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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第三十二話 玄関前の丸太

 夕焼けで赤く染まる空とルビー色に染まる雲海を横目に俺は停留所デザイン大会の応募作をヨーインズリーに送付して自宅に帰ってきた。

 帰ってきた俺を出迎えてくれたのは他でもない嫁の笑顔。

 なら良かったのだけど、


「この丸太はいったい何だろうか」


 俺は雲上ノ層の自宅前に届けられていた一本の丸太を眺めつつ、腕を組む。

 人の胴回りと同じくらいの太さの丸太である。長さは二メートルちょっとだろうか。乾燥は終わっているようだ。樹皮もそのまま残っている。

 見た感じではミトナと呼ばれる種類の木で、やや赤みを帯びた材である。

 やっぱりわからん。

 分からないなら誰かに訊くのがベストという事で、俺は丸太の横を抜けて家に入った。

 着替えを後回しにして廊下を歩き、リビングに顔を出す。


「誰もいない――と見せかけて壁際にテテンあり」

「……なぜ、気付いたし」

「付き合いも長くなったしな。俺を相手に気配を消そうとしても無駄って事だ」

「……もう、教える事は、ない」


 だから放っておけ、と言いたいのか、テテンが部屋の隅へ移動を開始する。ひざ掛けから足が出ないようにハイハイしている。這いずりながら隅に到着したテテンは膝を抱えて夕焼け小焼けな外を眺め出した。

 俺はキッチンを覗いてみるが、リシェイやメルミーの姿は見えない。買い物だろうか。


「お姉さまたち、筋肉鳥頭の妻に、呼ばれてた……」


 俺がリシェイ達を探していると気付いたのか、テテンが声を掛けて来る。


「マルクトの奥さん?」


 コクコクコクと首肯が三回。


「おっとり美人……」


 キラキラと輝く瞳で背徳的な笑みを浮かべるという実に器用な表情をするテテン。

 リシェイとメルミーは呼ばれて自分はハブられたから、膝を抱えて打ちひしがれてたのか。


「テテンが呼ばれなかったって事は既婚者女子会かな。何も聞いてないから、単なる打ち合わせかもしれないけど」

「女子会、それは、天国の代名詞」


 そんな風にニタニタ笑ってるから呼ばれないんだよ。


「結婚しないと呼ばれないけどな。未婚者女子会とかやったらどうだ?」

「……のぼせる。確定」

「本当、打たれ弱いのな」


 虚弱生物すぎる。

 この間の水路橋竣工祝いでも男どもを威嚇し疲れて俺のとこに逃げてきたくらいだし。保護動物かと。

 俺はソファに腰を降ろしつつ、ダメもとでテテンに問う。


「家の前に届いてる丸太って何に使うか聞いてないか?」

「……丸太?」


 一度首を傾げたテテンは思い当たることがなかったのか首を横に振った。緩いウェーブがかった茶髪が左右に揺れる。

 やっぱり知らないらしい。


「風呂の焚き木かと思ったけど、違うんだな。薪割りするわけにもいかないか」


 あまりいつまでも家の前にあると邪魔だけど、二メートル以上ある丸太の保管場所なんてこの家には存在しない。半分にしてしまえば俺かメルミーの作業部屋に放り込んでおけるんだけど。


「リシェイが使うとも思えないし、メルミーかな」

「……種類、は?」

「ミトナの木だ」

「……植木鉢」


 テテンが答えらしき物を言う。

 立ち上がったテテンはひざ掛けを腰に巻きつけると、ソファの前までやってきて俺の横に座った。


「植木鉢って、あのミトナの丸太から削り出して作るのか? メルミーに発注を掛けた奴は元取れると思ってるのかな」


 良い物だからって売れるとは限らない。

 メルミーが作った植木鉢なら寄せ植えなんかに最適だと思うけど、それは彫刻を施した場合に限る。彫刻を施せば必然的に作業量も増え、単価が上がる。タカクスで高い金を出して植木鉢を買う人がどれほどいるのか、ちょっと疑問だ。

 それとも、個人が直接メルミーに依頼したのだろうか。

 不思議に思っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。


「誰だろう」

「しらぬ……」


 テテンも玄関の方を見るが、自分で来客対応するつもりはないらしい。

 俺はソファから立ち上がって、玄関に向かった。

 扉を開けてみると、足元の丸太を不思議そうに見下ろしているラッツェがいた。


「アマネさん、この丸太はなんですか?」

「俺も分からない。それより、ラッツェこそどうした?」

「そうでした。資料を届けに来ました」

「資料? 何かあったっけ?」


 ラッツェが持ってくる資料と言う事は植物の遺伝子関係か。

 テテンが言った植木鉢という単語が脳裏をよぎり、俺は丸太をちらりと見る。


「別に計画や提案があるわけではないんですが、研究したので見ていただきたくて」

「へぇ、どれどれ」


 ラッツェが差し出してきたのはリッピークルの突然変異に関する資料だった。

 チューリップに似た一輪咲きの花であるリッピークルはタカクス劇場の庭園にも植えられている園芸品種の花だ。


「分厚い資料だな。この研究はいつから?」

「タカクス劇場が完成した頃からちょくちょくと、ですね。でも、今年中にまとめた方がいいとテグゥールースさんに言われまして、最後は駆け足気味に研究しました。再現性があるか怪しい所もあるので、資料価値はちょっと疑問符が付きます」

「いや、この資料だけでもちょっとした図鑑が作れるよ。リッピークルの変わり種一覧みたいな感じでさ。デッサンが上手くなったな」


 突然変異に関してまとめた資料だから、花の形や葉の形などの細かい違いを図にしてある。

 このデッサン集だけでも眺めていて面白いくらいだ。


「それにしても、なんでテグゥールースの名前が出てくるんだ?」


 空中市場で雑貨屋を営む元行商人のテグゥールースは遺伝子研究に興味があるとは思えない。

 ラッツェは俺に渡した資料を指差す。


「リッピークルの突然変異種を掛け合わせたりして面白い園芸種を作れるような基礎資料を作成してほしいと言われたんです。アマネさんから見てこの資料はどうでしょうか? 遺伝子を知らない人でも理解できるような資料になってますか?」

「そういう目的なら、ちょっと専門用語が多すぎるかな。テグゥールースが欲しいのは園芸指南本であって、遺伝子学の教本じゃないと思う。人工授粉のやり方とかを載せた方がいいんじゃないかな」


 良くも悪くも研究者向けの資料になってしまっている。

 それにしても、テグゥールースは園芸ブームの到来を予想してるのか。

 上水道の整備が終わってタカクス全体に水が豊富に行き渡るようになったから、趣味で園芸を始める人も増えた気はしていた。

 おそらく、テグゥールースは上水道の整備計画が持ち上がった段階で園芸を始める敷居が低くなることを予想し、ブームの火付け役になりそうな商材として栽培が容易なリッピークルに目をつけ、ダメ押しに突然変異種を作り出すという過程と目標を設定したのだろう。

 前世で言えば、江戸時代の変化アサガオブームみたいなものを起こそうとしているのだ。

 商機を見逃さない目敏さはさすがである。


「ラッツェ、リッピークルの突然変異種の種子は保管してあるのか?」

「研究資材なので保管してありますよ。今後も細々とですが、続ける予定です」

「そうか。ならテグゥールースに種子をいくらか売りつけてやればいいよ。この研究資料に乗ってるデッサンも分かりやすく番号を振って小冊子にまとめて、テグゥールースに売りつけとけ。この後で時間があるなら、版画屋の予定も聞いておくといい。多分、テグゥールースが予約を入れてる」

「え? えっと? え?」


 矢継ぎ早に提案したせいか、ラッツェが目を白黒させる。

 まぁ、俺が何かしなくてもテグゥールースがやるだろうし、放っておいても大丈夫か。


「早い話が、テグゥールースが商売を始めようとしてるから、一枚噛ませてもらえってことだよ」

「あ、なるほど。そういう事ですか」


 ラッツェも何が起きているのかを悟ったらしく、頷いた。


「ちょっとマルクトさんのところに行って堆肥の売却先を聞いてきます」

「雲下ノ層第四の枝の湯屋で草木灰を卸してもらっている可能性もある。当たってみるといい」

「なるほど、そっちも塩基性の肥料ですね。調べてみます」


 ラッツェはそう言って、俺に背を向けると早足で歩いて行った。

 俺は資料を片手にリビングへ戻る。


「……何者、だった?」

「人の良い研究者」

「……だれ?」

「ラッツェだよ」

「……だれ?」


 本当に男に興味ないのな。

 俺はソファに戻り、ラッツェにもらった資料をテーブルに置く。明日にでも資料棚に入れておくとしよう。


「ミトナの丸太だけど、テテンは何で植木鉢の材料だと思ったんだ?」

「燻製小屋に、雑貨屋がきた。灰を、売れとか。断った……」

「テテンの燻製小屋にも来てたのか。テグゥールースの奴、本格的に乗り出したのか」


 園芸ブームが起きればメルミーの作った高価な植木鉢も売れるだろう。準備は万端らしい。

 俺としてはタカクスの緑化に繋がるブームになりそうだから後押ししていきたいところだ。

 しかし、来年からは天楼回廊計画が本格稼働するから、予算を回せない。

 俺がタカクスの緑化を思案している事をテグゥールースは知っているはずだけど、こちらに話を持って来ないのも天楼回廊計画に配慮しての事だろう。

 ここは任せておくのが無難か。


「そういえば、テテンは何で灰を売らなかったんだ?」

「……石鹸にして、お姉さまに、献上」


 ぐっと拳を固めるテテンの決意は果たして実るのだろうか。熱源管理官とはいえ、灰の商業利用までは教わってないはずで、石鹸作りは素人だと思うんだけどな。

 今は秋。これから冬に向かって寒くなっていくから風呂に入りたくなるし、石鹸があるに越したことはないか。


「……アマネの分、もう作った」

「どうせ失敗作だろ」

「嫌がらせ、だから、成功」

「テテンの石鹸とすり替えとくよ」


 などと話をしていると、再び玄関から音が聞こえてくる。

 とはいえ、今度は呼び鈴が鳴る事はなく、ドアの開閉音が聞こえてきた。


「……お姉さまたち、ご帰宅」

「そうみたいだな」


 テテンが立ち上がって出迎えに行く。俺も後を追った。

 ついでに買い物をしてきたのか、リシェイとメルミーは玄関に荷物を置いて靴を脱いでいる。


「……おかえりなさいませ」

「ただいまー」

「ただいま。アマネ、玄関前の丸太なのだけれど」

「メルミー宛てじゃないのか?」

「メルミーさんのだよー。植木鉢を作るのだよ。それもなにを隠そう、一本彫りでね」


 メルミーが胸を張る。一本彫りでの彫刻仕事が舞い込んだのが嬉しいらしい。

 予想通りに植木鉢だったけど、一本彫りとはずいぶんと気合が入った依頼だ。


「テグゥールースからの依頼か?」

「およ、知ってたの?」

「ついさっきまで推理してた」


 さて、植木鉢に使う事が確定したわけだが、あの二メートルもの丸太をどうやって家の中に運び込んだものか。


「一本彫りと言ってもあの丸太から一鉢ってじゃないんだろ?」

「二鉢だよ。だから真ん中くらいで両断したいね。のこぎり持ってくるから、丸太を持ち上げるの手伝って」

「あぁ、わかった」


 早めにあの丸太を中に持ち込んでおかないと邪魔で仕方がないし。

 のこぎりを取りに作業部屋へ向かうメルミーを見送って、リシェイを見る。


「そういえば、マルクトの奥さんに呼ばれて出かけたみたいだけど、女子会でもやるのか?」

「それなんだけど……いえ、アマネに言うのはまだ早いわね」


 途中まで言いかけて、リシェイは口を閉ざした。

 何とも珍しい反応である。

 これは、もしかすると、もしかして、もしかするんじゃないですかね。

 テテンも気付いたのか、愕然とした顔をしている。


「……匂いの弱い、燻製つくる」

「おう、頑張ってな。俺もお祝いの品とか用意しないと」

「ねぇ、二人とも気付いてしまったようだけど、まだ他言無用よ?」

「任せろ」

「……おまかせ」


 テテンと一緒に答えると、リシェイに心配そうな目を向けられた。



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