第三十九話 町長会合とチーズの商談
秋も深まり、ついにこの時期がやってきた。
会合である。
「カッテラ都市はいつ来ても賑ってるわね」
「最近はタカクスへの観光客も流入してるらしいからな。湯治場として注目されてるらしい」
この世界の湯屋はサウナ風呂だけど、独自配合のハーブを用いた香りを楽しむ施設でもある。店ごとにハーブの香りも違うから湯治を楽しむ客も多い。
そんなわけで、タカクスで遊んだ帰りにカッテラ都市へ足を延ばし、一泊ついでにサウナ風呂を楽しむという観光客が増えているらしい。
ある意味、タカクスとカッテラ都市は持ちつ持たれつである。
会合場所へ足を運ぶ。
「今日は町長会合の方?」
「そうね。緊急の事案もない事だし、早々に道路整備の件を切り出してもいいと思うわ」
天楼回廊計画を進めるタカクスとは別に、天楼回廊の完成を見越した世界樹北側の道路網構築についても各所で意見が交換されてきた。
今回の町長会合ではタカクス、カッテラ都市を中心にした世界樹北側一部地域の道路整備計画を話し合って意見をまとめることになる。明後日行われる市長会合では世界樹北側全域の道路整備計画について話しあい、道路の保全管理をどこが受け持つかなども話し合う必要がある。
会合の前から意見を交換してだいぶ形になっているとはいえ、話が大規模なこの道路整備計画だけでも結構な時間を取られそうだ。
「雪が降る前には帰りたいところね」
「いざとなったらクルウェさんたちに手を貸してもらおう」
「クルウェさんと言えば、市長就任は明日よね?」
「そう聞いてる。シンクとヘロホロ鳥の燻製をお祝いに持ってきてるけど、渡すのはいつにしようか?」
明日は就任式のあれこれで忙しいだろうし、今日も市長会合に向けての資料見直しとかで手が離せないはずだから、渡すのは明後日の市長会合当日が良いだろうか。
リシェイと相談しながら会場の奥へ向かい、会議室に入る。
中にはすでにヘッジウェイ町長とケーテオ町長が待っていた。
「おう、タカクスさん。相変わらず忙しくしてるそうじゃないか」
ヘッジウェイ町長がいち早く気付いて冗談交じりの挨拶を投げてくる。
俺も笑顔で応じつつ、ケーテオ町長の隣の席に着いた。
「ヘッジウェイさんのところも来年から大忙しですよ。道路工事と言えばヘッジウェイ町なんですから」
「あぁ、それな。もう職人の手配から建橋家連中の日程管理までおおよそ目途はつけてある。約一名、食事に頭を悩ませているがな」
「あの人ですか。今回のような広域の工事だと食品の輸送費も馬鹿にならないですけど」
「いや、輸送費云々はあいつが仕切る仕事の早さで十分おつりがくるんだが、食事の内容がだな……」
気に入った物をドカ食いする建橋家さんを思い浮かべたのか、ヘッジウェイ町長は困った顔をした。
しかし、思考を切り替えるように一度首を横に振った後、俺に向き直る。
「話は変わるが、この間タカクスさんのところに使者を送ったろう。そいつが持ち帰ってきた案件なんだが」
「ランム鳥用調整チーズの件ですよね。お願いできますか?」
ヘッジウェイ町長は頷いてから会議室の入り口へ目をやる。まだしばらく他の参加者が来ないとみて、資料を出してきた。
「調整チーズの生産は難しくない。三百年ほど前に研究していた者を見つけて引っ張ってきてあるから明日からでもはじめられる」
そう言って渡された資料には生産方法や一日当たりの生産量についても書かれていた。設備投資をすれば生産量を増やすこともできるとの事だ。
資料を見た限り、一日当たりの生産量は現状で申し分ない。本格的にヘロホロ鳥の増産に踏み切った場合には設備投資をすることになるだろうけど、そこまで複雑な施設でもないから投資額も問題はない。
価格も、通常のチーズよりは高い程度だ。輸送にも注意はいらないらしく、費用は余りかからない。
現状での懸念事項があるとすれば、買い手がタカクスしかない事だろう。流石にヨーインズリーやビューテラーム方面に運ぶとなると腐ってしまうし、コヨウに食べさせるのは成分調整をした意味がない。
ヘッジウェイ町としては、タカクスが融資しても増産に踏み切るのは難しいだろう。タカクスが調整チーズを買わなくなった際に施設が無用の長物となってしまうのだから。
この資料を見せてきたのはヘッジウェイには旨味が少ない事を教えるためであり、同時に他の条件を提示する為でもあると見た。
俺はリシェイに資料を渡してから、ヘッジウェイ町長を見る。
「ミッパとか、欲しいですか?」
「タカクスさんは話が早くて好きだ。水道工事、したらしいね?」
膝を打って笑ったヘッジウェイ町長の質問に頷き返す。
ミッパは鉄分を多く含む野菜だ。水が豊富なビューテラームの特産品であり、南のアクアスでも俺とリシェイの提案もあって輸出商品として生産、ケインズが販路を拡大して今では南のミッパ市場をほぼ牛耳っている。
足の早い作物でもあり、西や南からの輸入は現実的ではない。しかし、豊富な水を確保しないと育てにくい作物であり、北側ではあまり作っていないのだ。
そして、ヘッジウェイ町はコヨウを大々的に育てている。
コヨウの貧血は秋から冬に掛けて多くなり、出産が重なると母コヨウを含めて死亡率が上昇してしまう。これを防ぐために鉄分を多く含み貧血予防効果があるミッパの確保をヘッジウェイ町は課題にしていた。
南のアクアスでケインズがミッパの販路を拡大したのも、コヨウを育てている村との商取引があったからだ。あちらはコヨウ肉との交換で蛋白源を確保する事が目的だった。
ヘッジウェイ町長が資料を指差して言う。
「少量生産ならともかく、規模を大きくするならコヨウそのものの頭数も揃えないとならない。そうなると、貧血対策が急務になるが、北側で豊富な水を持っている都市や町ってのは多くない。水源はどうしても限界荷重量に与える影響が大きいから村規模だと生産できない作物でもある。タカクスさんがミッパを生産、優先してヘッジウェイ町に卸してくれるならお互いに利益があると思わないか?」
「ありますね」
両者の利益が非常に大きい。
ヘッジウェイのコヨウ飼育は規模が大きく歴史もあり、それに伴う販路も持つ。非常に安定した経営状態であるため、ミッパを買わなくなることは想像しにくい。
それに、ミッパは別にコヨウでなくても貧血予防に効果があるため需要が高い作物だ。水道整備で豊富な水を確保した今のタカクスなら栽培に施設投資が必要ないのもいい。
俺は横目でリシェイに意見を訊ねる。
「輸送路についても大丈夫よ。問題はミッパ栽培農家の確保だけど」
「ケインズに手紙を出して、アクアスから栽培ノウハウを持っている指導員を呼んでから、サラーティン都市出身者あたりから募集を掛ければ集まると思う」
「温室は完成しているから手が空いている人もいるはずだけれど、品種改良に取り組み始めたから忙しい人が多いわよ?」
「そうか。じゃあ、サラーティン都市に限らずに、雲中ノ層に住居と農地を提供する条件で広く募集してみようか」
おおよその話をまとめて、俺はヘッジウェイ町長に向き直る。
「いまは確約できませんが、前向きに検討させていただきます」
「助かる。最近は北側も人口増加の兆しがある上に、天楼回廊が整備されれば流通も活発になる。ヘッジウェイの商品を広く売るためにもコヨウの数を増やしたかったんだ」
ヘッジウェイ町長は満足そうに頷く。
こちらとしても貿易の活発化は嬉しい話だ。他所の自治体と貨幣を回して行かないとタカクスに一極集中してしまう。
「タカクスさんとしても、いまのうちに貿易規模を拡大して北側の貨幣流通を活発化させておかないと、天楼回廊が完成した時に北側の商品の競争力不足で共倒れするってのを懸念してそうだと思ってな。絶対にこの商談は通ると踏んだ」
あっけらかんと世界樹全体規模での先々の見通しを語るヘッジウェイ町長。やっぱり商売人だな、この人。
ヘッジウェイ町長が俺の横に座って静かに話を聞いていたケーテオ町長を見る。
老齢のケーテオ町長はお茶を啜っていたが、視線に気付くとにやりと笑った。
「何人かの職人の予定に空きはあるが、天楼回廊の工事に当てる増援として休ませている。競争力を増したいと焦るのは分かるが、タカクスさんを中心に新商品の開発、品種改良が盛んな今は時期尚早だよ。道路整備は急いでやるものじゃあない」
「それは分かってるが、ヨーインズリーやビューテラームが長年かけて整備してきた東西と違って、北はまだまだ未整備のところが多い。雪で交通マヒを起こす場所さえまだまだ残ってるんだ。天楼回廊の完成までには整備しておかないとだろう」
「うむ、一理ある。だが急がせる理由にはならん。今すぐに整えてしまうと北側だけでの商品開発競争が起こる。まだどこも手探りで開発と改良を行っている今、失敗作がいくつも出てきているはずだ。競争に巻き込めば失敗作が許される土壌は減り、慎重にならざるを得なくなる。特に、北側は資金的に余裕のある村が少ない。潰れてしまう」
「あぁ、それもそうか」
ヘッジウェイ町長は頭を掻いてケーテオ町長の論を認めると、肩をすくめる。
「なら、我がヘッジウェイで商品競争を後押しする展覧会みたいなものを企画してるんだが、ケーテオさんも参加しないか?」
「……そっちが本命か。敵わんなぁ」
してやられたケーテオ町長が苦笑しつつ顎を撫でて思案する。
「まったく、ヘッジウェイさんはやり込めておいて持ち出す話がいつも両者に利のある話で困る。我がケーテオ町周辺の村にも声を掛けておこう」
「助かるよ。流石にこの展覧会にタカクスさんを呼ぶと話題を全部かっさらわれちゃうんでね」
そう言って、ヘッジウェイ町長が俺に笑いかけてくる。
俺は苦笑で応じた。
「そんな牽制しなくても参加を表明したりしませんよ」
「悪いね。今度、お詫びに高級チーズを贈ろう」
「あれ美味しかったです。ご馳走様でした」
ミノッツとかが入っているデザートチーズっぽい試供品はリシェイ達で家族パーティーして食べ切ってしまった。
商品としては日持ちしないという欠点があるけれど、それでも十分に商品価値がある品だった。
あれも天楼回廊完成時に向けての商品だとするなら、タカクスもうかうかしてはいられない。
とりあえず、カッテラ市長就任祝いにクルウェさん夫婦にヘロホロ鳥を贈った時に感想でも聞いてみようかな。




