第四話 三年後
「――できたぁ!」
メルミーが声を上げながら、新居の扉を開け放って駆け出していく。
何事かと住居の窓から顔を出した村人たちが苦笑しつつも、メルミーの後に続く俺とリシェイ、職人たちに拍手と労いの声をかけてくれた。
「最後の家が完成したの?」
一緒にカッテラ都市まで魔物の素材を売りに行った夫婦の奥さんが声をかけてくる。
「ついさっき完成したところ」
「三年か。早い方じゃない」
「まぁまぁ早い方、かな」
夕食を作るという奥さんと別れて、俺はリシェイと共に村の中を歩く。
村設立から三年の月日が経つ。
目立った変化は住居作りが開始されて各家庭に一軒の家ができたことだろう。
「家が並んでいるだけでちょっと賑やかに見えるわね」
「最初は何もなかったんだよなぁ」
ほぼまっ平らな枝の上だったこの場所に、公民館を始めとした建物が立ち並んでいる。
住民それぞれから意見を聞いて家を建てたため、統一感はあまりない。建築様式さえばらばらだ。
しかし、設計者が俺という点で一致しているからだろうか、どことなくどれも同じ癖があるような気がした。
具体的にその癖を表す言葉が思いつかずに内心で首をひねっていると、リシェイが口を開く。
「やっぱり、アマネらしい家の配置よね。先まで見渡せて、通りを挟む家からの圧迫感もない、歩きやすい道とか。こういう家並みを機能美というのだと思うわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
なるほど、機能美か。自分の癖を機能美と評するのは照れ臭いけど、リシェイからの評価と言い張れる免罪符も貰ったし、自称してもいいのかな?
俺はすぐ右にある民家に目を向ける。
外壁はクリーム色、屋根は緩やかな勾配で魔虫の甲殻に数種類の色を焼き付けて作る瓦を葺いている。瓦はS型だ。
この世界では別の呼ばれ方をしているけれど、前世で言うところのスパニッシュ建築である。瀟洒な鉄格子がなかったり、出窓が取り付けてあったりしてスパニッシュというにはやや換骨奪胎の感がある。
少し歩いたところに建っている民家は、漆喰で壁面に浮き彫りの彫刻を施すスタッコの技法が窓の周辺に施されている。
漆喰は雲下ノ層でたまに見かける全長一メートルほどもある巨大な巻貝から作られる。巻貝はどう見てもカタツムリで、そのカタツムリを主食にする魔虫も存在する。
玄関ポーチの平屋根の破風には青く着色した甲材をタイル代わりに用いてアラベスク模様を構築したイスラム建築寄りの民家。主に西の摩天楼ビューテラーム周辺の町で見られる建築様式だ。
「造っている時も思ったけど、本当にごった煮になったな」
「少しやりすぎた気はするわね。ただ、住民満足度という点では高いと思うわ」
「両立できないもんかな?」
もうちょっと統一感があっても良かった気がすると思いながら、ログハウスの横を通る。
平屋のログハウスは雪を落とすために屋根の勾配がきつく、玄関などを落ちた雪が塞がないように軒の出が大きくなっている。
世界樹の北側で見られるステレオタイプのログハウスだ。
スパニッシュやイスラム風の建築物を見た後だと、装飾が少ないながらも加工を最小限に抑えた丸太の温かみがあるログハウスはほっとする安心感があった。
見た目も木そのままなので目に優しい。
そろそろセトリングが問題になる頃だ。ジャッキの調整とかしないと。
木材の乾燥収縮で壁などが縮んでいく現象をセトリングと言い、窓なども収縮を見越して実際より小さめに作り、隙間を断熱材で埋めたり装飾板で隠したりする。
今までにも何度か検査はしているし、住民から建具の様子がおかしいなどの話は聞こえてこないから大丈夫だとは思うけど、近いうちに検査した方がいいだろう。
「ねぇ、私たちが住む家は結局どうするの?」
「どうしようかね。予算は?」
「ないわね。作らないなら作らないに越したことはないくらいよ」
俺とリシェイ、メルミーの三人だけは持ち家というより事務所のような建物で三人暮らしをしている。
他の住人は家族で一軒家に住んでいるのに、だ。
俺たちの家が事務所なのは、仕事柄一緒にいることが多いメルミーが公民館との行き来を面倒臭がって先に建設が終了していた俺の事務所に寝泊まりし始めたことが発端だった。
メルミーを監視するリシェイがなし崩し的に押しかけてきて、というグダグダ展開の賜物だ。
資金的にはまだ余裕があるとは言えないため、家三軒分の費用が浮くなら良いかと俺も現状に甘んじている。
村の会計役の立場にいるリシェイも、家三軒分の費用は重要視せざるを得ないらしく、困ったようにため息を吐いた。
「まぁ、この三年なにもなかったのだし、いまさらといえばいまさらよね」
気のせいか、声が不機嫌だった。
いや、言い訳させてもらえないだろうから心の中でするけど、三人暮らしだからね?
何もできないでしょ。むしろできないようにリシェイも来たんじゃなかったの?
「何か言いたいことでも?」
「いえ、何も」
俺たちが住居としても使っている事務所は木造平屋の少し広めの建物だ。
壁は乳白色で、窓に人の小指ほどの細さの鉄格子が嵌まっている。
軒は大きく張り出し、玄関ポーチもついている。
事務所である以上外から客が来ることになるし、客が雪の中を歩いてくることもあるだろうから、雪を落とすスペースとして玄関ポーチを作ってあるのだ。
玄関ポーチに置いてある円筒形の傘入れは木製でレムック村に住むじっちゃんから村を作った祝いとして贈られてきた一本彫りの高級品だ。菱形の穴が無数に開いていてぱっと見では網籠にしか見えないけれど、丸太一本から掘り抜かれている。
この村で盗む奴などいないだろうけど、一応の防犯としてきっちり固定してあった。
リシェイが横目で傘入れを見て、ため息を吐く。
「こんなに手が込んだ一本彫りの実用品なんて商会長の部屋や町の創始者の家にあるものよね」
「じっちゃんに言ってくれよ。村の創始者になったんだから玄関口で無言の啖呵を切っておけって手紙にあったんだ」
正確には手紙の続きに、穴がより取り見取りじゃぞ。指を突っ込んで練習せい、とか書かれていたけど。
マジであの人変わんねぇ。
事務所の扉を開くと、すぐ廊下が伸びている。
向かって右がキッチン。左には応接室を併設した事務室がある。衝立を使って二つに区切る事ができるそこは現在、もっぱらリビングとして使われており、リシェイとメルミーが寝泊まりしている空間だ。
俺は開けっ放しの事務室の扉を潜る。
メルミーがソファの上でぐったりしていた。
「お、おかえり……」
「なんで力尽きてるんだよ」
「喜びを表現して、休まずに走って帰ってきた、から……」
小犬か。
リシェイが呆れ顔で廊下の向こうのキッチンに消えたかと思うと、コップと水差しを持って戻ってくる。
「とりあえず水でも飲んで落ち着きなさい」
「ありがとう……」
俺はメルミーをリシェイに任せて、事務室の向こうにある作業部屋に向かう。俺の寝室としても使われているその部屋は書棚などの家具を置いた今でさえ八畳近い広さがある。
今日までに使った家の設計図等の資料をファイルに閉じて、書棚に収める。
「これでよしっと」
しばらくは家を建てることもないし、製図台も端に追いやっておこう。
作業部屋を少し片付けてから事務室に戻ると、メルミーの体力も回復したようだった。
「住居もそろったし、しばらくは大きな支出もなくなるな」
俺は椅子に座って村の帳簿を出す。
残りの資金は玉貨が数枚。村全体の年間食費で計算すると三年ほどしか持たないけど、今は農地も稼働していて主食のトウムを始めとした農作物は自給自足が成り立っているからもっと長く持つだろう。
お茶を淹れて一息つき、俺は帳簿をめくってリシェイとメルミーに見えるよう机の上に置く。
「家を建てた今月は当然として、来月も赤字だな」
村人の住居も一通り揃って玉貨が月ごとに飛んでいくような派手な支出はなくなったが、それでも来月の赤字は間違いない。
「原因は衣類と肉類の輸入費ね」
「村では生産してないもんねぇ」
リシェイとメルミーが帳簿を睨みながら原因を話し合う。
この世界での衣類は羊に似た家畜であるコヨウの毛から作るのが一般的だ。村で着るような衣類はまず間違いなくこれである。
シルクのような手触りで非常に丈夫なバードイータースパイダーの糸から作った衣類もあるにはあるが、こちらは晴れ着や都市の創始者一族などの富裕層が着る高級衣類に分類される。いまは考える必要がないだろう。
コヨウの毛から作る衣類だが、主に他所の村や町から持ち込まれたものをカッテラ都市の市場で購入する形で入手している。
肉類も同様で、間引きしたコヨウの肉がカッテラ都市で売られているのを見つけては購入する形だ。
メルミーがソファから体を起こす。
「うちでもコヨウを育てる?」
「衣類と肉類を同時に解決できるからな」
「――ダメよ」
リシェイが待ったをかけてくる。言われなくても、問題点は理解しているつもりだ。
「コヨウは初期購入費が高い上に、糸を取るとなれば餌を工面するために放牧する必要がある。枝からの転落死もあるからあまり当てにはできない、だろう?」
俺が反対する理由を言うと、リシェイは頷いて補足した。
「転落死を防ぐためには専門のコヨウ飼いが必要になるの。コヨウの購入費もそうだけど、コヨウ飼いを雇うお金もかかる。しかも、コヨウ飼いがいてもコヨウの事故死は発生するから収入としては安定しないわ」
リシェイの言う通り、資金的に余裕のない今の俺たちがやるような事業ではない。
でもさぁ、とメルミーが何かを思い出す様に首をかしげる。
「アマネが建橋家の資格に合格した時にロープウェイを作った町があったでしょ。あの町は近くの村と共同で基金とかいうのにお金を出し合ってコヨウの放牧事業してたよね」
「基金の設立は確かに方法論の一つだが、できてたったの三年の村が設立した基金に参加したがる村や町はない。絶対的に、俺たちへの信頼が足りてないから成立しないな」
それに、俺たちが主導でやるには出せる資金が少なすぎる。やるとしてもどこかの町や村が作った基金に資金提供しての相乗りが妥当だろう。
俺はリシェイに話題を振る。
「この辺りの村や町が設立した基金の資金繰りはどうだ?」
「安定しているわ。入り込めないくらいにね」
リシェイが周辺の基金をまとめた一覧表を出してくる。
「これを見てみて」
差し出された一覧表をめくって眺めてみる。
どれも小規模な物で、すでに資金が集まって運用されている基金ばかり。余剰資金があっても困る事はないだろうが資金繰りも安定していて規模を大きくするつもりはないらしく、資金提供を持ちかけても断られる公算が高そうだ。
どこかの基金に参加も無理、となると別の手を考えるしかない。
「農地の拡大は?」
「できないわけでもない。でも、農作物は薄利多売が基本だ。肉類や衣類の輸入費と釣り合わせるとなると、相当畑を大きくしないといけない。三倍くらいは覚悟する必要がある」
三倍でもどこまで儲けが出るやら。
近隣に村がほとんどないという状態ならカッテラ都市と個別に契約を結んで安定供給の見返りに値を釣り上げる方法もあったが、先ほどリシェイに渡された基金の一覧にはすでにカッテラ都市と個別契約を結んでいる村があった。
農作物で利益を上げるのは難しいと思った方がいい。
どうした物かと考えていると、リシェイが基金の一覧表をぺらぺらとめくって何かを確認し、口を開いた。
「家禽を、ランム鳥を育てましょう」
「え、まじ?」
メルミーが嫌そうな顔をした。
しかし、リシェイは自信満々に続ける。
「ランム鳥なら数年に渡って卵が取れるわ。卵はそのまま食べられるし、殻は砕いて土地の改良にも使える」
卵を砕いて土壌の改良に使用するのは地球でも昔から行われていた。それはこの世界でも当てはまる。
卵が取れるし、産まなくなれば潰して肉を得られる。蛋白源としてはいい選択だと俺も思う。堆肥も作れるし。
だが、メルミーが嫌そうな顔をするのも分かる。
「だって、ランム鳥って煩い臭い喧しいって三拍子そろってるじゃん」
「メルミー、うるさいと喧しいが被ってるわ」
「二拍子だとリシェイの説得ができないでしょ」
語るに落ちてるぞ、メルミー。
メルミーの言う通り、ランム鳥は臭く煩いとして人口密集地では好まれない。村などでも産業規模で育てているところは少ないだろう。
世界樹の枝の上に住居を立てる関係上、発達するほどに上へ上へと高層化していくこの世界では人が密集して住む傾向がある。そんな場所で喧しい鳥なんて育てようものなら公害問題になる。
だからこそ、このタカクス村の輸出品目として成り立つ。
「分かった。リシェイの言う通りランム鳥はいい解決手段だ。肉類に関しては自前で解決できて、卵の殻で土壌の改良が図れるのも大きいし、土壌改良材として卵の殻を砕いた物を販売すれば周辺の村や町に買ってもらえる」
カッテラ都市に買い出しに行った時もランム鳥の肉や卵は売られていなかった。この辺りの町や村では育てていないのだろう。事前に調査をしておく必要もあるかな。
メルミーが駄々をこねるが、他にいい案があるわけでもない。
住民の了解を取り付けるのも、人が増える前の今なら楽だろう。
「みんなを公民館の食堂に集めてくれ。ランム鳥の飼育と繁殖を行うと説明する」
「分かったわ」
「仕方ないかぁ」
リシェイがすっと立ち上がり、メルミーは渋々立ち上がる。
二人が出ていく後姿を見送り、俺は一足先に公民館に向かった。
結果から言って、村人の反応は仕方がないか、という意見が大半だった。反対する者はいなかったが進んで賛成する者もいないという状態だ。
しかし、これで了解は取り付けた。
俺はランム鳥の飼育小屋を村の外れに建てることにして設計計画を練りながら、リシェイに任せたランム鳥についての調査の結果を聞く。
「周辺の村や町でランム鳥を育てているところはなかったわ。是が非でも食べたい人がいたとしてもヨーインズリーやビューテラームまで行く旅の途中で食べるといった形になるようね」
「そんなにこの辺りでは人気がないのか、ランム鳥って」
ちょっと信じられない。
「一か所だけ産業規模で育てている村があるけれど、ここからだと少し遠いわね。疑問に思って調べてみたのだけど、世界樹の北側は降雪の関係でランム鳥が凍死する事があるそうで飼育環境を整えにくいという事情があるみたい。けれど一番の理由は何より、悪臭と騒音、ね」
「やっぱりそこに行きつくか」
町中で育てることができないほどの騒音。
ランム鳥自体はあまり動かずにじっとしている大人しい性格だが、早朝にやかましく鳴いて縄張りを主張するため、とにかく安眠を妨害する。さらに臭いもきついとくれば都市部では育てられず、規模の小さな村か町でしか飼育環境を整えられない。
しかし、町であれば普段は町の外に放牧するコヨウを群れ飼いした方が利益率も良く公害も発生しない。足りない分の資金は基金を設立して周辺の村と出し合えばいい。基金に参加した村はランム鳥など育てている余裕がなくなる。
だから、この辺りはランム鳥を育てていない空白地帯になったのだ。
まだ住人の少ないタカクス村だからこそ始めることができる事業ともいえる。
「利益は出ると思うか?」
「競合が起きないのだから、まず間違いなく利益は得られるわ。卵にしろ、肉にしろ、需要はあるのだし」
「決まりだな。問題はどのランム鳥を仕入れるかだけど」
ランム鳥は三系統に分けられている。
α系統、β系統、γ系統だ。
ヨーインズリーの虚の図書館で調べた限りの情報ではあるけど、α系統は世界樹の東、ヨーインズリー周辺で育てられており、体格は小さく肉質は硬めであまりおいしいとは言えないらしい。反面で病気に強く、ヒナであっても凍え死ぬことはまずない。
β系統は世界樹の西、ビューテラーム周辺で育てられていて、体格は小さいが上質の脂を蓄えるため肉が美味。寒さには強いが繁殖力に乏しい。気性が激しく、群飼いが不可能とされている。
最後のγ系統は最も広く飼われている系統種で、体格は大きく繁殖力に優れている。肉質、脂などはβ系統に大きく劣り、食べ比べれば誰でも優劣の違いをはっきりと悟れるほどだという。
「順当に考えて、繁殖力に優れるγ系統になるよな」
「そうね。とにかく数を揃えたいからβ系統は除外。病気に強いα系統は魅力的だけど、今回は繁殖記録が豊富なγ系統を育てるのが良いと思うわ。私たちは初心者なのだから、先人の知恵に学びましょう」
歴史書を寄贈するリシェイが言うと様になる台詞だ。
「それじゃあ、飼育小屋作りを開始するとするか。それで、メルミーはさっきからそこで何してるんだ?」
俺は事務室の窓から外に声を掛ける。
壁に背中を預けて座り込んだメルミーが彫刻刀を片手に木片を削っていた。
「木彫りのランム鳥を作ってるんだよ。飼育小屋に飾ろうかと思って」
そう言ってメルミーが掲げた木彫りの彫刻は前世で言うところの鶏に似ている。とさかをつけたら区別がつかないだろう。
一刀彫りだけど、よく特徴をとらえている良い彫刻だ。メルミーの技術の高さがうかがえる。食べられる未来を予想させられる、生気の欠片もない表情なのはわざとなのだろうか。
なんだかんだで楽しみにしてるのかな?




