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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第三十八話 成分調整チーズ

 ランム鳥やヘロホロ鳥の飼育小屋を視察して飼育記録に目を通し、今後の方策を練っているとリシェイに事務所へ呼び出された。

 雲下ノ層の事務所に出向いてみると、見知らぬお客さんが待っていた。


「ヘッジウェイにてコヨウ関連商品の管理をしている者です」


 世界樹北側で大規模な町、ヘッジウェイからの使者らしい。

 道路整備でも有名な町だけど、基本産業はコヨウの毛や肉、乳の輸出だ。その管理をしているのならヘッジウェイでも古参の一族に当たる実力者だろう。

 俺はソファに腰を降ろして挨拶を交わし、リシェイが淹れてくれたハーブティーを飲む。秋とはいえ肌寒い日も増えてきた今日この頃、リシェイの淹れてくれるハーブティーも季節に合わせてポカポカと体の奥から温まるものに代わっていた。こういうところから季節の移り変わりを実感できる。


「この時期にヘッジウェイから使者を立てるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」


 水を向けると、使者さんが話を切り出してくる。


「実は、タカクス空中市場にこちらの新商品を置かせていただきたいのです」

「新商品?」


 使者さんが出してきた木箱の中にはチーズらしきものが入っていた。親指と人差し指で作った輪っかに収まるくらいの、一口サイズのチーズだ。

 木箱そのものは中に仕切り板を渡して幾つかの小部屋に分かれている。新商品と呼ばれたチーズは各部屋に三つずつ収められているが、どの小部屋のチーズも見た目が異なっている。


「新種のカビを利用したチーズや、干したミノッツを加えた物、ハーブを取り入れた物など数種類用意しました。中には高級品もありますが、需要を把握するためにも規模の大きな市場で様子を見たいのです」


 使者さんが目的を話しつつ、どうぞとチーズを差し出してくる。

 勧められるままに一つ食べてみる。甘酸っぱいミノッツの風味が口の中に広がった。乳臭さを中和する仄かな酸味がいい具合だ。デザートっぽいチーズである。ミノッツそのものはキイチゴに似た野菜だけど、どうやら干してからチーズに混ぜ込んでいるらしくチーズの中に刻まれた干した果肉が含まれているのが分かる。

 このままクラッカーか何かに乗せればパーティー料理の一つになりそうで、需要は十分にあるだろう。

 隣でリシェイが食べてみて、満足そうに頷いてから使者に訊ねる。


「どれくらい日持ちしますか?」

「長い物は一季節、短い物では空中市場に到着して翌々日までです」

「厳しいですね」


 リシェイが思案顔でチーズを見回す。

 味に関しては十分な商品価値があるけど、二日以内に売りさばける量には限度がある。近隣の村だけでなく世界樹の東西南北からも広く人が集まるタカクスでも、やはり人の数には限りがあるのだ。

 乳製品そのものは人にとってのカルシウム源として一定の需要が見込めるけど、この新商品は嗜好品としての傾向が強い。ヘッジウェイも、嗜好品として売り出すことを考えて市場規模の大きい観光地であるタカクスに持ち込んできたのだろう。

 しかし、二日となると、カッテラ都市やケーテオ町より少し広い範囲でしか出回らない。お客さんだって嗜好品を買う以上は落ち着いて食べたいだろうし、場合によってはお土産にするだろう。

 枝から枝への行き来が難しいこの世界で二日というのはかなり短い。お土産が道中で腐るのなら買って帰るお客はいないだろう。

 せめて四日くらい欲しい所だ。

 リシェイは日持ちしないチーズの輸送方法や保存方法について質問を重ねてから俺を見た。


「どうしようかしら、アマネ?」

「日持ちしないのが致命的だからな。ヘッジウェイからカッテラ都市を経由して運び込んでこれなら、日持ちするものだけ輸入して、後は注文を受け付ける形にするのが妥当だと思う」

「やっぱり、そうなるわよね」


 タカクス周辺の交通網がもっと整備されていれば、日持ちのしない食品を輸入する事も視野に入れられたけど、いまは天楼回廊の整備事業で手いっぱいだ。ゆくゆくは交通網整備も必要だけど、しばらくは手が出せない。

 ただ、それとは別に、と俺は使者さんを見る。


「いい機会なのでこちらからも商談があるのですが、良いですか?」

「即決はできませんが、ヘッジウェイに持ち帰って検討という形でよければ」


 予防線を張りつつも話を聞いてくれる使者さんに礼を言って、商談を始める。


「コヨウチーズの中に、ランム鳥用の成分調整が行われている物があるって話を聞いたんですよ。ヘッジウェイで作ってませんか?」

「あぁ、ビューテラームの方で一時期流行りましたね。ですが、ヘッジウェイでは作ってません」


 元々、世界樹北側でランム鳥の飼育に成功したのはタカクスだけだ。北側の町であるヘッジウェイがランム鳥用に成分調整するはずがなかった。

 使者さんは不思議そうに俺を見る。


「タカクスさんも今や大規模にランム鳥を飼育してますけど、卵殻の栄養補助剤はどのようにしてらしたんですか?」

「メガスネイルの殻を砕いて与えてます」


 メガスネイルは漆喰原料にもなるカタツムリだ。魔虫に分類されており、数メートルの巨大な殻を背負って世界樹の幹をえっちらおっちら上ってくる。一説には、雲中ノ層以上にある塩を含んだ樹皮が目的だといわれている。

 このメガスネイルの殻はカルシウムで出来ているらしく、砕いてランム鳥に与えれば卵の殻を形成する栄養剤になる。

 だが、メガスネイルの殻をヘロホロ鳥にやってみたところ、食いつきが非常に悪いという報告が上がってきているのだ。

 家禽化計画が進行中のヘロホロ鳥は大型の鳥だけあって卵も大きく、メガスネイルの殻を食べないと卵が軟化してしまう。さらに、骨折などもしやすく、運動不足を助長しがちだ。

 野生のヘロホロ鳥がどのようにカルシウム分を補給しているのかは調査中だけど、こちらはこちらでメガスネイルの殻の代用品を探しておく必要がある。

 そんなわけで、コヨウチーズに目を付けたのである。栄養価が高いからヘロホロ鳥の肥満問題の解消にはつながらないだろうけど、試しに与えて様子を見たいと思う。

 事情を説明すると、使者さんは強く興味を示したようだ。


「ヘロホロ鳥の家禽化計画については聞き及んでいます。こちらで水力エレベーターの建設に協力した建橋家が美味しかったと言っておりましたので。計画は軌道に乗ってるんですか?」

「まだまだ試行錯誤の段階ですね。商品価値は高いので、軌道に乗れば大規模な展開も考えていますが、何年先になるやら、といった調子です」

「なるほど、軌道に乗りさえすれば大規模な取引も考えて頂けますか?」

「もちろんです。ともかく、まずは少量与えて見て様子を見たいのですが、ヘッジウェイで成分調整は出来ますか?」


 訊ねると、使者さんはこめかみを人差し指で叩きながら考え込む。


「確か酢か何かを入れて作るんですよね。酢で作る場合、臭いの問題でランム鳥が食べなかったとの記録を読んだことがあるので酸性の何かを使うはずです。材料さえそろえば作るのはさほど難しくなかったと思うのですが、さほど日持ちするものでもありません。少量輸入との事ですが、具体的には?」

「今後増えるとは思いますが、まずは――」


 具体的な量を告げると、輸送に関してはおそらく問題ないだろうとの事だった。

 実際に作れるかどうかは文献を調べるなどしないと分からないとの事で、後日改めて連絡をくれるらしい。

 商談は終わりという事で席を立った使者さんは、ふと思いついたように俺に声を掛けてきた。


「運動不足というのなら、生餌でも与えてみてはどうでしょうか?」

「生餌、ですか?」

「えぇ、まぁ思いつきでしかありませんが」


 生餌か。虫の類を与えればいいんだろうか。用意する手間を考えると少し難しい気もするけど。

 次はカッテラ都市で商談があるというヘッジウェイの使者さんを見送って、俺は事務所に戻る。

 リシェイが試供品のチーズが入った箱を戸棚に仕舞っていた。


「ヘロホロ鳥の肥満の件、まだ解決してなかったのね」

「マルクトも悩んでるらしい。玩具を入れてみたりもしたようだけど、なかなか効果が出ないとさ」


 すでに肥満の傾向がみられる成鳥に関しては、遊び道具に見向きもしないとの事だ。小鳥の場合は突きまわして遊ぶ姿が見られるらしいから、成鳥となると遊ばなくなるのかもしれない。もしくは、遊び癖が付くように小鳥の頃から慣らさせるべきか。

 今は見極めのために小鳥を遊ばせ、大きくなるのを待っているところだ。


「それでメルミーが何か作ってたのね」

「メルミーが?」

「えぇ、ツタを編んだ紐に何か付けてたわ。飼育小屋の中の木に吊るすと言っていたけど」


 特別飼育小屋は野生環境に近付けて様子を見る目的でツリーハウスになっている。飼育小屋の中にはホストツリーが鎮座しており、枝を広げてもいる。メルミーはその枝に玩具を付けるつもりらしい。


「マルクトに頼まれたのかな?」

「いえ、奥さんの方に頼まれたそうよ。育児休暇を取ったはいいものの暇してるらしくて、マルクトさんの悩みを解決する方法を考えていたみたいね」

「あの人らしいな」


 多分、四六時中マルクトの事を考えてる人だ。

 とはいえ、早ければもうそろそろ生まれるって話だから、暇を持て余していられるのも今の内だろう。赤ちゃんのお世話は大変だし。


「そうそう、ケキィが張り切ってるそうよ。今回初めてお産に立ち会うのを許されたらしいわ」

「へぇ、立会って事は助産ってわけでもないんだな」

「そこまではまだ任せられないってカルクさんが言ってたわね。でも、いい経験になるからってマルクトさん夫婦にお願いしたくらいだから、カルクさんもケキィには期待してるんでしょう」


 風邪をひいてケーテオ町の治療院まで担がれたあの子が立派になったものである。

 俺の子供ができたりしたら、ケキィが助産師を務めたりするのだろうか。

 まだ気が早いかな。



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