先に行って皆に説明を頼めるかな?」
「無論、かまわない。自分らの住む家の事だからな」
元クーベスタ村長はそう請け負って、応接室を出ていく。
俺は資料を机で綺麗に一纏めにした後、事務室にいるリシェイの元に向かった。
「クーベスタ地区に出かけてくる。多分、地区全域の建物を立て直すことになる」
「最近は木材の価格も高止まりしてるわよ?」
「もう下がらないさ。タカクスで消費される木材に植林による生産量が追いつけないのは分かってたことだし、摩天楼になればこんなものだよ」
資料棚からプレハブ小屋の検査結果をまとめたファイルを見つけ出し、先ほど元クーベスタ村長から渡された資料を収める。
自分の事務机に歩み寄って白紙の紙などを取り出していると、リシェイが声をかけてきた。
「近隣の村に植林をお願いした方がいいかしら?」
「高止まりしている状況を見ればこちらがお願いする前に動くと思う。それでも、乾燥期間が必要だからすぐに木材の値段が下がる事はないし、値下がりを待っているとクーベスタ地区の簡易住居が崩れる可能性もある」
「……そんなに急ぎなの?」
「なにしろ新素材だから今後どういう変化を辿るか読み切れない。これまでの経過を考えると一年以内に全部建て直せるように計画を立てた方がいいと思う」
「分かったわ。補助金も出した方がいいかしら?」
リシェイが取り組んでいた仕事を机の端に移動させる前に、俺は首を横に振った。
「補助金という形では出さなくてもいいってさ。ただ、自分たちで自分たちの家を建てたいとは言われた。設計は俺がするから、三割くらい引いておくつもり」
「それで話がまとまっているなら良いけど、元クーベスタ村の職人だけで家を建てるの?」
心配そうな顔をするリシェイに苦笑を返す。
元クーベスタ村の職人は新興の村にありがちな半端な技術とそれに吊り合わない独立精神を持ち合わせ、集団作業に向かず使い物にならなかった。
しかし、この十年間タカクスで職人を続けたのだ。タカクスの職人も総じて若かったが、メルミーを含めきちんと修業した上で独立したタカクス職人に毎日のように現場を引っ張り回された元クーベスタ職人は腕を上げている。
俺が現場監督しながらであれば、きちんと家を建てられるだろう。元クーベスタ村の住人が真の意味で独り立ちする仕事としては、彼ら自身が住む家の建設は良い機会でもある。
タカクスで仕事をしていたから貯蓄もそれなりにあるはずだ。
俺は筆記具を持って鞄を肩にかけ、リシェイに後を任せて事務所を出た。
事務所のある雲下ノ層第一の枝の外れへ向かう。クーベスタ地区がある区画だ。
区画全体にブランチイーターの甲材で作られた規格、デザインが一律のプレハブ住居が立ち並んでいるため、安っぽさが漂ってしまっている。
元クーベスタ村長は家具作成が得意で、タカクスでも建設がない冬季には元クーベスタ村の職人達と共同で家具を作って売っていた。売れ行きはそこそこではあったが、こうしてプレハブ住居が並ぶ街並みの中に件の家具が置かれているとずいぶんと場違い感がある。
俺はクーベスタ地区を歩きながらプレハブ住居に目を向ける。
「外観もすでに危ないもんなぁ」
甲材を使っているとはいっても、上から塗料を塗って色味の変化を加えてある。しかし、地の甲材そのものの劣化を抑えきれずにヒビが入り、そこを起点に塗料が剥げ掛かっている家もあった。
ブランチイーターの甲材は地の色が安っぽい明るさを持つ緑色で、半端な金属光沢のせいで能面のようなつるつるした面白みのなさという、無垢材のままではどうにも使い勝手の悪い外観をしている。そんな甲材がはがれた塗料の下から覗いていると出来の悪い前衛芸術染みた不快感のある鮮やかさが前面に押し出されてしまっていた。
ザ・安普請といった風情。これはもう、どうにかしないと。
去年の音楽祭の時には塗料が剥がれたりしていなかったことを考えると、この一年で急速に劣化が進んだらしい。
「アマネさん、こっちだ!」
手を振っている元クーベスタ村長に呼ばれて、俺も手を振りかえす。
「検査を始める。全戸検査するから、端から行こう」
「全戸? 今日中に終わらせられない事もないが、アマネさんだって他に仕事があるんじゃ」
「仕事の優先順位が変わる事なんてよくあるよ。ここを先に終わらせておいた方が、明日以降の予定も立てやすい」
元クーベスタ村長を連れて地区の端の家を訪ねる。
検査項目はいくつかあるが、手際よく済ませていく。
雨漏りは無し。外壁にひびが入っていて塗装も剥がれているから心配だったが、今日明日中に建て直す必要はなさそうだ。
「柱の腐食が進んでるな。外側の劣化というより、中から来てるっポイんだが」
軽くノックして反響音を確かめてみる。構造的に、長期間の圧力で変形した部分が脆くなり、腐り始めたのだろう。
「傾きもあるな」
床に置いた水準器で傾きを計り、ついでに壁の傾きも計る。
元々ブランチイーターは甲殻が柔らかいため利用されてこなかった経緯がある。ヘッジウェイ町による加工で増した硬度も経年劣化で効果が減じてしまったのだろう。
安価な建材として今後もそれなりの需要がありそうだけど、用途はやはりプレハブに限られそうだ。
扉は木製だが、建物そのものに歪みが生じているため開きにくくなっていた。
家の外に出てクラックスケールで外壁のヒビの幅を計り、手元の紙に計測結果を書き込む。
「これじゃあ補修も無理だな。建て替えてしまった方がいい」
検査の結果を紙に書き込んで、控えを住人に渡すついでに今後の予定を尋ねる。
二日以内に事務所で新築する家の間取りなどについて話し合う事に決め、俺は自分の手帳に時間を書き込んだ。
企画もデザインも統一されたプレハブ小屋だけあって、その後の検査も流れるように進む。ほとんどの住居で同じような不具合、劣化が報告される点は皮肉にも建材の質が均一である事を証明し、ヘッジウェイ町の技術力もうかがえた。
これだけ同じような結果が得られると、耐久試験としては合格である。報告書の作成も簡単だ。
「――いくつか早期に建て替える必要があるとして、場所はどうしようか? 望むなら、雲中ノ層に引っ越しもできるけど」
元クーベスタ村長に訊きながら、俺は全戸検査の結果をファイルにまとめて鞄に入れる。分厚いファイルは全部で五冊。鞄の持ち手が切れないか心配になる重さだ。
元クーベスタ村長は腕を組んでプレハブ住居群を見回す。
「検査中に聞いて回った感じ、皆この第一の枝に住み続けたいって話だ」
「そうか。まぁ、クーベスタ区画が過疎化すると第一の枝が寂しくなるから、住み続けてくれるに越したことはないかな。ただ、いままでの簡易住居よりも一軒あたりの面積が広くなるはずだから、住所が微妙にずれるって事は理解しておいてほしい」
ブランチイーターの甲材はそこそこの耐火性を有していたから、防災面でも住宅区がやや密になっていた。
しかし、これから木材を使用した住居を建てることになる以上は各家の間をある程度空けておく必要があり、防火水槽の増設や広場なども設けなくてはならない。
プレハブ住居で構成されているクーベスタ地区が早い段階で建て直しになる事は予想されていたため、すでに防災計画は立ててある。住居の設計が終わり次第、詳細を詰めていく事にはなるだろうけど、工事に取り掛かるまで時間はかからないだろう。
「区画規模でのまとまった工事になるから、道路整備も並行して進めていくつもりだけど、クーベスタ出身の職人だけでやれるか?」
事務所へ歩き出しながら元クーベスタ村長に質問する。
頭を掻いて少し悩む素振りを見せた元クーベスタ村長は、結局首を横に振った。
「そこまでやると手が足りねぇな。メルミーさん達に任せる」
「賢明だな。道路もやるって言い出したらどうしごいてやろうかと思ったんだけど」
「おおぅ、おっかねぇ」
肩を竦める元クーベスタ村長と笑い合い、俺は事務所に戻った。
さっそく、プレハブ住居とブランチイーターの甲材についての報告書を作成する。
「――呼ばれてないけどメルミーさんだよー」
事務室に顔を出したメルミーがきょろきょろと部屋を見回して首をかしげる。
「メルミーさんが椅子を作っている間になんか仕事が入ったのかな?」
「クーベスタ区画の総建て替えだ。もう新開発くらいのノリでやるから、メルミーも道路整備で手伝ってもらう」
「あぁ、あの積み木小屋もガタが来ちゃったかぁ。予想以上に早かったね」
建設中、仕事をしている気がしないとか、パズル工法、玩具住居などと散々な評価を下していただけあって辛辣だ。
商品としてはれっきとしたブレイクスルーのはずだけど、住居を一種の芸術として考える風潮がきわめて強く、技術を重んじる文化もあってプレハブ工法は評判が悪い。
関わった職人の個性が見えない時点でもう駄目なのだろう。プレハブ工法のメリットである均質さが受け入れられない以上、一般的には広まらないと思う。
都市経営者視点で見ると使いどころを間違えない限りは良いモノなんだけど。
メルミーは第一の枝の地図と都市計画書を広げて眺め始める。
「第一の枝の大規模工事かぁ。天楼回廊計画で鍛えたメルミーさん達の道路整備技術が発揮されるぜぃ」
腕まくりをするメルミーに苦笑したリシェイが俺を見る。
「こう言っては何だけれど、あの区画の建て直しが決まってよかったわ。どうしても景観上の問題がある地域だったから」
「来年になれば生まれ変わってるよ」
リシェイに返事しつつ、俺は書き上げた報告書をヘッジウェイ町宛ての封筒に入れた。




