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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第四十五話 定期健診

 夏から秋にかけて武器屋と工房、美容院、服屋を雲中ノ層に建設し、ようやく暇になった。

 秋風に吹かれながら休日を満喫しつつ鉢植えのハーブたちに水をやっていると、メルミーがルーフバルコニーに駆け込んできた。


「アマネ! 見て、見て!」

「――うん?」


 ハーブから視線を上げて、メルミーを見る。

 ドヤ顔で服を見せびらかしているメルミーがいた。


「あぁ、完成したのか」


 メルミーが見せびらかしているのは雲の模様が染め抜かれた法被のような上着だ。

 先日、完成した服屋は出梁造りで、出っ張った二階部分を外に突き出た梁で支える構造になっている。この梁の先、外に露出している部分を木鼻といい、この部分にメルミーの彫刻が施してあった。

 メルミーらしい柔らかなその彫刻は雲の模様の浮かし彫りで、この模様がいたく気に入ったらしい服屋の店主がメルミーへ雲の模様を藍色で染めた布を贈ってくれたのである。

 好きなように服を仕立てるとも言ってくれたため、はしゃいだメルミーが作ってもらったのがこの上着である。

 お祭りにはいい衣装だと思う。


「掲げてないで、着て見せてくれよ」

「リシェイちゃん達にも自慢するからお預けー」

「そりゃないだろ」


 もうそろそろリシェイ達も帰ってくると思うけど。

 ハーブへの水やりを終えて、ジョウロを片付ける。

 自宅の一階へ降りるとリシェイとテテンが買ってきた野菜などを食品庫に入れているところだった。

 足音に振り返ったリシェイがメルミーを見て微笑む。


「完成したのね」

「完成したよー。着てくる!」


 リビングに取って返したメルミーを見送って、リシェイ達を手伝う。


「言ってくれれば、俺も買い物に付き合ったのに」


 どうせ暇だし。


「連日工事続きだったでしょう。今日くらいはゆっくり休んだ方がいいわ」

「……リシェイお姉さまの気遣い、察しろ」


 テテンにまで駄目だしされるとは。

 荷物を片付けていると、テテンから目配せを受けた。

 俺は無言で首を横に振る。例のモノはまだ届いていない。

 高級品の部類だし、時間かかるだろうな。


「メルミーさんが再び登場!」


 上着を着てきたメルミーがポーズをとって現われた。


「おぉ、似合ってる」

「動きやすそうで、メルミーらしいわね」

「……かわいい」

「いやぁ、それほどでもないよー」


 三人で褒めると、メルミーは照れたようにニヤニヤする。

 浮足立ってる元気娘のメルミーが雲の模様の法被を着ていると、そのままどこかに飛んでいきそうだ。藍色の雲の模様はやはり、メルミーが服屋の建物に施した彫刻のデザインそのままだけあって柔らかい印象を受ける。


「この一張羅はメルミーさんのお部屋に飾っておこう、そうしよう」

「たまには着てくれよ。見たいし」

「いいよ。アマネがキスしてくれたら着てあげる」

「どんな交換条件だ」


 話していると、玄関の呼び鈴が鳴った。

 来客の予定があったか皆で顔を見合わせると、テテンが思い出したように口を開いた。


「定期、健診……」

「そう言えば忙しくて後回しにしてたっけ」


 本当は夏にやる予定だったんだけど、冬支度が始まる秋の半ばまでに開業したいと服屋の店主たちの要望があったから工事を優先していたのだ。

 痺れを切らして雲上ノ層のこの家まで足を運んできてしまったらしい。悪い事をした。

 これ以上待たせるのは申し訳ないから、俺は急いで玄関に出る。


「――あれ、ケキィちゃんだけ?」

「もうちゃん付けされるような年じゃないですよ、アマ兄さん」

「うんうん、大きくなったねぇ」

「頭を撫でながら言うのもやめてもらえますか?」

「頬を膨らませながら言っても説得力無いよ」


 からかいつつ、家の中に通す。


「それで、カルクさんは?」

「先生は後で来るそうです。今日はその、申し訳ないんですけど、実習を兼ねてわたしが先に診て、先生が後からちゃんと検査するという二段構えなんです。いいですか?」

「実習か。着々と医者として成長してるようでなにより」


 応接室に通し、リシェイ達の準備が終わるまでに俺の検診を先に済ませておく。今日の夕飯当番は俺だし。


「アマ兄は体しっかりしてるよね。忙しいのにいつ鍛えてるの?」


 触診しながらケキィちゃんが感心したようにため息を吐く。


「基本的に早朝かな。日中も錘をつけてる」

「ビロースさんも同じこと言ってたよ」

「目覚めてすぐに覚醒できる身体にしておかないと遠征に出た時にしんどいから、魔虫狩人は朝に鍛える奴が多いんだよ」

「そういう理由だったんだ。単純に朝しか時間が取れないってわけじゃないんだね。わぁ、二の腕硬い。脚気もなし。心臓の音を聞きますね」


 聴診器を当てて確認したケキィちゃんは紙に診断結果を書いてから俺の歯を確認し頷く。


「健康体だね。まだまだ若いし、体つくりもしてるし、栄養も取ってるから当然かもしれないけど」

「なによりだろ」

「元気が一番だからね。次はテテンさんかな」

「あいつはもうちょっと時間がかかると思う」


 今頃張り切っておめかししているはずだ。

 俺は応接室にケキィちゃんを待たせてリビングへリシェイ達を呼びに行く。

 リビングにはリシェイとメルミーがいた。やはりというか、テテンは二階の自室でおめかし中のようだ。


「俺の番が終わったから、次どうぞってさ」

「メルミーさんから行く」


 見せびらかすつもりらしい上着をはためかせてメルミーが応接室へ駆けていく。

 応接室の方から「ハロロース!」と元気な声が聞こえてくる。検診の結果を見るまでもなく健康そのものだ。


「アマネの診断結果はどうだったの?」

「健康そのものだとさ。後でカルクさんにも診てもらうけど」

「一安心ね」


 紅茶の入ったカップを傾けて、リシェイが二階を見上げる。


「テテンはいつまで準備しているのかしら?」

「気の済むまでだろ。メルミーが戻ってきたら呼びに行ってもらえばいいよ」


 着替え中かもしれないから俺が呼びに行くのも躊躇われる。

 のんびりお茶を飲みながら待っているとメルミーが戻ってきた。同時にテテンが降りてくる。


「テテンちゃんも行っておいで」

「いってまいる……」


 あいつスカートなんか持ってたのか。この世界ではあの手の風に煽られる服は高級品なんだけど。

 あんなのでも高給取りだし、持っててもおかしくはないか。


「フリルスカートいいなぁ」

「メルミーの誕生日プレゼントに買おうか?」

「うーん。着る機会がなかなかね」


 外での仕事が基本のメルミーはスカートを穿く機会があまりないか。


「どちらかというとリシェイちゃんの方が機会が多そうだよね。事務所でも着てられるし」

「リシェイならフリルスカートもいいけど飾り気のないロングスカートも似合いそうだな」

「大人な感じになるね」

「大人も何も、私は既婚者よ?」

「色気漂う人妻だね!」

「喜ぶべきところなのかいまいち分からないわね」


 メルミーにも紅茶を出したリシェイが席に座り直しつつ、口を開く。


「それで、メルミーも健康?」

「妊娠したって」

「……え?」


 きょとんとしたリシェイがすぐに我に返り、メルミーの前から紅茶を回収する。


「ちょっと、それを早く言いなさい!」

「まだ確定じゃないし、ケキィちゃんも自信なさそうだったから」

「妊娠初期は分かりにくいからな。とりあえず、ベビーベッドを買って、それから出生届を――」

「アマネも冷静になりなさい。準備するとしても早すぎるわ。まずは母子手帳の準備を――」

「それも早すぎるんじゃないかなぁ」


 一人だけのんびりしているメルミーがお茶菓子を摘まんだ時、玄関の呼び鈴が鳴った。


「カルクさんだ。いいところに!」

「アマネ、早くはっきりさせましょう。いろいろ準備もあるのだから」

「おうとも」

「二人とも落ち着きなよー」


 自身の事なのにのんびり構えているメルミーに声を掛けられつつ玄関へすっ飛んでいき、疑問符を浮かべるカルクさんを引きずり込んでメルミーを診察してもらう。


「ふむ、誤診だね」


 あっさりと告げたカルクさんの言葉を五回ほど頭の中で反芻し、腕を組む。


「つまり、どういうこと?」

「妊娠はしてないよ。残念ながらね。ただ、貧血、食嗜好の変化がみられる。レバーを食べた方がいいね。メルミー君本人が落ち着いているところを見るに、誤診だと分かっていたのだろう?」

「つい最近だったからねー」

「……あ」


 そういう事か。やけに落ち着いていると思ったら。

 カルクさんは顎を撫でつつ応接室を振り返る。


「ケキィはまだまだ修業が必要だね。最初に訊くべきことを聞いていない。貴重な女医になるのももうしばらく先のようだ」


 カルクさんは苦笑してから、俺を見る。


「それはそれとして、相談があるんだよ。診療所を雲中ノ層に建設できないかね?」

「診療所を?」


 現在、カルクさんの診療所は雲下ノ層第一の枝にある。第二の枝とを繋ぐ矢羽橋の近くだ。

 カルクさんは頷いて、理由を話しだす。


「なに、そう込み入った事情があるわけではないよ。ただ、雲中ノ層に診療所がないのは今後の発展を考えると不便だろう。産院の機能を持たせて、摩天楼のタカクスの中心に位置する雲中ノ層に診療所を作っておけば、便利になる」

「なるほど」


 雲上ノ層に古参の住人も集まりだし、雲中ノ層も徐々に人が増えている今、診療所が雲下ノ層にしかないのでは通院時に不便だ。

 マルクトの奥さんも臨月には雲下ノ層第四の枝にある診療所のお世話になっていた。御高齢の医者夫婦が経営しているところだ。


「定期検診はカルクさんとケキィちゃんがマルクトの家に行って済ませていたんですよね?」

「その通り。ただ、雲上ノ層で急患ともなれば時間がかかりすぎる。そこで、雲中ノ層に診療所を作ってほしい。医者の当てもある」

「そういう事なら、こちらとしてはありがたいくらいですけど」


 カルクさんの紹介なら藪医者なんてこともあり得ない。


「それじゃあ、頼んだよ」


 雲中ノ層に診療所を作ることを約束すると、カルクさんは席を立ち、応接室へ向かって行った。

 カルクさんと入れ替わりにテテンが戻ってくる。


「……説教する。しばらく待て、と」

「ケキィちゃんも大変だねぇ」


 メルミーはのんびりとそう言って、リシェイに没収された紅茶を取り返して味わい始めた。

 まぁ、ケキィちゃんにはいい経験になったのかな?



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