☆一巻発売記念SS 幹守り人
一巻発売を記念して、SSを投稿します。
時系列的にはアマネが村を作る前、まだヨーインズリーに事務所を構えていた頃の小話です。
「こちら第二監視塔アマネ。本部へ定期連絡。魔虫の影なしっと」
手旗信号を利用して本部に異常なしの報告をして、俺は旗を降ろした。
義務付けられている業務日誌にも魔虫の気配なしと記載して、窓を見る。
「村に住んでいた時から気になってたけど、こんな風になってるんだな」
俺が今いるのは世界樹の中心、幹である。正確に言えば幹の東側だ。
窓から見える外の景色には町や村といったモノが見受けられない。
代わりに存在するのは頑丈に作られた木造の砦だ。
生ける脅威である魔虫の中でも空を飛べない種類が世界樹の幹をよじ登ってくる場合があるため、魔虫狩人持ち回りで幹に造られた砦とその周辺にある塔で監視しているのだ。
魔虫一匹に村が潰される事だってある。飛び回る魔虫が相手では防衛線も敷く事が出来ないから、せめて飛ばない魔虫だけでも対処できるようにしようと造られた防衛用の建造物だ。
この世界では人間同士での戦争など起こらない。出生率が極端に低いため殺し合いなどしたら共倒れは必至だから、戦争を行うと本末転倒なのだ。
だから、砦や物見やぐらなんてものは幹周辺にあるこの対魔虫用の物しかない。ちょっと新鮮な気分だ。
「それにしても面白いな」
俺は窓の外に見える砦の様子を観察する。
丸太を横倒しにして積み上げる、いわゆるログハウス式の建築だ。前世で言えば、ロシアで作られたオストログと呼ばれる形式の簡易な木造砦である。
相手が魔虫である以上、焼き打ちされる心配もないから木造である事に不安はない。
強度も世界樹製の木材を使用しているため非常に頑丈で、壁も分厚い。巨大な魔虫の突進を受けても崩れず、カブトムシのような魔虫であるブルービートルの角でも弾き返すという。
対巨大魔虫用にバリスタまで存在しているのだから、幹周辺の砦の重要性が分かる。
「ここまでしないと幹を上がってくる魔虫に対処できないんだから、摩天楼だって幹から離れた枝の上に造るしかないよな。納得だ」
幹に沿うように造る方がコスト面でも強度面でも便利だろうに、なぜ枝の上に造っているのかと昔から疑問だった。
幹周辺に造ってしまうと魔虫の襲撃を受ける可能性が高まってしまうのだろう。特に、幹を這い上がってくるような魔虫は飛行能力が乏しい代わりに頑丈な種類も多いらしい。
魔虫の襲撃リスクを減らすのであれば枝の上に造ってしまう方が合理的だと、昔の人は判断したのだろう。
「つまり、魔虫のせいで摩天楼建造の難易度が上がっているわけだ……」
地上に降りて掃討戦とかできないしな。過去に行われた世界樹の根元の調査はいずれも調査班が壊滅する結果に終わっている。地上がどうなっているのかはまるで分らないのが現状だ。
つらつらと考え事をしつつ監視任務を続行していると、幹の下からゆっくりと上がってくる丸っこい影を見つけた。
俺は手旗信号を持ち上げ、本部へ連絡する。
「メガスネイル出現、数は三。討伐に移るっと。これでよし」
お仕事しよう。そうしよう。
手旗を脇に置いて、愛用の弓を持つ。
メガスネイルは攻撃性皆無の魔虫だ。世界樹の葉を食い荒らしてしまうため討伐対象になっているが、もたらす害よりも益に注目が集まる珍しい魔虫でもある。
このメガスネイル、早い話がカタツムリである。雨が降った翌日なんかには良くこうして幹を這い上がってくるのだ。
俺は弓に矢を番えて、せっせと上ってくる馬鹿でかいカタツムリに狙いを定める。
実物を見たことがなかったけど、本当にデカいな。殻の直径が数メートルはある。あんなもの背負って幹を上ってくるんだから、見た目にそぐわぬ怪力の持ち主だ。
カタツムリらしいのんびりした動きも図体が大きければそれなりの速度で進んでくる。
メガスネイルが幹を這い上がって枝の上に到着するのを待って、俺は弓を引き絞った。
監視塔にいる俺は高所の利を持って矢を撃ち下ろす。世界樹の枝と魔虫の触角を組み合わせた合成弓から放たれた矢は風切り音をわずかに響かせて宙を切り裂いた。
どこへ行こうかな、と観光気分で目玉を突き出しきょろきょろしていたメガスネイルに、矢が突き立つ。
矢羽までめり込んだメガスネイルは突き出していた目玉を萎れさせ、動かなくなった。
悲しいけど、これって狩りなのよね。
後から上がってきたメガスネイル二匹にも狙いを定める。
枝に上がってきた二匹は仲間が射殺されてるのを見つけて動きを止め、周囲を警戒するように目玉を突き出している。潜望鏡みたいだ。
俺がいる監視塔は見えているだろうけど、距離が遠すぎて俺という射手がいる事には気付けていない。
動きを止めてくれているのは好都合だと、俺は矢を番えて弦を引いた。
放った矢はまっすぐにメガスネイルの頭を射抜き、命を奪う。
狙撃に気付いた生き残りが殻の中へ身体を引っ込めた。
俺は矢束の中から貫通力のある細く尖った矢を取り出し、弦を引く。やや扱いの難しい矢ではあるけど、動かない的が相手なら外さない。
俺が放った矢は閉じこもっているメガスネイルの殻に命中するも、その速度は衰えず殻を貫いた。
魔虫狩人として各魔虫の急所を学んだ俺は矢が貫いた箇所を見て頷く。あれは即死だ。
俺は本部に手旗信号で討伐終了の報告と運搬を依頼する。
かたつむりの殻はカルシウムで出来ている。メガスネイルも同様らしく、世界樹では貴重なカルシウム源として鳥の卵殻形成を助けたり、土壌改良剤としても使用される。
だが、一番需要が大きいのは建築資材、漆喰への利用である。
消石灰が主成分の漆喰は防水性と耐火性に優れる素晴らしい建材だ。石の存在しないこの世界では重要な建築資材の一つで、建物の見た目のバリエーションを大幅に増やしてくれるありがたい代物である。
メガスネイルに感謝しつつ、本部である砦からやってきた運搬役にメガスネイルの死骸の位置を教えて送り出す。弓矢で遠距離狙撃したから結構距離があるのだ。
俺はコヨウ車の荷台にメガスネイルが乗せられるのを監視塔から眺めつつ、周辺を警戒する。たまにメガスネイルを好んで捕食する魔虫が後からやってきたりするのだ。
何事もなくコヨウ車にメガスネイルの死骸を積んで戻ってきた運搬役を出迎えに、俺は監視塔を降りた。
「お疲れ様です」
声を掛けると、運搬役は笑顔で頷いた。
「そちらこそ、お疲れ様です。ヨーインズリーから派遣されてきただけあって、良い腕ですね。このメガスネイルは買い取りますか?」
「コマツ商会さんから依頼表が来ていると思うので、処理してくれますか」
「コマツ商会というと……あぁ、そう言えばアマネさん、建橋家でもあるんでしたね。これから漆喰を使った建築でも?」
「流石に自分で素材を確保しに来ませんよ。ヨーインズリーの魔虫狩人ギルド経由でコマツ商会から依頼されているだけです。ここに来たのは魔虫狩人としての仕事ですね」
まぁ、帰ったら建築依頼が事務所宛てに届いているかもしれないけど。
「それじゃあ、メガスネイルの死骸はこのまま砦の方へ持って行きます。あと、一ついいですか」
「はい、なんでしょう?」
コヨウ車を進め始めた運搬役さんが俺に苦笑を向けてくる。
「寂しいからって独り言を呟きすぎないようにしてください。砦の監視員は手旗が使えない緊急時にも対応できるよう読唇術を使えますので、アマネさんを不気味がってますよ」
「……気を付けます」
早く帰ってリシェイとお茶したい……。




