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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第四十七話 タカクス音楽祭

「付き合わせて悪いですね」

「いえ、俺が案内するのが一番ですから」


 雪はもう降らなくなったとはいえまだ肌寒い風が吹く春の初め、俺はビューテラームの現トップであるダズターカさんと共に天楼回廊を歩いていた。

 要は視察だ。ダズターカさんが北側まで足を運んだのは別の理由があるけど、ついでだから視察をしたいとの事でこうして雲上ノ層を歩いている。

 ビューテラームは芸術の都だけあって、ダズターカさんが連れてきた護衛の魔虫狩人たちも伊達な格好をしている。黄色や赤の刺繍が施された防寒具、魔虫甲材で作られた手甲にはブルービートルの甲殻を砕いたらしい鮮やかな青色の象嵌が施されていた。


「もう幹まで道を整備してあるのですね。停留所も完成済み。あとは雲上ノ層の主要な枝へ橋架けですか?」

「いえ、まずは木籠で簡易的な交通網を作った後、要所に停留所を建設していく予定です。まだ利用者数の推算もできない状態なので」


 北側各地域、各橋の利用状況はデータとして集めてある。しかし、ここは世界樹の上であり、同じ位置に高さだけ違う橋を架けるなんて事は出来ない。

 利用者数も変わってくるはずで、今は雲下、雲中ノ層に現在ある橋の通行者に聞き取り調査を行って目的地や用事を聞いてデータ化している。このデータがまとまれば、天楼回廊の利用者についても概算でき、それに応じて橋の規模を考える事が出来る。

 去年建設したカッテラ都市近くの停留所は、タカクスがまだ摩天楼化する前から収集していたデータをもとに規模を設定して建設してある。しばらくはこれを拠点に天楼回廊の整備をしていくことになるだろう。


「ビューテラームのある西側の天楼回廊はどうですか?」

「タカクスやアクアスが摩天楼化する前から情報を収集していた事もあって、順調に工事を続けていますよ。この辺りは事前の準備の違いでしょうね」


 天楼回廊計画を持ってきたのはヨーインズリーとビューテラームだったし、事前準備がなされているのも当然か。

 西側の工事状況についての詳細を聞きながらタカクスへと戻る。

 タカクスが近付くにつれて、賑々しい喧騒が聞こえてきた。

 雲下ノ層第三の枝にある入り口前広場に人だかりができている。ギルドから派遣された魔虫狩人たちが人混みの整理を行って確保したタカクス劇場までの道をゆっくりと登っていく集団が見えた。


「どうやら、こちらの一座が到着したようですね」


 ダズターカさんが眼下のタカクスを見下ろして呟き、天橋立へ足を速める。


「急ぎましょう。我々がいなくては音楽祭を始められませんからね」

「そうですね」


 俺もダズターカさんに続いて足を速め、いつにもまして人の気配の少ない雲上ノ層の住宅街を抜けた。

 タカクス、ビューテーラム共催の音楽祭は今日幕開けである。

 期間は十日ごと前半、中盤、後半の計三十日という長期にわたり、この期間中はタカクス劇場の公演枠を無料で借りる事が出来る。入場料も半額に抑え、北側、西側の町にまで広告を張り出したため客入りは期間前から爆発的に増えていた。

 それもそのはず、北側で有名なレイワンさん率いるローザス一座とタカクス劇場の組み合わせだけでも十分に採算が取れていたところに、由緒正しき美と芸術の摩天楼ビューテラームから著名な一座が複数参加。ビューテラームが村だった頃から活動する世界樹全域でも最も古い一座の一つ、そのものずばりビューテラーム楽団までやってくるのだ。

 いくつもの一座、楽団がしのぎを削る音楽祭である。これらに入団したい旅芸人がタカクス全域で大道芸も始めており、どこに行っても楽器の音色が聞こえてくる。

 ダズターカさんもこの賑わいは予想以上だったのか、楽しそうにきょろきょろと辺りを見回していた。


「大道芸人も全体的に質が高いですね。物悲しい曲調のモノが多いのは北側の特徴ですか」

「明るい曲もありますが、北側で確実に人気が出やすいのは暗い曲調や歌詞ですね。歌劇の〝濁花〟も定番です」

「悲恋譚の代名詞的な脚本ですね」


 有名な題目だから、ダズターカさんも知っていたらしい。

 ビューテラームの創始者一族であるダズターカさんは目も肥えている。この人が知らないモノとなると近年生み出された新作の脚本くらいだろう。

 ふと思い出して、天橋立の上にいる大道芸人たちを見回し、目当ての人物を探す。

 期間中はタカクス劇場が無料で借りられると言っても、複数の一座に加えてお金を貯めて来た大道芸人もいるため競争率が高く、連続で借り続ける事は出来ない。

 となれば、各一座でも音楽祭で表舞台に立てるのは一軍メンバーばかり。ローザス一座も例外ではなく、二軍メンバーはタカクス各所で大道芸をしているはずだ。

 俺の目当ての人物の性格であれば、新し物好きが集まる天橋立で楽器を鳴らしているだろう。


「――お、いたいた。ダズターカさん、ちょっとお忍びでいいですか?」

「面白そうですね」


 案外ノリが良いダズターカさんがマフラーで口元を隠し、護衛の魔虫狩人を手信号で散開させる。

 俺もポケットの中に丸めていたニット帽を目深に被り、コートの襟を立てて顔を隠す。

 あえて天橋立の並木に入って姿を隠しつつ、目当ての人物に近寄る。

 ローザス一座の座長であるレイワンさんの息子だ。

 まだ二十代の初めという若さでもあり、芸事にいくら打ち込んでもベテランぞろいの一軍にかすりもしない。しかし、彼の面白い所は芸能の上手さとは別のところにあった。


「……なんですか、あの楽器は」


 ダズターカさんが興味津々で見つめる先、レイワンさんの息子さんは糸の先に着色された樽のような物が着いた楽器を振って音を出していた。


「振り回す速さで中の機構が変化して音を出したり止めたりできる楽器だそうです。彼の発明ですよ」

「面白いですね」


 前世で言うところのセミ笛のような見た目だが原理は全く異なっている。

 セミ笛は発音原理は摩擦と増幅器によるものだが、彼が振り回している楽器は回転中に樽型の発音器に流入した風が抜けていく時に出ている。原理的には気鳴楽器である。

 彼は鏑矢から思いついて雲中ノ層の楽器工房に製作を依頼し、完成させたらしい。

 ただし、音程は一つの発音器に一音のみ。回転速度による音の強弱しか調整できないため、一曲奏でるには同様の楽器を複数持って回転させる必要がある。

 色分けされた楽器を振り回す姿は慌ただしくもテンポの速い踊りを踊っているようにも見える。耳も目も楽しませるという意味ではまさに大道芸に向いた楽器だ。


「発想は実に面白いのですが、どうしても音が足りないですね」

「やっぱりそうですよね」


 ダズターカさんの評価に同意する。

 面白いが単独ではどうしても音の奥行きに限界がある。この楽器はどうしても音が薄くなりがちで、他の演奏者と一緒でなければ効果を発揮しないのだ。

 しかし、ダズターカさんは演奏が終わると同時に拍手を送った。


「同じ曲をもう一度頼むよ。合わせてみたい」

「え?」


 唐突な申し出にレイワンさんの息子が困惑し、俺を見る。顔を隠しているため、俺がタカクス創始者のアマネとは気付いていないようだ。

 声でばれても困るため、俺の事は気にしなくていいと軽く手を振った。

 そうこうしている内にダズターカさんが弦楽器を取り出し、準備を整えていた。


「ほら、始めましょう」


 声を掛けられて、レイワンさんの息子も困惑しつつ楽器を回し始めた。

 ベンチに座って二人の演奏に耳を傾ける。

 ダズターカさんの引き立て役っぷりが凄い。芸術家なのは知っていたけど専門は絵画の方だと聞いていたから、こんなに楽器を扱えるとは思ってもいなかった。

 レイワンさんの息子も役を喰われないように必死だ。

 その甲斐もあってか、演奏は先ほどよりも数段上手い。ダズターカさんが加わった事で音も厚みが増し、欠点だった単調さも改善されたから完成度が数段引き上げられている。

 いつの間にか、観客が増えていた。

 演奏が終わると同時に拍手が鳴り響く。見た目も面白い演奏だったから余計に人目を引いたのだろう。

 気を良くしたダズターカさんがもう一曲弾き始める前に、俺はニット帽を脱いで身分を明かす。


「そろそろ劇場に行きましょう。時間も押してます」

「おや、興が乗ったところだったのですが、仕方がありませんね」


 ダズターカさんが残念そうに立ち上がり、口元を隠していたマフラーを下げる。すかさず散らばっていた護衛の魔虫狩人たちが集まってきた。

 きょとんとしているレイワンさんの息子と観客に手を振って、俺達は再び天橋立を歩き出す。

 ダズターカさんは機嫌よく歌を口ずさみ、後ろを振り返る。レイワンさんの息子が演奏を再開すると、その音の薄さに気付いた他の大道芸人たちがすかさず合わせ始め、セッションを開始していた。


「あの創作楽器は面白い。歌劇に盛り込めませんかね」

「場所を取りますから、なかなか難しいでしょう。ローザス一座が何か練習しているとは聞いてますが」

「それは楽しみです。タカクスは新しいものがいっぱいあって面白い。この雲中ノ層の街並みも独特で物語の世界に迷い込んだような心地ですよ」


 雲中ノ層に足を踏み入れるなり、ダズターカさんが通りを挟んで立ち並ぶ和風建築を見回して笑う。


「アクアスはあくまで既存の建築思想を進化させていますが、タカクスは突拍子のない思想を統一感を持ってやり遂げている。それが、独特な世界観を生み出す根源ですかね」


 分析しながらダズターカさんは家を眺めている。

 ダズターカさんの言う通り、異国情緒感は異なる価値観や思想からなる生活環境から強く感じ取れる。タカクスが観光地化したのも、前世の記憶を持つ俺が創始者なのだから当然の帰結だったのかもしれない。

 雲中ノ層を抜けて大文字橋を渡り、雲下ノ層第三の枝に到着する。

 タカクス劇場へ近付くにつれ、人も増え始めた。

 劇場にはローザス一座を始めとした音楽祭の参加劇団や楽団の代表者が勢ぞろいしている。

 俺とダズターカさんは揃ってタカクス劇場へ入場し、劇場前の庭園に設けられた壇上へ上がる。

 壇上に上がるなり、ダズターカさんがにこやかに口を開く。


「時候の挨拶は飛ばしてしまいましょう。もう一部では始まってますし」

「ここに来る途中でダズターカさんも演奏しちゃいましたしね」

「アマネ君、それは秘密にしておいてくださいよ」


 会場から笑い声が上がる寸劇を挟んだ後、俺はダズターカさんと声を揃え、共同音楽祭の開催を宣言した。



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