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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第四十話 クルウェの市長就任

 町長会合の翌日、もう夕方近くになってから資料をまとめ終えた俺とリシェイは宿を出た。

 カッテラ市長にクルウェさんが就任したことで、カッテラ市内はちょっとしたお祭り状態である。


「タカクスで何度かお祭りをしたことはあるけれど、他所のお祭りをこうして見て回った事ってあまりないわよね」

「アクアスの摩天楼化記念祭とかくらいかな。カッテラ都市のお祭りは初めてだと思う」


 テテンはカッテラ都市出身だからお祭りも何度か経験しているんだろうけど。

 俺は祭りで賑う通りを見回す。

 元々人口が多いカッテラ都市に湯治客や市長就任のお祭り見物の観光客などが流入したことで道はごった返している。

 屋台がタカクスに比べて非常に多く、熱を通した屋台料理の種類も豊富だ。熱源管理官の養成校があり、湯屋も多いカッテラ都市ならではのお祭り風景だろう。

 熱源管理官養成校の方からは気合の入った売り子たちの野太い声が響いてきている。


「リシェイ、はぐれないように手を繋ごうか」

「そうね」


 リシェイが俺の手を取る。並んで歩きながら、リシェイは屋台を眺めていた。


「屋台の配置も決められているみたいね」


 火災防止のためか、大通りや公園に屋台が出ている。他の場所では大道芸を披露していたり、服やアクセサリーなどの火事の心配がない品物を販売する露店が出ている。露店が出ている通りには飲食店や宿屋が並んでおり、食べ物屋台とバッティングしないように気を使っているのが分かった。


「食品の搬入経路とかどうなってるのかしら。こんなにばらつきがあると動線が複雑になると思うのに」

「一括して食品を運ぶ係りみたいなのがいるのかもな」


 セントラルキッチン的な物ではなく、集積と分配を行う宅配業者みたいなやつだ。各料理店や屋台が個別に食材を仕入れに動くよりも、注文を受けて店の区別なく纏めて運んでしまえる第三者を据えた方が動線の混乱は少ない。

 お祭り限定のカッテラ都市による仲介である。

 タイミングよく屋台に食材を届けている半袖の男を見つけて観察すれば、俺の予想が当たっているのが分かった。

 冬も近いこの寒空に半袖とは思い切った格好だけど、運んでいる荷物の量が尋常ではない。俺でも三分の二を担いで回るのが限界だろう。


「多くの食べ物屋台が出てくるお祭りだからこそ需要がある仕事ね。平時なら仲介なんて挟まなくても卸売業者だけで捌けるはずだもの」


 謎も解けたところで今日の目的地である雲中ノ層の高級料亭に向かう。

 十五年くらい前、タカクス空中市場の設置をクルウェさんに要請された時、会食に使用した高級料亭だ。

 相変わらずコントラストが鮮やかな庭に、白のタコウカに照らし出された薄紅色の小さく可憐な花が咲いている。小指の爪ほどの大きさの花が多輪咲きで縦に連なるその花は俺の頭くらいの高さの低木の枝から藤のように垂れ下がっていた。下からタコウカの白色光を受けて上に行くほど影が付き、ちょっと妖艶な雰囲気を纏っている。


「相変わらず品が良い店だな」

「そうね」


 思わずといった様子でため息を零し、花に見惚れているリシェイの横で俺は白タコウカの葉を観察する。

 というか、これイチコウカだな。カッテラ都市が買い付けた物をこの料亭が個別に買ったのだろうか。

 順調にイチコウカが活躍の場を広げているようでなによりだ。開発者のラッツェにも話しておこう。

 料亭の入り口をくぐると、支配人らしき初老の男性が優雅に一礼して俺たちを出迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ」


 初老の男性に導かれるまま、料亭の奥へ向かう。

 内装も十五年前とは異なっていた。

 床に敷かれた絨毯は白と黒の二色で幾何学模様が描かれており、一目でヘッジウェイ町周辺にある村の有名な職人によるものだと分かる。

 廊下を進んだ先のスライドドアを潜り、一メートルほどの短い廊下の突き当りにある左のスライドドアが初老の男性の手により開かれると客室に出た。

 部屋中央に四角い机が置かれている。四人掛けのそれは今日の会食の人数に合わせた物だ。

 以前訪れた時に見た花瓶は見当たらない。代わりに庭を眺める大窓を縁取るようにカーテンが左右に丸められており、庭を一枚絵のように演出していた。カーテンの色も夕暮れの庭の趣に合わせた落ち着いた暖色系の物。柄は巧みに庭の方へ視線を誘導するように考え抜かれた単純な幾何学模様だ。


「ごゆっくり、おくつろぎください」


 一礼して客室を出ていく初老の男性を見送り、俺はカーテンを観察する。


「柱を立てて、それにカーテンを緩く巻きつけてあるのか」


 カーテン布地の柔らかさを残しつつ、締め帯でカーテンの柄が隠れるのを嫌ったが故の選択だろう。庭を一枚絵として魅せるためにも、縁取りであるカーテン部分はすっきりさせておきたいという考えも見える。

 柱そのものもカーテンに合わせた直径の物を使っているようで、カーテンの柄は歪んでいない。元々セットで使うために作られているのだろう。


「この空間演出は参考になるわね」

「そうだな。こういった家具類は俺もそこまで詳しくないし、テグゥールースもあまり深くは扱ってない。メルミーも作るのは得意だけど配置するのはそこまでじゃない」

「ビロースさんの高級宿屋は専門の方を呼んで演出してもらったのよね?」

「家具類に関してはね。いまのところ、タカクスで家具に詳しい人がいないから探すのも大変だった」


 やっぱりセンスがないと家具を活かせないし、活かすためにはセンスだけでなく知識と家具職人への伝手も必要だ。家具を扱う商会に勤めたりしないとなかなか学べないだろう。

 リシェイと話をしていると、引き戸が開かれた。


「お待たせしました」


 そう声を掛けて入ってきたのは今日カッテラ市長に就任したクルウェさんとその旦那さんだ。

 昨日町長会合を終えてすぐに就任祝いのシンクとヘロホロ鳥を持って行ったところ、今日の会食に誘われたのである。

 タカクスとカッテラ都市は距離も近く経済的な結びつきも強いため、市長として改めて挨拶をしたいと言われれば断る理由もない。

 初老の男性が引いた椅子に腰を降ろしたクルウェさんたちが落ち着くのを待って、俺は改めて祝いの言葉を掛ける。


「この度はカッテラ市長への就任、おめでとうございます」

「ありがとうございます。今後とも、摩天楼タカクスとは良い関係を築いていきたいと思っています」

「えぇ、お互い今後とも協力し合っていきましょう」


 クルウェさんへの代替わり後も変わらず持ちつ持たれつの関係を継続していくことを改めて表明し合い、握手を交わす。


「それとシンクとヘロホロ鳥を贈って頂いてありがとうございます。ヘロホロ鳥の方は調理の仕方が分からなかったのでこの店にお願いしましたから、これから出てくると思います」

「あぁ、配慮が足りませんでしたね。レシピはタカクスに帰ってからお送りします」


 ヘロホロ鳥をこの店に持ち込んだ以上もう遅いかもしれないけど。

 一応、タカクスの特別飼育小屋で育てているヘロホロ鳥の中でも若く、肥満の傾向が見られないモノを持ってきたから通常の調理方法で大丈夫なはずだ。これだけの高級料亭の料理人なら扱った経験もあるだろうし、問題はないだろう。


「調理方法が分からないという事は食べた経験もあまりないんですか?」

「えぇ、そういう鳥がいる事は聞いたことがありますし、飛んでいる姿を一度ならず見たことはありますが食べたことはありませんね。夫は食べたことがあるそうですけど」


 クルウェさんに話を振られた旦那さんが口を開く。


「一度、実家の湯屋で香料として使うハーブを模索しにビューテラームの方へ遠出したことがありまして、旅の途中に護衛の魔虫狩人が仕留めたものを食べたことがあります」

「腕のいい護衛を雇ったんですね」


 ヘロホロ鳥は見た目の大きさの割に速く飛ぶ鳥だ。魔虫狩人でも腕の良い者でないと仕留めるのが難しいほどで、俺も確実に仕留める自信はない。

 旦那さんが笑う。


「それはもう、ヘロホロ鳥を見つけたと本人が言った瞬間には矢を放っていましたからね。近くの町の料理屋に持ち込んでソースもなしにただ焼いただけの物を食べましたが、実に美味しかった」


 旦那さんが当時を振り返って話をしている間に料理が運ばれてきた。

 予約を取ってあったから、俺達の来店時には調理の下ごしらえも済んでいたのだろう。かなり早い。

 運ばれてきたのはいくつかの温野菜を添えられたヘロホロ鳥のコンフィだった。

 ナイフを入れればほとんど抵抗なく刃が通るほど柔らかい。野鳥の肉だけあって元々はやや硬めの肉なのに、ずいぶんと丁寧に火を入れてあるのが分かった。

 口に入れてみるとほろりと崩れる肉から木の実のような芳香が広がっていく。ヘロホロ鳥の肉特有の木の実の香りがきちんと残っていた。


「美味しい……。野鳥と聞いていたのでもっと臭みがあるかと思っていたのですが、養殖しているからでしょうか?」


 クルウェさんが質問してくる。

 同じように美味しそうに食べていたリシェイがクルウェさんに答えた。


「いえ、料理人の腕が良いんですよ。タカクスでもまだ調理方法に試行錯誤を重ねている段階で、メニューもそこまで多くありませんから」


 リシェイの言葉に、部屋の隅に控えていた給仕が「恐縮です」と頭を下げる。

 実際、タカクスでのメニューは肉の脂と共に野性的な臭みを上手く落とした干し肉や燻製、肉が持つ木の実の香りを残しつつ臭み抜きのハーブを使用したり、ソースをかけた料理が多い。

 一番おいしく食べられるのがただ焼くだけと言われるほど、下手に扱うと特有の芳香が消えて臭みばかりになる肉なのだ。ソースやハーブもなしによくこんなに美味しく仕上げられるものだ。さすがはカッテラ都市の高級料亭というべきか。

 あっという間にヘロホロ鳥を平らげて、クルウェさんは俺を見る。


「家禽化はいつ頃を目途に考えていますか?」

「気に入りましたか」

「はい、とても」


 市長就任祝いに持ってきただけで、家禽化計画の方は未だに難航しているんだけど。


「昨日、ヘッジウェイ町との間で合意した調整チーズの効果次第ですね。数を増やすのにも時間がかかるので十年後に市場へ流せれば上出来くらいだと思っています」

「十年ですか……」


 そんな寂しそうな顔をされても……。

 俺はクルウェさんを慰めてくれるよう旦那さんに目配せしようとして、諦めた。

 旦那さんまで寂しそうな顔しないでほしい。



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[一言] この夫婦可愛いなおいw
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