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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第四十六話 雲中ノ層診療所

 冬支度の真っ最中という事で、冬着や春着を買いに来た人々が雲中ノ層の服屋に行列を作っていた。


「凄い賑わいですねぇ」


 俺の隣を歩く女性、ルランさんがおっとりした話し方で言って、眩しそうに目を細めながら服屋を見る。

 雲中ノ層に開設する診療所で働くことになる医者だ。カルクさんの紹介だけあって腕は確かで、ヨーインズリーを中心に活動していた流れの医者でもある。

 彼女の直接の師匠は、薬草の効果について年齢や性別、体重などのデータをもとに詳細なグラフを作成してヨーインズリーの虚の図書館に寄贈した事で有名な人であり、薬学分野において著名な一門との事らしい。

 ただ、この一門は研究費用の捻出によく困っており、こうして門下生の中でも優秀な者を派遣する代わりに研究費用を寄付してもらう方法を取っている。都市レベルでなければなかなか寄付金までは捻出できないため、あまり需要はないらしいけど。

 タカクスの場合、雲下ノ層第四の枝と雲中ノ層第二の枝を結ぶ水力エレベータを内包する建物で薬草類を栽培しているため、寄付は現金ではなく薬草類で行う形で話がまとまっている。同じく薬草を栽培しているケーテオ町の町長に教わった方法だ。


「お隣のカッテラ都市にも同じ店が出ていると聞いてますのに、なぜこんなにも行列ができてるんですかねぇ?」


 不思議そうに首をかしげるルランさんに答える。


「新作はタカクス店にしか置いていないんですよ」


 多分、できたばかりのタカクス店を宣伝するためだろう。加えて、売れるか分からない新作に煙の臭いが付いて商品価値が落ちるのを嫌ったのだとも思う。

 行列を避けて先に空中市場で買い物を済ませて宿を取っている客も多いらしいから、この服屋の賑いはまだしばらく続くはずだ。

 雲中ノ層第一の枝を歩いて、俺は先日完成したばかりの診療所を訪れた。


「これはまた、立派な」


 上品に片手で口元を押さえて、ルランさんが診療所の門を見上げる。

 雲中ノ層は和風建築が立ち並んでおり、この診療所もまた和風建築になっている。

 屋根付きの木組みの塀でぐるりと敷地を囲まれた、平屋建て二棟、渡り廊下付きの建物だ。

 京町屋の表屋造りに近い。道路側に店を置き、渡り廊下でつながる先に主人が住む表屋を置く作りである。


「この診療所は基本的に産院として使う事になるので、病室を多く作ってあります。診断などは手前の建物で済ませ、妊婦の方は奥の建物にある病室で過ごしてもらう事になります。ひとまず、中を案内しましょう」


 ルランさんを連れて門をくぐる。

 門をくぐると玄関庭があり、その奥に通り庭が続いている。診断を受けに来る客はこの玄関庭ですぐ右側にある待合室に入り、入院している妊婦のお見舞いに来た者は奥の通り庭を通って表屋にある病室を訪れる形だ。


「まずは右の建物からご案内します」


 すぐ右の建物に上がり、ルランさんを中に入れる。

 ここは待合室で、すでにソファを受付に向き合う形で並べてある。


「同伴の方がいても四組までなら座れそうで、ゆったりしてますねぇ」


 ルランさんが広々とした待合室を見回して両腕を伸ばし、広い空間を楽しみだす。

 この世界の人間の出生率の低さを考えれば、現在のタカクスの人口を踏まえて考えても十分な広さである。雲下ノ層にはカルクさんの診療所や元キダト村の診療所もあるからある程度分散もするし、診察に来る人は少ないだろう。

 待合室の奥には診察室がある。


「診察台は準備しましたが、他の器具はルランさんに任せて大丈夫でしたか?」


 門外漢だから、どこに発注すればいいのか分からないのだ。器具一つ一つの質の良し悪しがまったく分からない。

 ルランさんは穏やかに笑いながら手をひらひらと振った。


「気にしなくて大丈夫。妹弟子に頼んで、良いのを安く買ってありますので」


 薬学に精通した一門と聞いているけど、器具にも顔が利くのか。切り離せない物ではあるし、おかしい事ではないのかもしれない。


「この診察室は事前に相談した通りの大きさになっています。器具類もルランさんが発注したなら大丈夫だとは思いますが、用意が整ったらカルクさんが監査に来るので、対応をお願いしますね」

「はい、分かりました。それにしても、あのカルク先生に声をかけてもらえるとは思いませんでしたねぇ」

「カルクさんからは優秀だと聞いてましたけど」

「あらまぁ、本当に?」


 話しながら、診察室の奥、薬剤室と調剤室へ向かう。

 ルランさんは嬉しさを隠しきれない様子で静かに笑う。


「カルク先生は私の師匠と懇意にしていて、ふらりとやってきては私たちの講師役のようなことをしてくださったんですよ」

「そうだったんですか」


 カルクさんも流れの医者をしていたと聞いていたから、ふらりとやってきて、というのは頷けるところだ。

 ルランさんは思い出す様に調剤室の天井を見上げた。


「これがもう、厳しくってですね。症例と対策、なんてそっけない題名のこんな分厚い資料を書いてきて」


 俺の握りこぶしくらいの大きさに両手を広げたルランさんが苦笑する。


「わざと虫食いの記述にしてあるから、十日以内に全部埋めなさい。埋められなかった場所は後日レポートを提出。なんて言うんですよ」

「うわぁ」


 スパルタだ。

 薬剤室、調剤室共に問題なしという事で、診察室に戻って渡り廊下の扉を開ける。

 入院棟と診察室を行き来できるように渡り廊下を繋いであるのだ。

 渡り廊下の右側には倉と中庭がある。蔵の中は備品の類が収められることになる。


「小さい庭ですねぇ」

「ここの庭と倉は表通りの喧騒が病室へ届かないようにするためのモノですからね。病室から見える庭はもっと大きいですよ」


 渡り廊下の先にある入院棟に入る。

 入院棟はコの字型の建物で、背中を診察室に向けている。十の病室と分娩室が二つ、沐浴室、給湯室、宿直室のある大きな建物だ。

 建物が大きい分、囲んだ庭も広くなっていて、季節の花を植えた鉢植えを置ける空間と常緑樹が空間を演出する。

 入院棟に入ったルランさんが壁の手摺りを見つけて目を細める。


「壁の中に埋め込んであるんですねぇ」

「万が一にもぶつからないようにという配慮ですよ」


 妊婦さんが行き来する事になる廊下だから転倒防止の手摺りは必須。かといって、お腹をぶつけやすい張り出し式の手摺りは危険だから、壁の中に埋め込んであるのだ。

 ルランさんは興味深そうに手摺りを眺め、触って温度を確かめている。


「この光は?」


 手摺りの下部から溢れている光を指差して、ルランさんが疑問を口にした。

 壁の中に通っている手摺りは視認性が悪くなりがちなため、手摺りが埋まっている下部から光を当ているのだ。

 俺は手摺りの下の壁を上にずらした。シャッターのように持ち上がった薄い壁の中を指差し、ルランさんに見せる。


「手摺りはこのイチコウカで照らしてあるんです。タカクスなら補充も容易ですからね」

「これがイチコウカですか。発色を制御できると聞いていますけど」

「えぇ、タコウカと違って特定の色を狙って栽培する事が出来ます。今回は橙色のモノを置いていますが、白色でもすぐに取り寄せられますよ」


 イチコウカはタカクスの中で栽培しているから輸送費もかからないし、狙った色を出せるから農地の単位面積当たりの効率も段違い。その分価格も安くできる。

 タコウカもイチコウカも冷光を発するため、手すりが熱を持つ事もない。


「左右の廊下の端に分娩室があります。とりあえず、病室から見ていきましょう」


 ルランさんを病室へ案内する。

 どの病室からも庭を眺める事が出来る形になっており、廊下の端に行くほど出産が近い方が過ごすよう使い分ける。廊下の両端に分娩室があるから、出産時期が近い人が住む方が理に適っているのだ。


「窓の位置はルランさんの指示通りにしておきました」

「そのようですね。ありがとうございます」


 ルランさんの希望で、窓は病室の半分程度を照らす大きさにしてある。これは、ベッドにいる妊婦さんに直接日光が当たらないようにとの配慮らしい。


「カーテンは先ほどの服屋さんでも作ってくれるのでしょうか?」


 ルランさんが窓の外の庭を楽しそうに眺めながら訊ねてくる。


「服飾専門ですから、やってないと思いますよ。ヘッジウェイ町に注文票を出した方が早いし確実です」

「では、そうしましょう」

「注文しなくとも、既製品なら空中市場にありますけどね」


 わざわざ注文してまで取り寄せる必要はない事を指摘すると、ルランさんは俺を振り返って苦笑した。


「この病室の利用者は女性に限られます。味気ないのはダメですし、こだわりませんと」


 そういう事か。

 設計の時とかには注意してたけど、家具の方はルランさんが担当する事になるから失念していた。


「空中市場にテグゥールースという商人が雑貨屋を構えているので、相談すると良いですよ」


 テグゥールースはかなり広く伝手を持っているから、力になるだろう。

 病室から出て、他の部屋も案内して回る。


「ルランさんの家はこの診療所の裏にありますから、宿直室は看護師などが利用する事になります。入院中の食事ですが、大量調理で火を長時間扱う関係もあって熱源管理官の資格を持つ人をカッテラ都市から呼んで、移住してもらいました。この診療所の近くに施設を作ってあるので、毎日決まった時間に運ばれます。メニューはルランさんが決めて、十日分を提出してください」


 診療所で火災なんて洒落にならないので、機能を完全に分離したのだ。服屋に工房、魔虫狩人ギルドもある雲中ノ層では需要が多そうな出前も受け付けてくれている。


「日常使いのお湯などは、ここの給湯室を利用してください」

「分かりました」


 他の部屋も見て回り、ルランさんに確認してもらった後で鍵を渡す。


「では、今後よろしくお願いします」

「はい。頑張りますよぉ」


 笑いながらのんびりと言ったルランさんはふと思い出したように鞄の中に手を入れる。


「そうそう。これ、お近づきのしるしにどうぞ」


 ルランさんが鞄から出してきた小瓶には見慣れない何かの根のような物が入っていた。


「なんですか、これ?」


 薬草の根か何か?


「ふふふ、それはですねぇ」


 と、意味深に笑ってしなをつくったルランさんが用法を書いてあるらしい紙を差し出してくる。


「精力剤です」

「はぁ、精――」


 精力剤!?

 ルランさんが俺の肩を叩いてくる。


「当院のご利用をお待ちしております、と奥様方にお伝えください」


 セクハラじゃねぇか!




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